2014/02/05 本日の日本経済新聞より 「それでも親子 星野リゾート社長 星野佳路さん 家業を継ぎ、父はライバルに」

今日の日経注目記事は、日本経済新聞14版30の面(生活)にある「それでも親子 星野リゾート社長 星野佳路さん 家業を継ぎ、父はライバルに」です。

同族会社の経営、父から子への事業継承といったあまり知られざる内面が書かれており、大変興味深い。事業継承後、間もなくして経営方針を大幅に転換させ、その後の成長につなげた現社長の手綱さばきは、前代に見せつけたセンスであり、非常に印象に残る。

 ――昨年4月、父で前社長だった嘉助さんは79歳で亡くなりました。どんなお父さんでしたか。

 「アイデアマンであり、西洋好き、自由奔放、そして(創業地である)軽井沢好きでした。軽井沢で野鳥の写真を撮るのが趣味でした。感情や好き嫌いが表情にすぐ出るような面もありました。『今、うそをついているな』とすぐ分かってしまうような人でした」

 ――お父さんから星野温泉(現星野リゾート)という家業を継いで23年。その間、お父さんは亡くなるまで会長職を務めました。

 「父から私への事業継承は、決してスムーズではなく、衝突もありました。例えば人材活用。父は、旅館スタッフのモチベーションは自己責任という考え。私は雇用した人に長く勤めてもらえる環境を作るのは会社の責任という経営です。時代背景が異なるので、どちらが正しいとは単純に言い切れませんが、互いに譲れない部分があったのだと思います」

 「私が社長に就いてからは、父に経営者として挑戦し、父も私を後継者として評価する関係でした。父の時代にはやらなかったような事業改革を行ったこともあり、子どもの頃のように頼る頼られるの関係ではなく、経営視点を持つライバルという関係が加わり、亡くなるまで元の親子に戻ることはありませんでした」

 ――お父さんを超えたと思いますか。

 「1995年、軽井沢で大規模投資してホテルブレストンコートを開業してから業績が伸びています。2001年には全国展開のきっかけとなった新施設、リゾナーレの運営を山梨で始めました。この頃から経営方針に関して、父はあまり口を挟まなくなりました。今思えば、この時期が転換点だったかもしれません」

 「ただ、人を介して父の話を聞くと、父は社内外で私の自慢話をしていたそうです。『売り上げが伸びているんだよな』などと業績を話題にして、私のことをほめてくれていたのです」

 ――家業は今年で100年目。先代であるお父さんをどう評価しますか。

 「星野リゾートは同族経営。ファミリービジネスです。父は先代がつないできたたすきを受け取りました。前の世代に対する恩返しです。ファミリービジネスは長く続いてきたという点で、事業として確かな基盤があります。父はそれを守り、成長させました」

 「私も幼少のころ、祖父が対外的に『うちの跡取りです』と公言するくらいだったので、家業を継ぐのは必然だと思っていました。私には12歳の長男がいます。彼が成長した時、会社がどのような姿になっているかは分かりません。だが、たすきをつなげるというメッセージは伝えます」

ほしの・よしはる 長野県出身。1983年、慶応義塾大学経済学部卒。91年から現職。10日に「星野佳路と考えるファミリービジネスマネジメント」(日経BP社)を発刊。53歳。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です