2018年 世界の行方(5) 日中改善、本気でやる 内閣官房 長官・菅義偉氏 2017/12/29 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の第一面にある「2018年 世界の行方(5) 日中改善、本気でやる 内閣官房長官・菅義偉氏」です。





 ――朝鮮半島情勢は緊張感が高まりますか。

 「北朝鮮への経済制裁が徐々に効き始めている。非常に大きな問題になってくると思う。北朝鮮の出方を最大限注視し、日米安全保障条約を基軸に対応していく。米国内には早ければ2018年中にも大陸間弾道ミサイル(ICBM)に(核弾頭を)搭載できるようになるとの見方がある」

 「彼らは爆発するぞ、爆発するぞというのが外交戦術の1つだ。過敏に反応すると彼らの思うつぼになる。屈服することなく、冷静に対応することが大事だ」

 ――在韓邦人や企業に被害が及ぶ可能性は。

 「常に最悪のことを想定して国民の安全を確保する。米軍と協力して対応することになっており、韓国政府とも平素から緊密に連携している」

 ――日中は平和友好条約締結40周年の節目を迎えます。

 「関係が改善されつつある中、来年は最高の機会だ。日中韓首脳会談を春をめどに開き、安倍晋三首相の訪中、習近平(シー・ジンピン)国家主席の来日が実現できれば関係は安定的に発展していく。経済関係の強化や国民交流の促進で双方の信頼感が高まればいい」

 ――日中共同声明など日中には4つの政治文書があります。第5の政治文書づくりの見通しは。

 「ようやく関係を改善しようというところで、そこにいくまでは時間がかかるだろう。相互訪問すれば自然とそういう流れになる可能性があるだろう」

 ――中国の広域経済圏構想「一帯一路」への協力姿勢を強めますか。

 「インフラの開放性や透明性など国際社会共通の考え方を十分に取り入れて地域と世界の平和、繁栄に貢献していくなら日本としても協力する」

 ――日中関係改善の本気度はどの程度ですか。

 「本気でやる。しかし、日本として容認できないことを(中国が)言ってきたら、主張すべきことは主張する」

 ――トランプ米大統領と接近するあまり、米国の行動に巻き込まれるとの指摘もあります。

 「安全保障関連法なしに日米同盟は機能しなかった。トランプ氏は(有事の際に)『シンゾウ、何をしてくれる』と必ず言う。最低限やることをやらないと、米国が日本の言うことを全てやってくれるなどあり得ない」

 ――内政では為替リスクが高まりそうです。

 「中東で何かあると一挙に円高になることもある。グローバル市場の動きはきっちり監視する」

 ――米国は円高圧力を高めませんか。

 「(日米で)関係ができている。首脳会談も自由貿易協定(FTA)の話は何もしなかった」

 ――来年4月に日銀総裁人事を控えています。

 「首相も黒田東彦総裁の政策を評価している。(金融緩和の)出口戦略と言うが、まだ入ったばかりで早いのではないか」

 ――消費増税はやむを得ませんか。

 「増税は本来ならしたくないが、今回(消費税の使途変更を)ここまで踏み込んだということは増税するということだ」

 ――社会保障の抜本改革に取り組みますか。

 「取り組む。ただし、景気を冷やしたら元も子もない。経済に影響を与えないようにする」(聞き手は重田俊介)

=おわり



ポスト平成の未来学 第2部 健康イノベーション 遺 伝子・菌…「長寿薬」探せ みんな100歳現役 2017/12/28 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の科学技術面にある「ポスト平成の未来学 第2部 健康イノベーション 遺伝子・菌…「長寿薬」探せ みんな100歳現役」です。





 ハンマーに両腕を引っ張られながら回転し、3キロの鉄球を力いっぱい放り投げる。その軽やかな身のこなしはとても94歳には見えない。スーパー高齢者がいると知り、僕(25)は静岡市に足を運んだ。

 60歳からハンマー投げを本格的に始めた元印刷会社経営者、遠藤隆さん(94)は2016年、全日本マスターズ陸上競技選手権大会のM90(90~94歳)でハンマー投げと砲丸投げで優勝した。ほぼ毎日、トレーニングに励む。野菜サラダを毎日食べ、好物は魚。次の目標は「M95(95~99歳)、M100(100~104歳)の世界記録を出したい」という。

ハンマー投げのM90のアジア記録を持つ94歳の遠藤隆さんは、日々のトレーニングを欠かさない(静岡市)=三村幸作撮影

 もはや「生涯現役の100歳」は夢物語ではない。7月に105歳で亡くなった聖路加国際病院の名誉院長、日野原重明さんが提唱していた「豊かな老い」を思い出す。遠藤さんはまれな例だが、今後、元気なまま年を重ねる健康長寿者は増えていく。

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 紀元前から長寿に対する憧憬は強い。中国を初めて統一した始皇帝は「不老不死」の秘薬を求め、海外まで人を派遣したが失敗に終わった。2千年以上がたった今、健康長寿はバランスの良い食事や適度な運動などで実現できると考えられている。

 さらに解明を進めようと、京都府立医科大は今夏、京都府・丹後地域で研究を始めた。同地域の人口あたりの100歳以上の割合は全国平均の約3倍。また高齢化率(65歳以上)は33~44%。日本全体は27%で、35年には33%に達すると推計されており、20~30年後の日本の縮図といえる。

 研究拠点となる弥栄病院(京丹後市)で佐々木ふみ子さん(76)は採血や検尿などのほか、カセットテープから流れる話を数分後に要約する記憶力も調べた。「あんまり覚えていない」と謙遜しながらほぼ完璧に話をまとめると、検査担当の足立淳郎・循環器内科部長は「信じられませんね」と感心した。

 同大の研究は健康に長生きする人が他の人と比べて体の構造がどう違うのか明らかにするのが狙いだ。32年までの長期計画で丹後地域の65歳以上の1千人を健康調査し経過観察する。家族構成や生活習慣から血液の分析、骨密度まで約2千項目を調べる。

 医師が注目するのは、誰もが持っているとされる「長寿遺伝子」だ。例えば、健康的な食生活などによって眠っている長寿遺伝子を刺激し、健康寿命を延ばすというような理論が考えられる。同大の的場聖明教授は「どういう働きをしているのか不明な遺伝子の中に誰もが健康長寿になれる遺伝子がある可能性はある」と強調する。長寿遺伝子を目覚めさせる要素が分かれば、「長生きの攻略本」につながる。

 腸内細菌も長寿要素の一つと考えられている。人の腸内には百兆個を超える細菌がすみついており、その多様性から「腸内フローラ」と呼ばれる。健康な高齢者は20代や30代の腸内フローラと似ているという調査報告もある。長寿が多い地域では魚を食べる習慣が根付いており「食生活に腸内細菌を若く保ち、長生きのヒントとなる要素があるかもしれない」(的場教授)。

 腸内環境を良好に保つと免疫力の向上にもつながる。100歳以上の「百寿者」の「菌」の特徴が見つかれば、気軽に服用できる「長寿薬」の開発も夢ではないのか、と想像が膨らむ。的場教授は「遺伝子やたんぱく質、腸内細菌など未知の長寿要素が判明すれば、将来は他の地域にも応用したい」と研究結果に期待を寄せる。

■  □

 07年の厚生労働省研究班の調査によると、百寿者の多くの性格は開放性や誠実性などを示す数値が高かった。血液型でもB型が多いことが確認された。

 歴史を振り返れば人類は常に「死」を恐れ、「不老不死」を究極の目標として追い求めてきた。様々なデータの分析や研究成果で健康長寿が当たり前になり、その社会では「生」のあり方が改めて課題として浮上する。長い間、健康に生き続けられることは、病気や老衰を原因とする死が先に延びることになる。

 静岡市の遠藤さんはハンマー投げで記録を樹立するという目標を掲げる。人は充足感を得られれば幸せに生きていけるが、高齢になっても生きがいを持てるかどうかは人それぞれだ。「死」が先に延びたときに、どう健全さを保つか――。そんな考えが頭をよぎった。

寿命つかさどる染色体に脚光

 日本人の平均寿命は第2次世界大戦後の約70年で30年以上延び、2016年には男性が80.98歳、女性が87.14歳になった。国立社会保障・人口問題研究所は17年に発表した将来推計人口で、65年には男性が84.95歳、女性が91.35歳まで延びる可能性を示している。また寿命の延びに伴い、100歳以上の「百寿者」になるのも現実味を帯びつつある。17年には全国で6万7千人を超えた。9割近くが女性だ。医療技術の進歩などが大きく影響している。

 人は何歳まで生きられるのだろうか。早稲田大学の創設者で元首相の大隈重信は「人生125歳説」を唱えた。摂生すれば、この天寿を全うできると説いた。一方、米国のアルバート・アインシュタイン医科大学などが16年に英科学誌ネイチャーに発表したのが「人の寿命の限界は約115歳。世界最高齢の人が125歳を超えるのは1万分の1未満の確率」という論文だ。各国の統計データなどをもとに数字を割り出した。

 人は老化する。年を重ねるとシワが増え、けがが治りにくくなり、病気になりやすくなる。体全体の老化は様々な要因が複雑に絡み合っているが、細胞レベルでの老化研究は着実に進んでいる。その一つが体をつくる細胞の染色体の端にある「テロメア」だ。

 染色体を守るテロメアは細胞が分裂するたびに少しずつ短くなる。それに伴い細胞分裂の回数が減り、やがて分裂しなくなる。これが細胞の老化で、テロメアが「命の回数券」といわれるゆえんだ。京都大学の石川冬木教授は「テロメアの状態が動脈硬化やがんなどと関連することも分かってきた」と話す。注目の研究分野だ。

 テロメアを長く保つことができれば寿命は延びるかもしれない。そう考えて国内外の研究者が実験を重ねている。例えば、遺伝子を操作してマウスの体中の細胞でテロメアを長く保つ研究だ。結果は細胞ががん化して短命になった。不自然にテロメアを伸ばしても逆に寿命を縮めてしまうようだが、失敗を糧に新たな研究も進む。

 期待を持たせる研究成果もある。マウスやサルなどを使った実験で、摂取するカロリーを制限すると長生きすることが分かった。長寿に関連する遺伝子の働きが活性化された結果と考えられている。この長寿遺伝子に焦点をあて、人への応用を目指した研究も始まっている。

 国は健康上の問題がない状態で日常生活を送ることができる「健康寿命」を重視している。平均寿命の延びを超える健康寿命の延伸が目標で、地方自治体と協力しながら高齢者の食生活の改善や運動促進、禁煙活動などに取り組んでいる。

 健康な高齢者が増えれば、働き手の確保につながる一方、年金給付額も膨らむ。医療、介護の受け皿づくりも変更を余儀なくされる。健康長寿者が安心して年を重ねられる制度づくりが課題となるだろう。

(石原潤、岩井淳哉)



ビジネスTODAY 不正な転売なくせるかミクシィ、チケット売買サイ ト終了へ抜け穴多くいたちごっこ 2017/12/28 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の企業面にある「ビジネスTODAY 不正な転売なくせるかミクシィ、チケット売買サイト終了へ抜け穴多くいたちごっこ」です。





 ミクシィは27日、音楽チケットなどの個人間売買サイト「チケットキャンプ」を2018年5月末で終了すると発表した。運営子会社が商標法違反などの容疑で捜査を受け、継続は難しいと判断した。同サイトは不当な高額でのチケット転売の温床になっていた。ただその温床がなくなっても取引の場が他のサイトに移るだけ。不正な転売はなくせるのか。

ミクシィは「チケキャン」終了で特損77億円を計上

 「チケットキャンプのサービス終了につきまして」。27日夕、チケキャンのトップ画面にいきなり告知が表示された。ツイッターでは「チケキャン閉鎖、素晴らしい」「急きょ行けなくなったらどうしたら?」といったつぶやきが相次いだ。

 サイト終了に伴いミクシィはのれん代償却費など計77億円の特別損失を計上。18年3月期の連結純利益予想を前期比33%減の402億円に下方修正した。森田仁基社長は6カ月間の月額報酬を自主返納する。

 チケキャンを巡っては、ジャニーズ事務所関連のコンサート情報をまとめたサイトを独自に運営し、同事務所の商標を不正使用した疑いなどがもたれている。だが、多くの利用者が抱いていたのは「ネットダフ屋」のイメージだ。

 公共の場でのダフ屋行為は地方自治体の迷惑防止条例などで禁止されているが、ネット上には明確なルールがない。ヤフーの「ヤフオク」やメルカリも以前は不正転売の場になっていた。プラットフォーマーを自認する両社が自主規制に動き、不当な高額での出品を排除するなど対策を実施。チケット専門のチケキャンに客が流れ込んだ。

 やがて数千円のチケットが数万~十数万円で取引されることが常態化し、興行側からも批判が噴出した。それでも規制に踏み切れなかった背景にあるのは、様々な品目を扱うヤフオクなどとチケット専業の違いだろう。自主規制に動けば手数料収入が大きく減る可能性があった。音楽業界の関係者は「上場企業として対策をしてこなかった責任は大きい」と憤る。

 正規のチケット販売のオンライン化が進み、転売目的のプロの間で、大量のメールアドレスを自動作成してファンクラブに入会しチケットを入手する手法などが横行。データの自動入力プログラムを使い、1秒間に数十件の抽選申し込みや予約を入れ、チケットを買い占める手口もある。

 こうしたチケットが高額で転売されるのを防ぐため、音楽業界も対策を打ち始めている。17年6月には音楽関連の4団体が購入後のチケットを売買する公式サイトを開設。アミューズは18年にも対話アプリのIDを本人確認に活用し不正転売を防ぐ仕組みを始める。

 海外では良い席の価格を最初から高く設定し、差益を得られにくくするのが一般的。ただ、日本の音楽業界はファン層の厚みを重視し、人気イベントでも価格の引き上げには慎重だ。

 チケキャン終了で不正な転売を撲滅できるのではとの期待もある。だが、類似のサービスは多く、音楽業界の対策もまだ始まったばかり。いたちごっこはしばらく続きそうだ。

(桜井芳野)



FT民主主義脅かす格差拡大 是正する意志 重要に 2017/12/28 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞のオピニオン面にある「[FT]民主主義脅かす格差拡大 是正する意志 重要に」です。





 米国、カナダ、西欧では1980~2016年の実質所得の増加分のうち、上位1%の高所得層の増加分が全体の28%を占めた一方で、下位50%の増加分は9%にとどまったという。ただ、このデータは各国間の違いについては何も示していない。上位1%の増加分は、西欧では下位の51%と同じだったが、北米では下位88%と同じだった。この信じがたい数字が示すのは、経済成長率そのものは国民全体の経済的福祉の改善度とはあまり関係ないということだ。特に米国の場合は、ほぼ無関係だといっていい。

 以上の驚くべき数字は、フランスの大学、パリ経済学校の世界不平等研究所がこのほど発表した「世界不平等報告書2018」で明らかにしたものだ。全体像として浮かび上がってきたのは、世界の国家間の格差は縮まる傾向にある一方で、各国内における格差は拡大しているという現実だ。もっとも各国内での格差の拡大は、国によって度合いが異なる。「1980年以降、北米とアジアでは所得格差が急拡大し、欧州でもそれなりに広がったが、中東とアフリカのサハラ砂漠以南、およびブラジルでは格差の拡大が激しく進み、そのひどい状況が固定化してしまっている」という。

イラスト James Ferguson/Financial Times

 同報告書は第2次世界大戦直後の欧米は、少なくとも戦前に比べると、上位1%が所得全体のそれほど大きな割合を占めていなかったと指摘している。だが、格差はその後、上位1%の占める割合が英語圏、特に米国で急拡大したものの、フランスやドイツ、イタリアではほとんど変わらなかったという。

■人類を破滅させる4つの悲劇

 古代社会を専門とし、「The Great Leveler(万人を平等にするもの)」(未邦訳)を著したオーストリア出身で現在、米スタンフォード大学教授を務める歴史家ウォルター・シャイデル氏は、今後も格差は拡大していくと指摘する。同氏はこのすばらしい著書の中で、農業(および農業国)の始まりによって余剰の富が生まれると、エリート層は見事なまでにそれを徹底的に収奪してきたと論じている。

 収奪行為が限界に達するのは、これ以上収奪すると生産者が生存できなくなるという段階にまで至ったときだ。意外にも多くの貧困にあえぐ農業社会においても、この限界に達した。その中には、ローマ帝国やビザンチン帝国も含まれる。シャイデル氏によると、平和と安寧の時代には、強者は自分たちや子孫の取り分を増大させようと社会を巧みに操ったという。権力は富を生み、富は権力を生む、というわけだ。では、この連鎖を止める方法はあるのだろうか。可能だ、と本書は指摘する。つまり、聖書に出てくる人類に破滅をもたらす4つの悲劇である戦争、革命、疫病、飢饉(ききん)が歴史的には格差の拡大に歯止めをかけてきたという。

 過去の社会は、本書が指摘するほど残酷ではなかったと反論する人もいるだろう。例えば、兵力の動員を必要とする国家は、ある程度は国民が繁栄するよう配慮しなければならなかった。だが、総じて近代以前の社会では、信じがたいほどの不平等がみられた。

■楽観できる理由は3つ

 以上のことは、当時よりずっと豊かになった今の脱工業化社会とどう関係があるのか。昔も格差が存在したという事実は、実は想像する以上に今の私たちに関係している。20世紀には、ソ連や中国など各地の革命と2度の大戦により格差は劇的に縮小した。だが、革命政権がその過激さを失う、あるいは崩壊すると、または戦時中の緊急事態が記憶から消えると、かつての農業社会と似た連鎖が復活した。つまり、圧倒的な富を握る新エリート層が台頭し、政治権力をも手にし、それを自分たちに都合良く利用した。信じられないという人は、このほど米議会で可決された税制改革法案を巡る政治的、経済的議論(編集注、主に中間層より富裕層が恩恵を得るとされている指摘)をよくみたらいい。



真相深層 中国外交、爆買いも武器に 海外旅行1.3億 人、陰で渡航制限 相手国の経済左右 2017/12/28 本日の日本経済 新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の総合面にある「真相深層 中国外交、爆買いも武器に 海外旅行1.3億人、陰で渡航制限 相手国の経済左右」です。





 「爆買い」で注目される中国人観光客。世界最大の観光客の送り出し国で、年間約1億3千万人と日本の人口にも匹敵する規模に膨らむ。中国にとっていまや、団体客の渡航禁止は外交問題などで相手国をけん制する手段となった。各国が経済振興のために中国人観光客を奪い合っているからだ。手法も巧妙で、相手国からの批判をかわすために行政文書を使わない口頭指導により旅行会社を縛ることで、相手国への最大限の効果を狙う。

文書で通知せず

 「上司が20日に地元の観光局から呼び出しを受け、韓国への団体旅行の販売を禁止する指導を受けた」。山東省青島市の旅行会社の従業員は明かす。観光局とは地方政府で旅行行政を担当する部門だが、文書での通知は一切なかった。

 青島など山東省の都市に加え、北京市の旅行会社も韓国への団体旅行の販売を停止した。一方、中国外務省の華春瑩副報道局長は20日の記者会見で「(団体旅行禁止は)聞いていない。中国は中韓交流に開放的だ」と否定した。実態と外務省コメントの差はなぜ生まれるのか。

 「特定国への報復的な禁止措置は国際規範に反するため中国政府は公表しない。しかし、相手国に対し不満があるから水面下での指導に走る」。中国の旅行会社元幹部は解説する。「観光局の判断ではなく、より高い立場の共産党組織による指導だろう」と指摘する。

 今回の韓国への団体旅行の禁止についても「個別の理由は分からない」としたうえで、「中韓首脳会談の直後に起きたことから考えると、中国側に首脳会談または直後で、なんらかの不満が出たと考えるのが自然だ」との見方を示す。

 韓国への旅行禁止は、相手に最大限の効果を与えるために練られた戦略に基づいている。

 3月に在韓米軍の地上配備型ミサイル迎撃システム(THAAD)の配備問題が引き金となって中国全土で禁止された。その後、両国関係の改善で11月に北京市と山東省に限り解禁され、12月になって再度禁止となったのには理由がある。

 山東省は海を挟んで韓国と近く企業や個人の往来が盛んだ。北京市は韓国企業の進出が多く、次々回の冬季五輪の開催地であり、冬季五輪つながりで団体旅行を含めた韓国観光が伸びる見通しだったという。旅行禁止の効果が出やすいとして両地域を選んだとの見立てだ。

 実は、日本への団体旅行も9月から遼寧省や山東省、重慶市などで人数制限などを受けている。偽造パスポートで入国した中国人の行方不明や外貨制限が理由に挙がったが、ある関係者は「日中政府間で夏に行われた非公式な話し合いで、中国側に不満が生じたことが引き金になったようだ」との見方を示す。

 地域によって対応が異なったのは、実効性の観点から説明できる。関係者は「上海、広東省などは個人旅行が多いため効果が薄いうえ、団体旅行のチェックに手間がかかることから見送られた。制限した地域は団体旅行の比率が高く、中国側のチェックもしやすい」と打ち明ける。

旅行強国に転換

 中国の団体旅行禁止という手法が目立つようになったのは、海外旅行客が1億人に近づいた2012年から。南シナ海や東シナ海の領有を巡り対立したフィリピンや日本向けを禁止しプレッシャーをかけた。16年は台湾の蔡英文政権の誕生に伴い、台湾旅行が事実上の制限を受けた。

 「中国を旅行大国から旅行強国に転換する」。中国が主導して今年9月に立ち上げた観光業の世界組織「世界観光連盟(WTA)」の発足時、主席となった段強氏はあいさつで強調した。

 旅行強国とは何を意味するのか。1億3千万人近い中国人観光客の消費額は約30兆円に膨らみ、世界の海外旅行消費に対する寄与度は2割に達するとの試算もある。WTAの理念は「観光で世界をよりよくする」とある。旅行強国とは、相手国の観光に打撃を与え、外交上優位に立つ手段にすることではないはずだ。

(北京=多部田俊輔)



2018年の世界(3)成長のカギ、企業投資に米KKR創業者ヘンリー・ク ラビス氏 2017/12/27 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の第一面にある「2018年の世界(3)成長のカギ、企業投資に米KKR創業者ヘンリー・クラビス氏」です。





 ――2018年の世界はどう変わりますか。

 「世界はかつてないほどの速さで変化している。絵画の高騰を見れば分かるだろうが、世の中にはお金があふれかえり、企業も銀行も十分なお金を持つ。売上高を伸ばすには企業はもっと投資しなければならない」

 ――投資をためらうのは成長余地が限られているからでしょうか。

 「そうではない。隣の中国を見てほしい。電子商取引最大手のアリババ集団や騰訊控股(テンセント)が著しい成長を遂げている。イノベーション(技術革新)が次々と生まれているからだ。お金は大切だが、それをいかす成長の原動力は失敗を恐れぬ経営と多様性だ。リスクをとる経営が奨励され、失敗を次につなげる企業文化がある」

 ――日本企業の競争力はどう評価しますか。

 「低下しているのは間違いない。まずは『ものづくり』への依存から脱却すべきだ。従来型の製造業は人口の多い中国やマレーシアに任せればいい。日本は付加価値の高い産業に注力する必要がある。内向きの考え方から抜け出して生産性を向上させるしかない」

 ――日本企業に悲観的ですね。

 「違う。日本は世界でも突出して教育水準が高く優秀な人材も多い。非中核事業を手放して本業のイノベーションに経営資源を集中すれば競争力は高まる。最近は大企業の経営者の意識も変わってきた。事業が切り出されれば我々のようなファンドの出番だ。世界に持つ情報網を通じて新たな成長機会を提供する」

 ――17年は世界景気が緩やかに拡大しました。18年の見通しは。

 「世界景気をけん引する米国経済は3~3.5%の成長に回帰していくのではないか。トランプ政権が実施した大型減税や規制緩和が企業活動を刺激し投資マインドも高まっていくだろう。新興国の景気は安定的に拡大しており、これが米企業の業績を一段と押し上げる好循環になる」

 ――最高値を更新し続ける米国株は「バブル」との見方もあります。

 「投資指標が割高なのは否定しない。だがそれが株価の調整に直結するわけではない。長期金利は米国で2.5%に届かずドイツで1%を下回る。機関投資家は少しでも高い利回りを求めて株式市場に資金を振り向けざるを得ない」

 ――米連邦準備理事会(FRB)の金融政策は変わるのでしょうか。

 「2月にFRB議長に就任するパウエル氏は『イエレン氏2.0』といった趣だ。何も心配していない。ハト派寄りの姿勢で慎重に利上げを進めていくはずだ。18年も2、3回の利上げを予測する。長期金利は3%を超えてくるかもしれないが歴史的に見れば低い」

 ――今後のリスクは何でしょうか。

 「景気の循環論を踏まえれば米国景気は19年から減速局面に入るのではないか。(中央銀行による)人工的な低金利が永遠に続くわけではない」

 ――トランプ政権は世界を変えますか。

 「彼とは30年来の友人だ。もともと賢い男だ。大統領はタフな仕事だが彼は日々学び、米国と世界に刺激を与え続けるだろう。不規則発言への批判も多いが、変化を求めたのは米国民自身だ」

(聞き手は川上穣)

 1976年に世界有数の投資ファンド、コールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)を共同で創業した。世界で110社超に投資し運用資産は約17兆円。73歳



2018年の世界(1) 「同時成長、危機には備えを」前インド中銀 総裁 2017/12/25 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の第一面にある「2018年の世界(1) 「同時成長、危機には備えを」前インド中銀総裁」です。





 世界的な金融危機から10年。2018年の世界経済、政治はどこへ向かうのか。緊迫する北朝鮮情勢、テロの頻発。厳しさを増す世界の展望を国内外の識者に聞いた。

ラグラム・ラジャン・シカゴ大教授

 ――18年の世界経済は楽観的な見通しが広がっているようにみえます。

 「国際通貨基金(IMF)は17、18年の世界経済見通しを上方修正した。成長率自体は弱いものの、米国、日本、中国、欧州と全てのエンジンが点火し、久しぶりに同時成長と言える状態だ。欧州では1年間で失業率が1ポイント低下。日本も2.8%と極めて低い水準だ」

 「物価停滞が謎とされるが、労働市場が引き締まれば賃金が上がり物価の上昇圧力もいずれ高まる。タクシーから配車サービスに置き換わるような『ニューエコノミー』と呼ばれる産業構造の転換がある一方、企業が求人しても人が集まらない。賃上げによって数年内に物価上昇がみられるようになるだろう」

 「生産性の低下も問題視されるが、技術革新が供給増に結びつくには時間がかかる。電力革命の際は、実際に生産性を押し上げるようになるまで10年かかった」

 ――物価が上がれば金利上昇も避けられません。株価など金融面のショックは避けられますか。

 「物価上昇は極めて緩やかで、米連邦準備理事会(FRB)など中央銀行の金融引き締めも同じく緩やかになるだろう。(低金利が続いてリスクを取れるなら)資産価格が過大評価されているというわけではない。ただ想定以上にインフレが強まり、中銀が(利上げに)出遅れたと感じるようになれば、資産価格の調整は避けられない」

 「少ない担保で借り入れる『コブライト・ローン』という市場は、金融危機前より多様に広がっている。まだ危機が近いと言えるわけではないが、金融緩和が長引き金利が長く据え置かれると、レバレッジ(負債を拡大して投資する手法)によるリスクは蓄積する」

 ――世界経済は、同時成長と次なる危機が併存しているわけですか。

 「警戒は常に必要だ。08年の金融危機時、震源地は米国の低所得者向けサブプライム住宅ローンだった。規模も小さく経済への影響は軽微とされたが、実際は金融システム全体が崩壊に近づいた。次なる危機が起きるとしても、全く予測しないセクターが震源地になると考えたほうがいい」

 ――持続成長に必要な施策は何ですか。賃上げですか。財政ですか。

 「日本が長く十分に賃上げできていないことは理解している。リタイア期に入った中高年層が平均賃金の伸びを抑えている一方、雇用の逼迫で新卒者の賃金は上がっている。政府がインフレをめざし賃上げに介入すれば、かえって企業の競争力を損なうリスクもある。必要なのは雇用のミスマッチの解消策だろう」

 「大型減税を決めた米国は既に完全雇用にあり、財政刺激による短期的な押し上げ効果は限定的だ。長期的に企業の投資の押し上げなどが見込めるが、財政赤字の拡大がその効果を相殺する。財政政策は政治的な思惑ではなく、長期的な経済課題を見極めて設計することが求められる」

(聞き手はワシントン=河浪武史)

2013~16年、インド準備銀行(中銀)総裁。IMFチーフエコノミスト時代の05年、3年後の米国発の金融危機に警鐘を鳴らした。現在はシカゴ大教授。54歳



風見鶏 昨日の淵ぞ 今日は瀬に 2017/12/24 本日の日 本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の総合面にある「風見鶏 昨日の淵ぞ 今日は瀬に」です。





 子供の頃の川遊びで溺れかけた経験がある人に聞いたことがある。流されてもう駄目だと思った時、生まれてからの記憶が走馬灯のように頭を駆け巡ったという。科学的には「何とか助かろうと記憶の中から手掛かりを探す脳の働き」との分析があるそうだ。

 生死の境までいかなくとも人間は進退きわまると不思議な事が起こる。衆院議員の辻元清美氏は今年秋、それを経験をした。

 9月28日に衆院が解散され、所属していた民進党は希望の党に合流を決めた。「憲法改正に賛成しろ」と急に言われても承服できない。無所属での出馬を覚悟したが、受け皿がないままでは仲間の若手候補らの当選はおぼつかない。

 悩んで寝付けない夜が続く。10月1日朝、政治の師である故土井たか子元衆院議長の声が聞こえた気がした。「逃げちゃダメ。試練を受け止めて前に進め」

 辻元氏は上京する新幹線の中から枝野幸男氏に電話をかけ「立憲と民主主義を世に問うて砕け散ったら本望やんか」と伝えた。旗揚げした立憲民主党は予想以上の支持を集め、野党第1党の座をつかんだ。

 あの声は夢だったのか。辻元氏は21年前の衆院選を思い出した。当時の社民党は発足直後の旧民主党に候補予定者が多く流れ、追い込まれていた。土井党首は議員会館に辻元氏を招き、「若い人たちにバトンタッチしたい」と初出馬を促した。あれは同じ10月1日。巡り合わせに驚いた。

 今年、高転びに転んだのが東京都知事の小池百合子氏だ。7月の都議選で地域政党「都民ファーストの会」を率いて圧勝。10月の衆院選では一転して自ら立ち上げた希望の党が手痛い惨敗を喫した。

 民進党全員の合流に関する「さらさらありません」「排除いたします」との居丈高な発言が反発を招いたのは確かだ。しかし一番の失敗は衆院選への認識の甘さではなかったか。

 政権選択なのに首相候補すら示せない。目玉政策は「12のゼロ」。原発ゼロと待機児童ゼロはまあいいとして、満員電車ゼロ、ペット殺処分ゼロ、フードロスゼロ、ブラック企業ゼロに至っては公約というより願望に近かった。

 獲得できたのは50議席どまり。希望の党の幹部は「せめて解散が年明けだったら」と準備不足を悔やんだが、政権担当能力を証明するにはそれなりの人と政策が必要なのは当然だ。

 政局を振り返ると、女性がここまで注目された1年も珍しい。自民党の都議選敗北は稲田朋美元防衛相、豊田真由子氏、安倍晋三首相の昭恵夫人らの言動が影響した。民進党分裂を招いた前原誠司前代表は、蓮舫氏の都議選後の唐突な代表辞任で選ばれた。与野党双方に不倫疑惑で世間を騒がせた女性議員もいた。

 来年の焦点は、9月の自民党総裁選で首相が3選を果たせるかどうかだろう。憲法改正の行方に直結し、改憲論議の進み具合は野党再編の軸とも絡む。

 首相は国政選挙で5連勝したとはいえ、政権運営が順風満帆とは言いがたい。日経世論調査の12月の内閣支持率は50%。なお高いが女性の支持率は男性より13ポイントも低い。不支持理由は「人柄が信頼できない」がトップだ。有力な首相候補の不在が安倍1強をさらに際立たせている面がある。

 「世の中は何か常なる飛鳥川 昨日の淵ぞ今日は瀬になる」。政治家は世の移ろいの早さを詠んだ古今集の和歌を好んで引用する。安倍政権の「次の選択肢」は誰がいつ示すのか。男性か女性か。与党か野党か。思ったより早く、局面が再び変わる可能性はある。

(編集委員 坂本英二)



外資進出、手続き簡素に インドネシア大統領 18年春の訪 日に意欲 2017/12/23 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の総合面にある「外資進出、手続き簡素に インドネシア大統領 18年春の訪日に意欲」です。





 【ラジャアンパット(インドネシア東部)=鈴木淳】インドネシアのジョコ大統領は日本経済新聞の取材に対し、政権が重視するインフラ開発について「外資の導入が必要だ」と強調した。中央と地方の許認可窓口を一本化し、外国企業が投資しやすい環境を整える。経済成長を持続し、2019年の大統領選挙での再選をうかがう。

 ジョコ氏はインドネシアの投資環境について「構造改革を進めてきており、これからも進める」と語った。世界銀行がビジネスのしやすさを評価したランキングでは、ジョコ氏就任前の120位から17年には72位に上昇し、中国を抜いた。

 新たな環境改善の具体策として、ジョコ氏は「中央政府の許可も地方自治体の許可も1カ所で申請できる窓口をつくる」と明らかにした。18年3月までに設ける。「1度申請するだけで後はすべて私たちが面倒を見る」と語り、地方での手続きが滞らないように責任を持つ考えを示した。

 インドネシアでは1998年に強権的だったスハルト政権が崩壊したあと、地方分権が進んだ。民主主義が定着した一方で、インフラ開発の許認可などの権限が各省庁や地方自治体に分散し、なかなか許可が下りない状態が続いてきた。

 ジョコ政権は50兆円規模の巨額のインフラ開発を進めている。国の資金だけでは間に合わず、外国企業を含む民間からの投資が欠かせない。

 ジョコ氏はインフラで外資の参入を求める一方、国内の中小零細企業への配慮もにじませた。通商交渉では「国益にかなうかが重要だ」と強調。「国内問題を解決したら国際社会でもっと役割を果たす」とも語り、地域格差の是正など国内問題の解決を優先したい考えを示した。

 地方振興のために観光開発に力を入れる。世界的な観光地のバリ島以外にも、ニューギニア島西部の沖合にあるラジャアンパット諸島や、スマトラ島北部のトバ湖などを開発して外国人客を呼び込む。ジョコ氏は「10カ所の新たなバリ島をつくる」と意気込む。

 インドネシアは年5%程度の経済成長を維持。外国からの直接投資も17年7~9月期で前年同期比12%増と伸びている。

 ただ、投資誘致ではベトナムやフィリピンの追い上げも急だ。国際協力銀行(JBIC)が日本の製造業を対象に有望な進出先を聞いた調査では、インドネシアは16年の3位から17年は5位に後退。納税を含む法運用が不透明との指摘が出たとされ、ジョコ政権は司法制度改革も迫られる。

 ジョコ氏は軍人や名門の出身でない同国初の庶民派大統領。現場主義を貫き「歴代大統領で最も地方を訪れている」(大統領府幹部)とされる。

 19年の大統領選出馬については「国民が望めば(出馬する)」と答えた。世論調査での支持率は40~60%程度に達し、対立候補とされるスハルト元大統領の元娘婿プラボウォ氏を上回る。優位を保つには海外から投資を引き寄せ、成長を持続することが欠かせない。

 「安倍晋三首相は最も親しい首脳だ」。ジョコ氏に親しい外国首脳は誰かを尋ねたところ、オーストラリアのターンブル首相とともに安倍首相の名を挙げた。

 日本とインドネシアが国交を樹立して60周年に当たる18年に「日本を訪問する」と明言した。時期については「調整中だが、3月か4月に行きたいと考えている」と述べた。ジョコ氏は「日本とは海洋分野や人材育成の面でさらに協力していきたい」と語った。



真相深層 「三菱と日銀」深い因縁 黒田発言、遠い雪解け 2017/12/23 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の総合面にある「真相深層 「三菱と日銀」深い因縁 黒田発言、遠い雪解け」です。





 マイナス金利政策の是非を巡り、かつてさや当てを演じた日銀と金融界。日銀の黒田東彦総裁が超低金利による銀行収益への「副作用」に言及するなどファイティングポーズをとき、雪解けムードも漂い始めた。激しく対立した三菱UFJフィナンシャル・グループなどへの配慮にも映る黒田発言だが、真意は違うところにあるようだ。

 金融界でにわかに注目を集めたのは11月13日、スイス・チューリヒ大学での黒田講演だ。低金利が金融機関の経営を圧迫して好まざる引き締め効果を及ぼす「リバーサル・レート」に言及した。

 なぜ突然、銀行配慮の発言なのか。こんな問い合わせが続々と届いて驚いた日銀は「大学の講演だから学術的に説明しただけ」(幹部)と火消しに動いた。次期総裁の人事を控え、日銀内部では「緩和に消極的になった」と批判されるのを警戒する向きもある。

 即座に反応したのは三菱UFJの平野信行社長だ。3日後の全国銀行協会会長としての会見でわざわざ紙を取り出して黒田講演の一部を朗読。「(懸念に)近い状況がいま姿を現しつつある」と述べるとともに、発言に歓迎の意を示した。想定問答外の発言に銀行の事務方はびっくりした表情を浮かべた。

 金融関係者が黒田発言に驚いたのには伏線がある。2016年1月に日銀が不意打ちで表明したマイナス金利政策を、三菱UFJの平野氏が「(家計や企業の)懸念を増大させている」と批判。円高とメガ首脳のあからさまな抗議が重なり、日銀は異次元緩和の「総括検証」を迫られた。

 三菱UFJにとっても中央銀行を敵に回した代償は小さくなかった。当時、平野発言には日銀の有力OBが強い不快感を表明。16年4月には政府が国会に日銀の審議委員人事を提示したが、本来なら指名の順番のはずだった三菱UFJ出身者が外され、政策委員会にメガバンク出身者が初めてゼロに。「日銀が嫌がった」とにらんだ政府関係者も多かった。

 じつは三菱と日銀の因縁は深く「上下関係」では微妙な間柄を推し量れない。旧三菱銀行の頭取だった宇佐美洵氏を含め三菱グループは過去、4人も日銀総裁を輩出。双方とも金融のトップエリートを自任し、採用では学生のトップ層を争奪するライバルだ。

 そんな仲に融和の端緒が見えたのが7月。審議委員人事で2人の交代枠のうち1人が三菱UFJ出身の鈴木人司氏に差し替わった。10月には日銀がリポートで金融機関の窮状を詳細に分析。別のメガ首脳も「金融機関への影響が無視できなくなってきたのでは」と緩和縮小に期待を寄せた。

 だが日銀の本当の狙いは金融システムとは違うところにあった。日銀内部がひそかに気にしていたのは、実は7月に就任したもう1人の審議委員、片岡剛士氏の言動だ。

 「物価目標の早期達成へ確度を高めるべきだ」。片岡氏は10月末の金融政策決定会合でこう追加緩和を主張。黒田発言は副作用を強調することでまずは追加緩和論の機先を制する思いのほうが強かったようだ。21日の記者会見では「(緩和策の)見直しや変更が必要だとはまったく意味していない」と断言した。

 金融機関の窮状についても日銀の思惑は銀行とすれ違う。「人口減少など構造要因が相応に影響している」。中曽宏副総裁は11月末の講演で、過去10年にわたる地域金融機関の利ざやを分析。利下げの影響より構造要因が大きいと示した。緩和を縮小しても厳しい環境は変わらず、経営統合など思い切った効率化が欠かせないとみる。

 日銀の内部には金融政策の正常化のスタート時期をかなり真面目に考える向きもある。「来年には動きたい」。水面下では銀行幹部やエコノミストと出口の思考実験を繰り返している。だが低インフレ下で波乱なく市場に出口観測を織り込ませるには相当なプロセスを踏む必要がある。

 「経済を改善するために緩和策がとられること自体は是だ。ただ恒常化は望ましくない」。平野氏はこう懸念を示す。だが21日の黒田会見は、出口の遠さを印象づけた。日銀と三菱UFJなど金融界の関係が修復するまではかなり時間がかかりそうだ。(高見浩輔)