2014/04/12 本日の日本経済新聞より 「エネルギー、将来像見えず」

基本計画、「原発ゼロ」は撤回

当面は火力に依存

政府は11日に閣議決定したエネルギー基本計画で、民主党政権が掲げた「原発ゼロ」を撤回した。安全が確認された原発を動かす方針も記し、全基が止まっている原発の再稼働に一歩踏み出した。ただ、原子力、ガス、石炭などの電源構成の明示は先送りした。当面は化石燃料を燃やす火力に依存せざるを得ず、エネルギー政策の将来像は描ききれていない

今日は、日本経済新聞14版の3面(総合2)にある「エネルギー、将来像見えず」から、政府がエネルギー基本計画をまとめる上での背景を考察し、独自に核心へと迫ってみる。

国家のエネルギー基本戦略は、次の優先順位により検討されるべきものである。

  1. 安価であるか
  2. 安定しているか
  3. 調達上のリスクはコントロールできるか

この優先順位に外部環境、内部環境、そして時間軸を加味し、現状での分析を行い、最適化するはずである。

現状は、グローバル化とダイバーシティによりG0化しており、また、態度やニュアンスの強弱はあるものの、各国とも経済を最優先に意思決定が進んでいる。これらを踏まえると、まず、自国で完結するスキームが最適である。そのため、原子力発電、それから日本の純国産資源としては希少な石炭による火力発電は、他の熱源、例えばLNGや石油などに比べて、相対的に優位性がある。

では、その優位性を発揮できない原因は何か。それぞれを分析してみた。

  • 原子力発電
    様々な危険を伴うハイリスクでいて、ハイリターンという魅力があるエネルギー源である
  • 石炭による火力発電
    省CO2のグローバルトレンドに逆行する

ところで、話は1903年にさかのぼる。まだ、第一次世界大戦の前である。この年、後に世界に革命を起こす結果がもたらされた。それは、ライト兄弟による飛行機での有人動力飛行である。

人類は1903年に飛行機を生み出し、それは、わずか40年後の第二次世界大戦において戦闘結果を左右するまでに発展させた。そして2014年の今、飛行機事故は自動車事故よりも発生可能性が低いそうである。この110年余りの人類の英知と努力により、空を飛行するという大変危険な行為は、極めて安全なものに変貌した。

今般、エネルギーの輸入に頼らざるを得ない日本、この弱みをどのように克服するのか。また、戦後の技術立国としてのポジショニング、国家の弱み克服にこの強みを生かせないのか。技術力を原子力に活かせそうな国家は、それほど多くない中で、日本はチャレンジャーたる資格や経験を有している。これは人類世界でコンセンサスを得られる日本への評価でもあり、日本にとって21世紀にチャレンジし甲斐のあるテーマが原子力である。そして、この動機たるや、まさに日本の内部によって決定できる。


次に、石炭火力発電についてである。日本が石炭を産出できるということは、他国との比較で相対的な強みとは言えないが、自助のために活かせる資源という意味では有効な資源である。その有効な資源が省CO2という国際的なスローガンにより、劣位におとしめられている。石炭との比較で相対的にCO2の排出量が少なく、高額な石油やLNGを使うよう、圧力がかかっている。

では、省CO2に関する取り組みが以下の二者択一の場合、日本はどちらが適しているのだろうか。

  1. 石炭よりも石油やLNGを使用して省C2を目指す
  2. 石油やLNGよりも省CO2な資源として、石炭の省CO2技術を開発する

言わずもがなである。厳しい制約条件を乗り越えて未来を切り開いてきた日本が取るべき選択肢は、2.である。

さて、石油やLNGを産出し、その消費拡大を願う国家は、200を超える国家の中でも一握りである。ただし、これはマイノリティではない。ピラミッドの頂点というポジションにある。強力な売り手市場を形成し、買い手の国論をさえも左右できる非常に強い力を持っているいわゆる支配層である。買い手にある国家はこの支配層のの支配下にある。「石炭は石油やLNGと比べ、CO2排出量が多くなるので使うな。」、これは産油国などの論理であり、資源調達国家に先の二者択一の選択の余地を与えていない。日本のような技術大国が政策(国策)で石炭の省CO2技術を開発すれば、自国の利益(国益)になり、その技術を他の省資源国家に提供すれば、巡り巡って支配層の関係に新しい風をもたらすことが可能である。

二酸化炭素排出量が増え、オゾン層を破壊しつつある現状を憂うのは、CO2が温暖化につながっていると信じている人間の共通の認識である。しかし、温暖化にはフレアや宇宙線など諸説あり、科学的根拠がはっきりとしていない。


人類の英知でも解明し切れていない温暖化であるが、その疑いが残る部分に目をつむったとしても、「解決手段として、石炭を使うのを止めましょう。」と、支配層が用意したストーリーで省CO2を実現させようとするのは、利害を絡めているだけあって、賛成できない。二酸化炭素の排出を抑制する仕組みの浸透ではなく、資源の選択で物事を解決しようとしても、省CO2は実現するはずもない。そういう破たんした論理に有効な反論もできない日本の政治家、官僚には、国家を代表して交渉のテーブルに着く資格はない。現に、石油をきちんと製錬せずに消費させている国家から、大量のPM2.5が降り注いでいる。先の論理破綻の好事例である。


国家には国益があり、国益を守るのは政治の役割である。

例えば、米国は、その運用によって世界に影響があるドルの流動性を自国の利益で増減させている。基軸通貨に押し上げたドルを自国の利益のために運用している。この運用を行うFRB議長は国家、つまり国益の代表者である大統領が任命する。つまりドルの流動性は国益の意向により操作される。

また、ロシアは、政治的対立の際の交渉の道具として、各国とのLNGの取引において供給をコントロールする。自国の利益を最大化するための手段であり、一連の結果は全て大統領の意向である。


先のPM2.5の発生地、中国では、自国通貨を操作し、外貨を稼ぐ一方、内部未整備という理由で、様々な問題を放置する。軍備増強は著しいにもかかわらず、国営石油精製工場の設備更新はいつまでも着手する気配を見せない。

このように各国の国際協調は幻想とも思える中、日本は自国の急所であるエネルギー分野において、自国の事情を踏まえた政策を打ち出せない。経常赤字が定着し、国富が流出している非常事態であるにもかかわらず、自国の事情を押し通せない。その負担は結局、国民に押し付けられる。


以上をまとめると、優位性を発揮できない原因は、次のとおりである。

  1. 原子力を扱う技術や経験不足
  2. エネルギー支配層の呪縛に太刀打ちできない政治

他にも、原因らしきものはあろうかと思うが、まずは上記の原因を取り除けば、自国内で完結するエネルギー基本計画というものに近づく。2については他国との関係であり、日本の国力によるため、一朝一夕とはいかない。しかし、1の技術や経験については、中長期で十分に整備可能と考えられる。今回、政府は原子力発電をベースロード電源というニュアンスで位置づけているが、これは、国策で1の原子力を扱う技術や経験不足を解消させ、基盤としたい意向がうかがい知れる。ライト兄弟は当時、自らの命を懸け、人類の未来を切り開いてくれたように、我々は、人類の英知を原子力技術に注ぎ込み、原子力を克服すべきではないか。

「脱原発」というスローガンの先にある施策、例えば風力や地熱も並行してという意見もあるかもしれないが、先進国で危機的とも言える財政状況を鑑みれば、資源の投入先はいたずらに多様化すべきではない。現に多数保有している原子力発電所という資源を活かさない施策は、税金の無駄遣いというそしりもあろう。原子力に国策で取り組んできた以上、東日本大震災という結果だけでこれまでの取り組みを全て放棄するのでは、エネルギー施策など永遠に地につかない。大震災による亡き御霊に捧げるべき自戒の念は想定を怠ったことにあり、その反省を国策で活かす必要がある。

今は、原子力に対しての賛否が二極化し、その隔たりが大きいため、現在は、将来像をはっきりと提示してない方針と思われるが、エネルギー基本計画は、このような背景と核心により構築されていると筆者は考えている。

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