2015/04/24 本日の日本経済新聞より「経済教室 日米首脳会談の焦点(下)戦後秩序支える姿勢示せ 添谷芳秀 慶応義塾大学教授」

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の経済教室面にある「日米首脳会談の焦点(下)戦後秩序支える姿勢示せ 添谷芳秀 慶応義塾大学教授」です。

この記事にあるとおり、日本は戦後の国際秩序の中で民主主義国家として重要な位置を占めており、戦後の国際秩序をゆがめようとしているものではありません。中国のプロパガンダに真っ向から対抗すべく、戦後の道のりを丁寧に説明していくことが重要です。




 過激派組織「イスラム国」(IS)による種々のテロ行為とウクライナ東部の分離運動が、国際秩序を大きく揺るがしている。それらは単に局地的現象ではなく、両者の根底には本質的な共通項があるように思える。それは、国際社会が長年かけて築き上げてきた「メーンストリーム(主流)」の国際秩序に対する強い「アンチ(主流の否定)」の衝動である。

 アジアに目を転じれば、中国の南シナ海や東シナ海での長年の自己主張に加え、最近は中国が先導する「アジアインフラ投資銀行(AIIB)」を巡る動きが世界の衆目を集めている。中国の動きに対して、欧米や日本をはじめとする先進民主主義諸国の間では、戦後の「自由で開かれた国際秩序」がかく乱されることへの懸念が生まれている。

 そうした最中に、安全保障政策の改革を進める安倍晋三首相が訪米し、オバマ米大統領との首脳会談、そして日本の首相による初の米国議会上下合同会議での演説に臨む。戦後70年の節目に、世界とアジア、そして日本と日米同盟の現状と課題を考えたい。

 今、国際政治は「アンチの時代」に入ったのかもしれない。ISが突きつける挑戦は、単にイスラム教の教義から発しているというよりは、欧州から生まれた啓蒙思想の否定というかなり本質的な「アンチ」の精神に根差しているように思える。イスラム教はその理論づけに使われ、また残虐なテロ行為も手段として正当化されている。

 東ウクライナ分離の動きも具体的にはウクライナの欧州連合(EU)への接近に対する抵抗だが、単なる独立運動というより、欧州のメーンストリームの秩序観を否定する心理が垣間見える。事実上ロシアが東ウクライナの分離派の後ろ盾になっているのも、EUや米国を中心とした国際秩序への対抗意識に支えられている面が強そうである。

 ロシアでの定期的な世論調査によれば、国民の間では、ウクライナ情勢の混乱の背後には米国や欧州の「扇動」があるという見方が強い。かつそれに立ち向かうプーチン大統領に対する支持率は高水準を維持している(図参照)。

 そして中国である。米国との「新型の大国関係」を唱える中国は、グローバルには米国との共存を注意深く探りながらも、アジアでは中国を軸とした秩序の再編を目指しているようにみえる。南シナ海の島々や尖閣諸島に対する貪欲な領土欲は、単なる拡張主義というよりは、そうした長期的な思惑を反映したものと考えるべきだろう。

 さらに、中国台頭と戦後の国際秩序の関係を考える際には、今日の中国の台頭が「自由で開かれた国際秩序」の下で実現したという現実も無視できない。昨今話題になっているAIIBへの対応を考える際には、中国台頭にまつわるそうした二面性を考慮に入れる必要がある。

 そこに、先進民主主義国が主導権を握る国際的枠組みへの中国の不満があることは明らかだろう。既存の国際秩序への挑戦という側面をもつのであれば、先進民主主義諸国は結束してその軌道修正を図らなければならない。同時に、中国といえども現存する国際秩序の下でAIIBのかじ取りをしなければならず、その意味では中国も責任ある国際的役割を果たす立場にある。

 その二面性への対応は、その内側と外側の両方向から可能であり、そのための国際協調体制を築くべきだろう。その意味では、日米両国がAIIBに参加しようがしまいが、参加することになる先進民主主義諸国との協調が引き続き重要である。

 一方、このように国際秩序が大きく動くなかで、日本の国会では新たな安全保障政策に関する法整備が進められている。それは、集団的自衛権の行使を認めたとされる昨年7月1日の閣議決定「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」を根拠とした動きである。

 その閣議決定の文書に集団的自衛権という用語が登場するのは、憲法9条が可能とする自衛のための武力行使に、「国際法上は、集団的自衛権が根拠となる場合がある」と述べた一文だけである。つまり閣議決定は、日本の自衛の範囲に、すなわち憲法9条の枠内に、従来の専守防衛に加えて集団的自衛権の行使を取り込んだのである。

 したがって、集団的自衛権の行使は、自国の防衛のために――閣議決定の文言を使えば「国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるという急迫、不正の事態」への対応として――認められることになる。

 そこに、同盟国や友好国との間の集団的自衛権や国連における集団安全保障に基づいて国際秩序の安定や平和の維持に貢献するという発想は、極めて弱い。それは、本質的には憲法9条に由来する制約にほかならない。

 しかし、安倍首相本人をはじめとして多くの政治家の議論や国会での論戦を聞いていると、奇妙なことがある。集団的自衛権の行使により日本の役割の拡大を望んでいるはずの政治家自身が、必ずしも国際安全保障を強調するのではなく、むしろ日本の安全保障や自衛にこだわる傾向にあることである。

 日本の新たな役割が「地球の裏側」まで拡大されるかどうかが論点になったことがあった。国際の平和と安全のためであれば、当然「地球の裏側」に行くこともあるはずである。しかし、そもそも改憲論の立場に立つはずの政治家の多くがそのことには後ろ向きで、日本の防衛と安全にこだわる。結局のところ、保守派の改憲論も安全保障論も、共に内向きの衝動から来ているということなのだろう。

 ちなみに、閣議決定に先立って設置された安倍首相の諮問機関である「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」の委員の多くは国際派であった。委員の大半は、むしろ国際の平和と安全のための日本の役割の拡大を望んでおり、懇談会の提言への政治の対応に失望した者が少なくなかった。

 今回訪米する安倍首相は以上のような日本の現実を抱えたうえで、米国との同盟の調整を図ることになる。

 米国からみれば、日本の衝動や理屈がなんであれ、集団的自衛権の行使により日米同盟の枠内での日本の役割が高まることは、基本的に歓迎だろう。自国の安全や防衛にこだわりがちな日本も「中国脅威論」にとらわれるほど、米国との同盟への期待値を高めることになろう。

 前述したとおり、戦後のメーンストリームであり続けた国際秩序が試練にさらされている今日、先進民主主義国の一員として戦後秩序を支えてきた日本の立ち位置は明らかである。

 今後、日米同盟は「自由で開かれた国際秩序」を守る装置として進化しなければならない。安倍首相がオバマ大統領や米国議会に語るべきは、アジア情勢や国際秩序を鳥瞰(ちょうかん)する大局観である。日本は、そうした国際主義に立って初めて、米国や国際社会に能動的に働きかけることができるだろう。

 にもかかわらず、安倍首相の米国議会演説において歴史認識問題への言及が国際社会の大きな関心事になっているのは残念である。その背景には、安倍首相が長年語ってきた歴史認識が、戦後国際社会におけるメーンストリーム的理解への「アンチ」と受け止められてきた現実がある。

 中国はその国際環境を利用して、安倍政権が戦後のサンフランシスコ講和体制に挑戦しているというプロパガンダ(宣伝活動)を世界的に展開している。このことは全くの皮肉でもある。

 そもそも日本は、過去の侵略の歴史を認め反省することで、中国が違和感をもつ戦後の「自由で開かれた国際秩序」の重要な一員になったのであるから。

<ポイント>○戦後秩序否定派の拡大で「アンチの時代」に○安全保障を巡る国内の議論は内向きに終始○日米同盟で「自由で開かれた国際秩序」守れ

 そえや・よしひで 55年生まれ。上智大卒、ミシガン大博士。専門は国際政治、日本外交




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