2015/03/24 本日の日本経済新聞より「リー・クアンユー氏死去 経済優先、発展の礎に 戦略性、日本に示唆 教育の充実や簡素な規制」

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の総合2面にある「リー・クアンユー氏死去 経済優先、発展の礎に 戦略性、日本に示唆 教育の充実や簡素な規制」です。





 【シンガポール=吉田渉】シンガポールのリー・クアンユー元首相が23日、死去した。29日の国葬を控え、「建国の父」と呼ばれるリー氏の功績を振り返る動きが内外で広がっている。限られた人材と資金を金融など成長分野に集中。簡素な規制と教育の充実で同国を世界有数の富裕国に育て上げた。その戦略性は経済の長期停滞からの脱却をめざす日本にとっても示唆に富む。

2013年3月、シンガポールで開かれた討論会で発言するリー・クアンユー元首相=ロイター

 シンガポール国立大学(NUS)に政治の実務を教える大学院がある。名前は「リー・クアンユー公共政策大学院」。大国のはざまで巧みに生き抜く同国の知恵を伝える機関で、アジア全域から留学生が集まる。英誌がまとめた世界大学ランキングでは東大に次いでアジア2位だ。

 資源のない小国にもかかわらず、シンガポールの1人当たり国内総生産(GDP)は2014年時点で5万6000ドル(約670万円)強に達する。1965年の独立当時の100倍強に膨れ、日本をはるかに上回るゆたかさだ。

 礎の一つは効率的な教育システムだ。50年前は中国語の方言しか使えない国民が多かったが、今はほぼすべての若者が自在に英語を操る。世界の大手企業がアジア地域統括拠点を置く大きな理由は人材レベルの高さだ。

 独立から25年にわたって首相を務めたリー氏は、1960年代後半に石油化学工場を1カ所に集める青写真を描き、自ら企業誘致にあたった。武器は簡素な規制と優遇税制。シンガポールの法人税率は17%(14年3月時点)と主要国で最も低い水準にある。

 国全体が「経済特区」のようになり、ビジネスを縛る煩雑な規制は今もほとんどない。早くから日米中や新興国と自由貿易協定(FTA)を結び、世界経済の成長も巧みに取り込んだ。

 なかでも成長を支えるのは金融だ。シンガポール取引所の株式時価総額は14年末時点で約7500億ドルと東南アジアで最大。中国企業が多く上場する香港取引所(同3兆2000億ドル)には及ばないが、貿易拠点の強みを生かし、鉄鉱石先物などに取り扱いを広げる。

 リー氏は産業政策では日本を手本にしたが晩年は日本の停滞にいらだちを隠さなくなっていた。問題視したのは移民政策の遅れだ。13年に出版した著書では「外国人労働者に後ろ向きなままでは平凡な国に成り下がる」と厳しい見方を示した。

 リー氏が率いたシンガポールは優秀な外国人を重用し、シンガポール国籍の取得を促した。だが最近では「仕事が奪われる」として国民の反発が高まり、移民の受け入れペースは鈍っている。政策を経済成長の一点に収斂(しゅうれん)させるリー氏が培った政治手法には揺らぎもみえる。

カリスマ導くアジアに幕

 最後に来日した3年前のインタビューで、ふと見せた表情が忘れられない。「米国がいくら急いでも、生身の人間の社会が変わるには、それなりの時間がかかるのです」。アジアに市場改革を迫る米国の外交姿勢について問うと、さも滑稽だとばかり大きな口で笑った。

 鋭い眼光が消え、いたずらっぽい子供の顔になった。先を急ぐ米国を時計の秒針とすれば、晩年のリー・クアンユー氏の体内時計は時針のようにゆっくりと、しかし着実に時を刻んでいた。

 「国の指導者には、たっぷり時間を与えなくてはなりません」。頻繁に首相が代わる日本の政治が残念そうだった。

 リー氏を突き動かしてきたのは、理想や情熱だけではない。人間社会を突き放して眺める冷めた感覚が、言葉の端々に感じられた。国内の地位が揺るぎないからこそ、民主主義に至上の価値を置く米国や日本からは見えにくい世界の深層を洞察できたのだろう。

 リー氏が去り、東南アジアのカリスマ指導者の時代が幕を下ろす。フィリピンのマルコス元大統領は1989年に逝去し、インドネシアのスハルト元大統領も2008年に没した。マレーシアのマハティール元首相は03年に表舞台から身を引いている。

 好んで口にした言葉は「サバイバル(生き残ること)」。資源も国土も乏しい都市国家が生き残るためには何が必要か。自問自答を繰り返したはずだ。「他の国が必要とする国になる」という理念を終生貫いた。通商ハブを自任し、共産圏に抗する防波堤の使命が終わると、東南アジア諸国連合(ASEAN)拡大の旗手となった。

 部族社会から植民地時代を経て、開発独裁で発展した東南アジアは、カリスマ指導者なき後、どこへ向かうのか。言論の制限など強権的手法で統治してきたシンガポールも、成長を掲げるだけでは国民の不満を抑えられなくなっている。

 「日本はアジアにどのような価値を提供する国になるのですか」。逆に問われた声が耳にこびりついている。民主主義と経済発展を両立しなければ、アジアは混沌に戻る危うさをはらむ。リー氏が残した宿題は重い。

(編集委員 太田泰彦)

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