2014/12/18 本日の日本経済新聞より「経済教室 衆院選政権信任後の課題(中) 円安頼み金融政策転換を 小峰隆夫 法政大学教授」

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の経済教室面にある「衆院選政権信任後の課題(中) 円安頼み金融政策転換を 小峰隆夫 法政大学教授」です。





 選挙は終わった。これからの経済政策に求められることは「選挙モード」から「実戦モード」への転換だ。選挙モードではどうしても自らの実績を誇り、目の前の問題を取り上げ、明るい未来を語り、国民が敬遠しがちな議論は避けることになる。しかし実戦モードになったらそうはいかない。まずは選挙時の議論はひとまず横において、現状を素直に観察し、「現時点で最も適切な政策選択は何か」だけを判断基準とすべきだ。

 現政権は今回の選挙結果を「これまでのアベノミクスが信任を受けた」と理解するかもしれない。しかし、そうした理解で従来の政策をそのままさらに進めようとするのは危険だ。なぜなら実戦モードでの政策展開に求められるのは、従来のアベノミクスの方向を修正し、これまで含まれていなかった政策を進めることだからだ。論点は多岐にわたるが、本稿では金融・財政政策に的を絞って考えたい。

 まず金融政策については、次の3点で従来の路線を修正する必要がある。第一は、円安効果に期待するのをやめることだ。過去2年の円安局面から分かったことは、円安は物価を上昇させる効果はあるが、景気を浮揚させる効果は小さいということだ。

 円の対ドル相場は2012年10月から14年10月に約25%下落したが、企業はこのうち約22%を円ベースでの手取り増に振り向け、契約通貨ベースの輸出価格は約4%しか下げなかった(企業物価指数)。数量を増やすのではなく当面の収益を増やす道を選んだのである。円安になってからいつまでたっても輸出数量が増えないのは当然なのだ。

 日本の企業が輸出数量を増やそうとしなかったのは、長期的には国内で生産して輸出するという事業モデルから抜け出そうとしているからだ。したがって、収益が増えても設備投資は増やさず、雇用は増やすとしても非正規で、賃金を上げるとしてもボーナスで、という対応になった。多くの人が「景気回復の実感がない」と言うのも当然だ。要するに、円安頼みの金融政策は、現時点での企業モデルに適合していないのだ。

 第二は、インフレ目標の打ち出し方を改めることだ。日銀の黒田東彦総裁は就任直後の13年4月に「2年を念頭に消費者物価上昇率を2%にする」と明言した。しかし、達成時期をもコミット(約束)したのは行き過ぎだった。物価は金融政策だけで決まるわけではなく、どんなに日銀が頑張っても、ピンポイントで目標を実現することはできない。約束した時点では威勢がいいが、できなかった時には信頼性を失うリスクがある。

 これは既に現実の問題となっている。日本経済研究センターが約40人のエコノミストに経済の先行きをアンケート調査しているESPフォーキャスト調査(14年12月)によると、「2年以内(15年3~4月ごろまで)に2%目標が達成できる」としたエコノミストはたった1人だった(できないは37人)。原油価格の低下などを考慮すれば、目標達成は絶望的である。

 にもかかわらず目標を強引に実現しようとしたのが、10月末の追加緩和だった。これによって円安が進行したが、せっかく日本経済に与えられた原油価格の低下という恩恵をわざわざ政策的に帳消しにしたことになる。原油価格の低下は日本の交易条件を改善し、実質賃金上昇の可能性を広げるはずだったからだ。

 第三は、出口政策の議論を始めることだ。日本の金融政策は、そろそろ異常な量的緩和状態を正常化するための準備を始める段階に入りつつある。出口に至るまでには「議論の開始→資産買い入れの縮小・停止→プラス金利→日銀保有の資産の縮小」という長大なプロセスが必要となる。

 米国の経験からみても、特に最初の「議論の開始」はかなり処理が難しく、多少の混乱は避けられないだろう。それだけに早めに済ませてしまったほうがよさそうに思える。

 財政政策については、第2の矢である「公共投資による成長」という手段はそろそろ放棄すべきだ。もともと効果は一時的なものだし、財政赤字も膨らんでしまう。建設労働者の不足などにより、むしろ経済の足を引っ張っているとさえいえる。

 最大の課題は、アベノミクスに含まれていない財政再建と社会保障改革である。財政再建については、15年10月に予定されていた消費税率の引き上げを17年4月に先送りした結果、もともと難しかった20年度までの基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化という目標の達成はますます難しくなった。

 図は、日本経済研究センターの中期経済予測(14年12月)で示された基礎的収支の見通しである。前回予測(14年3月)は消費税率を15年10月に10%とし、17年度から年1%ずつ引き上げ、25年度に19%とする想定でも、20年度の黒字化は達成できないというものだった。今回、税率を17年4月に10%とし、その後、横ばいとすると、基礎的収支の国内総生産(GDP)比率は20年度以降も3%程度の赤字が続くことになる。

 財政の姿は実はもっと厳しい。まだあまり議論されていない20年度以降の財政が、さらに大きな問題になるからだ。それは、(1)金融政策が出口に向かうにつれて長期金利は上昇し、金利負担が増大していく(2)25年あたりから団塊の世代が後期高齢者に入り、社会保障負担がさらに増大する(3)人口減少に歯止めがかからない場合には、労働力人口の減少などにより潜在的な成長率が低下する――といった要因が生じることによる。

 こうした事態に対処するには、消費税率のさらなる引き上げと社会保障支出の削減がどうしても必要となる。常識的に考えただけでも、今後の推移と必要な対応は誰もが分かることなのだから、できるだけ早く着手すべきである。

 それにしても、今回の選挙を経済政策という観点からみて、筆者は、民主主義そのものが機能不全に陥っているという疑いを強めた。

 まず、財政再建と社会保障改革が重要な課題であることは誰もが分かっているのに、選挙戦では全く政党間の論点にならなかった。逆に、本来日銀の独立性に委ねられるべき金融政策については結構、公約上の論点になっていた。

 言うまでもなく、財政再建や社会保障改革の議論になると、増税や高齢者への社会保障給付の削減といった痛みを伴う手段に言及せざるを得ないので、政治家は議論を敬遠するからだ。一方、自らに責任が及びそうもない金融政策については、比較的自由に議論ができるのだ。

 さらに、有権者・投票者に占める高齢者の比率が高まりつつあることで、ますます高齢者に負担を求める議論は遠のいていく。いわゆる「シルバー民主主義」問題である。

 我々は、そろそろ本気で民主主義の仕組みを再設計すべきではないか。いくら望ましい政策のあり方を議論しても、政治がそれを実行しない限り無駄な努力に終わるからだ。シルバー民主主義については既に経済学者の間では議論の蓄積があり、年齢別選挙区、デメーニ投票(未成年者にも投票権を与え、親がそれを行使する)、将来世代アセスメントの義務化(重要政策の立案に際しては将来世代への影響評価を義務付ける)などの方法が提案されている。

 財政については、欧米で政府・議会から独立して財政展望や政策評価などを担う「独立財政機関」を設ける動きがある。日本でも、例えば、超党派で専門家からなる独立機関を設け、現実的な経済見通しのもとで、2040年くらいまでの財政の姿を描いたうえで、常にこの見通しを念頭に置きながら政策論議を行う、といった工夫をしてみてはどうだろうか。

〈ポイント〉○選挙後はアベノミクスの修正と追加が筋○日銀はインフレ目標の再考と出口論急げ○高齢者の意向に偏る選挙制度の大改革を

 こみね・たかお 47年生まれ。東大経済卒、旧経済企画庁へ。専門は経済政策論

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