2014/12/01 本日の日本経済新聞より「経済教室 総選挙で問われるもの(上) 政策継続へ審判を「先取り」 待鳥聡史 京都大学教授」

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の経済教室面にある「総選挙で問われるもの(上) 政策継続へ審判を「先取り」 待鳥聡史 京都大学教授」です。

今回の衆議院解散の意義、そして日本の二院制や議院内閣制がもたらしている問題点を明快にした秀逸な記事です。





 安倍晋三首相が衆議院の解散総選挙に踏みきった。わずか1カ月ほど前までほとんど意識されていなかった解散には意外感が強いが、そこには2つの意味で今後の展開を先取りした総選挙としての側面が存在するように思われる。「先取り」がなぜ生じるのかという観点から今回の解散総選挙が持つ意味を考えたい。

 第一の先取りは、政策とその決定手法に関する側面である。2012年末に第2次安倍政権が発足して以来、13年7月には参議院でも与党過半数を確保して、政権運営はおおむね順調であった。

 黒田東彦氏の日銀総裁起用に始まるアベノミクス、消費税率の8%への引き上げ、環太平洋経済連携協定(TPP)交渉への本格参加、特定秘密保護法の制定、集団的自衛権の行使を認める憲法解釈の変更など、ここ数年の政権にはみられなかった広範囲で迅速な政策決定がなされてきた。多くが首相のカラーの出た政策である。

 それまで日本政治を描写する常とう句のようになっていた「決められない政治」への批判は聞かれなくなり、逆に官邸主導による「決めすぎる政治」という言い方すらなされることとなった。不信任案への賛成や離党をちらつかせながら、与党内で執行部批判を繰り広げる議員もみられなくなった。日本政治の風景は一変したといえよう。

 多くの有権者はこの変化を基本的に歓迎し、安倍政権の支持率は総じて高水準で推移してきた。それは特定の政策の成果に対する評価というよりも、経済政策を中心とした迅速で大胆な取り組みへの期待感と、与党内抗争と混乱に終始した民主党政権期への失望感によるところが大きい。

 今回の総選挙は、過去2年間にわたり官邸主導による政策転換に専心したことを踏まえ、まだ十分な成果にまでは至っていない段階ではあるが、その継続を望むかどうかをまず問うという意味を持つ。期待感の強さを確認する総選挙だといってもよい。似た例としては、1963年の池田政権による解散が挙げられる。このときは、所得倍増計画や東京五輪開催などに備えた開発といった政策の継続の当否を問うものであった。

 このような選挙だと、野党側は対立軸の提示が容易ではない。政治的不利は否めないが、本来ならば、より長期的な財政や社会経済の安定を重視する立場が対案となる。政権交代の可能性が極めて低い今回の衆院選の場合には、あえてそのような論戦を提起して、中長期的な自らの位置を有権者に訴えるという戦い方もありうるだろう。

 だが、解散総選挙が政権側の望んだ通りの結果をもたらすとは限らない。衆院で3分の2以上、参院でも過半数の議席を確保し、政策的に行き詰まっているわけでもない状況下で、衆院議員の任期の半分に至らない時点での解散は、相当数の有権者にとって唐突な印象は残る。

 しかも現在の与党議席数は、12年の前回衆院選に際して、現在の野党が激しく分裂して戦った結果として得られた数字である。そのため、野党の選挙準備がなお不十分だとしても、与党が勢力を大きく伸ばすことも考えにくい。

 加えて投票率も低かった場合などに、政権に対する信任と政策継続について明確なシグナルが発せられたと認識されない可能性もある。政権交代を想定しない選挙結果の意味づけは、マスメディアの与える事後的な解釈に委ねられるというリスクがある。

 第二の先取りは、来年4月には統一地方選挙があり、9月には自民党総裁選挙、さらに16年夏には参議院選挙と重要な選挙が連続することに関係する。今回の解散は、一連の大型選挙を前に、政権側が衆院選によって機先を制し、政策過程での主導権を維持しようとするものだとみることもできる。

 背景には、従来多くの政権が選挙時期や争点をコントロールできない地方選挙や参院選によって制約されてきたという、日本政治の構造的特徴がある。

 統一地方選はその最たる例であろう。地方選挙は本来ローカルな争点が中心となるべきものであり、国政への含意を過剰に読み取るべきではない。しかし実際には、マスメディアが主導しつつ、国政の政権と与党に対する中間評価として大都市部の首長選挙を中心とする地方選挙の結果を解釈する慣行が、「55年体制」の時期から続いている。政権側は地方選挙に負けないことに相当の時間と労力を傾けざるを得ない。

 参院選も同様である。地方に手厚い議席配分による結果の偏りや、選挙の時期を選べないという政権側にとっての明らかな不利があるにもかかわらず、衆院選と同じ国政選挙とされ、与党が議席を減らすと野党が「直近の民意」を得たとして攻勢を強め、ときに内閣総辞職にさえ至るという経緯を繰り返してきた。

 結果として現代日本政治は、政権と与党が異なる種類の選挙に繰り返し勝利を収めない限り、安定した政権運営はなしえないという事態に陥っている。様々な選挙が多数行われることが問題なのではなく、それらが過剰に連動して解釈される結果として、政策過程が行き詰まってしまうことが問題なのである。

 それゆえに、理論的には内閣と下院(衆議院)多数派の政策上の立場のずれを解消する手段であるはずの解散総選挙が、統一地方選や参院選といった異なった種類の選挙が政権運営に与える影響を弱めるために使われることになる。今回の先取り解散も、そのような事態への対抗という性格を明らかに帯びている。

 しかし、議院内閣制を採用する諸外国において、下院の解散総選挙が異なった種類の選挙の影響を低減するために用いられる例は、今日ほとんど見いだせない。

 むしろ、(1)二院制改革により下院の優越を確保する(2)選挙制度改革を行って下院選挙に大きな意味を与える(3)議会運営を合理化して首相や閣僚を過剰に拘束しない(4)あるいは解散権を制約して下院選挙の頻度も抑える――といった措置を組み合わせて、比較的長い時間にわたって政権と与党が困難な政策課題に取り組める制度的条件を整える傾向がみられる。

 このような制度的条件を前提に、有権者は下院選挙で政権と与党の実績を評価し、必要に応じて政権交代を起こして権力の担い手を変え、それにより政策転換を図る。これが議院内閣制改革の一つの方向性になりつつある。

 日本でも、衆院の選挙制度改革によって政権交代の可能性を高め、官邸機能強化によって首相が中心となった政策決定を可能にする改革がなされた。しかし、地方選や参院選と政権運営の連動はそのままになっている。首相の解散権行使が、このような構造的特徴への応答であることを無視すべきではない。

 英国などを念頭に、首相の解散権が制約されるようになったことのみが注目される場合がある。しかし、その前提である下院の優越や下院選挙の結果に決定的な意味を与えるという政治制度構造が日本には必ずしも存在しないため、解散権のみを制約したところで首相権力を弱めることにしかならない。重要なのは、高い頻度での解散総選挙に頼らずとも、首相が長期的な政策課題に取り組める制度的条件の形成なのである。

〈ポイント〉
○政権が望む明確な信任は得られぬ可能性
○異なる選挙の過剰連動が安定政権の制約
○海外は改革経て下院選で政権評価の流れ

 まちどり・さとし 71年生まれ。京大法卒、京大博士(法学)。専門は比較政治学

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