2014/12/04 本日の日本経済新聞より「消費増税延期と財政(上) 20年度「黒字化」に照準を 伊藤元重 東京大学教授」

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の経済教室面にある「消費増税延期と財政(上) 20年度「黒字化」に照準を」です。





 消費税率の引き上げ延期と衆議院解散によって、経済政策は新たなステージに入った。2年間のアベノミクスの評価と選挙後の新たな展望について議論が始まっている。ここでは財政健全化という視点で論点を整理してみたい。

 財政健全化については、基礎的財政収支(プライマリーバランス)の目標がある。国内総生産(GDP)比でみた赤字を2015年度までに10年度から半減させ、20年度までに黒字化を実現する。これが安倍晋三内閣のこれまで掲げてきた目標であった。

 図は、7月に経済財政諮問会議に内閣府が提出した「中長期の経済財政に関する試算」にある基礎的収支の予想を示したものである。この試算の時点では、15年度目標は達成できる見通しであった。ただ、消費税率が10%にまで引き上げられるということを前提とした試算であるので、消費税率引き上げ延期の影響を分析する必要がある。

 この基礎的収支の目標は、すでに10年時点、民主党政権によって掲げられた政策でもあった。安倍内閣はその目標を踏襲した形となったのだ。図で分かるように民主党政権時代の12年度までは赤字はほとんど縮小していなかった。それが安倍内閣になってから大きく改善に転じている。

 この変化はデフレからの脱却と深い関係がある。デフレの下では財政健全化を実現することは非常に難しい。デフレの下では税収が縮小していく。それでも収支を改善しようとすれば、相当に踏み込んだ歳出削減か増税が必要となる。しかし、景気が低迷しているデフレ状況でそれを実行することは、政治的にはきわめて難しいことであるのだ。

 デフレ脱却への道筋をつけた安倍内閣は、実は同時に財政健全化への入り口を開いたともいえる。安倍内閣発足前の12年度の財政状況は、一般会計歳入(予算段階)でみて税収42.3兆円を公債発行44.2兆円が上回るという異常事態であった。安倍内閣の最初の2年でこの事態は解消されることになる。14年度予算でみて、税収は50兆円まで伸び、公債発行は41.3兆円にとどまっている。税収の上振れが予想されているので、決算の数字はさらに改善したものとなっているだろう。

 デフレからの脱却だけでなく、今年4月に消費税率を8%に引き上げたことの成果も大きい。消費税率の引き上げを決めたのは安倍内閣発足前の自公民3党合意であるが、税率引き上げを実行に移すうえで、安倍内閣のもとで13年に財政出動と金融緩和という2本の矢によって徹底した経済刺激策が行われたことが大きかった。

 あるエコノミストが発言していたが、13年にあまりにも華々しく花火を打ち上げてしまったので、14年の経済指標が悪くみえすぎる結果になった。アベノミクスへの過剰な期待が「自分はその恩恵を受けていない」という失望につながっている。7~9月期のGDP速報値が想定されていた以上に悪かったことも、そうした失望感を強めさせる結果になった。

 ただ、13年の1~9月の平均と比べて、14年の1~9月の平均のほうが、GDPの水準は高くなっているのも事実だ。決してマイナス成長になっているわけではない。足元の経済状況を冷静に見れば、来年以降の経済に明るい見通しが持てるような材料がないわけではない。

 現在の日本経済は非常にバランスの悪い状態にある。企業業績は過去最高水準である。それにもかかわらず、投資が思うように伸びてこない。雇用は完全雇用に近いし、雇用者報酬の伸びは過去17年で最高である。それでも物価上昇に賃金上昇が追いつかず、実質賃金は低下を続けている。

 しかしこれも、消費税率を引き上げたという一時的要因によるところが大きく、近いうちに賃金上昇が物価上昇に追いつくことも期待される。

 企業業績と雇用の堅調をいかに消費や投資の増加に結び付けるのか。これが当面の日本経済を活性化させるための重要なポイントとなる。多くの専門家が選挙後に成長戦略を加速させることの重要性を指摘している。その通りだと思う。また、企業業績の好調が、賃金上昇につながるような流れをつくっていくこともその効果は大きいだろう。

 さて、そうしたなかで選挙後の財政健全化の戦略はどのようにあるべきだろうか。

 ここで15年度目標と20年度目標への対応が注目されることになる。税率引き上げ延期で、15年度目標の達成の雲行きが怪しくなってきた。それでも歳出の見直しや税収の上振れで実現できる可能性がないわけではない。ただ、重要性は、15年度目標よりも20年度目標のほうに移ってきているのではないだろうか。

 これは10年6月の民主党政権の時代に設定した目標である。それから4年以上たっており、当時からみた15年度までの射程は、現在でいえば15年度よりも20年度のほうに近づきつつある。政策目標としても、赤字半減よりは黒字化の方が重要な目標である。

 図にもあるように、今年の7月の試算によれば、アベノミクスの成長シナリオに乗っていたとしても、20年度の段階でまだGDP比で1.8%程度の赤字が残ってしまう。成長が続けば相当な税収増が期待できる。それでも急速な少子高齢化による社会保障費の増大をカバーすることは難しい。それがこの図のメッセージである。

 このメッセージはどのように理解されていたのだろうか。私は次のように考えていた。当面は15年度まで赤字半減の確実な達成を目指す。そのうえで、さらなる社会保障改革などの歳出見直しの議論を急ぎ、必要があれば追加増税の議論をする。

 これが、今回の引き上げ延期によって次のような解釈に変更されるべきではないかと考えている。20年度の黒字化目標の実現のための道筋をより具体化すべきである。そのためにも、社会保障改革を柱にした歳出見直しを早急に進めていく。15年度目標の旗を降ろす必要はないが、20年度目標への取り組みを具体化する重要性のほうが大きい。

 17年4月には、消費税率が10%に上がる。税率引き上げ延期による税収減は厳しいが、20年度の目標には延期の影響はない。基礎的財政収支は国債費を除いた歳入と歳出の差であるので、その時点で消費税率が上がっていれば、延期は関係ないのだ。

 財政健全化のためには、歳出の徹底した見直し、デフレ脱却と成長による安定的な税収拡大、そして増税による税収の確保、この3つのどれも欠かすことができない。消費税率の引き上げは延期されたが、17年の税率再引き上げに際しては景気条項を付さないということなので、その時点で確実に税率引き上げをしてほしい。そのうえで、歳出見直しをさらに強化することが求められるのだ。

 引き上げ延期により、消費税2%の1年半分で、8兆円前後となる税収の損失は痛い。ただ、毎年1兆円規模で膨れ上がっていく社会保障費の異常な伸びにどう対応するのかという問題のほうがもっと大きい。

 今回は、税率引き上げ延期によってすぐに国債金利が急騰するという見方をする人は少ない。日銀が大量に国債を購入しているからだ。国債市場からの圧力を止めているということが日銀の本意であるとは思わないが、結果的に政府の財政健全化シナリオにある程度の時間的な余裕を与えていることも事実だ。選挙後、歳出抑制効果が出るような社会保障改革の本格的な議論が始まることを期待したい。

〈ポイント〉○基礎的収支改善は脱デフレの動きも寄与○15年度の赤字半減は厳しいが焦点は次に○社会保障費の急膨張は増税延期より深刻

いとう・もとしげ 51年生まれ。ロチェスター大博士。専門は国際経済

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