2014/08/10 本日の日本経済新聞より「中外時評 「忘れない」という規範 ドイツから何を学ぶか 論説委員 小林省太」

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の日曜に考える面にある「「忘れない」という規範 ドイツから何を学ぶか 論説委員 小林省太」です。

当時の日本が歩んだ道については諸説ありますが、ドイツが戦後、ヨーロッパ諸国の国々と隣人のように接することができたのに対し、日本は戦前の脱亜入欧、脱亜論、興亜論などの議論により、アジア全体を劣位に見ていたのは事実で、その中での強国を目指したる文化や風土が日本国民の中にあったため、隣人たる感覚を持ちえず、他国へ干渉した歴史を未だに真っ向から否定できないために、融和に向かわないのではないか、このように感じるところです。





 普通にいうなら「意志」だろう。しかしもっと強い、強迫観念とまではいわないが、かくあらねばならぬという「規範意識」、そんなものを感じる。

 第1次世界大戦の勃発から100年のことし、ヨーロッパではこれを機に20世紀を振り返る試みが盛んだ。とくにドイツでは、第2次大戦勃発から75年、ベルリンの壁崩壊から25年と合わせて歴史に向き合おうという姿勢が顕著にみられる。そこにあるのが両大戦の敗戦国として「過去を忘れてはならない」という規範意識なのである。

 博物館や図書館、公文書館、市民団体を回り、展示や催しなどを通じて「20世紀のドイツ」を考える機会があった。100年という節目の大きさからいって中心は第1次大戦である。地上戦を特徴づけた深さ6メートルに及ぶ塹壕(ざんごう)を当時の資材で復元した展示、ドイツ皇帝のメモ書きが入った開戦前夜の公文書などを目にした。市民の手紙やポスターなどはインターネットでも見ることができる。

 「公平な視点」ということだろうか。開戦直後、中立国ベルギーを侵略したドイツ軍によって虐殺された人々の痛ましい死に顔の写真が、何十枚と並べられていたりもする。

 しかし、この国の20世紀に最も深い傷を残すのは、もちろん、ナチスのユダヤ人大量虐殺(ホロコースト)である。負の歴史をどう直視し、どう清算しようとしてきたか。ドイツの規範意識はその点に一番強く発揮される。ユダヤ人への謝罪や補償。あるいは犠牲者を悼む記念物の建設。こうした第2次大戦後のドイツの歴史はときに理想化され、転じて日本への批判に使われもする。過去の罪に誠実に向き合うドイツとそうでない日本、というふうに。

 が、比べることは可能なのか。日本が学ぶとすればどんな点なのか。気になるのはそういうことである。

 独国際政治安全保障研究所の日本専門家、ハンスギュンター・ヒルパート氏が両国の違いを指摘する。

 ホロコーストは歴史上類のない犯罪だが、日本の行為はスターリン時代のソ連、ベトナム戦争における米軍などと比較可能なこと。逆に、日本には被爆体験があること。大陸の分断国家ドイツと島国の日本では、安全保障環境の厳しさ、外国の圧力がまったく違っていたこと。

 「ドイツは1970年代以降指導層の世代交代が進み、過去に向き合う姿勢が真摯になった。日本は世代交代が遅れ、東京裁判や天皇の戦争責任問題の曖昧さも残ったのではないか」。ヒルパート氏はつけ加えた。

 「ドイツにとって、過去を想起することは道義だけではなく、国益の追求という政治的な意味も大きい」と言うのは板橋拓己成蹊大准教授(欧州政治史)である。「欺瞞(ぎまん)がないわけではない。しかし、政治家は言動がどう受けとめられ、外交・安全保障にどんな影響を及ぼすか、自己発信の意味をよく分かっている。その点に日本が見習うべき点があると思う」

 そう聞けば、靖国神社参拝の問題を思い起こすのである。

 歴史というのはそれぞれが固有のもので、安易に一般化するのは危険だろう。そのことを踏まえたうえの話だが、東アジアの参考になるとよく引き合いに出されるのがドイツとポーランドの関係である。

 ポーランドは一部がドイツに支配された歴史を持ち、第2次大戦中はドイツに占領された。戦後はドイツが分断国家になったこともあって、旧西ドイツとの関係は長く改善しなかった。

 ヒルパート氏は、そんななかで60年代から70年代にかけての両国の聖職者の対話が関係づくりの第一歩になったと指摘。「政治家だけでなく市民同士、ビジネスなどさまざまな機会をとらえた対話が国同士の関係改善には不可欠。本来なら政治的な資源を和解のために使うべきだが、それが難しい状況ならばなおさらだ」と話す。

 「ドイツにも、過去だ過去だというのはいいかげんやめろ、という勢力はいる」と板橋准教授はいう。それでも「忘れないという規範意識」はこの国を強く縛っている。

 来年は第2次大戦の終結から70年。第1次大戦勃発100年にはピンと来なくても、今度は日本にも直接関わってくる。戦争と、あるいは戦後とどう向き合う姿勢を見せるのか。それは道義の問題であり、もちろん政治の問題でもある。

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