2014/09/08 本日の日本経済新聞より「経営の視点 品質守った日本KFCの戦い 創業来の信念、災い防ぐ 編集委員 田中陽」

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の企業面にある「品質守った日本KFCの戦い 創業来の信念、災い防ぐ 編集委員 田中陽」です。





 中国の米系食品工場で7月に発覚した使用期限切れ鶏肉の問題。日本マクドナルドが同工場製の商品を販売、その後の客離れに悩んでいる。食のグローバル化の負の側面といえるが、日本ケンタッキー・フライド・チキン(KFC)の定番メニューは国産だったために難を免れた。さかのぼると一つの「戦い」がある。

 「いろいろな注文が米本社からありましたよ。『なぜコストの安い海外鶏肉を使わないのか』とね」。日本KFC設立(1970年)のメンバーで約四半世紀にわたり、代表権を持っていた大河原毅氏(71)が振り返る。米本社から国産に比べて安く仕入れられる海外産への切り替えを幾度となく迫られた。世界でチェーン展開するKFCはマクドナルド同様、原材料のグローバル調達が基本だ。

 大河原氏らは鶏肉は品質の劣化が速く、冷凍の輸入品では味が落ちると抵抗した。だが円高が進行するたびにこの問題は蒸し返される。70年代以降、米KFCの経営権は頻繁に移り、日本側に対しては短期的な業績改善の要求が強かった。コスト面で約4割も差があった。品質を重視した創業者、カーネル・サンダース氏はそのころ米社内で「田舎の紳士」と呼ばれ、すでに影響力を失っていた。危機感を抱いた大河原氏が決意したのは米国留学だ。

 副社長時代の80年代前半にハーバード大学で経営学修士(MBA)を取得。帰国すると米本社は鶏肉だけではなく、原価の安い調理油の採用や調理手順の簡素化も要求してきた。日本に米国から同業者が相次ぎ参入、競争が激しくなっていたことも背景にある。

 当時、米KFCの経営陣では新しい親会社からやってきたMBA取得者が幅を利かせていたが、大河原氏のMBA取得は保身が目的ではない。徹底抗戦へ向けて交渉術を身につけ「同じ土俵で勝負する」ためだった。大河原氏はマーケティング費用をあえて抑え、調達費を賄うことを主張。味が落ちる調理方法の変更に対しても日本人の味覚の繊細さを丁寧に説明した。

 日本にはフライドチキン同様、ころもと食材の調和を楽しむてんぷらがあり、油を変えては日本人が好む食感にならないと主張。感情論に走ることなく理詰めで鎖国路線を勝ち取った。「四半期決算なら米側の主張が勝つが、本当の競争には勝てない」。以後、米本社からの横やりは減った。

 輸入の扉を開けると日本の養鶏業者の経営が揺らぐことも抵抗する理由の一つだった。日本KFCは国内の養鶏業者のためにサンダース氏が理想としたハーブ飼料をメーカーと共同開発。健康な鶏肉の生産を支援した。「これがなかったら日本の養鶏業はなくなっていた」(日清丸紅飼料)。いつしか大味が持ち味のライバルは撤退。大手は日本KFCのみになった。

 日本KFCの業績は一貫して堅調というわけではない。だが創業時からのこだわりは時に経営リスクから企業を守る。同社は今期、4期ぶりの客数増が見込まれる。大河原氏は2002年に経営から身を引いたが、生前のサンダース氏にこう言葉を掛けられたのを思い出す。「日本だけが私の味を守ってくれている」

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です