2015/04/11 本日の日本経済新聞より「大機小機 ピケティの非現実的な前提」

今日の日経注目記事は、日本経済新聞のマーケット総合2面にある「ピケティの非現実的な前提」です。





 トマ・ピケティ氏の『21世紀の資本』が注目されている。ピケティ氏は先進国や新興国の長期統計から最近の格差拡大傾向を浮き彫りにし、今後の進展を憂慮している。

 格差拡大の根拠としてr∨gという式が使われる。資本の収益率rが所得の成長率gを超えている。だから総所得に占める資本所得の割合が増大、労働所得の割合が減少して、資本所有者と労働所得者の格差が広がるというわけである。しかし、この論理には非現実的な前提が隠れている。

 総所得に占める資本所得の拡大傾向を示すなら、所得の成長率と比較すべきは資本収益の成長率だ。さらに、ピケティ氏の言うように資本収益率が安定的なら、資本収益成長率は資本成長率と一致する。したがって、所得成長率と比較すべきは資本成長率である。後者が前者を上回れば、所得に占める資本所得の割合は確かに拡大する。

 では、資本収益率が資本成長率と一致する場合はあるか。それは資本収益がすべて資本の蓄積に回る場合である。つまりこの議論は、資本所有者が収益を一切消費せずためることが前提となる。

 それだけではない。所得のうち資本所得以外、つまり労働所得を受け取る人の貯蓄は考えていない。結局この議論は、所得のすべてを貯蓄する者と消費する者の格差が広がると言っているにすぎない。これはトートロジー(同義反復)だ。

 また、資本所得の割合が増え、労働所得の割合が減るとしても、格差拡大を意味しない。労働所得者もためることができるからだ。実際、第2次世界大戦後の日本人は一様に貧しい状態から出発し、働いて稼いだお金をせっせとためてきた。

 さらに、資本を蓄積し続ければ資本収益は下がってくる。たとえば、家賃収入があるからと言ってやたらと貸家を作っても、間借り人が見つからなくなって家賃収入は得られない。そのため、資本蓄積もいつか止まるはずだが、これも考慮されていない。

 近年の日本が直面しているのは、資本所得と労働所得の格差ではない。雇用不足がもたらす雇用者と失業者、正規と非正規の格差である。それによって所得格差にとどまらず、社会不安も生まれている。両者を同時に解決するには、単なるお金の再分配ではなく、需要を作り、働く場を増やすしかない。

(魔笛)

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