2014/03/06 本日の日本経済新聞より 「日米中関係の行方(上)中国、周辺外交で強硬路線」

今日の日経注目記事は、日本経済新聞14版の27面(経済教室)にある「日米中関係の行方(上)中国、周辺外交で強硬路線」です。





〈ポイント〉
○中国は「米中が世界の二大国」と自己認識
○諸大国から見た中国は戦略対話可能な国
○日本は中国外交にとって大国かつ周辺国

 昨年来、新興国の見通しについて厳しい見解が多く見られる。数年前には新興国の台頭が強調され、主要8カ国(G8)よりも20カ国・地域(G20)の枠組みのほうが重要視されるのではないかとの見通しもあったが、昨今、それにも疑義が呈されている。

 長期的に見て、国際秩序の形成に関して新興国を包摂することは重要な課題になろうが、新興国は昨今、フラジャイルファイブ(ブラジル、インド、インドネシア、トルコ、南アフリカの「脆弱5通貨」)という言葉に象徴されるように、不安定要因として位置づけられ始めた。金融、経済面などの不安は、新興国それぞれの国内政治にも反響し、とりわけ民主化している国では政情不安定が生じている。

 その新興国の対外政策には不安定な国内政治、経済が影響するようになった。G20も、次第に新興国の首脳の演説場に化したように見える。

 新興国の代表格である中国が直面している問題も同様だ。米中間の貿易収支の不均衡はあるにしても、米国の量的金融緩和の縮小は中国に大きな打撃となる。フラジャイルファイブほどではないにしても、中国経済の脆弱性はつとに指摘されるところであり、それは経済発展を正当性の根拠としていた政権にとっても大きな打撃となる可能性が高い。中国政府の統治能力に疑義が呈されていることも周知の通りである。

 だが、中国経済の脆弱性はあるにせよ、その自己認識は世界第2の経済大国であり、米国には及ばないにしても、米中が世界に抜きんでた二大大国であるという認識であろう。中国側から提案し、米国側も昨今使用するようになった「新しい大国間関係」は、中国側から見れば、米中両者間にさまざまな差異があるものの、互いに相手を尊重し、相互に核心的利益は容認しあう、という関係だ。

 米国側は、この「新しい大国間関係」という言葉を使用して中国側の要請に応じている。しかし、米国側は核心的利益などには触れておらず、中国側がこの言葉に込めた「想い」が十分に届いているわけではなかろう。

 しかし、それでも金融・経済貿易に関する案件や、国際的な諸問題、たとえば北朝鮮の核開発をめぐる六者協議や、イランの核開発問題、シリア問題、パレスチナ問題、南スーダン問題などにおいて、中国を無視して国際秩序を構想するわけにはいかない。国連安保理の常任理事国であることも大きな資源だ。中国は既にかつての内政不干渉原則を修正し、一定の条件下ではそれをおこなうとしている。新興国としての脆弱性はあっても、中国とロシアの存在感はやはり国際政治の場において抜きんでている。

 中国外交は基本的に現実主義的な姿勢で貫かれ、パワーや国益を重視しているが、その外交行動のたち現れかたは、不安定な国内政治の状況、また中国国内の地域差も反映して、その局面や領域に応じて多面的である。

 中でも自らが「大国」、それも米国に次ぐ大国であると認識しつつある中国にとって、その米国はもとより、欧州、ロシア、日本などの大国との外交はきわめて重視されている。むろん、中国は自らを先進国ではなく、しばしばG77(発展途上国77カ国)の代表だと主張することもある。だが、先進国ではなくとも大国であり、「責任ある大国」としての振る舞いが求められていることは承知しており、さまざまな国際的課題において、欧米諸国などとの協調が重視されている。

 日本との関係が凍結されている状態で、米国との「新しい大国間関係」はもちろんのこと、欧州への積極外交が顕著である。これは欧州連合(EU)との関係のみならず、欧州で優位にあるドイツとの緊密な関係構築、また新たな大西洋の経済枠組み形成をにらんだ、スイスやアイスランドとの自由貿易協定(FTA)締結も新たな動きである。

 主権問題を抱える周辺諸国の中国観と異なり、諸大国から見れば、中国は市場として魅力のある大国であると同時に、さまざまな国際政治の案件に関して、少なくとも戦略的に対話可能な存在と見えるであろう。

 中国が積極的に進めようとしているグローバルガバナンスへの貢献もこうした文脈で理解可能である。世界的に形成されるルールについて、それを欧米起源のものだとして批判しつつも、中国は自らを修正主義者に見立てて、ルールを公正に導くのだと唱える。そして、自らの国益を重視して、金融、経済、衛生、食品、気候変動、平和構築など、さまざまな領域に関わろうとする。まったく不利益であれば、途上国側にたって反対し、修正可能と見ればその修正に関与し、完全に受益者であれば変更を加えようとしない。

 中国の対外政策の中でも、中国自身が自らの影響力を認め、その拡大を提唱しているのが周辺外交の領域だ。東南アジア諸国連合(ASEAN)、中央アジア諸国、日本を含む東北アジア諸国との外交などがここに含まれる。

 2006年から08年にかけての外交政策の調整を経て、経済や国際協調の重視を維持しつつも、主権や安全保障を同様に重視する路線へと転換した中国にとって、この周辺外交はまさに主権や安全保障重視の路線が前面に出る場となる。「海をめぐる問題」はまさにその象徴である。尖閣諸島問題をめぐる転換点とも言える、08年12月8日の中国公船による領海侵入もこうした中国の政策調整の文脈の下で理解可能である。

 しかし、他方で東アジアには、旧来からの先進国で、パワーの面で中国に対抗できる国も日本しか無い。それだけに、韓国の対中接近がそうであるように、中国のパワーそのものを重視し、一定の警戒心を抱きつつも、現実として存在する中国の影響力の拡大を受け入れる雰囲気がある。中国としては、自らを脅威ではなく、利益をもたらす存在だと強調する。だが、その中国のもくろみは決して実現しているわけではない。ただ、周辺国は中国のパワーの拡大、つまり中国の「大きさ」を受けいれ、その結果、中国から見れば影響力が増しているように見えているであろう。

 このような中国の周辺外交は、一面で主権などの面で強硬であるために問題を起こしつつも、ほとんどの国が中国経済に深く関わり、安全保障面での対抗措置をもたない中で展開している。そのため、結果的に中国の影響力が周辺に拡大する局面を生み出している。これは台湾海峡のみならず、朝鮮半島、東シナ海、南シナ海における安全保障、そして国際政治の現状変更を導くものになっている。

 これに対して米オバマ政権はアジア・ピヴォット(旋回)であるとか、リバランスなどと言って、東アジアへの関与を強めるかのような姿勢をみせた。しかし、この政策は基本的に中国とも良好な関係を築きつつ、旧来の同盟国との関係も発展させるというもので、それが中国との「新しい大国間関係」という表現と、「日米安保の重視」という言葉の併存へとつながっていった。その双方のバランスを採りながら関与するということなのだろうが、それは至難の業であり、多くの誤解や疑念を招来する。

 日本は、中国にとって、戦略的協調を旨とする大国外交の対象でもあり、主権や安全保障が前面にでがちな周辺外交の対象でもある。また、日本は周辺外交の中では唯一の大国であり、大国外交の対象としてはロシアを除き唯一の周辺国である。そうした立ち位置が、日中関係の難しさの背景にある。中国経済の動向によっては、その対外政策に変化が見られるかもしれないが、当面は現実主義路線に基づくグローバルな協調と、周辺への影響力強化をもくろむ外交は続くであろう。

川島 真 かわしま・しん 東京大学准教授 68年生まれ。東大博士(文学)。専門はアジア政治外交史

2014/03/04 本日の日本経済新聞より 「大機小機 中国にとっての2020年」

今日の日経注目記事は、日本経済新聞14版の19面(マーケット総合2)にある「大機小機 中国にとっての2020年」です。





 東京五輪の2020年は、中国にとっても節目の年になる。中国共産党は、昨年11月の3中全会において「20年までに成果を上げる」とした。中国共産党が上海で結成された1921年から100年目という区切りだからである。「成果」とは経済成長と海洋強国化のことを指す。国内総生産(GDP)を年率7.2%増やし、領海は第1列島線を越えて第2列島線を目指す。

 富国の面で、勃興期を過ぎつつある中国経済は課題山積である。所得分配の不公平と格差拡大、過剰投資や過剰生産能力、地方政府の過剰債務、地下金融の膨張といった金融システムの未整備、さらには国有企業による独占と民業圧迫、大気や河川の汚染……。これらの難問に対峙しながら、次の経済発展段階にふさわしい構造を築き上げられるだろうか。3中全会でいう「改革の全面深化」の真価が問われるのがこれからの6年である。

 領海について、中国は尖閣諸島を含む東シナ海と西沙諸島など南シナ海、いわゆる第1列島線を「中国の海」にしようとしている。20年に向けた目標は、その外延の第2列島線だろう。沖縄、小笠原諸島、グアム、フィリピンまでがターゲットに入る。経済力がついて海軍を強化できるようになったことや、高成長に伴うエネルギー需要の急拡大から海底資源の獲得が必須になったことが挙げられる。

 米国は「アジアの一国支配は国益に反する」が、地政学的なスタンスだろう。20世紀初めは、ロシアの南下はアジア大陸の一国支配になりかねないと懸念し、日露戦争の調停に入った。20世紀後半に日本経済の勢いが加速すると今度は、ニクソン大統領が訪中を断行し、円高を誘導した。

 今後、中国が領海拡大と海洋資源獲得の動きを加速すれば、米国の「外交原則」にのっとり、厳しく対応していくことは間違いない。米中のGDPが接近すればなおさらだ。

 共産党100周年という大テーマを控える中国は、国内と対外の両面で多くの問題を抱えながらも、目標達成に向けてしゃにむに進もうとするだろう。日本は、成長の基盤のひとつである海洋資源確保、シーレーン防衛のために、米国やアジア諸国との連携の絆をしっかり固め直さなければならない。洞察力ある外交が求められる。(一礫)

2014/03/04 本日の日本経済新聞より 「世界経済ちらつく影(上)マネー、新興国を選別」

今日の日経注目記事は、日本経済新聞14版の1面にある「世界経済ちらつく影(上)マネー、新興国を選別」です。





 米量的緩和の縮小や中国経済の減速懸念を背景に市場が揺れている。ウクライナ情勢など地政学リスクも浮上した。回復基調の世界経済にちらつく影を点検する。

 3日の外国為替市場。ロシアの通貨ルーブルは一時対ドルで過去最安値を更新した。同国の株価指数も急落。ウクライナ情勢の緊迫を受け、米欧の経済制裁を意識した資金流出が加速し、ロシア中央銀行は緊急利上げを余儀なくされた。

 昨年12月、米連邦準備理事会(FRB)が量的緩和の縮小開始を決めて以降、世界にばらまかれた緩和マネーはリスクにより敏感になっている。

地政学リスク

 地政学リスクも浮上するなか、影響が大きいのはマネーが経済を押し上げてきた新興国。短期的な利益を狙った投機資金の流出は各国共通の現象だが、足元の景況感では差が目立ってきた。

 インドネシアの首都ジャカルタ。和食店がいま人気だ。夕食だと親子連れで4千円程度。大卒初任給が月4万円前後の同国で決して安い外食ではないが、順番待ちの列が途切れない。

 インドネシアは米緩和縮小の観測段階から通貨安に見舞われた。昨年の実質国内総生産(GDP)成長率は前年より減速したが、それでも5.8%と比較的高い水準を維持した。底堅い成長を支えるのは旺盛な個人消費だ。

 通貨安阻止に向けた利上げにもかかわらず、昨年の新車販売台数は前年比10%増え、過去最高を4年連続で更新した。米調査会社ニールセンによると、同国の消費者マインドを示す指数は通貨不安が広がった昨年10~12月期も上昇し、4四半期連続で世界一だった。

 ブラジル南部ミナスジェライス州。非鉄金属のボトランチンメタイスは資源価格の下落を受けてニッケル採掘所を休止。独フォルクスワーゲンの工場も従業員の一時帰休に踏み切った。昨年10~12月期の実質GDPは前年同期比1.9%増どまりだ。

直接投資で明暗

 インドネシアとブラジルは人口2億人前後の資源国。共に海外マネーに頼る経常赤字国でもある。そんな両国の境遇を分けているのは外国からの直接投資だ。昨年のインドネシアへの直接投資はドル換算で前年比9%増。工場の増設が相次ぎ、雇用の増加期待が消費を支える。ブラジルへの投資は19%減った。

 投資マネーが注目するのは成長力だ。インドネシアは人口増が続き、2035年には3億人に達するとの予測がある。ブラジルは高齢化が視野に入り、税制や規制が複雑。インフレ抑制にも苦しむ。世界に流れる資金が引き潮のように縮むなかで、新興国の選別が進む。

 汚職疑惑が政権を揺さぶるトルコでは資金の流出が止まらない。株価の上昇が消費を支えてきたが、短期資金が逆流すると景気が冷え込む経済構造の改革は遅れた。トルコの自動車業界は「今年の新車販売は前年比2~3割減もあり得る」と覚悟を固める。

 国際通貨基金(IMF)の予測では、今年の新興国の経済成長率は5.1%と先進国の2.2%を依然として上回る。東南アジア諸国連合(ASEAN)は当面、成長センターだ。

 だが市場の不安は間欠泉のように噴き出す。ウクライナ、タイ、北朝鮮……。政情不安が高まり、市場でリスク回避の動きが強まれば、株安が実体経済を下押しするおそれもある。その過程で「売り」が先行するのは、成長に向けた経済構造改革を怠った国だ。

(シンガポール=吉田渉)

2014/03/02 本日の日本経済新聞より 「けいざい解読 アベノミクスの通信簿 「良い物価上昇」みえず」

今日の日経注目記事は、日本経済新聞14版の3面(総合・経済)にある「けいざい解読 アベノミクスの通信簿 「良い物価上昇」みえず」です。





 2014年も、はや2カ月が過ぎた。アベノミクスの2年目は軌道に乗るのか。1年目の通信簿ともいえる13年の国内総生産(GDP)を眺めながら、課題を探った。

 12年12月に始動した安倍晋三政権。ふだん暦年のGDP統計は注目されないが、13年の実績は政策運営を評価する格好の材料といえる。

 物価の動きを調整した実質のGDPは前年から1.6%増え、525兆円強となった。リーマン・ショック前の07年を上回り、いまの統計では最高の水準だ。伸びた分の大半は個人消費と公共投資だけで説明できる。第1の矢である大胆な金融緩和は円安や株高をもたらし、家計の消費意欲を刺激した。第2の矢である公共投資も大きく伸びた。一定の評価はできるだろう。

 むろん満点とはいえない。円安や公共投資は企業収益を大きく押し上げたが、GDPで見た企業活動はさえなかった。円安でも輸出の数量があまり伸びなかったことは実質GDPで一目瞭然だ。膨らむ輸入に押され、純輸出(輸出マイナス輸入)はGDPの減少要因になった。企業の設備投資も不振だった。

 デフレ脱却をめぐる評価も難しい。物価の動きを総合的に示すGDPデフレーターは16年連続のマイナスとなった。

 「デフレは終わった」との声も聞く。たしかに円安による輸入品の値上がりを起点に、13年の消費者物価指数(生鮮食品を除く)は5年ぶりに上昇した。問題は中身。輸入物価の上昇が経済を圧迫する状況では、消費者物価が上昇してもデフレーターは下落しやすい。

 GDPは消費や設備投資などの内需に、国内でつくって海外に売った輸出を加え、海外で生み出された輸入を差し引く。GDPデフレーターも輸入物価の変動は除外される。輸入物価の上昇は国内ですべて転嫁されない限り、デフレーターの押し下げ要因となる。

 国内で企業や家計の活動がうまく回転し、家計の所得が伸びる。自然と物価の上昇を受け入れやすくなっていく――。そうなって初めてGDPデフレーターの持続的な上昇が見込める。「国内発インフレ」の指標と呼ばれるのは、このためだ。

 円安の物価押し上げ効果はいつか途絶える。景気の自律回復に根ざした「良い物価上昇」にならないと、デフレに逆戻りする。2年目のアベノミクスが抱える宿題だ。

 日銀は今年後半に良い物価上昇に移行するシナリオを描くが、4月の消費増税後の消費動向を含め、先行きの不透明感は強い。見通しに狂いが生じた場合には追加の金融緩和が選択肢になる。だが成果が一段の円安だとしたら、経済を圧迫する悪い物価上昇しか生まない懸念をはらむ。

 王道は第3の矢である新たな成長戦略づくりを急ぐことだが、即効性に欠ける。残るは第2の矢。BNPパリバ証券の河野龍太郎チーフエコノミストは「安倍政権は年半ばに財政出動に動く」と読む。財政で景気をけん引する試みは、国の借金を膨らませるだけに終わった過去と二重写しになる。良い物価上昇への確かな展望は描けない。

(編集委員 大塚節雄)

2014/03/02 本日の日本経済新聞より 「風見鶏 中国に「ワレサ」を探せ」

今日の日経注目記事は、日本経済新聞14版の2面(総合・政治)にある「風見鶏 中国に「ワレサ」を探せ」です。





 第2次世界大戦後の69年間の出来事を現代史と呼ぶとする。それは1989年以前と以後に二分できる。現代史の分水嶺となったあの年は、世界中の記者を高揚させた。あれからちょうど四半世紀である。

 89年1月、日本では昭和が終わった。2月に昭和天皇の大喪の礼があり、就任したばかりのブッシュ米大統領も参列した。それは最初の外国訪問となった。6月に天安門事件があり、中国は世界から孤立した。

 天安門で血が流れたころにイランの最高指導者、ホメイニ師が逝った。11月にベルリンの壁が崩れた。12月、地中海マルタ島での米ソ首脳会談が冷戦終結を確認した。年末の日経平均は3万8915円の史上最高値で引けた。

 大きなニュースに埋もれがちだが、11月15日のワレサ・ポーランド「連帯」議長の米議会演説と当時のワシントンの興奮が忘れられない。4月に東京・神保町の岩波ホールで封切られる「ワレサ 連帯の男」(アンジェイ・ワイダ監督)はそれを思い出させる。

 ワイダ監督は全体主義社会の現実をいまに伝える。こんな場面がある。

 83年10月、自由を求める労組指導者ワレサ氏はノーベル平和賞を受ける。が、本人はノルウェーでの授賞式には行けない。いったん出国すれば帰れなくなるからだ。

 代理出席し、ノーベル賞をポーランドに持ち帰った夫人は空港で下着まで脱がされ、ビニール手袋をした女性職員から身体検査をされる。当局の嫌がらせである。

 7年後、ワレサ氏はポーランド大統領に当選する。だからこの作品は基本的には成功物語である。

 だが全体主義の圧制は過去の話ではない。映画の話を続ければ、東京・渋谷のユーロスペースで1日から上映が始まった「北朝鮮強制収容所に生まれて」(マルク・ヴィーゼ監督)は、いまも北朝鮮にある強制収容所の実態を描くドキュメンタリーである。

 主人公のシン・ドンヒョク氏は実在の人物であり、カメラを前に語る収容所の実態はすさまじい。収容所で生まれ、父母と兄とともに最低限の生活を強いられるが、驚くのは母と兄の脱走の企てを聞いて当局に密告したことである。自分が生きるためだった。

 母と兄の公開処刑を目の前で見ても、収容所で生まれ育ったため「悲しい」という感情を知らなかった。「愛する」「優しい」「楽しい」などの言葉も知らなかった。「絶望的」「抵抗する」「悔しい」も知らなかった。そのせいか収容所には自殺者がいないという。

 2005年に収容所を脱出した。初めて見た北朝鮮の一般社会が「天国に見えた」と語る。あの北朝鮮の社会が、である。

 収容所の管理者だった脱北者の証言もある。収容者を「どうせ死ぬ人たち」とみて、虐待しても悪いとは思わなかったようだ。

 ワレサ氏のノーベル平和賞は、10年の中国の民主活動家、劉暁波氏の受賞を連想させる。劉氏は当時もいまも獄にあり、中国当局は授賞式への妻の代理出席さえ認めなかった。80年代のポーランドよりひどい。

 経済を「開放」しても、民主化を求める人々は「解放」されていない。ワレサ氏のノーベル賞から大統領当選まで7年かかった。では中国ではどうか。

 西側による封じ込めで経済が疲弊した冷戦時の東側と経済大国になった現在の中国は違う。それでも西側各国の外交当局は、いずれ中国の民選大統領になりそうな人物を探し、接触を試みていると聞く。

(特別編集委員 伊奈久喜)

2014/03/02 本日の日本経済新聞より 「物価考 近づく試練(3)スモール革命 「安くて高い」ひとまず浸透」

今日の日経注目記事は、日本経済新聞14版の1面にある「物価考 近づく試練(3)スモール革命 「安くて高い」ひとまず浸透」です。





 東京都内のスーパー大手ライフの店頭。主婦の岡部里子(35)は、サーモンの刺し身が3切れ入った小さなパックを買い物かごに入れた。1パック198円。「割安感があるし、食べ残すこともないから、つい買ってしまう」

3切れ入りの刺し身が割安感で好調(都内のスーパー)

 9切れで400円程度が相場だった刺し身パック市場で「3切れ入り」が好調だ。1切れ当たりの単価は高いが、パックの値札は安い。刺し身パックに無縁だった顧客層にも浸透し「刺し身の売上高はかえって増えた」(ライフコーポレーション首都圏水産部長の間山崇)。

「住」にも広がる

 マーガリン、米菓、ソーセージ……。円安で輸入する原材料が値上がりした2013年、小売り現場では内容量を減らして価格を据え置く実質値上げのスモール商品が相次いだ。3切れ入り刺し身は、「スモール商品」が形を変えながら生鮮食品でも浸透し始めていることを示す。

 少子化に伴う人口減は需要の減少を招き、供給過剰に陥ったモノやサービスの価格は下がる。デフレ期にはこんな通説が有力だった。だが、経済の現場に映る人口減と物価の関係はもう少し複雑だ。

 安くて高いスモール商品が売れる現象は「食」だけでなく、「住」の世界でも広がりつつある。

 JR富山駅から徒歩数分の15階建てマンション。60~90平方メートルの販売物件が9月の完成を待たずに9割以上売れた。1戸あたりの平均床面積が全国最大の151平方メートルと「戸建て信仰」が強い富山県で、「狭くて高い家」が売れる。

 郊外の広い戸建て住宅を買うのと比べ、支払総額は安くても平方メートルあたりの価格は2倍になることもある。アパグループ富山支社取締役の能川隆幸(54)は「購入者の半分は60歳以上。利便性を重視して買う人が多い」と言う。

背景に世帯数増

 厚生労働省によると、日本の世帯数は12年に4817万世帯。5年で147万世帯増えた。一方、1世帯当たりの人数は5年で0.06人減り2.57人。一人暮らしの高齢者が増える一方で子どもの数が減ったためだ。

 1世帯当たりの人数が減るなかで世帯数が増え続ける。こんな潮流が続く限り、無駄を減らしたい買い手と価格を維持したい売り手の思惑はスモール商品で一致する。

 家計の負担増という試練はスモール革命の波を加速しそうな雲行きだが、本当の試練はその先に来るのかもしれない。

 国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、日本の世帯数は20年から減少に転じる。食べ物も住まいも、軽自動車が売れるクルマも消費行動の基準は世帯ごと。世帯数の増加基調が崩れれば、スモール革命の均衡も危うくなる。

 味の素の定番商品「クックドゥ」。13年にかけて2人前の品ぞろえを増やした結果、商品全体の国内売上高は2~3%増えたが、安堵もしていられない。「世帯数が減る局面にどう対処するか。必死に考え続けている」と同社家庭用事業部マーケティング担当次長の岡本達也。企業は海外に活路を求めるが、日本経済をどう回していくか。スモール革命の先にある課題は重い。

=敬称略

2014/03/01 本日の日本経済新聞より 「大機小機 「新しい成長」への胎動」

今日の日経注目記事は、日本経済新聞14版の15面(マーケット総合2)にある「大機小機 「新しい成長」への胎動」です。





 内閣府の試算では、2013年のGDPギャップ(国内総生産、実際のGDPと潜在GDPの差の潜在GDPに対する比率)はマイナス1.9%に縮小したという。

 潜在GDPは国内の労働力や生産設備をフル稼働した場合の日本経済の供給力を表す。ようやく需要が追い付いてきたということになる。

 2000年以降でみると、07年を除きGDPギャップは一貫してマイナス。リーマン・ショック直後の09年にはマイナス6.5%を記録した。最近の着実な回復ぶりはデフレ経済からの脱却が視野に入ってきたことを示している。

 実際、完全失業率は直近では4%を大きく下回ってきているし、有効求人倍率は1倍を超えてきた。賃金も厚生労働省の現金給与総額ベースでは前年比プラスに転じている。景気回復は本物になりつつある。

 ところが、今年に入って株価が一進一退を繰り返しているように市場関係者の表情は予想外にさえない。すでにアベノミクスの第1段階の成果は十分に織り込んでおり、今後はむしろ消費税引き上げの影響など悪材料が出やすい局面になる、というのが多数派の見方のようだ。とりわけ、企業の設備投資に火が付いていないことが懸念されている。

 要は景気の持続力に疑問符がつくということなのだが、果たしてそうだろうか。この問題を考える際の重要な視点は、日本経済が「投資主導型」から「消費主導型」へ静かに変わりつつあるということではないか。

 07年までの景気回復は明らかに輸出および設備投資が主導してきた。01年から07年までは、GDP増加分のほとんどすべてはこの2つの需要項目の増加で説明できる。

 ところが昨年までの景気回復局面では、GDPの増加分のほとんどを民間消費支出が生み出しているのである。その結果、民間消費のGDP構成比は11年以降60%を超え、13年は61.2%とこれまでの最高を記録している。

 戦後の景気拡大局面は輸出と設備投資が引っ張った。この意味では製造業が機関車だったのだが、今回は明らかに消費者が主役である。企業収益の拡大が雇用者所得の増加につながれば息の長い成長が期待できるのではないか。「新しい成長の時代」が始まった予感がする。

(一直)