2014/12/14 本日の日本経済新聞より「地球回覧 ゲーテの警告忘れぬ独 景気対策より財政規律」

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の日曜に考える面にある「ゲーテの警告忘れぬ独 景気対策より財政規律」です。

ユーロ圏の各国経済が沈下する中、ドイツだけが堅実なのはなぜか、その理解が深めやすい記事です。





 このままだとユーロ圏がデフレ不況になると心配する米国は欧州に迫る。「どんどんカネを使って景気をよくしたらどうか」。だが肝心の盟主ドイツの反応は鈍い。

底堅い雇用で税収が上振れしたことなども健全財政につながった(7月、ベルリンで2015年以降は財政黒字を続けると説明するショイブレ財務相)=ロイター

 ばらまきで景気を支えた国家がどんな結末を迎えるのか。ドイツでは文豪ゲーテが約200年前に代表作の「ファウスト」で予言した。

 節約嫌いの皇帝が借金の返済に苦しんでいると、悪魔メフィストフェレスが現れて知恵を出す。お札をたくさん刷ればいいんですよ――。やってみると、人々が浮かれ、モノが飛ぶように売れる。あっという間に帝国は好景気に沸き、皇帝は大喜び。すると悪魔がささやく。「魔法の紙幣で酒と女に浮かれたいだけ浮かれられる。便利です」

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 金融緩和と財政出動で景気を上向かせるアベノミクスとそっくりのやり方を「魔法」と描写したゲーテ。ワイマール公国の宰相として行政にも精通していた文豪の警告を噛みしめるドイツには、「財政拡大で景気を支える」という英米流のケインズ主義は悪魔の誘いにしかうつらない。

 ドイツは2015年の予算案を46年ぶりに財政黒字で組む。成長が落ち込むのを座視してまで、なぜ健全財政にこだわるのか。戦中生まれのショイブレ財務相に問うと即答した。「忌まわしい過去を繰り返してはいけない」

 第1次大戦で負けたドイツは多額の債務を抱え、通貨が紙くずになった。猛威を振るう超インフレに乗じて権力を握ったのはナチス。ゲーテの遺言を軽んじて借金を重ね、悪魔に魂を売り渡した。その反省はいまだに重い。

 だからこそ戦後ドイツの経済思想は一貫して「通貨の安定」を最優先に掲げるフライブルク学派の影響下にある。財政拡大だけでなく、欧州中央銀行(ECB)の金融緩和にも反対するのは通貨の信認が危うくなると考えるからだ。「おカネが世の中に出回りすぎている」。多くの政治家が、本気でそう思っている。

 とはいえ政府の頑固一徹だけで財政が立て直せるわけではない。ドイツでは有権者や経済界のあいだにも倹約精神が通奏低音のように流れ、成長が沈んでも景気対策を求める声が漏れてこない。

 意識が高まるきっかけになったのは89年、ベルリンの壁の崩壊だった。熱狂のなかで当時の西独政府は東独市民に無条件で現金100西独マルク(7000円)をプレゼントした。長蛇の列ができた西ベルリンの市庁舎の大金庫はすぐ空っぽに。担当官は近くの銀行に走り、大きなポリ袋に札束を詰め込んだ。

 新しい駅と空港、それに市街地の修復。青天井で注ぎ込まれた旧東独の復興費は2兆ユーロ(300兆円)に達したとされる。いつのまにか財政赤字は国内総生産(GDP)の3%を上回り、域内の基準に違反するようになっていた。

 尻に火が付いたドイツ政府が社会保障の縮小や増税に取り組む。「政府がカネを出せば将来にツケが回る」。そんな常識が浸透し、財政出動や減税といった「官需」にすがるという発想が消えた。

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 債務危機のなか、ドイツが健全財政を保ったことで欧州の秩序が変わった。自信を深めたドイツが表舞台に出張り、いまや域内の安全保障や外交政策まで取り仕切る。一方でフランスやイタリアは歳出を減らすのか、増税するのかの議論に政治が振り回されて地盤沈下が進む。「ドイツ1強」の誕生である。

 メルケル政権はドイツを見習えと仏伊に迫るが、これはよくない。ゲーテ以来の曲折があったからこそ、ドイツも「節約は美徳」ということわざを再認識できた。欧州の盟主として必要なのは周辺国が宿題をやり遂げるのを粘り強く待つ寛容性と忍耐力。「ファウスト」も高望みを戒める。

(ベルリン=赤川省吾)

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