2015/03/01 本日の日本経済新聞より「風見鶏 「戦後レジーム脱却」の虚実 特別編集委員 伊奈久喜」

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の総合・政治面にある「「戦後レジーム脱却」の虚実 特別編集委員 伊奈久喜」です。

耳慣れない言葉によって誤解が広がっていることへの心配はありますが、戦後70年、世界の中で戦争をしていない国はわずかであり、日本はその一国であることをもっと明快に国際社会の中で主張すべきです。





 戦後70年をめぐる議論のなかで、安倍晋三首相を戦後国際秩序に挑戦する歴史修正主義者だとする説がある。2013年末の靖国神社参拝以前からだから、多くは第1次政権時代に掲げた「戦後レジームからの脱却」に由来するようだ。議論の「虚」と「実」を点検する。

 戦後レジーム脱却→戦後国際秩序の否定→歴史修正主義とする流れには一見、抵抗感がない。戦後レジームは「戦後体制」と換言でき、戦後体制とは第2次世界大戦後体制であり、そこに「世界」を含むから、第2次大戦後の国際体制を連想させやすい。

 したがって戦後レジーム脱却は、第2次大戦後の国際秩序の否定に聞こえる。ヤルタ・ポツダム体制、ブレトンウッズ体制、サンフランシスコ体制など様々な名で語られる戦勝国体制の正統性を疑う歴史修正主義につながる。

 だが言葉を吟味すれば、それには出発点で「虚」の疑いがある。

 第一に、元来フランス語で英語にもなった「レジーム」は「政治制度」を意味する。通常は国際体制ではなく、国内体制を指す。

 「レジームチェンジ」がある国の「体制変化」を意味するのは承知の通りである。ブレトンウッズ体制のような場合、例外もあるが、レジームではなく「システム」が使われる。

 第二に、もし国際体制ならば「脱却」ではなく「挑戦」や「打破」を使うのが自然である。ある国が既存の国際体制から脱却するには鎖国ぐらいしかない。一方、国内体制の場合、自らの意思で脱却できる。

 次に「実」を考える。

 知られていないが、戦後レジームからの脱却という表現の発案者は、第1次安倍政権の官房長官だった塩崎恭久厚生労働相である。06年の自民党総裁選の安倍陣営公約で公務員制度改革の意味で使った。

 戦後レジームからの脱却とは、実は公務員制度改革だったのである。07年1月26日の安倍氏の施政方針演説は、それを少し広げ、次のようにある。

 「憲法を頂点とした、行政システム、教育、経済、雇用、国と地方の関係、外交、安全保障などの基本的枠組みの多くが、21世紀の時代の大きな変化についていけなくなっていることはもはや明らかです。(中略)これらの戦後レジームを原点にさかのぼって大胆に見直し、新たな船出をすべきときが来ています」

 戦後レジームが国内体制を指すとわかる。中曽根康弘首相の1986年1月27日の施政方針演説にも次の部分がある。

 「『戦後政治の総決算』は、戦後四十年間の成果を積極的に評価し、同時にこれまでの基本的な制度や仕組みについて新しい目で見直してそのひずみや欠陥を是正し、21世紀に備えようとするものであります」

 中曽根氏が総決算を目指した「戦後政治」は、国内政治のあり方と正確に理解された。戦後レジームからの脱却と戦後政治の総決算は、ほぼ同義だった。

 安倍氏は第2次政権獲得直前に「文芸春秋」13年1月号で「『戦後レジームからの脱却』が日本にとって最大のテーマであることは私が前回総理を務めていた五年前と何も変わっていない」と書いた。集団的自衛権の解釈変更を述べた節であり、国際秩序への挑戦とは直結しない。

 戦後レジーム脱却の虚実の点検のないまま、歴史修正主義者説が内外で定着するとすれば、ことわざにいう「一犬虚に吠(ほ)ゆれば万犬実を伝う」の図である。虚が実とされ、独り歩きする光景である。

(特別編集委員 伊奈久喜)

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