2015/03/31 本日の日本経済新聞より「経営書を読む 第2版リーダーシップ論(4) 優れたリーダーはよく話す 変革に備え課題・人脈づくり」

今日の日経注目記事は、日本経済新聞のキャリアアップ面にある「第2版リーダーシップ論(4) 優れたリーダーはよく話す 変革に備え課題・人脈づくり」です。





 コッター教授は数多くのリーダーの行動を観察した結果、優れたリーダーの日常は一般に思われているイメージとは異なることを発見しました。

 リーダーはビジネスの戦略づくりや組織づくり、部下への指示命令などに大半の時間を割いていると思われがちです。

 実は優秀なビジネスリーダーは大半を様々な人に会って話すことに費やしているのです。会話もフォーマルとインフォーマルな話題が混じり合い、第三者が聞くと一貫したテーマや目的を感じさせない場合も見受けられます。会話自体は和やかに時に冗談も交えながら続きます。

 なぜ優れたリーダー達はこのような行動をとるのでしょうか?

 コッター教授はその理由はリーダーの「なすべきこと」と密接に関連していると述べています。

 リーダーのなすべきこととはすでに述べたように変革をリードし、実現することです。変革実現のためには不透明な環境の中で真に取り組むべき課題を見つけ、組織全体の様々な部門の人々を動かし問題を解決することが必要です。

 リーダーの日常はそのために使われます。端的に言うと「課題づくり」と「人脈づくり」に集約されるのです。本質的な課題を見極めるには情報の量と質が必要なのです。リーダーが日常的に人に会い話をするのは、様々な人から情報を集め、色々な立場や角度から取り組むべき課題を見つけるためなのです。

 様々な人と会うことで、リーダーは変革や課題解決に必要な人脈、協力関係を築いているのです。この人脈づくりは、社内はもとより社外のサプライヤーや関係企業にも及びます。変革を行う際には、築き上げた人脈を活用し、繰り返し働きかけ組織全体を動かしてゆくのです。

 リーダーたる人は普段から組織の中を縦横無尽に動き、情報を集め、人脈を形成し、変革に備えているのです。

=この項おわり

(ケーススタディーなど全文を「日経Bizアカデミー」に掲載)

2015/03/31 本日の日本経済新聞より「経済教室 検証・異次元緩和2年(下) 持続的な成長 展望描けず 円安、人手不足に無策 翁邦雄 京都大学教授」

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の面にある「検証・異次元緩和2年(下) 持続的な成長 展望描けず 円安、人手不足に無策 翁邦雄 京都大学教授」です。





 原油価格の低下を追い風に景気は停滞を脱却しつつある。株価も高い。しかし2年で2%の目標達成に強くコミット(約束)していたインフレ率は、マイナス転落の時期に関心が集まっている。この間、潜在成長率の日銀推計値は量的・質的金融緩和の導入後、むしろ下振れしている(図参照)。日銀の当初シナリオとは全く異なる展開だ。

 だが、この政策はインフレ率やコミットメントの成否で中間評価をすべきではない。重要なのは中長期の成長率を高めるのか、経済の不安定化をもたらさないか、代案はないのか、という点だからだ。

 中長期の成長率を展望するには、制約要因が需要不足か供給の天井かを見極める必要がある。2013年秋、恒常的な需要不足による先進国の長期停滞を論じた米ハーバード大学のローレンス・サマーズ教授の講演は世界的な反響を呼んだ。欧州諸国の多くはデフレ傾向の下で多数の失業者を抱え、失業率が下がってきた米国でも職探しを諦めた人たちが多く、賃金も上がりにくい。長期停滞論は欧米の現状に興味深い解釈を与え、不安をかき立てている。

 しかし日本では、かねて失業率が低く、00年代前半には団塊の世代(1947~49年生まれ)の60歳定年到達を機に人手不足が広がる可能性が指摘されていた。団塊世代の人口は各年200万人を超え、それ以降も何年かはこのレベルに近い。他方、10~20歳は各年120万人以下と、その60%に届かない。

 人手不足の顕在化は遅れた。定年延長や再雇用などの雇用制度の見直しにリーマン・ショックが加わったからである。だが12年、団塊世代は65歳にさしかかり、アベノミクスの需要刺激と相まって人手不足は13年には顕在化し始め、本年の春季労使交渉では大手企業の高額回答が相次いでいる。

 人手不足をもたらすのは、持続的な大量退職だけではない。団塊世代は7年後に75歳に到達し始め、この頃を境に介護を必要とする人の比率が加速度的に高まる。75~79歳では要支援・要介護者が65~69歳の約5倍になり、その後も急角度で上昇を続けるからだ。2月に決まった新たな認知症対策は「できる限り住み慣れた地域のよい環境で自分らしく暮らし続ける」とうたい、家族の介護を基本とする。介護離職は労働力人口や潜在成長率をさらに押し下げる可能性がある。

 量的・質的緩和がこうした潜在成長率の天井を緩和する効果はごく限られる。一貫した(暗黙の)狙いである円安は、海外生産のコストを割高にすることで生産性の高い製造業に国内労働者を回帰させ、長期的な潜在成長率を高める、という主張もある。

 しかし、現時点でも、介護分野の有効求人倍率は2.6倍と極端な人手不足であり、今後、その一層の悪化が懸念される。こうしたなかで、厚生労働省が介護を外国人技能実習生制度の対象分野に含めるなど、海外労働者に介護の一部を依存することが長期的課題になりつつある。

 ところが円安誘導は海外労働者にとって日本での労働の魅力を低下させる。生産性が低い介護を誰が担うのか、という問題の答えがない限り、生産性向上の絵は描けない。

 潜在成長率を高める代替案はどのようなものだろうか。メディアでは成長戦略が主役とされ、アベノミクスでも「規制緩和による民間投資の喚起」がうたわれている。規制緩和は確かに重要だ。また、高齢者・女性が働きやすい環境整備も必要だろう。だが、平均寿命が伸び続けるなかで健康寿命をそれ以上に延伸させる官民の施策こそ「成長戦略」として不可欠といえる。

 加齢による健康リスクは多面的だが、それだけに、この戦略は労働力人口へのマイナスの影響を緩和するだけでなく、高齢化社会の需要拡大の源泉としても大きな意味を持ちうる。例えば認知症根治薬の先行開発に成功すれば、爆発的な需要を喚起するイノベーション(革新)になる。何より介護する人、される人の負担を軽減し、社会に成長を超えた大きな意味をもつ。

 量的・質的緩和のリスクに議論を移そう。懸念されるのは、出口で生じる金融システム不安定化である。長期停滞論では先進国の永続的デフレを懸念しているから、日本でも出口は訪れないという「楽観論」もある。しかし、日本では人手不足の深刻化がインフレを起こしやすくする。デフレ脱却には好都合だが、財政危機リスクは増大する。

 デフレは財政にとってメリットもある。この傾向が続く限り日銀は超金融緩和を続けることができ、政府債務残高の国内総生産(GDP)比がいくら高くても財政が破綻することはない。財政当局が直面する「デフレ脱却の不都合な真実」は、超低金利維持が困難になり、これに頼らずに財政の持続性を確保する必要が生じることである。世界的に突出して大きい政府債務のGDP比は金利上昇局面で急に大きな意味をもち始め、市場を不安定化させかねない。

 金融市場の不安定化を抑えるには財政への信認確保が一つのカギになる。この点は最近、本欄で論じられたので(3月10日付の早川英男氏)、ここでは出口のハードルを測る一助として戦前、高橋是清が蔵相時代に手がけた財政と比較してみよう。量的・質的緩和は高橋財政と異なり国債引き受けという「禁じ手」を用いていないから財政ファイナンス(財政赤字の穴埋め)ではない、という感覚が一般的と思われるからだ。

 しかし、これは錯覚である。まず高橋財政の国債引き受けの目的は、財政のファイナンスではない。実際、高橋財政ではおおむねこれを回避した。日銀に国債を引き受けさせた目的は、資金拠出でなく未発達だった市場機能の補完だったからだ。

 引き受けを開始した1932年11月から35年末までの間で日銀は引き受けた国債の90%を売りオペで金融機関に転売し、国債保有残高をあまり増加させていない。これが行き詰まったのは、財政が膨張を続ける一方、景気回復で金融機関への売りオペが困難化していったことによる。

 高橋は35年7月の声明で、公債の発行額を金融機関の消化能力の範囲内にとどめてきたことの重要性を指摘し、借金政策は永続できず、いずれ公債増発に伴う利払い費増加に追われ「結局、印刷機械の働きにより財源の調達を図らざるを得ざるに至り、かくしていわゆる悪性インフレーションの弊は必至の勢いとなるであろう」とし、財政政策を転換しようとした。しかし翌年2月、凶弾に倒れる。財政膨張に歯止めがかからないなかで、国債引き受けの目的も変化していった。

 量的・質的緩和も財政への資金提供は目的ではない。しかし高橋財政と異なり、「副作用」としてすでに巨額の財政支出をファイナンスしている。銀行が買った国債はワンタッチで日銀に転売され、最終的に日銀資金が財政支出を賄っている。これは実は高橋財政当時とは正反対の資金の流れであり、出口のかじ取りの困難さに直結する。

 なお、金利上昇局面では低金利の長期国債を大量に抱える日銀の資産が毀損される。その負担を誰に帰着させるかは、準備率や日銀当座預金への付利水準の設定などについての日銀の決定に依存する。

 しかし「国の財政を処理する権限は、国会の議決に基づいて、これを行使しなければならない」とする憲法83条(財政民主主義)の理念は、日銀による巨額損失の裁量的配分とは両立しないはずである。許容されるなら、日銀の独立性という建前で財政民主主義を迂回するルートが開ける。金融正常化プロセスでのリスクとコストは、民主主義社会の日銀のあるべき姿を再考する契機にもなるだろう。

〈ポイント〉○潜在成長率の向上への寄与は期待できず○超高齢化社会に対応した成長戦略が必要○財政への副作用は「高橋財政」より大きく

 おきな・くにお 51年生まれ。東大経卒、シカゴ大博士。専門は金融政策、国際金融論

2015/03/31 本日の日本経済新聞より「大機小機 デフレは終わった」

今日の日経注目記事は、日本経済新聞のマーケット総合2面にある「デフレは終わった」です。





 先日、2014年10~12月期の国内総生産(GDP)の第2次速報値が公表され、昨年の経済成長率が確定した。それによると実質でみるとゼロ成長だったが、名目では1.6%のプラス成長だった。

 とくに注目すべきは、国内生産ベースの物価を示すGDPデフレーターが1997年以来、実に17年ぶりにプラス(1.7%上昇)に転じたことである。

 アベノミクスが目指している「デフレ脱却」の政策目標は、実現しつつある、とみてよい。

 ところが専門家の間では「デフレ脱却いまだし」の空気が強い。黒田東彦日銀総裁の最近の発言からもそうしたニュアンスがうかがえる。消費者物価が原油安の影響で低迷しているからだ。

 日銀は、「異次元の金融緩和」の目標を「消費者物価の前年比上昇率が安定的に2%に達する」ことに置いている。

 直近の2月の消費者物価上昇率(生鮮食品除く)は前年比2.0%だった。消費増税の影響は2%とみられているから、これを除くと消費者物価は1年前と同じだったということになる。

 しかし、これをもって異次元緩和をさらに加速させるようなことがあるとすれば将来に禍根を残す恐れがある。政策効果の及ばない外部要因である原油安を除けば消費者物価上昇率は2%に十分に近づいているはずだ。GDPデフレーターがそのことを示している。

 GDPデフレーターでデフレか否かを判断すべき理由のもう一つは、国民のインフレ期待の醸成には、日常品の価格のみではなく、企業向け製品の価格動向もきわめて重要だからだ。

 黒田総裁は最近の講演で「人々のインフレ予想が明確に上昇した」と述べている。GDPデフレーターでそのことはほぼ実証されたのではないかと思う。

 先行きも楽観的にみてよい。政府は3月の月例経済報告で、生産や輸出が上向いているとして景気判断を上方修正した。

 問題は消費増税で冷え込んだ個人消費がまだ十分に回復していないことだ。ただ主要企業で本格的なベースアップが実現している春季労使交渉の状況から判断すれば、所得増加が消費増加につながる構図が着実に出来上がってきている。

 20年近くに及んだデフレは終焉(しゅうえん)しつつある。

(一直)

2015/03/31 本日の日本経済新聞より「比、現政権はTPP不参加 大統領任期中、法整備間に合わず 中国関与の枠組み優先」

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の国際面にある「比、現政権はTPP不参加 大統領任期中、法整備間に合わず 中国関与の枠組み優先」です。





 フィリピンのドミンゴ貿易産業相は30日、アキノ大統領が率いる現政権が環太平洋経済連携協定(TPP)の交渉に加わらない方針を表明した。2016年6月までの大統領の任期中には必要な法整備が間に合わないとの判断を示した。これまで参加に前向きだったアキノ政権の変質は、日米を中心にTPPの推進力を欠く現状を映し出す。

ドミンゴ貿易産業相

  シンソン公共事業道路相

 都内で日本経済新聞の取材に応じたドミンゴ氏は、TPP交渉への参加を巡り「公共事業に参加する企業への外国資本の規制の撤廃など国内法や憲法を改正する必要がある」と指摘した。そのうえで「我々には十分な時間がない」と語り、現政権での参加は不可能との認識を示した。

 アキノ氏は昨年4月にオバマ米大統領がフィリピンを訪れた際「TPP参加の実現に向け作業している」と述べていた。ドミンゴ氏も「TPPはフィリピン人に有益だ」と訴え、国内の反対派をけん制してきた。

 その後の参加12カ国の交渉では知的財産権の保護や農産物の関税などを巡り意見の対立が残る。14年夏までの大筋合意という当時の目標は延長を重ねており、はっきりとした出口は見えない。

 米国主導の枠組みであるTPPから距離を置く姿勢には中国の影もちらつく。フィリピンは中国と海洋の領有権の問題を抱える半面、経済の結びつきを強め、中国がTPPへの対抗手段として重視する東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の交渉にも参加する。ドミンゴ氏は「RCEPはTPPよりも合意が容易だ」と述べ、年内妥結を目指すRCEPを優先する構えも示した。

 中国への接近はインフラ投資の面でも目立つ。30日、都内で取材に応じたフィリピンのシンソン公共事業道路相は「インフラ整備の需要は強く、世界銀行やアジア開発銀行(ADB)、国際協力機構(JICA)では全てを満たせない」と指摘した。

 一方で中国が設立を主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)については「世銀やADBとは競合しない」として歓迎する意向を明らかにした。

(国際アジア部 外山尚之)

2015/03/30 本日の日本経済新聞より「検証・異次元緩和2年(上) 円安・株高定着 大きな成果 企業収益・雇用が改善 北坂真一 同志社大学教授」

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 黒田東彦氏が日銀総裁に就任し、量的・質的金融緩和が導入されて約2年が経過した。政策効果を検証し、今後の課題を明らかにしたい。

 緩和策は(1)2%の消費者物価上昇率の2年程度での実現(2)マネタリーベース(資金供給量)や長期国債、株価指数連動型上場投資信託(ETF)の保有額を2年で2倍に拡大(3)長期国債買い入れの平均残存期間を2倍以上の7年程度へ延長――からなる。昨年10月には追加緩和策として資金供給増額と国債やETFなどの保有残高増加ペースの3倍への拡大や国債残存期間の10年程度への延長が示された。

 この間、日本経済に生じた顕著な特徴として円安と株高がある。一般には金融緩和で資産価格が刺激されたとみられているが、図は円安・株高が緩和導入前の2012年秋、衆院解散前後から始まっていたことを示す。緩和が2年以上にわたる円安・株高の契機になったとはいえない。

 12年秋の円安と株高はヘッジファンドに代表される投機的な海外投資家が、金融緩和によるデフレ解消を主張する安倍晋三政権の誕生と、その後の大規模緩和を見越し、円売りと株買いに動いた結果とみられている。

 理論的には、ゼロ金利下で金融緩和が円安をもたらすとは限らず、実際に過去には量的緩和でも円安とならない期間があった。しかし、安倍政権誕生の前後から市場は大胆な緩和と円安を見越して行動するようになった。ここで国内投資家と異なりデフレマインドの弱い海外投資家の行動がてこになり、日本の資産市場が動いたことは興味深い。

 このことは、円安・株高は日銀の金融政策の結果というよりも、緩和を強硬に求める政権の姿勢が市場参加者の期待を動かしたことを示唆する。もともと多くの研究により、金融政策の効果には非対称性があり、金融引き締めは景気過熱やインフレの抑制に効果的だが、金融緩和単独の景気刺激効果は不確実で弱いことが指摘されている。

 しかし、こうした見方は量的・質的金融緩和の価値を減じるものではない。安倍政権が誕生しても、物価安定目標や大規模な緩和がなかったとすればどうだろうか。投資家の期待は裏切られ、円安・株高が一時的な現象に終わったことは容易に想像できる。すなわち、過去2年以上にわたる大幅な円安・株高は政権主導であり、金融緩和は後追い的であったものの、資産価格の適切な水準への調整に必須の政策だったと評価できる。

 具体的に緩和の中身をみると、物価目標への2年程度での実現という期限の明示やマネタリーベースの2倍増という目標設定は、強いコミットメント(約束)で人々の期待に働きかける効果を持ち、ETFなどの買い入れや長期国債の残存期間の延長は、株式や国債市場の需給に直接介入し、下支えする実体的な効果を発揮したと考えられる。

 政権主導の円安・株高政策を象徴するように、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)などの公的資金が株式の投資比率を高め、並行して生命保険会社などの機関投資家が国債投資を削減し、外債や社債の投資比率を高めるようなポートフォリオリバランス(資産組み替え)効果もみられるようになった。

 また、昨年10月の追加緩和によって、図が示すように円安と株高は加速している。当時は消費税率の再引き上げ論議とともに原油価格も急落しており、インフレ期待低下のリスクに加えて消費増税後の景気回復の遅れもあわせて考慮すれば、追加緩和が必要な情勢だった。

 金融緩和に支援された円安・株高、それに緩和が直接もたらす低金利は、実体経済に良い影響を及ぼした。まず円安による企業利益の好転である。自動車や電子部品といった輸出型企業を中心に、企業収益の改善が続いている。次に、株高による一部富裕層の消費や低金利による住宅投資である。消費増税の悪影響は大きかったが、都心のマンションなどの需要は活発で地価の回復傾向も続いている。

 さらに、雇用関連の指標の改善である。失業率は3%台に低下し、昨年春以降一部企業で賃上げが行われ、今春は賃上げの動きが一層強く、また、裾野を広げる勢いである。さらに米国経済の順調な回復や昨夏以降の原油価格の大幅な下落が追い風となっており、2年前と比較して経済の好転は明らかである。

 このように日本経済の基調的な改善に貢献した日銀の量的・質的金融緩和について、今後の課題を指摘したい。

 第一は、日銀が自らこの2年間を総括し、政策の枠組みや方法について問題がなかったかを率直に点検して公表し、あわせて今後に向けて内容を調整することが望ましい。具体的には物価安定の目標について、「2年程度」という文言を削除し、「中長期的に」と変更すべきだ。

 世界的にみれば、中央銀行が物価目標の数値を示すことは標準的だが、期限を区切るのは異例である。2年前の導入時、わが国は深刻なデフレ状態にあり、年限を示すことで政策効果を高める必要があった。しかし、現在ではその必要性は薄れている。

 第二は、第一と関連するが、原油価格の下落効果の一巡や今春の賃上げにもかかわらずインフレ期待が低迷するようであれば、マネタリーベースの増加や国債の大量購入という従来の枠組みにとらわれず、超過準備に対する付利の撤廃や、欧州で行われているマイナス金利の導入など、新しい金融緩和を試みるべきだ。国債市場の流動性の問題や緩和効果の観点から、必要に応じて新しい方法を採用する時期に来ている。

 第三は、株価が急騰しバブルの様相を示した場合の対応である。資産価格は往々にしてファンダメンタルズから乖離(かいり)する。現在の株価は企業収益の増加に沿ったものであるが、すでにその水準は高く、さらに上方に乖離する可能性もある。

 株価バブルに対しては、規制や監督によって金融機関の健全性を確保し、バブルが崩壊しても経済全体に悪影響が及ばないようにすることが基本である。しかし、それでも金融政策の予防的対応が不要というわけではない。

 円相場についても同様である。過去2年間の円安は日本経済に総じてプラスと評価できる。しかし、この先1ドル=120円を大きく超えて円安が進むようであれば、輸入企業や家計に与えるマイナス面が大きくなる。今後の日銀には、物価だけにとらわれない柔軟な姿勢が求められる。

 第四の課題は、金利が上昇する場合である。現在は日銀が期間の長い国債を購入することで基本的に金利は低位に抑えられている。しかし、国債の信認が低下し金利が上昇するような局面になれば、日銀による国債の購入は金融政策という本来の役割から逸脱し、正真正銘の「財政ファイナンス(財政赤字の穴埋め)」に追い込まれてしまう。そうした事態を防ぐために、政府には歳出削減による財政健全化の道筋を示し、着実に実行することが求められる。

 いずれの課題も、日銀にとって最大の焦点は政府との距離感である。この2年間、日銀は安倍政権が推し進める「デフレからの脱却」という枠組みのなかで忠実にその役割を担ってきた。しかし、今後の経済情勢によっては立ち位置の調整が必要になる場面があるだろう。

 政府と中銀は潜在的には常に緊張関係にあって、歴史を振り返ると対立から協調まで大きく変化してきた。そうした関係が変化する局面においては、日銀総裁の力量が問われることになる。

〈ポイント〉○日銀緩和は市場や投資家行動の変化促す○物価目標年限は2年に区切る必要薄れる○マイナス金利追求や政府との距離が焦点

 きたさか・しんいち 60年生まれ。神戸大経済学博士。専門はマクロ経済学

2015/03/29 本日の日本経済新聞より「がん社会を診る 現役世代で医療費首位 中川恵一」

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の健康面にある「現役世代で医療費首位 中川恵一」です。

がんにおける早期り患の可能性を説き、早期発見、早期治療の重要性を明らかにした秀逸な記事です。





 2012年度の保険診療の対象となった医療費の総額(国民医療費)は推計39兆2117億円で、6年連続で過去最高を更新しています。この国民医療費は国内総生産(GDP)の8.30%、国民所得の11.17%に相当します。

 病気別にみると、循環器疾患に対する医療費がトップで、がんが第2位です。しかし、65歳未満の働く世代に限ると、がんが13.1%と1位で、循環器疾患(11.7%)を逆転します。

 日本は全国民が何らかの公的な医療保険制度に加入することになっています。中小企業などで働く従業員とその家族など約3600万人が加入する「全国健康保険協会(協会けんぽ)」のデータでも、がんが医療費のトップです。

 協会けんぽが、12年度の医療費の支払い明細を分析した結果、がんが医療費の10.2%を占めました。高血圧症が7.0%、糖尿病が4.5%、心臓病が3.8%、高脂血症などが3.2%、脳血管疾患が2.9%と続いています。

 年代別にみると、女性の場合、がんに対する医療費は40~50代にピークがあります。一方、高血圧、糖尿病、心臓病では、74歳まで年齢とともに増えていきます。これは、子宮がんが30代、乳がんが40代に最も多いのに対し、多くの生活習慣病は年齢とともに増えるからです。女性の就業率がもっと上がれば、現役世代の医療費に占めるがんの割合はさらに高まるでしょう。

 定年の延長も会社員のがんを増やします。今後、協会けんぽや大企業の社員が加入する健保組合の支払いにおいて、がんのウエートがさらに高まっていくと思われます。

 そもそも、男女合わせるとがんと診断される人の3人に1人が20~64歳で、20~69歳で約半数を占めます。現在、働きながら治療を続けているがん患者は約32万5千人に上ります。現役世代の死亡のおよそ半分が、がんによるものです。進行がんに対する薬物療法が高額になり、月額50万~100万円も珍しくないなか、会社にとって、がん対策の重要性は増しています。

 社員をがんから守り、生産性を維持しつつ、医療費を抑えるためのポイントは、がん検診による早期発見です。早期であれば、長期の入院なしにほとんどが治り、医療費も少なくなるからです。

(東京大学病院准教授)

2015/03/29 本日の日本経済新聞より「風見鶏 握手が示す外交と内政 編集委員 佐藤賢」

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の総合・政治面にある「握手が示す外交と内政 編集委員 佐藤賢」です。

外交の場での握手は内政を見据えた上で行うかどうか判断される、そういう記事です。





 人と会った時や別れ際に握手をする習慣はいつからあったのだろう。紀元前5世紀ころとみられる古代ギリシャ時代の彫刻には、握手する姿が描かれている。中国でも「握手」の漢字を使う。後漢(西暦25~220年)の歴史を記した『東観漢記』に「握手」の文言が出てくる。握手の起源には諸説あるが、武器を持っていないことを示すためだったとされる。

 政治家や外交官を取材するようになって感じたのは、やたらと握手を交わす人たちだな、ということだ。政治家は自分を売り込み、選挙の票集めにつなげる効果を見込む。外交官は相手に親近感を抱いてもらい、率直に話し合える人間関係をつくる狙いがある。

 21日、ソウルで開いた日本、中国、韓国3カ国の外相会談をテレビで見ていてあれっと思ったのは、冒頭で握手する場面だった。

 3カ国の代表が握手する場合、みんなで両手を重ね合わせるのが普通だ。しかし今回は、真ん中に立った議長国、韓国の尹炳世(ユン・ビョンセ)外相が左手は岸田文雄外相、右手は中国の王毅外相とそれぞれ握手したが、岸田外相と王外相は手を重ねていない。王外相は尹外相の手を握るとすぐに報道陣の方を向き、岸田外相は一瞬、戸惑いの表情を見せた。

 王外相は会談の帰り際には岸田外相と握手した。なぜ冒頭のカメラの前では握手しなかったのか。

 歴史問題などの火種を抱える日本と和やかなムードを醸し出すと、中国内から「弱腰」との批判が相次ぐため握手する姿を見せなかった、と外交筋は解説する。対日関係は改善に向かうが、世論を刺激しやすい敏感で内政に直結するテーマだ。「大国」を標榜する中国なのに、あえて握手しなかったのなら大人げない。

 2014年11月の安倍晋三首相と中国の習近平国家主席の会談を思い出した。「首脳会談に応じるのはいいが、安倍首相と握手すべきでない」。あの時も中国の多くのシンクタンクなどが内部報告で習主席側にこんな提言を出した。握手はしたものの、笑みのない仏頂面を貫いた習主席の視線は国内に向いていた。

 中国外務省の幹部は「外交官だけで外交ができる時代は終わり、世論を見ないといけない」と語る。いま最も気掛かりなのは、安倍首相が夏に発表する戦後70年談話で「かつての戦争でそれぞれの家族に被害者がいる。安倍首相が『侵略』を認めて謝罪しないと、国民感情は反発する」とけん制する。

 韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領は慰安婦問題で日本ともめている。大統領になってから安倍首相と初めて直接会話したのは、13年9月にロシアのサンクトペテルブルクで開いた20カ国・地域(G20)首脳会議での立ち話だった。実は2人は握手を交わしたが、韓国側の要請で握手した事実は公にされなかった。

 14年3月、朴大統領はオランダでの日米韓首脳会談の冒頭の写真撮影で、カメラマンから「握手をしてください」と言われたが、応じなかった。会談が終わった後に安倍首相と握手した写真を見ると、仲を取り持ったオバマ米大統領が笑いもせず、黙って朴大統領を見つめている。

 「外交は内政の延長」とよく言われる。共産党の一党支配体制の維持が最重要課題の中国は外交より内政の論理を優先する。韓国の大統領も支持率をにらんで内向きになりがちだ。安倍首相にとって本来は内政のテーマである歴史認識の問題は、今年の外交の大きな変数になっている。外交と内政の連関は深まり、一体化している。

(編集委員 佐藤賢)

2015/03/28 本日の日本経済新聞より「珈琲店 郊外で沸く(下)多様な外食参入 競争激化、次の一手探す」

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の消費Biz面にある「珈琲店 郊外で沸く(下)多様な外食参入 競争激化、次の一手探す」です。





 数少ない成長市場を巡り、郊外型コーヒー店の競争は激化する一方だ。ファミリーレストラン最大手のすかいらーくが3月に参入。迎え撃つコメダは年間100店近い出店を続ける。早くも企業淘汰を懸念する声も出始め、「珈琲(コーヒー)店」の勝ち残りには次の一手が求められている。

高原リゾートをイメージした店内は女性客でにぎわう(横浜市の「むさしの森珈琲」)

 すかいらーくが7日横浜市に開いた「むさしの森珈琲」のテラス席。家族と来た女性(30)は「おしゃれな感じ。コメダよりも好き」と話した。敷地には植栽が多く、店内は開放感のある雰囲気だ。「高原リゾートの喫茶店」をコンセプトに30~50代の女性に的を定め、先行する「コメダ珈琲店」との違いを出す。

 開業後の売上高は目標の2倍で「150店くらいすぐに出せる」と谷真社長は鼻息が荒い。外食業界2位の同社は「ガスト」など全国約3000店の拠点を持つ。1号店同様に既存店から転換を進めれば、一気に出店できる。同社の参入に他社の危機感は強まる。

 喫茶以外の外食企業の参入は同社に限らない。うどん店「丸亀製麺」のトリドールも「コナズ珈琲」を埼玉県や大阪府で運営。ハワイをイメージした店作りが特徴だ。

 「1970年代のファミレスブームと同じだ」。「高倉町珈琲」を展開する高倉町珈琲(東京・新宿)の横川竟会長は指摘する。同氏は、すかいらーく創業者の一人。過去にファミレス各社が大量出店し、経営が悪化した時代を知る。現在4店を運営し、年内に8~10店を開く。パンケーキを目当てに行列ができるが「来年には淘汰が始まる」(同氏)と警戒する。

 郊外店を増やし始めた「スターバックス」と珈琲店の違いは従業員がテーブルで提供すること。だが「セルフサービスのスタバの方が顧客と親しく会話している」(業界関係者)との指摘もあり、シニアらを満足させる接客は各社の課題だ。

 「元町珈琲」を約30店展開するスイートスタイル(東京・中央)は接客強化に動く。4月末、岐阜県岐南町の店を次世代型に改装する。厨房の設備や配置を見直して一定時間に作れる商品を5割増やし、代わりに接客に多くの時間を割く。

 コーヒー豆メーカーと共同で社内資格を設けるなど教育を強化し、コーヒーについて深く話せる人材を増やす。改革は日本マクドナルドやすかいらーくでの経験を買われ、14年に社長に登用された遠藤久氏が主導する。元町珈琲は3年内に100店へ拡大をめざす。遠藤社長は「10年、20年商売する店にすることが重要だ」と力を込める。

 店舗が広がり、都心のビルへのテナント出店など新たな立地も増えてきたコメダ。一部の店でコーヒーなど飲料を100円高くする実験を始めるなど次の一手を探る。

 似た店が増えて価格競争に陥り、商品や接客の質を落として顧客の支持を失ってきたのが外食業界の歴史だ。過去の「失敗の方程式」を教訓にできるかが勝敗を分ける。

 藤野逸郎、佐藤俊簡が担当しました。

2015/03/27 本日の日本経済新聞より「珈琲店 郊外で沸く(上) 長居許して稼ぐ 外食離れのシニア照準」

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の消費Biz面にある「珈琲店 郊外で沸く(上) 長居許して稼ぐ 外食離れのシニア照準」です。





 サービスや食事を充実させた郊外型コーヒー店が人気を集めている。1990年代以降、急速に増えたセルフサービス式のカフェとは対照的にゆっくり滞在できるのが魅力だ。短時間で多くの客を取り込み利益を追求してきた外食産業が見落としていた商機を掘り当てた。「珈琲(コーヒー)店」がシニア社会の主流の外食店になるとにらみ、大手の参入も相次ぐ。

午前中に店内でくつろぐ高齢者ら(名古屋市瑞穂区のコメダ珈琲店本店)

 名古屋市の住宅街にある「コメダ珈琲店本店」。3月の平日、午前6時半の開店直後から駐車場に次々と車が吸い込まれ、9時半には全202席が埋まった。「落ち着いた時間を過ごせる」と話す男性(77)は、60歳の定年前後から毎日のように通っているという。

 コメダ(名古屋市)の2013年度の売上高は前年度比44%増の159億円、営業利益は17%増の34億円と高収益だ。14年度も2ケタの増収増益となったもようだ。店舗数は現在約620と5年で1.7倍になった。

 得意客が好む大きな理由はゆったり過ごせる雰囲気だ。アンティーク調のソファは隣の席との間隔も広く、仕切りもある。新聞や雑誌も十数種類をそろえる。サンドイッチやデザート類などメニューは豊富。午前11時までコーヒー(420円)にトーストとゆで卵が無料で付く「お得感」も人気の理由だ。

 顧客の支払額は平均650円と一般的なファミリーレストランより3割安い。顧客の回転も速くないのに、どう利益を出すのか。郊外型の珈琲店は個人経営の喫茶店の良さを復活させたようにみえる。だが先駆者のコメダの経営には顧客にみえない舞台裏にコストを抑える工夫がある。

 看板商品のコーヒー。実は自社工場で集中的に焙煎(ばいせん)・抽出し、店で温めるだけで提供する。メニューは約100品目あるが食材の種類は約200に抑える。同じ食パンで10種類以上をつくるなど材料を増やさずに巧みに選択肢を広げる。結果として作業も簡略化でき、地盤の中部では厨房の担当者は店舗に一人で済むという。

 裏通りでも車で約15分の範囲に住民が多い立地を厳選し、売上高に占める家賃の比率を10%程度に抑える。ファミレスに比べ5~10ポイント低い。

 一方、同社を追撃する「星乃珈琲店」。運営するドトール・日レスホールディングスはグループ力を最大限活用する。店で1杯ずつ抽出するコーヒーは「ドトールコーヒーショップ」と共同で豆を調達する。料理はグループのパスタ店「洋麺屋五右衛門」などと共同で利用するセントラルキッチンで加工した材料を使いコストを抑えている。

 星乃の14年3~11月期の直営売上高は73億円と前年同期比で倍増のペースだ。16年2月期も約40店の出店を計画する。

 喫茶店の市場規模は80年代前半をピークに一貫して減少してきたが、12年から増加に転じた。郊外の珈琲店の押し上げ効果は大きい。安さと効率を前面に押し出してきたファストフードなど外食産業から年を重ねた顧客は離反した。珈琲店はそれを反省した外食産業からの答えなのかもしれない。

2015/03/27 本日の日本経済新聞より「経済教室 中国 習近平体制の行方(下) 環境対策、後発利益生かせ 周●(たまへんに韋)生 立命館大学教授」

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の経済教室面にある「中国 習近平体制の行方(下) 環境対策、後発利益生かせ 周●(たまへんに韋)生 立命館大学教授」です。





 過去30年に及ぶ2桁ペースでの経済成長は、中国を名目上、米国に次ぐ第2の経済大国に変貌させた。しかし、成長至上主義の姿勢は、国内の大気、水、土壌、生態系に甚大な被害をもたらした。

 2015年の全国人民代表大会(全人代)では、これまでの高速成長から脱却し、持続可能な安定成長への転換を図ろうとする新常態(ニューノーマル)化が提起された。潜在的には様々な「内憂外患」を抱えるなかでも、「小康社会(ややゆとりのある社会)」の全面実現には環境問題が大きなボトルネックとなる。

 今回の全人代は、環境政策(あるいは経済の持続可能性)という観点からみた場合、2つの特徴が挙げられる。

 第一に、全面的に法制(法治)強化による環境保全効果の向上を打ち出したことである。今年1月、25年ぶりに改定された新「環境保護法」が施行された。李克強首相は全人代で「関連法規に違反する企業に対しては、どんな企業であろうと法に基づき責任を追及していく」と明言している。

 同法は中国史上最も厳しい環境法制といわれる。違反企業(汚染者)への罰金の上限をなくし、当局に工場閉鎖など法執行の権限を持たせた。監督管理を逃れて汚染物質を排出した場合には行政罰として拘留される。地方政府には深刻な大気・水質汚染が発生した際に警報を発令するなどの緊急措置を義務付けた。

 第二に、成長減速を容認する中国経済の「新常態」の下で、環境保護自体も経済成長をけん引する重要な推進力にすることである。環境規制と環境投資を両輪に、環境改善を図りつつ、経済発展をけん引することを期待している。

 第12次5カ年計画(11~15年)の環境分野への投資額は3.1兆元(約59兆円)と見込み、第11次計画(06~10年)の1.54兆元から急拡大した。清華大学学長から抜てきされた新環境保護相の陳吉寧氏は今後数年で環境分野への投資必要額が8兆~10兆元(約150兆~190兆円)に上るとの見方を示した。

 日本を含めた先進国は、経済発展、公害問題、そして地球温暖化といった環境問題を順番に経験してきた。中国の難しさは、3つの課題に同時に直面していることである。大気汚染だけでなく、もっと深刻な問題も抱える。水質汚濁、土壌汚染(重金属汚染など)、生態系破壊(黄砂、砂漠化など)といった、中国、ひいては人類の生存の根幹に関わる問題であり、回復には膨大な資金や人力、資源と時間がかかるとみられる。

 しかし、公害問題への対処は、すでに多くの先進国の失敗と成功の経験を参考にできる。例えば、60年前のロンドンは先発者として技術と政策的ノウハウが皆無の状態にあった一方、現在の中国は、多くの後発者利益を活用できるはずである。

 環境産業は「農業」「福祉」と並び21世紀の成長産業といわれる。日本企業の中国市場への進出を考える場合、現在最も有望と思われるのが、環境ビジネスである。

 例えば、07年の中国の年間火力発電量は2兆7229億キロワット時。05年の日本と中国の石炭火力発電の平均発電効率はそれぞれ43%と32%である。中国の石炭火力の発電効率を日本並みの効率まで向上できれば、二酸化炭素(CO2)削減量は7.1億トンに及ぶ。これは、日本のCO2排出量(11年度に11.7億トン)の約6割分に相当する。

 すなわち、火力発電分野での技術向上だけで中国の潜在的なCO2削減量は日本全体の排出量の半分を超える。実現すれば、中国の石炭消費量や大気汚染物質の削減、経済性の向上だけでなく、技術協力を通じて日本の産業振興と経済成長などに大いに寄与できるものと考えられる。

 では、日本も含めた国際的な環境協力には何が重要なのか。ここでは、モデル事業の構築について論じたい。

 対中環境協力を、すべての地域や分野で展開するのは不可能である。拠点となるような地域、施設を設け、そこに資源を集中して確固たる「点」をつくり、そこから「面」へと展開するような協力が効果的と考える。目に見える、手で触れる、模倣できる環境モデル事業である。環境協力効果の「見える化」は、今後の国際協力のポイントの一つになると考える。

 具体的には「東アジア低炭素共同体」構想の実現を提言したい。日本はすでに世界最高の省エネ・高効率化を達成しており、CO2を一層削減するにはコストが高く、劇的削減は不可能である。一方、CO2排出大国である中国は潜在的な削減可能量が大きく、費用対効果が高いが、自助努力に限界がある。

 そこで、革新的な技術の開発と適正な技術の移転、経済と社会システムの変革及び戦略的革新による、国境を越えた広域低炭素社会の実現が課題となる。筆者は、日中韓3カ国の協力を中心とする「東アジア低炭素共同体」に向け、中長期的に協力を進めていくべきだと考えている。

 広域循環経済圏の形成、すなわち、日中韓による循環経済モデル基地事業の推進も重要である。グローバルな規模で資源利用の最大化と廃棄物排出の最小化を実現するため、小循環(企業レベル)、中循環(地域レベル)、大循環(広域社会・国際レベル)という3つの循環経済の理念を念頭に置く必要がある。

 同モデル基地は、グリーン経済や気候変動などへの対応の必要性が増すなかにあって日中韓サミットで提案された連携事業であり、エコ、循環、低炭素などを主要な内容とする国際レベルの互恵補完型広域循環モデルの構築を目的とする。候補地は大連・庄河市が指定されている。

 経済と環境を統合する国際互恵補完型モデルのデザインにあたり重要なのは、まずローカル環境対策とグローバル環境対策の統合である。

 環境問題はグローバル対応の一方で、ローカルな生活の場から取り組まなければ実が上がらない。地道で着実な積み重ねが大事になる。特に低炭素社会実現にあたり、途上国に参加を促すには、生活に密着したローカル対策への支援が重要な視点となる。

 次に、市場メカニズムの技術移転への活用である。グローバル化された経済体制の下では、国際競争力こそが、企業存続の基本条件である。技術は民間企業が所有しているため、技術移転は移転国側の国際競争力の低下、産業・技術の空洞化を招きかねないと危惧されている。

 途上国の知的財産権の適切な保護の欠如、技術移転を促進する制度と資金メカニズムの欠如、技術移転・消化を促進するシステムの不備など、技術移転を阻害する要因が多くあり、進展を妨げているといわれる。したがって、技術移転を促進し、また移転された技術を効率よく活用するためには、市場経済メカニズムをより活用すべきである。

 さらに、先進国と途上国の利益の共有化である。CO2や硫黄酸化物(SOx)など環境汚染物質の削減効果のほかに、市場ニーズと双方の経済的な収益を踏まえ、プロジェクトを選定し、そこで得られた経済利益と環境利益を双方で共有化する。

 この方式では、先進国の技術移転によるリスクと、途上国側の技術移転のための資金負担がともに軽減されるため、旧型・老朽化した火力発電所などエネルギー多消費分野の効率的な改造が可能となる。結果として先進国側にも多くのビジネスチャンスを与えることになる。日中は技術移転を促すための人材確保や資金面での促進措置など、一定の政策インセンティブを推進する必要があるだろう。

〈ポイント〉

○「新常態」へ環境対策も経済のけん引役に

○環境モデル事業を国際協力の柱に据えよ

○技術移転の促進や利益の共有化がカギに

 しゅう・いせい 60年、中国生まれ。京都大工学博士。専門はエネルギー環境政策学