2015/03/16 本日の日本経済新聞より「経済教室 失敗恐れぬ起業支援を エコノミクストレンド 資金より人脈が重要 柳川範之 東大教授」

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の経済教室面にある「失敗恐れぬ起業支援を エコノミクストレンド 資金より人脈が重要 柳川範之 東大教授」です。





 IT(情報技術)や人工知能の発達が、今後の雇用状況を大きく変える可能性について、最近マスコミなどでもしばしば取り上げられている。センセーショナルな論調も見受けられるが、経済学者による地道な検討も進んでいる。

 米国の労働市場では、1980年代から高賃金層と低賃金層の雇用が増大し、中間層の比率が低下する二極化の傾向にある。米マサチューセッツ工科大学(MIT)のデビッド・オーター教授をはじめとする多くの研究者は、その大きな要因としてコンピューターの発達を挙げている。

 オーター教授らは、製造業において定型化された仕事に従事していた中間所得層がコンピューターにとって代わられ、コンピューターが代替しにくい低所得のサービス業にシフトせざるを得なくなっている構造を指摘している。日本と米国では労働市場を取り巻く環境は違うが、法政大学の池永肇恵教授の研究などによれば、日本でも労働市場の二極化の傾向がある。

 注意すべき点は、人工知能の発達が想像以上に急速なことだ。今までは、オーター教授が考えていたように、高スキルの労働はコンピューターでは代替されず、賃金がむしろ上がるとされてきた。しかし複雑なことをより正確に、しかも自ら学習することが可能になったコンピューターは、今まで高スキルとされてきた労働の代替もしてしまう可能性が高くなっている。

 このような時代において必要なことは何か。一つはコンピューターに代替されない能力をできるだけ身に付けることだ。しかし、代替されない技能や能力の範囲はなかなか予想が難しく、かつ刻々と変化する。したがって、変化に応じてその都度必要な能力や知識を身に付ける必要があり、それに適した教育体制をつくりあげることが不可欠となる。当然、社会人に対する再教育やスキルアップの機会も重要になってくる。

 もう一つは、さまざまなチャレンジを社会全体で行い、イノベーション(革新)を起こして生産性を上げ、新たな雇用をできるだけ生み出していくことだ。より多くのベンチャー企業の参入は、このような経済全体に関する長期的視点からも重要となる。著書「機械との競争」で話題を呼んだMITのエリク・ブリニョルフソン教授らも近著で同様の主張をしている。

 もちろん、イノベーションにはベンチャー企業だけでなく、大企業の役割も当然重要である。ただ、新しいアイデアを実現しようとする場合、大企業内では限界が生じがちなのも事実だ。企業内の論理で受け入れられるものしか認めず、既存業務の延長線上でしかアイデアが実現しないとすれば、イノベーションは滞ってしまう。既存企業においてはこのような傾向に陥らない工夫が一層求められる。

 イノベーションを起こすうえで考慮すべきポイントの一つは、アイデアの真価はある程度実行してみないと分からないという点である。もちろん、そのアイデアが成功するとは限らない。かなりの割合で結果としては失敗することになり、その失敗をある程度許容することが必要となる。日本では特に「目利き」という言葉が重視されるように、成功できるアイデアをピックアップすることが重視されがちだ。しかし成功できるアイデアのみを選ぼうとしすぎると、結果として無難なものしか選ばれなくなってしまう。

 もう一つのポイントは、アイデアを事業化する際に人的ネットワークがカギを握る場合が多いという点である。ニューヨーク大学のアレキサンダー・ヤングビスト教授らが明らかにしているように、ベンチャーキャピタルの重要な要素は資金提供だけでなく、むしろ人的ネットワークを通じた人脈や経営アドバイスを提供することにある。

 この点で興味深いのは、スタートアップ段階の企業に資金提供するシードアクセラレーター(以下アクセラレーター)という組織である。欧米では近年急速に拡大しており、日本でも増えつつある。米ドロップボックスや米エアビーアンドビーといった著名な新興企業がアクセラレーターから資金提供を受けていたこともあり、注目されている。

 ニューヨーク大大学院生のサンディ・ユウ氏の論文によれば、米国のアクセラレーターが個々の企業に提供する資金は平均で2万ドルを超えないレベルである。その代わり重要なのは、メンターと呼ばれる起業経験者や投資家などによるアドバイスの役割だ。アクセラレーターは研修プログラムを提供し、その研修でメンターが様々なアドバイスをする。経営上の問題点などを指摘され、経営手法などを学んだあとで、資金提供を受ける仕組みになっている。

 その後うまくいった企業はベンチャーキャピタルなどから資金提供をうけ、さらに成長していく。しかし、アクセラレーターから資金提供を受けた企業は、通常のスタートアップ企業に比べて早々に撤退しているケースも多く「失敗」の投資もかなりある。つまりアクセラレーターは、メンターによるアドバイスを提供しつつ、比較的少額でアイデアを実験的に実行させる役割を社会的に担っていると考えられる。日本でこれからスタートアップの一層の増大を考える際には、このアクセラレーターの機能から学ぶべき点は多いように思われる。

 当然、このアクセラレーターのような組織を公的に提供することも考えられる。しかし、日本でもアクセラレーターは育ちつつあるし、公的なスタートアップ支援は既にかなりある。むしろ、公的資金をスタートアップ企業に提供する際には、収益を上げることのできない企業を退出させる強いメカニズムの構築が求められる。

 最近は、多くのベンチャー企業が立ち上がり新規株式公開(IPO)も増えている。それでもまだまだ起業をためらう若者が多い大きな理由は、資金調達が難しいことよりも、むしろ将来の安定性に対する不安があるからだ。

 この点からすると、政策的に考えるべきは、事業に失敗した人が過度の不利益を被らないようにするための社会制度だ。法制度や資金提供者側への規制、倒産に伴う社会的評判の低下などを含めて、トータルにこの点を見直していく必要があるだろう。

 シリコンバレーの強さの一つに、会社を倒産させたかどうかという点以外の評価軸があり、倒産させたけれども優秀だという評価が周りで成り立ち得る点が挙げられる。つまりここでも人的ネットワークが重要な役割を果たしており、そうした客観情報以外の情報や評価が活用され得るようにネットワークを充実させていくことも求められよう。

 ただ、そうはいっても、何度も失敗できる社会制度を導入することは容易でない。我が国における次善の策としては、大企業からの積極的なベンチャー企業への支援や、大企業出身者によるベンチャー企業の立ち上げなど、大企業との良い形での連携に期待する面も大きいと考えられる。その際には、兼業や出向を積極的に認めるようにする必要があり、この点における制度改革などを考えていくことも必要になるだろう。極端にいえば、大企業に所属しつつ兼業で起業するような活動を促進させる対策があってもよいかもしれない。

 いずれにせよ技術変化のスピードはかなり急であり、制度変革は喫緊の課題である。

〈ポイント〉○人工知能の発達が高スキルの雇用も代替へ○イノベーションの拡大が新たな雇用を生む○事業失敗が過度の不利益にならない制度を

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