2014/12/02 本日の日本経済新聞より「経済教室 総選挙で問われるもの(中) 大義不在、野党にも責任 河野勝 早稲田大学教授」

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の経済教室面にある「総選挙で問われるもの(中) 大義不在、野党にも責任」です。





 安倍晋三首相が衆議院を解散し、総選挙の公示日を迎えた。解散は首相の専権事項といわれる。いうまでもなく野党のみならず与党の議員たちの職をも解く重大な政治的行為である。それゆえ、連立を組む自民党と公明党が過半数を大幅に上回る「超過議席」を持ち、しかも任期が2年も残っていたのにもかかわらず解散に踏み切ったことには、なぜこのタイミングなのか、という疑問がつきまとう。

 自民党は前の選挙で議席率が57%を超えるほどに大勝すると、次の選挙で議席を減らすというパターンがほぼ確立している(図(1)参照)。この経験則からすれば、今回の選挙では解散時の議席を割り込むことが予測される。高い議席占有率を早々と手放すことになるであろう安倍氏の決断は一見、異常で非合理的でさえあるようにもみえる。

 ところがデータで振り返ると、今回の解散はそれほど特異ではない。自民党(とその連立与党)が55%以上の議席を有していたときの議席占有率と次の解散までの日数との相関をみると、大きな超過議席を有するほど解散までの時期が長引く、という傾向は確認できない(図(2)参照)。

 むしろ、自民党の下野につながった2009年まで解散しなかった05年の選挙を例外とすれば、議席の多寡と解散までの期間には負の相関関係がみてとれる。首相の座にある者は、自らを支える与党勢力が大きいほど、解散までの時期が長引くとかえって多くの議席を失うという懸念にとりつかれるのかもしれない。

 解散総選挙に「大義がない」との批判も多く耳にする。たしかに消費増税の先送りについて国民に信を問いたいという当初の説明は、どの政党も先送りに反対していないのだから意味をなさない。しかし筆者には、「大義がない」との批判の根は、より深いところにあるように思える。

 そもそも衆院選とは憲法上、政権を選択する最も重要な選挙である。実際、直近の2回の衆院選ではそれぞれ劇的な政権交代が起こった。

 ところが今回の選挙では、有権者に選択余地が与えられていない。自民党と公明党が議席を減らしながらも引き続き政権を担っていくことが予想され、それ以外の政治的シナリオには現実味がないからである。つまり有権者の多くは、自公連立に替わる政権の枠組みを想い描くことさえできないなかで総選挙が行われることに、大義の不在を感じとっているのである。

 自公連立以外の選択肢が用意されていない責任の大半は、率直にいって野党第1党であった民主党の怠慢に帰せられる。前回の総選挙で大敗した後、民主党は自らの政権時代の混乱や行き詰まりの原因を分析し、党として正式に総括して国民の理解を求める努力をしてこなかった。真摯で痛みを伴うそうした作業を怠ったことにより、野党再編に向けてのリーダーシップを発揮できなかったのである。

 解散以降、消えゆくいくつかの小政党から民主党への駆け込み入党が続いているが、こうしたドタバタ劇そのものが、地に足のついた政治戦略が民主党に欠如していることを象徴してしまっている。

 野党勢力の結集の上でとくに障害となっているのが、民主党と野党第2党であった維新の党との関係である。橋下徹氏の強い影響下にある維新の党は、民主党の労働組合依存体質に強烈なアレルギーをもつ。民主党にとっても、再び政権の中核を担う政党に生まれ変わるためには、これまでの労組との関係をいったん清算し、より広い支持基盤に根ざす「包括政党」へと脱皮することが不可避である。

 にもかかわらず現在の民主党には再生へ向けた大胆な路線転換をする気配が感じられない。この点でも、選挙での大敗の分析をおろそかにし、自らの集票メカニズムの改善を真剣に模索しようとしないことが政治的なツケを残しているといわざるをえない。

 もっとも、民主党の停滞をより広い視野から捉えなおすと、それが日本のみならず高度産業社会を達成した多くの国々に通底する構造的現象を反映している、という新たな論点も浮かび上がる。単純化していえば、リベラル左派を代表してきた政党や政治勢力が、国家が直面する長期的課題に有効な政策を実現できないでいるという現象である。

 たとえば、ほんの数年前アメリカを熱狂させたオバマ大統領は、歴代で最も左派的な大統領であるが、彼が当初掲げた「変革(チェンジ)」のメッセージは有権者に届かないものとなってしまった。

 とくに2期目に入ってからのオバマ政権は、移民対策や社会保障問題で広範な国民的合意の構築にことごとく失敗し、先の中間選挙では歴史的な敗北を喫した。オバマケアと呼ばれる記念碑的な医療保険制度改革の成果でさえ、保守色の強くなった共和党の巻き返しでいまや風前の灯火(ともしび)となっている。

 日本では、長期に抱える最も重要な課題は何かと問われれば、おそらく国民の大半が人口減少と答えるであろう。この問題はすぐさま派生的に、どのように女性の社会進出を促進するか、働きながら子育てする環境をどう整えるか、さらには外国人労働者や移民をいかにして受け入れていくか、といった政策課題をわれわれにつきつける。

 これらはどれも、既存の社会構成や価値観、あるいは旧来からの伝統や文化に変更を迫るという意味で、保守よりもリベラルのほうが政策アイデアを豊富にもつべきアジェンダ(政策課題)である。

 09年の政権交代は、時代の要請する政策課題の新しさを多くの有権者が漠然と感じて、担い手として民主党への期待を膨らませたことで起きた。ところが米オバマ政権同様、日本の民主党も有効な政策を実現できないまま、集めた期待を裏切り、急速に支持を失っていったのである。

 直面する課題がリベラルなアジェンダであるのに、保守的な政治勢力が政権を担っているというミスマッチは、今回の選挙の争点構図にその影を落としている。現在、安倍氏と自民党はアベノミクスへの信任を問う選挙と位置けようとしている。民主党のほうもその挑戦を受けて立ち、アベノミクスの失敗を有権者に印象づけようとしている。

 しかし、アベノミクスとはデフレ脱却から経済成長を目指すための手段にすぎず、成長した後にどんな社会を構築すべきかについて何かを語るわけではない。本来リベラルの側が争点とすべきなのは、いつのまにか手段が目的化し、成長だけが優先的な経済目標として自明視されることの是非であるはずだ。

 一般に、保守主義とは「何に反対するかによって自らを定義するもの」(米保守系コラムニストのジョージ・ウィル氏)であり、現状を維持し守ることを究極の理念および行動指針に据える。もちろん保守政党も現実的な対応として「改革」を訴えるが、あくまで現状の漸進的な改善であり、抜本的な「変革」を目指すわけではない。

 漸進主義のリスクは、たとえるならば、岩盤プレートが蓄積されたエネルギーを一気に放出して大地震を起こすように、変化の圧力を支えきれなくなったときに突如として暴発が起こるという可能性である。リベラルアジェンダにリベラル勢力が応答し、ミスマッチが解消されるようになるまで、われわれはそうしたリスクを引き受けなければならないのである。

〈ポイント〉○与党議席多い政権こそ解散まで短い傾向○民主党の再生進まず野党再編の動き停滞○変化迫る政策を保守が担うねじれに問題

 こうの・まさる 62年生まれ。上智大卒、スタンフォード大政治学博士。専門は政治学

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