2014/02/03 本日の日本経済新聞より「経済教室 M&Aを考える(上) 国際的人材育成の機会に 伊藤邦雄 一橋大学教授」

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の経済教室面にある「M&Aを考える(上) 国際的人材育成の機会に 伊藤邦雄 一橋大学教授」です。





 「日本の大企業はアジアをはじめ世界市場でNATO軍と揶揄(やゆ)されています」。先日会った、世界に挑み実績を上げつつある若手ベンチャー経営者の言葉である。「NATO」とは「ノー・アクション・トーク・オンリー」の略だ。日本企業は海外で調査やヒアリングばかりして、リスクに挑む行動を起こさない。「このままでは世界の変化についていけない」との危機感が込められている。

 だが、こんな危機感を吹き飛ばすかのような事象が起こっている。日本企業による海外企業の大型買収である。1月13日、サントリーホールディングスが、「ジムビーム」など世界的なブランドをもつ蒸留酒メーカーの米国ビーム社を約1.65兆円で買収すると発表した。これはソフトバンクによる米スプリント買収に次ぐ規模である。サントリーは蒸留酒で世界10位から3位に躍り出る。

 とはいえ、今回の買収劇は唐突なものではない。サントリーは近年、海外の飲料会社を数度にわたり精力的に買収してきたからだ。その意味で、今回は戦略ストーリーの一環といえる。

 かつてM&A(合併・買収)が苦手といわれた日本企業も、今日ではM&Aを重要な戦略として位置付けるようになった。とりわけ最近、海外企業を対象とした大型買収が相次いでいる。推移をみると2000年代後半に海外M&Aが顕著に増加している。12年には金額ベースでリーマン危機前の水準に戻り、件数ベースではピークに達した。13年は急激な円安に振れ、海外企業の買収には逆風となったが、高水準を維持している。

 近年の海外買収の背景には、高齢化・人口減による国内市場の成熟化に伴い、成長の機会をアジアなどのグローバル市場に求める動きがある。また、手厚い手元流動性の有効活用、低金利による買収資金の調達コストの安さなども、そうした動きを加速している。

 海外だけでなく、国内に目を転じても、最近は戦略的に賢い買収が見られる。昨年12月、セブン&アイ・ホールディングスはカタログ通販大手のニッセンの買収を発表した。セブンのかねての課題はネット通販であり、一方でニッセンにとってはセブンの膨大な顧客基盤と多彩な品ぞろえが魅力だ。その意味でシナジー(相乗)効果が期待される組み合わせだ。内需をさらに取り込もうとする、海外買収とは対照的な戦略といえる。

 振り返ると、その時は華々しく取り上げられた大規模な海外買収も、その後の軌跡をたどると回復不能なほどの蹉跌(さてつ)や困難に直面し、競争力を劣化させた例が少なくない。M&Aはまさに競争力を強化するか劣化させてしまうかの「分水嶺」ともいえる。

 以下、海外買収を想定しながら、陥りやすい罠(わな)と、それを回避し成功に導くための留意点を論じてみよう。これらは程度の差こそあれ国内M&Aにも相通ずる。

 最近、連続して海外企業の買収を成就した日本企業に共通する興味深い特徴がある。それは買収した企業で働いていた外国人の経営スタッフを、その後のM&A候補の探索・選定や交渉に活用している点である。

 彼らは日本企業のスタッフと比べて情報収集力、コミュニケーション能力や交渉力にたけており、その意味でグローバル人材でもある。買収された企業の人材を上から目線ではなく、貴重な無形資産として存分に活用するのである。また、日本の本社人材をそうしたM&Aチームに入れることで、グローバルな経営感覚や交渉力を体得する機会を与えることができる。

 M&Aは買収候補の探索から始まる。「欲しい会社がいつ売りに出るかわからないし、また欲しい会社でないのがポッと売りに出てくるので、M&Aは難しい」という声をよく聞く。つまり、M&Aには「運」の要素が大きい、というわけだ。

 買収の際には探索などに投資銀行やコンサルタントを利用することが多い。日本企業は海外買収の経験が乏しいため、社外の専門家を利用するのが通例である。日本企業にはM&Aの専門家が社内に決定的に不足しているからだ。

 しかし、今後は再考の必要がある。先の買収先の戦略スタッフの活用もその有効策だが、普段からM&A専門チームを社内に設け、日ごろから買収戦略を緻密に練っておくことだ。売り物が出てから泥縄で検討するのではなく、あらかじめ買収先候補を精査しておくことである。

 要は、自前のM&A部隊や専門家を育成し、自社内にノウハウの蓄積を図るべきである。外部のコンサルタントに頼りすぎず、むしろ買収先が絞り込まれてから企業評価などの局面でコンサルタントを活用すべきだ。

 成長を目指した買収戦略は見方を変えればリスク戦略でもある。リスクをいかに最小化するかが問われる。潜在的なリスクの一つは、買収に際して発生する「のれん」である。のれんは、買収額が純資産額を上回る分の差額であり、買収される側の企業のブランド価値や将来利益にあたる。買収先の業績が予想に反して低落すれば、のれんの減損を迫られる。

 減損額が大きければ、大きなダメージを受ける。最悪のシナリオをも想定し、そのインパクトを予測しておくことも必要である。いわゆる「ストレステスト」を実施しておくべきだ。例えば、自己資本との関係でどこまで悪材料を吸収できるかをシミュレーションしておくのである。この点で、サントリーの今回の買収は巨額ののれんを発生させ、同社の自己資本の規模との関係で潜在的に大きなリスクをはらむ。

 こうした視点は買収価格の決定にも有効である。どこまでプレミアム(買収先企業の株価に対する買収額の上乗せ分)を引き上げられるか、ストレステストを勘案しながら判断するのだ。M&Aには「勝者の呪い」というものがある。買収合戦に競り勝った企業が、シナジーの過大評価により割高なプレミアムを支払ってしまうことを言う。「呪い」を回避するには、買収側の経営陣が自社のシナジー創出能力を楽観的に過大評価しないことも大事である。

 買収後に決まって悩む問題が、ガバナンス(統治)の一環としての現地の経営人材の処遇である。かつて買収先の経営者に遠慮し、全面的に権限を委譲したがゆえに、あるいは逆に現地の経営に干渉しすぎたがゆえに挫折したケースは枚挙にいとまがない。買収先の経営人材の能力を早く見極め、現地の経営を取り巻く状況を精査した上で、適切と思われるガバナンスの型を確立すべきである。

 かつてソフトバンクの孫正義社長は、買収した企業で「融和」を重んじ当初は「ノー」と言わなかった。だが、その危うさに気付き、その後は不退転の覚悟で言うべきことはハッキリと主張する姿勢に改めることで買収を成功に導いた。M&Aには集中的な「学習」が必要である。

 M&Aは「多文化マネジメント」を迫られる。買収とは多かれ少なかれ自社とは異なる文化をもつ企業と密に「つながり」をもつことである。海外買収はとりわけその色彩が濃い。M&Aを自社のグローバル人材育成の貴重な機会として有効活用すべきだ。サントリーの今回の大型買収劇が、日本企業の人材育成を含めたグローバル経営への本格的な一歩となることを期待したい。

<ポイント>○日本企業による海外企業の大型買収相次ぐ○M&Aが競争力を劣化させるケースも多い○海外企業買収は多文化マネジメントが必要

 いとう・くにお 51年生まれ。一橋大博士。専門は会計学、企業経営論、企業評価論

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