2014/09/02 本日の日本経済新聞より「(少子化対策を考える(中))人口維持へ出生率目標を 松田茂樹 中京大学教授」

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の経済教室面にある「少子化対策を考える(中)人口維持へ出生率目標を 松田茂樹 中京大学教授」です。





 わが国は1989年の合計特殊出生率が急低下した「1.57ショック」を機に少子化を問題と認識し、対策をとってきた。始まりは94年のエンゼルプランと緊急保育対策等5カ年事業である。その後、保育サービスの拡充と、育児休暇や短時間勤務などのワーク・ライフ・バランス推進を両輪としてきた。いまだ待機児童はいるものの、これらの面は確実に改善してきた。

 しかし、対策を続けても出生率は下がり、2005年には1.26と過去最低になった。その後は回復基調にあるが、昨年時点でも1.43で、対策の開始前よりも低い。これまでの対策では出生率は回復しなかった。なぜだろうか。

 問題は、従来の少子化対策には次の4つがなかったことだ。第1に支援が必要な若者・子育て世代への対象の広がりが「ない」。第2に地方の視点が「ない」。第3に出生率回復の目標が「ない」。第4に予算が十分で「ない」。

 第1の点についていえば、従来の対策は、出産・育児期に継続就業する正規雇用者同士の共働き夫婦が実質的なメーンターゲットであった。この層が、拡充した低年齢児の保育サービスを享受し、育休も育児短時間勤務も専ら正規雇用者が利用している。

 従来の典型的な問題認識は、女性の社会進出などによって出産・育児期にも共働きを望む人が増えてきたが、仕事と育児を両立できる環境が整っていないため、都市を中心に少子化を招いたというものであった。そこで、保育サービスや育休などの環境整備が叫ばれてきたのである。

 ところが、各種データでわが国の少子化の要因をみると、70年代以降の出生率低下の9割は未婚化による。若者の9割以上は結婚を希望しているが、雇用の劣化や出会いの変化などから結婚できない点が、まず問題なのだ。

 さらに、子どもがほしいのに希望の数だけ子どもを持てない夫婦も多い。夫婦が理想とする子どもの数は平均で2.42人であるが、実際の子どもの数は近年2人を割っている。その理由は、子育てや教育にかかる経済的負担の重さや地域での孤立などである。

 共働き世帯の第1子出産後の状況をみると、過去25年間、継続就業する妻は4人に1人程度で変わっていない。育休を取得して継続就業する妻は最新データで15%程度である。妻の4人に3人は育児期に一旦は専業主婦になっており、子育てが一段落してから働く者が多い。

 従来の中心的対策の対象は、子どもを産んでも正規労働者として働き続けたい「キャリア志向」の女性であった。しかし、従来の対策を続けても女性の継続就業率があまり上昇しなかったのは、育児期は子どもと一緒に過ごすことを希望する「家庭志向」の女性も多いことを示す。こうした育児期の多数を占める、夫が主に働き、妻が主に子育てする層は、従来の中心的対策の対象外だった。

 つまり、結婚・出産・子育てで困っている層と、少子化対策のメーンターゲットの間にミスマッチがあり、従来の対策では、幅広く若者と子育て世代の状況を改善できなかったのである。

 第2の地方の視点についていえば、少子化対策を始めた当時、出生率は都市で低く、地方で高かった。対策の重点であった保育サービスの拡充などは保育が不足していた都市部向けのものであり、地方の子育て環境を改善させる効果は弱かった。対策が全国一律であったために、地域ごとに効果的な対策を講じられなかった面もある。その結果、20年間に地方、特に東日本の出生率が低迷した。

 次に、第3の出生率回復の目標がなかった点に関しては、戦前の「産めよ増やせよ」を想起させることを避けようとしたこと、これまで少子化対策の手本にしてきた欧州ではそのような目標はなかったことが理由である。

 しかし、目標を立てなかったことが少子化対策に負の影響をもたらしたと筆者は考える。まず出生率を引き下げている主要因を踏まえ、結婚・出産の障害を取り除くという視点が弱かった。PDCA(計画・実行・評価・改善)サイクルを活用した対策の見直しもできなかった。対策を続けても出生率が下げ止まらないのであれば、対策が有効ではないと判断し、軌道修正できたはずである。

 また、第4の点にも絡み、高齢者福祉の予算が膨張するなかで少子化対策のために必要な予算の獲得が滞った。

 政府は今年、将来の総人口を1億人に維持する目標を打ち出した。総人口目標と出生率目標は、ほぼ同義である。

 総人口を維持する方法には出生率回復と移民受け入れがあるが、現実的に受け入れられる移民数は限られる。1億人の維持には、2030年ごろには出生率を人口置換水準2.07以上に回復させることが必要になる(図参照)。政府はまだ出生率目標は掲げていないが、1億人を維持するには早晩、出生率目標を設定することになるだろう。

 目標が「産めよ増やせよ」につながるという批判があるが、これは当たらない。出生率はわが国全体の平均値であり、個々人の出生数ではない。現代は「結婚したい」「産み育てたい」希望があるのに、結婚・出産・子育ての社会的な障壁によってそれがかなえられない時代である。若者の9割にある結婚希望と夫婦が理想とする数の子どもを持てるようにすることで、出生率目標は達成される。

 懸念の声に対しては、目標値とあわせて次のような「原則」を示すことである。

 第1に、政府は結婚・出産・子育てなどの障害を取り除き、希望する人が安心して産み育てられるようにしていくことによって、この目標の達成を目指す。第2に、政府は、結婚や出産を希望しないという人の主体的選択を尊重し、侵すことはしない。第3に、政府は取り組みのために必要な予算の確保に努める。

 1億人の維持には、少子化対策の発想を大きく変え、欠けていた点を修正する必要がある。まず、少子化の要因に対する認識のパラダイム(枠組み)を転換し、政策のターゲットを広げることだ。従来の中心的政策の対象であった都市に住む正規雇用者同士の共働き夫婦に加え、未婚の若者(特に雇用機会に恵まれない者)や、夫が主に働き、妻が主に子育てをする夫婦にも広げるべきである。

 具体的な重点対策は次のとおりである。まず結婚を希望しながらできない若者には、雇用対策、婚活支援、ライフデザイン教育を充実させる。

 夫が主に働き、妻が主に子育てをする夫婦には、手当・税制などにより子育て・教育の経済的負担を、特に第3子以降について軽減する。子育ての孤立を防ぐための地域子育て支援や低廉な一時保育も充実させる。今日の専業主婦は生涯無職ではないため、復職支援を拡充する。

 都市部の正規雇用者同士の共働き夫婦には、彼らが高所得であることも踏まえ、民間の力も活用しながら保育サービスを充実させ、長時間労働の是正なども進める。

 地方での若者・子育て支援の充実も大切だ。少子化の背景は各地で異なるため、手当や保育などの全国一律の対策に加え、若者の定住支援や子育て支援の手薄な部分など、各地域に応じた対策の2階建てで進める必要がある。

 最後に、出生率を回復させた先進国では、少子化対策にあたる家族関係社会支出は対国内総生産(GDP)で3%以上であるが、わが国は1%程度にとどまる。国民も負担しながら、この値を途中段階で2%、最終的には3%まで増やすことが求められる。

<ポイント>○従来の対策は都市部の共働き世帯に照準○結婚・出産の希望かなわぬ層に支援拡充を○目標設定と併せ個人の選択尊重の原則も

 まつだ・しげき 70年生まれ。慶応大博士(社会学)。専門は少子化の研究

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