2015/04/21 本日の日本経済新聞より「水素社会への展望と課題(下) 海外の「再エネ由来」導入を 塩沢文朗 国際環境経済研究所主席研究員」

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の経済教室面にある「水素社会への展望と課題(下) 海外の「再エネ由来」導入を 塩沢文朗 国際環境経済研究所主席研究員」です。

エネルギーを水素に頼る時代、あらゆる面で今の世の中と常識が変わる産業革命を日本から起こせるかどうか、そのための準備について明快に説いている秀逸な記事です。





 日本は2012年以降、1次エネルギー供給の93%を化石燃料に依存している。世界の化石燃料の需要は増加の一途をたどり、50年には現在の約1.7倍に増えるとみられている。いずれは資源の確保競争が厳しくなり、価格が上昇するのは必至であろう。また、二酸化炭素(CO2)など温暖化ガスの排出量も大幅に削減することが必要だ。50年までに温暖化ガス排出量を先進国全体で80%またはそれ以上、世界全体で50%削減するという目標は、G8(主要8カ国)の国々で共有し、日本も堅持している。

 しかし中長期の予測などからは、今後とも原子力発電を相当程度(発電電力量の十数%)維持しても、50年においてもなお、1次エネルギー供給の約8割を化石燃料に依存せざるを得ないという日本の姿が見えてくる。1次エネルギーは、化石燃料と原子力と再生可能エネルギーから成るので、原子力の大幅な増強が現実的な解とはなりにくい状況では、再エネを大量に導入しない限り、化石燃料への依存を減らすことは将来にわたってできない。まして50年に温暖化ガス排出量を80%削減することは難しい。

 将来のために、今から再エネを大量に導入するための準備を進めていく必要がある。

 日本は、その地理的環境(日射量、日射強度、風況など)から、国内の再エネ資源には質的にも量的にも恵まれていない。それはコストにも表れている。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)によると、日本の太陽光発電のコストは世界の約2倍、陸上風力発電のコストは約3倍。中東地域の太陽光発電コストの約6倍という情報もある。

 国内の再エネ資源を活用することは重要であるが、経済や国民生活に大きな負担を強いることなく導入できる量は限られている。大量導入するためには、資源に恵まれた海外の再エネを利用することが不可欠である。海外の太陽、風力資源への依存を高めても、これらのエネルギーは無尽蔵に、また政情の安定している地域にも広範囲に賦存しているから、エネルギー安全保障を損なう懸念は小さい。

 海外の再エネ資源の利用が不可欠という認識に立てば、それを大量に運んでくる方策を考えなければならない。太陽、風力エネルギーは通常、電気や熱エネルギーに変換されて利用されるが、電気や熱を長距離、時間をかけて輸送することは困難である。輸送、貯蔵に優れたエネルギー形態は化学エネルギーだ。なかでも水素は、地球上に豊富に存在する水と、再エネから作ることができる。再エネから作られた水素(CO2フリー水素)をエネルギーとして利用することで、私たちが直面しているエネルギー・環境制約を克服できる可能性がある。これが「水素社会」実現の重要な価値の一つである。

 日本では水素エネルギーの活用は、燃料電池の導入という形で進んでいる。家庭用燃料電池コージェネレーション・システム(エネファーム)は14年末までに累計で11.3万台普及した。政府は「日本再興戦略」(13年6月閣議決定)で、30年に530万台の導入目標を掲げ、普及を推進している。燃料電池車(FCV)も、トヨタ自動車が世界の先陣を切って14年12月に発売した。FCVは30年に200万台程度の普及が期待されている。

 しかし、これらの普及効果を見ると、普及目標が達成されたとしても、エネファームでは日本のエネルギー消費量を約0.4%、CO2排出量を約0.5%削減、FCVでは日本の化石燃料消費量を約0.3%、CO2排出量を約0.2%削減する程度にとどまる。これは、化石燃料の消費構造と普及目標の水準(日本の世帯数約5000万世帯、乗用車保有台数約6000万台に対する割合)を見ればある程度自明だが、次のような要因も影響している。

 それは、エネファーム内部で生成される水素の燃料は都市ガス、LPガスであること、FCVの普及台数が200万台程度であれば、必要な水素量(年約20億立方メートル=セ氏0度、1気圧で)は国内の製油所などで化石燃料から製造された水素(改質水素)で足りるからだ。これでは化石燃料の消費量もCO2排出量もあまり減らない。

 このようにエネファーム、FCVの普及だけでは「水素社会」への道のりは遠いと言わざるを得ない。ただ、これらの普及は、水素エネルギー利用とその供給チェーンの構築の端緒を開き、社会から受容されるうえで重要な役割を担っている。

 化石燃料を多く消費している分野は、発電(40%)と製造業(22%)である。これらの分野でCO2フリー水素の大量導入が進んで初めて、「水素社会」の本来の価値を手にすることができる。発電分野では、水素のプラント引き渡し価格が1立方メートル(セ氏0度、1気圧)あたり30円に低下し、海外からのCO2フリー水素の供給チェーンが形成されると導入の環境が整うとみられている。この条件は後述のような取り組みを進めることにより、経済的にも技術的にもクリアすることが十分に可能と考えられている。その時期は化石燃料の価格動向や目指すCO2排出削減水準に影響されるものの、30年ごろとなるだろう。

 現在考えられる「水素社会」へのシナリオは次のようなものだ。

 (1)水素エネルギーの利用はエネファームとFCVで始まり、水素の需要増はFCV分野で起きる。FCVの普及には、水素ステーションの整備などの課題はあるが、ハイブリッド車と競合できるとされる、ステーションでの販売価格目標(1立方メートル90円)は既にクリアされた。FCV燃料向けの水素は、30年ごろまでは改質水素が担う。

 (2)30年ごろになって発電分野への導入環境が整うと、水素需要は年200億~300億立方メートルの規模へと一挙に増加し、国内の改質水素では足りなくなる。これにより海外からのCO2フリー水素エネルギーの大量導入が始まる。

 (3)この大量導入が始まると、FCVなどの燃料もCO2フリー水素に置き換えられ、FCV本来の環境性能が発揮されるようになる。製造業やその他の分野にもCO2フリー水素エネルギーが導入され、「水素社会」への移行が本格化する。

 このシナリオの実現のためには、以下のようなことに取り組む必要がある。まず再エネ由来のCO2フリー水素の製造コストの低減と、その大量供給チェーンの構築である。そのコストが下がるまでの間は、化石燃料の改質で製造した水素とCCS(CO2の回収・貯留)を組み合わせ、事実上CO2フリーとした比較的安価な水素を利用するのが実際的だろう。

 大量供給チェーンの構築にあたっては、エネルギーキャリア(体積当たりのエネルギー密度が非常に小さく、大量輸送や貯蔵が容易ではない水素を、輸送、貯蔵が容易な状態または別の物質に変換したもの)の開発を進めることも必要である。利用技術面では水素エネルギーを燃料とする発電用のタービンや大型燃料電池、工業炉などの開発と実証を進めることが課題だ。これらの開発は、内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)で昨年から始まっている。

 こうした取り組みにより、可能な限り早期に「水素社会」が到来することを期待したい。その実現は、日本のエネルギー・環境制約を克服するための数少ない実際的方途と考えるからだ。

〈ポイント〉○化石燃料の削減には再エネの大量導入必要○国内の再エネ資源は質・量ともに限られる○燃料電池普及だけでは省エネ効果は限定的

 しおざわ・ぶんろう 52年生まれ。横浜国大大学院修了。元内閣府審議官(科学技術政策担当)。住友化学理事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です