2014/05/14 本日の日本経済新聞より「経済教室 視界不良の中国経済(上) 官民の不公平分配、限界に 梶谷懐 神戸大学教授」

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の経済教室面にある「視界不良の中国経済(上) 官民の不公平分配、限界に 梶谷懐 神戸大学教授」です。





〈ポイント〉○近年の景気対策では収益率低下でも投資増○国有と民間では「差別的」な賃金格差が持続○パイ拡大による非効率の温存は長続きせず

 習近平政権が2年目に入り、昨年秋の中国共産党中央委員会第3回全体会議(3中全会)ではかなり踏み込んだ経済改革の方針が打ち出された。にもかかわらず、中国経済の現状や今後の予測に関する判断は、専門家の間で必ずしも一致していない。

 見解が分かれるのは、中国の場合、経済格差や環境汚染、影の銀行を巡るリスクなど、判断の難しい経済現象が起きているというだけではなく、それらを生み出す経済システム全体をどう評価するのかという、より難しい問題を避けて通れないからである。

 もっとも中国経済が今世紀に入り、その成長を固定資産投資に依存する「投資過剰」ともいうべき状況を呈してきたこと、それが様々な問題の背景にあることについては、大方の意見は一致している。

 投資が過剰気味の状態にあるといっても、2008年のリーマン・ショックの前後ではメカニズムは大きく異なる。ここでショック前を投資過剰経済の第1段階、その後を第2段階としておこう。

 第1段階では、労働者への賃金支払いを圧縮して高水準の設備投資を実施するという企業行動が1つのカギであった。米ブルッキングス研究所のデビッド・ドラー上級フェローとノースウェスタン大学のベンジャミン・ジョーンズ准教授は、中国の国内総生産(GDP)に占める高い総資本形成の比率と、低い労働分配率を表裏一体ととらえ、以下のような分析をしている。

 中国では戸籍制度のもとで労働力の移動が制限され、特に農村から都市に出稼ぎに来た非熟練労働者(農民工)は不利な就業を強いられた。このため、農民工の賃金上昇率は工業部門の限界労働生産性(1単位の労働を追加した場合の付加価値の伸び)を大きく下回る状況が続いた。

 安価な労働力を利用することにより、国有企業を中心とする都市の工業部門では設備投資の余裕が出て資本蓄積や技術進歩が生じ、生産性が向上する。このことにより国有部門などの正規労働者の賃金は上昇するが、農民工はあまり上がらず、賃金ギャップはますます拡大する。

 同時に設備投資の増加と賃金の抑制からマクロの労働分配率が低下し、社会保障制度の不備を背景に家計の貯蓄率が上昇する。膨れあがった家計の貯蓄は資本市場への政府の介入により、一部の国有部門における固定資産投資へと「動員」される。このようなメカニズムから、部門間の格差拡大と過剰な投資が並行して進んだという見解である。

 ただし、この論理はリーマン・ショック後の状況下では厳密には成り立たない。「民工荒」ともいわれる単純労働者の不足が深刻になった結果、各地で最低賃金が上昇し、労働分配率が改善したためだ。

 労働分配率の上昇は資本分配率の低下を意味する。一定の条件のもとでは、それは資本収益率の低下をもたらす。通常なら投資の減少につながるはずである。ところが実際は09年以降、GDPに占める総資本形成の比率はむしろ大幅に伸び、ほぼ50%近くと驚異的な数字を記録している。

 このような第2段階の投資過剰経済の主役は、リーマン・ショック後の大規模な景気刺激策と、その大半を丸投げされた地方政府である。地方政府は地方債の発行が自由にできず、銀行からの政府の借り入れは厳しく制限されているため、「融資プラットフォーム」と呼ぶダミー会社を通じて資金を調達し、都市のインフラやマンションなどの建設を大々的に進めた。

 中国人民銀行は大胆な金融緩和を実施し、地方政府の資金調達を支援した。それによって生じる不動産価格の上昇期待が資本の収益率の低下を補い、さらなる投資の呼び水となった。収益率の低下にもかかわらず、民間資本も含め高水準の投資が持続したのは、それがキャピタルゲイン(資産の値上がり益)への期待に支えられた資産バブルの発生と切り離せないものであったことを物語っている。

 投資過剰経済の第1、第2段階を通じて、投資は国有部門に集中してきた。その結果、国有部門の賃金は非国有部門よりも大きく上昇した。図は国有企業を基準にした場合の、企業形態別の賃金水準がどのように推移してきたかを示したものである。

 外資系企業の給与水準が一貫して最も高いが、今世紀に入り国有企業との格差は急速に縮まってきた。金融、電力、石油化学、通信など独占的な利潤を享受する国有企業の賃金水準が急上昇し、外資企業に近づいたためである。また年々数が増えている私営企業の平均的な賃金水準は国有企業の半分程度でしかない。

 北京大学の夏慶傑教授らのグループは、都市住民の賃金格差がどのように拡大してきたのかを明らかにする研究を行っている。彼らはブラインダー・ワハカ分解と呼ぶ手法で部門間の賃金格差のうち合理的には説明できない「差別」の要因がどの程度の比率を占めるのかを推計した。

 この手法は人的資本論に基づいた賃金関数の推計を通じて、グループ間の賃金格差のうち、就学年数や経験年数といった属性の違いから説明される部分を取り出し、残った説明されない部分を差別と考えるものである。夏教授らによれば、国有企業と非国有企業間の賃金格差のうち、業種や個人の属性では説明できない「差別」に当たるものの割合が、07年には80%にも達しているという。

 国有・非国有の企業間の賃金格差が、生産性の違いなどに裏付けられない「差別」的なものだということは、経済全体で非常に非効率な資源配分が生じていることを示唆している。このような非効率性が存在すること自体は、中国経済の将来を評価する際に必ずしも悪い材料にはならない。もしこれから改善に向かうならば、中国経済の生産性を向上させ、成長を後押しする大きな要因になるからだ。

 その半面、このような資源配分のゆがみは、これまでの高いパフォーマンスで中国経済全体のけん引役を果たしてきた非国有部門や非熟練労働者に対し、その「果実」が十分に分配されてこなかった、ということを示している。その意味では、人々の「不公平感」を強くかきたてるような現象だといってよい。

 リーマン・ショック後は前述のように非熟練労働者の賃金水準が上昇し、所得格差の大きさを示す全国のジニ係数(政府公表値)は、08年をピークに若干の低下傾向をみせている。だが地方政府の旺盛な投資により資本の過剰蓄積は第1段階に比べむしろ深刻化しており、不動産価格の上昇による資産格差や、政治的地位を利用した「灰色収入」(合法と非合法の間に位置する不透明な収入)の拡大など、新たな格差拡大の要因が生じている。

 これまで中国政府は大規模な景気刺激策などを通じ、いわばパイの持続的な拡大を図ることで、このような非効率かつ不公平な分配がもたらす問題が顕在化することを回避してきた。しかし、そのパイを拡大するメカニズム自体が、部門間の配分を不公平にする要因になってきたことを考えると、このような問題の先送りは限界に来ていよう。

 労働人口の減少もあって長期的な成長率の低下が見込まれるなかで、社会的な公正さや経済の効率性に反するような国有部門の特権的な地位にメスを入れるのは、もはや避けられない状況にある。既得権益に大胆に切り込む改革を実施するうえでは、単に経済面に限らず「法の支配」や「政府の説明責任」の確立といった政治面における改革の実行も、重い課題として現政権にのしかかってくるだろう。

 かじたに・かい 70年生まれ。神戸大博士(経済学)。専門は現代中国経済

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