2014/04/16 本日の日本経済新聞より 「外国人 5年ぶり増」

今日は、日本経済新聞14版の3面(総合2)にある「外国人 5年ぶり増」から、要点と所感を整理する。

総務省が15日発表した人口推計によれば、外国人が5年ぶりに増加に転じた。2013年10月1日時点で159万人と前年から2%増えた。一方、日本人は3年連続で減った。「働く世代」が急激に減るなかで、女性、高齢者とともに、外国人の活用論議が広がりそうだ。

3カ月以上、日本にいる外国人の数を数えた。08年のリーマン・ショックから4年連続で減ったが、景気回復と原発事故への不安の後退で、再び増加に転じた。日本人は25万3千人減ったが、外国人が3万7000人移り住んだことがある程度影響を和らげた。

総務省の数字に基づき人数を地域別に計算すると、最も増えたのは7千人増の東京都で、愛知県の4千人増が続く。神奈川県、静岡県は3千人増えた。「東海地方の製造業や首都圏の流通サービス業で外国人が増えているとみられる」(第一生命経済研究所の熊野英生首席エコノミスト)

外国人が増えている地域は人口全体の伸びも目立つ。都道府県別の人口の伸び率は、東京都が0.53%と前年の0.25%を上回った。愛知県も0.21%、神奈川県も0.13%と前年を超えた。一方、人口が減っている秋田県(マイナス1.18%)、青森県(マイナス1.04%)、山形県(マイナス0.90%)はいずれも減少率が拡大した。仕事を求める若い世代が地方から都市に移り住んでいるためだ。

その結果、地方で一段と高齢化が進んでいる。人口に占める65歳以上の割合は秋田県がトップの31.6%で、青森県や山形県も全国平均の25.1%を大きく上回る。一方、東京都や愛知県、神奈川県は22%前後と若い。

今回の調査で、生まれた人の数が亡くなった人を上回る「自然増」は東京・愛知・神奈川と沖縄・滋賀の人口が流れ込んでいる5都県だけ。若い世代が都市に移り住み、さらに子どもを生んで、地方との格差が一段と広がりつつある。

ただ長期的に見れば人口の減少は避けられず、人手不足が深刻になる。日本にとって外国人の受け入れ拡大は避けて通れない議論だ。

国家は予算が成立しなければ存続しえない。その予算執行はGDPに寄与しており、国力の一端を示すものである。世界の地勢上、日本の国力が小さくなれば、相対的に国外が大きくなり、様々な影響を受けやすくなる。影響が大きければ大きいほど、国体に及ぼす力も大きくなり、結果として国民一人一人への影響も大きくなる。

よって、予算は自律成長するのが望ましいが、現状、国富の減少に拍車がかかりつつあり、予算の自律成長が望めない。例えば、人口減、これは人的資源という国富の減少である。金融緩和、これは円という価値の減少であり、他国通貨との関係において国富の減少であり、国内資産価値の減少である。予算には自律収縮というベクトルが働いている最中である。

こうした状況の中、国家は予算の確保、自律成長に向けて、消費税増税、相続税強化、個人所得税率強化、出国税の検討など、様々な手立てを講じ、税源確保にまい進している。法人を含めた国民から徴税強化を行っているわけである。

しかし、これでは国民は疲弊してしまう。また、経済のけん引役は資本家であるが、経済の健全な育成には新創業の資本家予備軍が必要であるが、稼いだ所得を消費や投資に回せず、彼らの創業意欲のモチベーションとならない。

国家予算というのは、膨張するにつれて予算浪費が多くなる。国家官僚は無駄を省くとか、質素倹約という発想がなく、いかに予算枠を拡大するかという一点突破でしかない。地方官僚は国家財源が当てにできなくなったあたりから、徐々に質素倹約や工夫を凝らすようになってきているが、そういう苦労を知らない国家官僚は国家の仕組みを考えることばかりに時間を割き、組織の効率性や生産性を改める発送がない。

また、そういう圧力は政治家が官僚に切り込んでいくべきものであるが、既に政治家と官僚の間には、持ちつ持たれつの風土が出来上がってしまっており、新進気鋭の政治家が出てきたとしても、風土に立ち向かえない。

よって、予算膨張に組するつもりはないが、少なくとも、国家財政の健全化や安定化には、単なる工夫ではなく、制度設計の変更が必要である。そこで、以下の2点を提言する。

  1. 税金を納める個人と法人の数を増やす
  2. 国が徴税によらず、稼ぐ手段を持つ

1については、以下の政策を同時並行的に実施する。

  • 出生率の向上策
  • 就労ビザの緩和による外国人労働者の受け入れ

出生率の向上策について、諸条件が整えば、子供を産みたい家庭はたくさんある。かつては、大家族という環境の中で負担を分かち合う仕組みがあった。かつての成功事例を参考に、家族観が変化した現代に受け入れられる新たな環境づくりを進める。

その際に必要なのは、テーマを決め、省庁横断的なプロジェクトチームを作り、物事を動かし、プロジェクトチームが成果を残していくことである。現状、よく見られるスタイルが諮問機関による提言を各省庁が実行するというものであるが、これではPDCAのサイクルが分断されてしまい、責任の所在が不明確となる。

例えば、保育園不足の問題、幼保一体化という愚策、これは民主党の傀儡であった諮問機関が出した提言である。幼稚園の手助けを受けながら家庭でも子育てしたい親元にいる子、子育てに十分に時間が取れない親元にいる子、環境が全く異なる子を同じ園に通わせ、どちらの親の不満足も増長する結果となっている。文部科学省の幼稚園、厚生労働省の保育園、こういう二重行政を解消するという主眼が先行し、そもそも、サービスを受ける親の気持ちに寄り添っていないのが明らかであり、PDCAのPの段階から間違っている。こういうPのところに利害働くケースは軒並み失敗である。

外国人労働者の受け入れは、受け入れる側の仕組みの設計の問題も大きいが、他国で稼ぐ、つまり外国人が自らの時間提供によって他国の国富を自らの懐に収めるわけである。外国人が外国に国籍を持っている以上、自国人が時間提供の対価を得るケースと平等であってはならない。しっかりした労働の受け皿を用意し、日本の賃金や社会制度といった雇用体系の仕組みの中で、円という外貨を獲得しやすくする。外国人にまずGIVEするわけである。そういうお膳立ての下で、外国人の所得税率は日本国籍を持つ人間より高くし、外国人からTAKEする。制度設計の概略でしかないが、Win/Winの制度を構築し、国家への貢献に応じて自国民の制度に近いものに変化させてゆけばよい。

また、こうした外国人の受け入れの際に移民の話が出るが、筆者は反対である。移民街ができた時のリスクをコントロールできるほど、官僚は偉くなく、国として移民を直視した経験もないためである。一つの事例として、ウクライナのように新ロ派いわく、ロシア移民が武装蜂起するなど、移民により自国民が安心して暮らせない国家に落ちぶれてはならない。民族自決は起こりうるもの、日本人は日本という国家を著しく毀損された歴史がなく、感覚に乏しいが、想定しておかなければならない。

日本という就労環境は、外国人にとってなお魅力的である。安全であり、円貨は相対的に価値があり、最低賃金制度など労働環境も整っている。現在のように、ビザ発給による規制は入口のハードルを高くしているが、その高いハードルを越えた外国人がすべて日本に貢献しているとは限らない。ゲートを下げ、流入量を増やし、国内で切磋琢磨する外国人を大事にする仕組みが望ましい。

こうしたスキームにより、労働人口を増やす。労働者が増えれば法人は必ず増える。個人や法人は国家の大事な資源であり、これを育むことが大事である。

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