2014/02/04 本日の日本経済新聞より「経済教室 M&Aを考える(下) 企業統治、変化の契機に 井上光太郎 東京工業大学教授」

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の経済教室面にある「M&Aを考える(下) 企業統治、変化の契機に 井上光太郎 東京工業大学教授」です。





 先月、サントリーホールディングスが米ウイスキー大手ビームの買収を発表した。買収額は約1兆6000億円。これまでの日本の食品企業による海外M&A(合併・買収)では最大の金額である。

 M&A助言会社レコフの統計では、この数年間、日本企業による国内M&Aよりも海外M&Aの金額が上回っている。これは、M&Aを自社の成長戦略として積極的に活用しようという大企業が、国内の業界再編から、世界市場を舞台とした業界再編に関心を移していることを示す。筆者自身の実証研究でも、海外M&Aは国内M&Aより発表時の株式市場の評価は高い。

 サントリー自身、2009年にキリンホールディングスとの経営統合交渉に臨んだが合意に至らず、それ以来、海外買収を連続して実施している。最近ではサントリー以外にも、一昨年発表の電通による英イージス買収(買収額約4000億円)、丸紅による米穀物大手ガビロン買収(同2600億円)、ならびにソフトバンクによる米携帯電話スプリントの買収(同約1兆7000億円)など大型の海外M&Aが増えている。

 これら4件の買収に共通することは、第一に投資ファンドなどの「資本の論理」の影響下で当該企業の売却が実施されていること、第二に買収により買い手の日本企業が該当商品・サービス分野の世界シェア5位以内の業界リーダーの位置に立つことだ。

 第一の投資ファンドの影響をみると、丸紅が買収したガビロンは投資ファンドの投資先企業であり、電通が買収したイージス、サントリーが買収したビームの筆頭株主はいずれもアクティビスト系の投資家(もの言う株主)だった。ソフトバンクの買収したスプリントも筆頭株主は割安株をターゲットとしてアクティビズム(株主行動)も行う投資信託だった。いずれの企業の経営者も株主価値増大を強く求められていたのだろう。

 日本企業にとっては、投資ファンドなどの圧力のおかげで大型買収という貴重な機会を得たということができる。投資ファンドは高いリターンの実現のため投資先企業の売却に積極的で、結果的にM&Aを促進させている。海外M&Aの機会を探している日本企業は、欧米投資ファンドの積極的な活動の大きな恩恵を受けている。投資ファンドはリターンのみを求める「ハゲタカ」と言われるが、彼らは自然界のハゲタカ同様に、成熟経済における企業のエコシステム(生態系)を機能させる重要な役割を担っている。

 第二の点は、先進国経済の成熟化と、国際的な市場融合の中で、欧米企業を中心に収益性・成長性の高い事業や市場への選択と集中をM&Aにより世界規模で進めていることが背景にある。

 サントリーと同じ酒類業界では、ビール大手でベルギーのアンハイザー・ブッシュ・インベブや英SABミラーなどが海外M&Aを繰り返し、すでに上位4社で世界シェアの50%を占めている。サントリーがビームを買収したスピリッツ(蒸留酒)業界も、売上高世界上位2社の英ディアジオと仏ペルノ・リカールはともにM&Aを繰り返して他社との規模の差を広げてきた。今回のビーム買収でスピリッツ業界世界10位だったサントリーは3位となり、上位2社との規模の差を縮めた。

 ただし、日米欧のいずれの実証研究でも海外M&A後の買い手企業の株主価値への貢献は限定的だ。平均40%の支配プレミアム(買収先企業の株価に対する買収価格の上乗せ)など買収コストや、シナジー(相乗)効果の実現の難しさが株主価値や収益性の長期的な改善を阻んでいる。買い手企業の経営者にとっては、規模拡大で満足することなく、買収コストを上回るシナジー効果創出が課題となる。

 さらにM&Aを通して世界のリーダー企業になるには、繰り返し大型M&Aが必要になり、今後の買収原資の確保も課題になる。ソフトバンクのスプリント買収も、サントリーのビーム買収も、買収資金の調達は借入金が中心だ。海外M&Aでは株式交換スキーム(枠組み)が使いづらく、世界的にもほとんどは現金買収であり、借り入れが重要な調達手段となる。

 しかし多額の買収資金の借り入れは財務の安定性を低下させ、信用格付けを悪化させるため、早期の資金回収と借入金返済が必要となる。この点は投資ファンドによるLBO(借り入れで資金量を増やした買収)と同じだ。

 企業文化の大きく異なる海外企業を買収してシナジー効果を創出するためには、経営者は多大な時間と労力を費やす必要がある。同時に借入金の早期返済のため、非コア事業の売却など必要なリストラクチャリング(事業の再構築)を迅速に意思決定できる経営者と、そのノウハウが要求されるだろう。

 実際にソフトバンクはスプリントの人員整理を買収後から継続して実行している。成功へのハードルが高い海外M&Aを実施するのは、経営者自身が自らの経営手腕や経営目的に強い自信を持ち、積極的にリスクテイクする企業ということになるだろう。

 カリフォルニア大学バークレー校のウルリケ・マルメンディア教授などの実証研究では、米国においては強い自信を持つ傾向のある最高経営責任者(CEO)の方がM&Aを頻繁に実施する傾向を示している。ソフトバンクの孫正義社長、そしてサントリーの佐治信忠社長もそうした経営者イメージに一致するように思える。もっともマルメンディア教授の研究では、強い自信をもったCEOは自社の保有現金で事業多角化のM&Aをする傾向が強いと指摘しており、この点は上述の借り入れによる同業他社の買収とは一致しない。

 海外M&A後の経営では、異なる企業文化や経営スタイル、またはコーポレートガバナンス(企業統治)に対する考え方がぶつかり合う。最新のオハイオ州立大学のレネ・スタルツ教授などの研究をはじめとする多くの研究が、買い手による買収先企業のコーポレートガバナンスの改善が価値創出につながっていることを報告している。しかし、日本企業を見るとそれとは逆に、海外M&Aが買い手企業である日本企業のガバナンスに大きな影響を与えている。

 過去に大型の海外M&Aをした日本板硝子や武田薬品工業は、自社の取締役会に外国人を迎えることに加え、一時的にせよ外国人を経営トップに迎え入れている。電通は、イージス買収に伴うのれん代(買収額が純資産を上回る分の差額)の償却負担を軽減するため国際会計基準への移行を予定している。

 海外M&Aは、経営上または会計上の必要性を通して、買い手である日本企業のコーポレートガバナンスに明確な影響を与えている。これは従来の日本企業による本体での海外進出や、国内M&Aでは観察されなかった現象だ。海外M&Aは、従来とは異なる経営を企業に促す。買収後の最適なコーポレートガバナンスを受け入れ、これを生かしていく柔軟さが求められる。

 海外M&Aを積極的に活用する日本企業は、海外企業の経営とシナジー効果創出に自信に満ち、必要なリストラクチャリングをいとわない経営者がいる企業だろう。また、自社のコーポレートガバナンスの大きな変化も積極的に受け入れる企業だろう。逆に買収後に必要な経営上の行動や変化を怠る企業は、長期的な成長を実現することは難しいかもしれない。そうすると、今後も日本企業による大型M&Aは少数にとどまるだろう。ここ数年の日本企業の大型海外M&Aは、前述の条件をそろえた数少ない企業が、投資ファンドなどの助けも借りながら、世界のリーダー企業へのトーナメント戦を戦っていると理解すべきだろう。

<ポイント>○相次ぐ海外M&Aの背景に投資家の圧力○先進国市場の成熟と国際市場融合も影響○大型買収は世界のリーダー企業への戦い

 いのうえ・こうたろう 66年生まれ。筑波大博士。専門はコーポレートファイナンス

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