2014/12/03 本日の日本経済新聞より「経済教室 総選挙で問われるもの(下) 「解散」判断、一定の合理性 加藤創太 国際大学教授」

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の経済教室面にある「総選挙で問われるもの(下) 「解散」判断、一定の合理性」です。





 今回の安倍晋三内閣による解散には「大義がない」「党利党略に走っている」といった批判がなされている。しかし政権与党は、与党としての権力を明け渡すリスクだけでなく、所属全議員の職さえ賭して解散に打って出る。建前は別として、党利党略に走るのはある意味当然であろう。

 今回の解散が特徴的なのは、過去の例と比べ「早期」であることだ。自民党が圧勝した2012年の衆院選から任期の半分の2年しかたっていない。直感的には、選挙で圧勝した政党はその状態を維持するため、なるべく解散せずに任期満了近くまで粘るはずだ。最近では自民党が圧勝した05年の選挙後も、民主党が圧勝した09年の選挙後も任期満了直前まで解散していない。海外の実証分析の多くも、解散権の行使確率は選挙後の経過期間に連動し高まると、帰納的に想定している。政権与党の議席保有率の高さも、解散権の行使を遅らせる要因として実証されてきた。

 このように今回の解散は一見「異例」である。むろん内閣支持率が高い、野党の準備が進んでないなど、解散を促す要素はある。しかし選挙は水物である。任期も半分以上残っており、選挙で再び圧勝しても延命効果は限定的だ。

 多数の議席を賭して解散に打って出る要因として、ほかに何があるだろうか。過去の解散権の研究から、いくつかの可能性が浮かび上がる。

 まずは米ニューヨーク大学のアラスター・スミス教授の解散権行使に関するゲーム理論的な分析である。スミス教授は、政権が有権者に対して情報面で優位に立つという前提の下、政権の政治・経済パフォーマンスが落ちると首相が自ら予期したときに、先手を打って早期解散に踏み切るというモデルを実証した。

 むろん、有権者も簡単にはだまされない。政権が予想外の早期解散に出たとき、有権者はそれが「政権のパフォーマンスが将来的に落ちる」というシグナル(兆候)だと捉える。そしてそのことを織り込んで、選挙時の投票行動を決定する。つまり現政権への支持を低下させる。

 スミス教授の研究を突き詰めれば「解散の大義」の必要性についても別の視点が浮かび上がる。今回のような状態で早期解散すると、有権者は「安倍政権はパフォーマンスがこの先落ちると予想している」と勘ぐり、政権への支持を低下させる。そうなると自民党は当初の想定ほど議席を取れないかもしれない。

 有権者の勘ぐりと支持低下を防ぐために首相は、今回の早期解散は将来のパフォーマンス低下を予期したためではなく、大義のため必要なのだと有権者を説得する必要がある。つまり解散の大義は、道義的な観点だけでなく、まさに党利党略の観点からも必要となるのである。小泉純一郎内閣による「郵政解散」は今回以上の早期解散だったが、解散の大義を有権者に伝えることに成功した。

 今回の解散は、消費税率引き上げ先延ばしを問う形で実施したことも特徴的だ。選挙前に財政拡張的な「人気政策」を約束する行動は「政治的景気循環論」の発想に通じる。政治リーダーが、選挙を有利に導くため選挙前に拡張的な財政・金融政策を実施する結果、「政治的景気循環」が生まれることが各国で指摘されてきた。典型例は選挙前のバラマキである。

 政治的景気循環論は、米国など選挙時期が固定されている政治制度を前提として研究が発展した。日本など首相が解散権を持ち選挙時期を動かせる国では、状況は複雑になる。首相は、財政・金融政策などを選挙前に「操作」する選択に加え、経済状態が良い時機に「波乗り」(猪口孝氏)するように国会を解散する選択肢も持つからだ。

 筆者らは東京財団の「財政と民主主義」研究で、内閣の解散権行使モデルに政治的景気循環論の発想を埋め込むモデルを構築し、本年の全米政治学会(APSA)などで発表してきた。

 このモデルでは首相の解散権を一種の金融コールオプション(ある金融資産を将来買う権利)と同等だと考え、首相は内閣支持率や政治・経済動向、さらに残りの任期を見ながら解散権行使時期を最適化する。同時に政治的景気循環論の発想を取り入れ、首相は世論受けする各種政策の「操作」を通じて内閣支持率をある程度コントロールできるとする。過去の例で言えば、佐藤栄作内閣は沖縄返還を確定させたタイミングで解散し、選挙で圧勝した。

 このモデルから、今回の解散に関係するいくつかの含意が得られる。一つは、世論にプラスの影響を与える強い操作ツールを持った首相ほど、解散権の行使時期は早くなるということだ。

 二つ目は、内閣支持率に加え、内閣支持率の分散(variance)が解散時期に与える影響である。これは金融オプション的な発想のなかった既存の解散権研究の多くが見逃していた点だ。たとえば内閣支持率が50%を中心に激しく変動していれば、任期末までの間に瞬間的に高支持率になる可能性が高くなる。他の要素との相関にもよるが、その瞬間に「波乗り」すべく、首相は解散権を行使せず待つだろう。逆に内閣支持率の変動が小さければ、「波乗り」解散より内閣支持率の「操作」に走る可能性が高くなる。

 第2次安倍政権の内閣支持率の特徴は、図で明らかなように(1)高い支持率(2)支持率の分散の小ささ、の2点である。筆者らのモデルでは(1)(2)の共存は、消費増税先送りといった世論受けする強力な操作ツールの存在がある場合は特に、解散時期を早期化させる方向に働く。直前の日銀の追加金融緩和はさらに「波乗り」解散の機会も与えた。

 こう見ると、一見「異例」な今回の解散も、解散権制度が首相に与えるインセンティブにおおむね従った合理的な判断だったことがわかる。実際、解散の噂は9月頃からあった。野党ももう少し事前に準備ができたはずだ。

 今回の解散を批判し、英国のように首相の解散権行使を制限すべきだという主張も出ている。しかし解散制度にも多くの利点がある。ナイーヴな道義論や拙速な制度改正論に走る前に、客観的な分析と評価が必要だ。政治制度の設計と運用の評価は、民主主義国家では究極的には国民に委ねられている。まず問われるのは、今回の解散に対する私たちの投票行動である。

〈ポイント〉○解散時期、予想より早いと政権支持率低下○高い支持率と変動の小ささ、早期解散促す○制度改正の議論、客観的分析と評価が前提

 かとう・そうた 東大法卒、ミシガン大博士。東京財団上席研究員。専門は比較政治経済

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