2014/12/05 本日の日本経済新聞より「消費増税延期と財政(中) 党利党略優先、再建遅れも 国枝繁樹 一橋大学准教授」

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の経済教室面にある「消費増税延期と財政(中) 党利党略優先、再建遅れも 国枝繁樹 一橋大学准教授 」です。





 安倍晋三首相は11月、消費税率の8%から10%への引き上げを2017年4月まで先送りすると表明した。来年10月に予定されていた増税は社会保障と税の一体改革の財源であり、先送りでその一部が失われることになる。

 社会保障改革では後期高齢者の負担増を含む医療保険改革案の公表が選挙後に延期されるなど遅れが目立つ。しかし団塊の世代全員が15年に65歳以上、25年には75歳以上の後期高齢者になるなど少子高齢化が着実に進むなかで、社会保障関係費は増え続けており、財政再建全体のスケジュールを遅らせる余裕はない。

 安倍首相も20年度の基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化目標は堅持すると明言したが、多くの経済学者が楽観的すぎると指摘する経済再生ケースのもと、当初の予定通り来年10月に消費増税をしても、1.8%の赤字が残ると推計される(図参照)。ムーディーズ・インベスターズ・サービスも、目標達成は不確実性を増したとして国債格付けを引き下げた。

 最終的に財政の持続可能性を確保するためには、基礎的収支の均衡では足りず、相当規模の黒字が必要になる。今回のように増税を先送りすれば、公債残高が増加するため、将来必要となる消費税の増税幅はさらに大きくなる。

 財政安定に必要な消費税率の推計を巡っては、仮定によってばらつきがあるものの、経済学者には一定のコンセンサスがある。少なくとも欧州諸国の付加価値税率(例えばドイツ19%、スウェーデン25%)並みか、それを上回る必要があるというものである。

 それにもかかわらず、増税先送り発表後も長期金利(国債利回り)は低い水準にとどまっている。このため、財政再建のスピードを落としても大丈夫と主張する論者もいる。長期金利が低い要因の一つには日銀による巨額の国債購入があるが、インフレ率が目標を上回れば、日銀も国債購入をやめざるをえない。

 より本質的な要因としては次の2つが挙げられる。一つは、我が国の消費税率が欧州諸国の付加価値税率よりずっと低く、十分な引き上げ余地があることである。

 増税しても増収にならないとの批判もあるが、税率の高いドイツや北欧諸国は着実に経済成長を実現してきた。日本では過去の導入・増税後に税収が減ったとの指摘もあるが、アジア通貨危機や金融不安などによる景気低迷に加え、巨額の所得・法人減税が実施されたことで、税収が増えなかったのが実態である。

 今年度上半期の実質経済成長率がマイナスに陥ったのも、増税に伴う駆け込み需要と反動が予想外に大きかったことによるもので、雇用の着実な回復に鑑みれば、財政再建の観点から重要な中長期的な成長率の低下を示しているものではないと考えられる。

 もう一つの要因は、勤勉な日本人のイメージもあり、我が国が負担増を伴っても誠実に財政再建を行うと信用されてきたことがある。

 しかし現実には国民の痛みを伴う財政改革の先送りが繰り返されてきた。その結果、現役世代が、これから生まれてくる将来世代に重い負担を押しつける「財政的児童虐待」と呼ばれる世代間の著しい不公平が生じている。

 今回の総選挙は「代表なくして課税なし」として増税先送りの信を問うものとされているが、財政再建の遅れで最も負担が増えるのは「代表」のいない将来世代であり、彼らの利害こそ優先されるべきである。世代会計に基づく将来世代の負担の分析が不可欠だが、政府の推計作業は停止したままである。

 米ハーバード大学のアルベルト・アレシナ教授らは「消耗戦モデル」によって改革の遅れを説明した。各政党は現状のままでは危機を迎えることを理解しながら、支持者の負担増を伴う改革を自ら打ち出せば政党として大きな打撃を受けるため、お互いに我慢比べをする。危機が深刻化し改革先送りのコストが非常に高くなって、やっと改革が実現するというものである。

 筆者自身の研究は、減税による財政再建を唱え呪術的な「ブードゥー経済学」と呼ばれた主張のように、成長の成果の過大視が先送りの口実とされることを理論的に示している。また、政権与党は選挙前、短期的に景気浮揚につながる一方で中長期的にはインフレなどの悪影響を伴う政策を選択するため、中長期的な経済問題が解決できないという政治的景気循環の理論もよく知られている。

 こうした党利党略に基づく改革の先送りを回避するための有力な方策の一つが3党合意のような超党派の合意による政策決定である。しかし今回の増税先送りで、再び党利党略に基づく財政政策が復活するおそれが強くなった。

 改革の先送りが続けば、いずれ財政再建を行う政治的意志への信認が失われる。その結果、長期金利は上昇し、財政運営が困難になるだけではなく、金融機関に巨額の損失が発生し、金融システムが動揺する。ギリシャ危機でもみられた財政・金融危機の同時進行であり、日銀の黒田東彦総裁が強調していたように政策的に手の打ちようがなくなる。現時点では、その確率は小さいかもしれないが、一度、信認が失われれば、破滅的な結果を招くことになる。

 こうした点を踏まえれば、本来なら予定通りに消費増税は実施しつつ、他の経済政策により経済成長を促すことが、我が国財政への信認を維持しつつ、経済成長を図る最善の道だったといえよう。

 しかし既に首相は増税先送りを決め、衆院を解散した。今後、財政の信認維持にはどうすべきか。第一に再設定した消費増税を二度と先送りしないことである。いわゆる景気条項を付さないとした決定は正しいと考えられる。

 第二に、与党税制協議会は17年度からの軽減税率導入を目指すとしたが、導入には多くの経済学者が反対している。低所得者対策は高額所得者にも恩恵が及ぶ軽減税率よりも直接の低所得者支援のほうが有効である。複数の税率により事務的にも煩雑になり業界の利害による政治介入の余地も大きくなる。課税ベースの縮小で税収確保には、より高い税率が必要になる。

 第三に、10%に消費税率を引き上げても、基礎的収支の赤字は解消しない。首相は来年夏までに黒字実現への具体的計画を策定するとしたが、楽観的な経済見通しや内閣府の研究会で既に否定された過大な税収弾性値に基づく甘い計画では信頼されない。

 現実には今回の増税先送りの結果、より迅速な再増税や歳出削減が必要になってくる。信認確保には、慎重な見通しを前提とし、10%を超える税率引き上げのスケジュールや将来の公的年金の支給開始年齢の引き上げを含む大胆な社会保障改革を明示した財政再建計画が不可欠である。

 楽観的な見通しの弊害を防ぐため、他の先進国では政治から独立して専門家が財政見通しを立てる独立機関の設置例が増えている。我が国でも同様の機関の設置を検討すべきである。世代会計に基づき将来世代の負担を示すことも重要である。なお、慎重な前提を置くことは経済成長の重要性を否定するものではない。積極的に成長戦略を推進する一方で、その成果を過大視しないということである。

 財政危機のリスクは高血圧のリスクに似ている。普段は自覚症状はないが、脳卒中その他の死につながる病の確率を高める。医師は即時の高血圧の治療開始を強く勧めるが、自覚症状がないからと治療を先送りする患者もいる。しかし、脳卒中で倒れてから後悔しても、もう遅い。財政再建も同様である。財政の信認が失われないよう、慎重な経済見通しに基づいた確実な財政再建計画を早急に提示することが強く求められる。

〈ポイント〉○延期で財政安定に一段の収支改善が必要○目先の痛み避ける政策運営が復活の恐れ○税率10%超の日程や大胆な社保改革示せ

 くにえだ・しげき 62年生まれ。東大経済卒、ハーバード大博士。専門は財政学

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