2014/12/17 本日の日本経済新聞より「衆院選政権信任後の課題(上) 財政の説明責任、徹底を 田中直毅 国際公共政策研究センター理事長」

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の経済教室面にある「衆院選政権信任後の課題(上) 財政の説明責任、徹底を 田中直毅 国際公共政策研究センター理事長」です。

日本の新保守ともいえるべき存在に焦点を当てている興味深い記事です。





 自民・公明の連立与党が勝利した今回の衆院選で、安倍晋三首相は「アベノミクス」継続の是非を最大の争点に掲げた。だが本当の争点は、保守主義者の考える「持続可能な日本社会の将来像」のあり方やいかに、だったのではないか。

 今回の衆院選のポイントは、2012年の前回衆院選で初当選した119人の自民党議員「安倍チルドレン」の帰趨(きすう)にあった。

 05年の小泉純一郎政権による郵政解散で自民党には83人の初当選組「小泉チルドレン」が誕生したが、4年後の09年に再選を果たしたのはわずか10人にすぎなかった。その09年は、民主党の小沢一郎幹事長が多くの新人候補を擁立し、143人もの「小沢チルドレン」が生まれたが、12年に再選を果たしたのはわずか11人にとどまった。

 今回、安倍首相があえて解散総選挙に踏み切るには、議席を失うリスクが高い安倍チルドレンの理解が欠かせなかった。安倍チルドレンは自民党の中で相対的に若い議員が多い。当然、非正規労働者の増加などの雇用の現状や、財政の持続可能性など、日本の将来を左右する問題に対する関心は非常に高い。そして、彼らの多くは「保守主義者」である。

 言葉本来の意味での保守主義とは「生活基盤の安定」に価値を置く。かつての自民党政治のような公共事業などのばらまき政策は、日本社会の持続可能性を危うくするため、今日の保守主義者の取る政策ではない。

 保守主義者の安倍チルドレンにとっての選択肢とは何か。限定された選択肢の中で、どれが若年層や次世代の日本人にとって「利得」が大きくなるのか。ゲーム理論的に考えた結果を図に示した。

 法定されたとおり2015年10月の消費税再増税に踏み切り、税と社会保障の一体改革という選択肢を安倍首相も考えていたはずだ。ところが実際は、一体改革に向けた第一歩である高齢者の医療保険制度の改革すら進まない。

 このままでは増税が実現しても、現役世代の負担の軽減は展望できない。若年層や次世代にとっては、一体改革に伴う利得の拡大は展望できない。ただ、この場合も安倍チルドレンにとっては、増税によって日本の財政への信認が保てるならば、とりあえず利得は大きく変わらないと考えてよい。

 しかしこれでは来年10月の再増税に踏み切ってもメリットは乏しい。増税先送りの場合はどうか。先送りによって「財政規律の緩み」が投資家に意識されると、日本国債が売り浴びせられる可能性は高まる。債券安、株安、円安の「トリプル安」が日本を襲うという構図である。

 これまで日本国債の価格急落(金利急上昇)リスクはたびたび指摘されながら実際に起きなかったため「オオカミ少年」扱いされることも多い。だが、米国の景気回復期待が高まる一方、物価の沈静は続く。米実質金利は上昇傾向を見せ始めている。日本の債券安については、今度こそ本当にあり得ると注意すべきだ。

 仮に日本の長期金利が1%上がるとどうなるか。新発国債と借換債の発行は中期的にみて年間150兆円を超えるので、国債利払い費は1.5兆円以上増える。これは軽減税率適用後の消費税率1%程度に相当する。実際には財政規律の緩みによる金利上昇は1%では済まないだろう。2%なら3兆円以上だ。利払い費は雪だるま式に増える。

 下手をすると、消費税率を毎年2%ずつ引き上げ続けなければならなくなる。しかも、その増収分はすべて追加利払い費で消え、ほかの政府支出は何も増やせない。これでは安定した生活基盤が破壊される。「生活基盤の安定」を何よりも重視する保守主義者の安倍チルドレンにとって看過できない。若年層や次世代に対しては、さらに大きな損失をもたらす。

 ここから取り得る選択肢を増やす必要がある。「17年4月の再増税」の前に、財政支出に関する「説明責任」原則の徹底を図ることにより、金融市場における「財政規律の緩み」への懸念を払拭するという方向である。

 説明責任とは、様々な財政支出の必要性を検証すると同時に「ノー・ペインズ・ノー・ゲインズ(痛みなくして利得なし)」という現実も有権者にきちんと説明することである。財政支出の削減という痛みなしには、生活基盤の安定も、持続可能な日本社会の実現もあり得ないということを有権者に理解してもらう試みである。

 それが実現できれば、これまで「世代間の公平」を論じてこなかった政治に対し不満を持っていた若年層には大きな利得になる。生活基盤の安定を重視する安倍チルドレンにとっても利得がある。

 「世代間の公平」とともに、若年層や次世代にとって重要なのが「低所得」問題である。非正規労働者の増加などによって年収300万円以下の低所得層は増加傾向にある。そして民主党政権時代の内閣府調査によると、年収300万円以下の人は婚姻率が極端に低下するという「300万円の崖」が存在する。これは少子化問題を解決して日本社会の持続可能性を高めようとする挑戦に対して大きな障害になる。

 300万円の崖を解消するためには、職業訓練や生涯教育、雇用のマッチング事業などに政府が力を入れる必要があるだろう。それには、今まで政府の役割とされてきた業務の中で削除すべきものを列挙しつつ、財源を確保しなければならない。ここでも「ノー・ペインズ・ノー・ゲインズ」の説明責任が重要になろう。

 今回の衆院選の与党勝利によって、安倍政権には4年間の時間が与えられたという見方が多い。しかし、財政支出に関する説明責任原則の確立という観点からは、再増税時期について「17年4月」とコミットメント(約束)した以上、残された準備期間は2年間しかないと考えるべきだ。

 日本の若年層や次世代と、安倍チルドレンとの間について、得られる利得の程度に差はあるものの、目指す改革のベクトル(方向性)は図の右上の方向で一致していると思われる。安倍チルドレンの利得が若年層・次世代よりも低くなるのは、既得権層の反発にさらされるからである。

 安倍首相は「17年4月の再増税」を約束して衆院を解散した。一方、民主党は消費税について明確な態度を示さなかった。民主以外の野党のほとんどは、再増税の凍結を主張した。結果は与党の勝利となった。今回118人が立候補した安倍チルドレンは、そのうち105人が再選を果たした。大部分が落選した前回、前々回のチルドレンとは大違いだ。

 これを後講釈ではなく、起きたこと、起きるであろうことから巻き戻すようにして自らの選択肢を吟味し直すというゲーム論の手法を使って考えてみよう。有権者も政治家も、今後の政治経済の展開を予測しつつ「与えられた選択肢」のなかでそれぞれの選択肢を意味づけ、その結果を自身の行動や投票にフィードバックするという政治的成熟が観察されたとする仮説である。そして、生活基盤(保守基盤)の破壊リスクを回避するために、選択肢の政治的実現を効率的に図ろうとする方向性である。

 戦後最低の投票率は問題視されるべきだ。しかし選挙を通じて課題ごとの優先順位に決着をつける民主主義の手法に停滞が許されるはずはない。有権者と選ばれる人との新しい動機づけを通じた国民の関与持続こそが民主主義の錬磨を保証する。

〈ポイント〉○安倍チルドレンとその支持者の関係注目○財政規律への懸念払拭は両者の基本利益○限られた選択肢の中で有権者行動が成熟

 たなか・なおき 45年生まれ。東大法卒、東大大学院経済学研究科修士課程修了

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