2015/02/17 本日の日本経済新聞より「経済教室 財務戦略より利益拡大を ROE、万能にあらず 宮川壽夫 大阪市立大学教授」

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の経済教室面にある「財務戦略より利益拡大を ROE、万能にあらず 宮川壽夫 大阪市立大学教授」です。

ROEを重視した経営がなぜ不適切なのか、分かりやすく解説された記事です。





 株式会社という仕組みは便利だが、危険に満ちている。ひとたび経営者となれば小口で大量の資金を集め、ヒトとモノを支配下に置き事業を始められる。経営者に才覚があれば、それらの資源を最大化し、一国の経済成長に貢献する。才覚がなければ、大きな非効率が生じ、修正は容易ではない。その深刻さは1社の問題にとどまらない。

 出資金の源は年金や個人の資金であり、一般労働者の将来生活を担保する財産を意味する。誰が限られた資源を最大化できるのか、つまり誰に支配を任せるべきか、そのシンプルな判断基準の一つが自己資本利益率(ROE)だ。

 ROEは当期純利益を、株主が出資した自己資本で割る。分子の当期純利益は株主が受け取る額、すなわち債権者への利息や税金が全て支払われた後の純粋な株主の取り分である。株主には自分が出資した資本をどれくらい増やせる企業なのか、企業には出資を仰いだ株主にどれだけ報いることができるのか、その能力を万人に示す指標だ。

 ただし、ROEはモノサシにすぎず、目的ではない。株式会社の目的は企業価値の最大化だ。企業価値とは企業が将来獲得すると予想されるキャッシュフローを資本コストで割り引いた現在価値をいう。割り引く資本コストは、予想したキャッシュが獲得できないリスクの見返りとして、出資者が企業に課した最低限のハードルを意味する。

 したがって出資者は資本コストに見合うリターン(収益)を企業に要求し、企業には資本コストがノルマとなる。企業価値は分子の予想キャッシュが増えるか分母の資本コストが低下しない限り、拡大することはない。企業が価値を創造するのは、資本コストを上回るリターンを生む事業機会に投資し、キャッシュを獲得する場合のみだ。

 ROEを改善しようと思えば、自己資本を縮小すればよいかにみえる。しかし、その手法によって企業価値の拡大につながることを期待するのは、明らかに間違っている。企業価値の拡大は獲得する予想キャッシュの現在価値を高める以外に方法はない。

 よく耳にする誤解は、自己株取得によって自己資本を減少させ、負債を増やしてレバレッジ(負債をテコにした資産拡大)をかければ、コストの高い自己資本の比率が低下し、加重平均した資本コストが低くなるというものだ。社債を発行して自己株取得をすればROEは改善し、EPS(1株利益)も増加して2度おいしいというわけである。

 確かに自己株取得で1株利益を増やせば、PER(株価収益率)が一定なら株価は上昇するだろう。しかし、そうは問屋が卸さない。負債比率が高まると株主が得るキャッシュフローの不確実性が高まるため、株主はより高い資本コストを要求することになる。その結果、株価次第でPERは低下し、1株利益の上昇は打ち消される。

 資本構成を変えても、企業が獲得する将来のキャッシュが増えない限り、企業価値の創造は起こらない。これが原則だ。負債には節税効果がある。また、収益性が高い企業が負債を調達してさらに事業を拡大することで、獲得するキャッシュの増加が事業リスクの上昇を上回るならば、企業価値は拡大する。財務戦略は極めて重要だが、企業価値との関係を正しく理解し、自社の事業に整合的な手段を各企業で考える必要がある。

 日本企業の現状をデータでみてみよう。ROEは売上高利益率、総資産回転率(売上高/総資産)、財務レバレッジ(総資産/自己資本)に分解される。筆者が過去30年を分析したところ、ROEに影響を及ぼすのは売上高利益率がほとんどで回転率やレバレッジの説明力は極めて低い。財務戦略を変えても実際の効果には限界があるようだ。

 図は、より本業の成果に近い営業利益を用いた総資産利益率(ROA)の推移を示した。ROAはROEの重要な構成要素であり、売上高利益率と総資産回転率に分解できる。そこで縦軸に売上高営業利益率、横軸に回転率をとり、国内全上場企業の過去30年(1985~2014年の中央値)の推移を線で結んだ。ROAが3~6%となる利益率と回転率の組み合わせを示した無差別曲線も加えた。

 00年までは回転率が悪化していき、プロットは徐々に左に移動した。回転率は00年の1.0回近辺で底を打ち、その後は、線が縦に大きく上下している。回転率の悪化が止まり、売上高利益率が大きく動くことによって、ROAが変化していることがわかる。

 この図から、標準的な日本企業は、回転率1.0回がほぼ定常状態であり、営業利益率5%が当面の壁とすると、ROAは5%(税引き後で3%)が限界となる。税引き後の営業利益ベースで2ケタのROEを達成するための自己資本比率は30%程度と計算され、これは日本企業にとってかなりのハードルだ。

 現状では日本企業のROEが平均で10%に迫ることはほぼ不可能だろう。ROEを改善するうえで財務戦略の工夫や資産のリストラは引き続き必要な条件だ。しかし、それ以上に売上高利益率という本業のビジネスモデルへの対応が根本的問題といえる。

 ROEは、資本コストとの比較に意味がある。リスクを上回るリターンを獲得したとき、企業価値が創造される。リターンであるROEの絶対値が高い企業はそれだけリスクも高い。株主はリスク以上のリターンが稼げない経営者には資本を委託しない。

 そこで問題はROEが資本コストを上回っているかどうかにある。結論だけを示せば、株価モデルを展開すると資本コストとROEが等しい企業のPBR(株価純資産倍率)は1になることが証明できる。つまりPBR1倍割れはROEが資本コストを下回っていることを意味する。

 筆者の分析では、14年9月末のデータが取得可能な国内上場企業約2300社のうちほぼ60%がPBR1倍割れとなっている。つまり、日本の株式市場にはビジネスリスクに応じたリターンを獲得できていない企業が、それだけ上場しているというわけだ。

 しかもROEが資本コストを上回るほど株価も上昇するというのが株価モデルの理屈だが、ただ、筆者の最近の研究によれば、日本企業の場合、PBR1倍割れの企業はROEがいくら改善しても株価に反応しないという「PBR1倍の非対称性」が実証されている。すべての企業がROE自体を上昇させればいいというわけではないのだ。

 ROEは、それを高めるための具体的な事業戦略なしに経営目標とするには単純にすぎる。低ROEが日本企業に突きつけているのは、それぞれのビジネスリスクに応じた社会的要求を満たすだけの基礎体力がないという現実だ。

 だとすれば、株主との対話も大事だが、そもそも日本企業が長年「走りながら考えてきた」伝統的ビジネスモデル自体を根本から改めて見直す余地はないだろうか。そのうえで経営者は「将来どのような会社になりたいか」という夢でなく「そのような会社になれる合理的な理由は何か」をじっくり思考したい。

 一方、経済社会が事業に要求するハードルを越えられない企業、つまりサステナブル(持続可能)ではない企業が半数以上を占める日本市場の存在は尋常ではない。逆説的だが、これは単に企業の努力不足という一点だけでは説明がつきにくい。ROEの数値のみを眺めるのではなく、多面的な解明が求められるミステリーといえる。昨今のROEブームが突きつけているものは一筋縄ではなさそうだ。

<ポイント>○ROE向上でも企業価値拡大とは限らず○資本コストを上回るリターンが最重要に○ROEが資本コスト割る企業が多く問題

 みやがわ・ひさお 60年生まれ。筑波大博士(経営学)。専門は企業金融の実証研究

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