カテゴリー別アーカイブ: けいざい解読

けいざい解読 ASEAN経済統合 足踏み 出稼ぎが成長阻害 2016/09/25 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の総合・経済面にある「けいざい解読 ASEAN経済統合 足踏み 出稼ぎが成長阻害」です。





 東南アジア諸国連合(ASEAN)の経済統合を巡る議論が足踏みを続けている。多くの加盟国が成長の壁に突き当たり、統合の効果を疑問視する声が出ているためだ。要因の一つが無秩序な労働者の移動だ。

 タイからシンガポール、そして母国ミャンマーへ――。アウン・ジョー・モーさんの半生は旅の連続だ。2003年にタイで決済サービス会社「2C2P」を興し、08年にシンガポールに本社機能を移した。いま狙うのは民主化を機に成長軌道に乗るミャンマー市場だ。

 「多様性はチャンスを与えてくれる」。豊かさの度合いが異なる国々が隣り合うアジア。人々がダイナミックに動き回り、新ビジネスを生み出す原動力となる。

 働き手の移動を支えるのはASEANが昨年末に立ち上げた経済共同体(AEC)など市場統合を目指す動きだ。優秀な人材は国境を越えて活躍の場を見つけ、若く豊富な労働力は企業の競争力を高める。だが外国人への安易な依存は経済成長を阻むリスクともなる。

 マレーシア南部ジョホール州。ジャヤディさん(28)の仕事はパーム油の原料パームヤシの収穫だ。1房30キロを超す果実を摘み取り、手押し車に載せて運ぶ毎日だ。

 妻と6歳の息子はインドネシアの離島に残る。月収は最低賃金1000リンギ(2万5千円)に遠く及ばない。「最後の里帰りは2年前。地元に仕事が無いから仕方がないさ」。同国で働く労働者のおよそ3人に1人がこうした外国人だ。この半分は労働許可を得ない違法労働者とされる。

 マレーシアは1人当たり国内総生産(GDP)が1万ドル前後に達したが、先進国入りを前に成長が鈍化する。旧態依然とした産業が出稼ぎ労働者を使って競争力を保ち、新たな産業を育てる機運が乏しいためだ。研究開発支出は1人当たり250ドル。1980年代半ばまで成長を競った韓国の5分の1以下だ。

 5月の選挙で大勝したフィリピンのドゥテルテ大統領の地元ミンダナオ島では、庶民が安定した収入を得る工場の進出が進まない。同島のイスラム教自治区の1人当たりGDPはわずか689ドル。マニラ首都圏は8235ドルで、国の中に10倍以上の所得格差がある。

 東南アジアは1980年代に工業化が始まり、違法に国境を越えた外国人を便利な労働力として重用した。だが所得が向上しても出稼ぎへの安易な依存が残る。賃金上昇に耐えかねた産業が淘汰され、後発国や企業進出が遅れた地域に工場を移すサイクルもせき止める。「中所得国のわな」「巨大な経済格差」という難題の一因だ。

 ASEANが2000年代半ばに経済統合に合意した背景には、ヒト、モノ、カネの自由な移動を通じて各国の経済を底上げする目的があった。だが足元では自由すぎる労働者の移動が成長を阻害する皮肉が浮かぶ。これを放置する限りは、経済統合への逆風が吹き続ける可能性が高い。

(シンガポール=吉田渉)



けいざい解読 東南ア、溶けた「反日」 円高・デフレが触媒 2015/08/09 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の総合・経済面にある「けいざい解読 東南ア、溶けた「反日」 円高・デフレが触媒」です。





 東南アジアから日本を訪れる観光客が急増している。今年1~6月に主要国からの旅客数は前年同期に比べて15~60%増えた。円安や観光ビザの発給規制緩和が直接の原因だが、この地域の人々が日本を見る視線が変わったことも見逃せない。

 ジャカルタで反日暴動、日系企業次々襲う――。1974年1月16日付日本経済新聞1面トップ記事の見出しだ。田中角栄首相(当時)のインドネシア訪問に反対する市民が暴徒化し、日本車が焼き打ちされる事態に発展した。同じ時期にタイでは日本製品不買運動が広がった。

 当時は第2次世界大戦中に日本がシンガポールやマレーシアを占領した記憶が生々しく残っていた。そして終戦後の輸出攻勢は「経済侵略」と反発を受けた。

 それから40年。外務省が東南アジアで昨年実施した意識調査では「日本を信頼できる」と答えた人が9割を超えた。街には日本ブランドの製品があふれ、若者のデートの定番コースは和食店だ。

 根深い不信を溶かした要因は何か。地道な外交努力や民間の交流拡大が大きな役割を果たしたことはいうまでもない。だが、それとは別に大きな触媒がある。日本経済を見舞った2つの激震だ。

 最初の転機は85年のプラザ合意に伴う円高の進行だ。価格競争力の低下に直面した日本企業はタイやマレーシアに工場を移した。タイのバンコク日本人商工会議所の会員企業は85年に394社だったが89年には696社に急増した。その後も右肩上がりで、2015年は1615社に達する。

 プラザ合意後に東南アジアに進出した日本企業は、自動車や電機関連の付加価値が高い製造業が主流だ。雇用の吸収を通じて各国の都市化を後押しし、この地域の急速な経済成長を支えた。

 日本との経済格差をみると理解しやすい。タイの1人当たり名目国内総生産(GDP)は85年時点で日本のわずか6.5%だったが、今は15%にまで上昇した。シンガポールは2000年代後半に日本を超えた。日本企業の進出を通じて日本と東南アジアの共存関係が強まり「一方的な搾取」との批判が薄れた。

 もう1つの転機は日本を覆ったデフレだ。日本は消費者物価が伸び悩み続け、85年に1杯370円だった吉野家の牛丼は今でも380円にとどまる。一方で東南アジアは賃金上昇が続き、現地管理職の給与水準は95年から5割以上上がった。豊かになった消費者にとって日本は物価高の国ではなくなっている。

 80年代に日本に留学したシンガポール人男性は「高い外食を楽しむ日本人がうらやましかった」と振り返る。だが今は「何を食べてもシンガポールより安い」。かつての「反日」の背後にあった高い生活水準への羨望と反発は薄れた。

 日本経済が低迷を続けた大きな要因は長引く円高とデフレだ。だが、その見返りに東南アジアからの「友情」を勝ち得た。いま日本は過度な円高修正を背景にデフレからの脱却に動き始めた。東南アジアとの共存を深める新しい青写真を描く時期が来ている。

(シンガポール=吉田渉)



けいざい解読 中国、揺らぐ健全財政目標 景気にらみ歳出増も 2015/05/31 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の総合・経済面にある「けいざい解読 中国、揺らぐ健全財政目標 景気にらみ歳出増も」です。

事実上のドルペッグ政策の中国、財政赤字のGDP比率を3%以内に抑える目標は、為替政策とのバランスが難しいのではないかと思われます。





 「財政赤字の国内総生産(GDP)に対する比率は3%以内に抑える」。中国がこんな目標を掲げていることはあまり知られていない。

 もともと、おおっぴらにはしてこなかった。その存在が明らかになったのは、2008年秋のリーマン・ショックに対応して4兆元(現レートで約80兆円)の景気刺激策を打ち出したあとだ。

 世界をあっと驚かせた巨額の支出がたたり、08年に1%弱だった財政赤字のGDP比は09年に3%近くまで上昇した。

 このころから、当時の温家宝首相らは「3%」の天井を口にするようになる。10年の財政報告には「赤字率を3%以内に抑えなければならない」と書き込んだ。

 むだな歳出をできるだけ削った成果だろう。赤字率は12年に1%台半ばまで下がった。12年秋に発足した習近平指導部も、この目標を捨てていない。景気の減速にもかかわらず、大規模な財政出動を控えてきた。

 日本に比べればはるかにお金に余裕のある中国が、歳出増にここまで慎重なのはなぜか。

 いちばん恐れているのはインフレだ。軍が民主化運動を鎮圧した1989年の天安門事件は、年率で20%近いインフレに民衆の不満が爆発したのがきっかけだった。

 放漫財政が物価高を招けば、社会が不安定になって共産党政権の足元がぐらつく。「インフレの芽は何としてでも摘み取る」。中国共産党の幹部がそう話すのを、何度も耳にした。

 もう一つ見すごせないのは安全保障の観点だ。中国は毎年10%を超す勢いで国防費を増やしている。当然、財政には大きな負担がかかる。

 財政学が専門の土居丈朗慶大教授は「中国は国防費が増えてもなお3%の目標を達成できるように財政運営している」とみる。国防費を十分にひねり出せなくなる事態を避けるために、規律ある財政を心がけているというわけだ。

 高成長を続けていれば、財政赤字のGDP比を低く保つのはそれほど難しくない。分母の名目GDPがどんどん膨らんでいくからだ。

 しかし、成長率が落ちるとそうはいかない。税収の伸びが鈍るうえ、GDPはかつてのような勢いで増えない。

 いまの中国はまさにそんな局面にある。

 高成長の時代が終わり「新常態(ニューノーマル)」と呼ばれる巡航速度の経済をめざす。その一方で高齢化が進み、社会保障費など歳出の増加は避けられない。「3%目標の維持はだんだん難しくなる」(みずほ総合研究所中国室の三浦祐介主任研究員)

 想定以上に景気が減速すれば、目標を守れなくなる日は意外に早く訪れるかもしれない。「投資の重要な役割を発揮する」。習指導部は4月末の政治局会議で、公共投資の拡大に言及した。

 中国は今後も目標を死守するのか。それとも目標にこだわらずに歳出を増やすのか。その決断は世界経済だけでなく、東アジアの安全保障にも大きな影響を及ぼす。

(国際アジア部次長 高橋哲史)

けいざい解読 ASEAN、TPPに冷めた目 小さくなる日米の姿 2015/05/17 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の総合・経済面にある「けいざい解読 ASEAN、TPPに冷めた目 小さくなる日米の姿」です。

例えばシンガポールは鎖国では絶対に経済が成立し得ない国です。貿易立国、金融立国であり、他国との共存がマスト要件です。そのような国は、大国、小国、周辺国との関係を戦略的に構築しています。つまり、TPPが停滞することひとつをとっても彼らにとっては想定済みであり、合理的なポジションを常に求めています。よって、高度な自由貿易を目指そうとしているTPPに対してこのような姿勢であることは自然です。

ASEANの多くの国は、シンガポールと同じような背景にあり、TPPを冷ややかに見るのではなく、米国と日本がどのような妥結を見るのか、冷静沈着に見ているものと思われます。





 通商政策をめぐる米オバマ政権と米議会の攻防が、なかなか袋小路から抜け出せない。大統領が交渉権限を議会から取りつけなければ、環太平洋経済連携協定(TPP)構想は完成を目前に水泡に帰すかもしれない。

 狭いワシントンの内側で調整にもたつく米国の姿は小さく見える。超大国の迷走に鼻白むのは、巨大な経済圏の中心にある東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国だ。空気は微妙に変わった。

 「日本は孤立して困るでしょうな……」。1990年代に貿易自由化を推し進めたシンガポール政界の重鎮は、意外にも涼しい顔をしていた。

 貿易と投資に未来を託す同国だが、米国や欧州連合(EU)、中国、日本など主な市場国とは、個別に自由化協定を締結済み。先手必勝の戦略が奏功し、経常黒字額は13年に日本を抜き14年には588億ドルに達した。

 今年末には域内10カ国が市場統合し、ASEAN経済共同体(AEC)が形になる。中国がつくるアジアインフラ投資銀行(AIIB)にも参加し、対中関係への目配りも怠りない。

 もしTPP交渉が流れても、来年の米大統領選の後には次の機会が巡ってくるだろう。自由貿易の旗手を自任する小国シンガポールに、焦りの色はない。大物政治家の表情は、むしろ米国に翻弄される日本を案じているようにも見えた。

 他のASEAN諸国はどうか。日本の2倍の人口を擁する大国インドネシアには高水準の自由化は荷が重い。景気不振で政権発足から半年のジョコ政権は早くも人気が陰り始めている。内向きになる政権に、国有企業や労働市場の改革に挑む腕力は期待できない。

 マレーシアはマレー系を優遇する「ブミプトラ(土地の子)政策」を守るのに必死。TPPの理念とは逆に国営企業のテコ入れを図る。こうしたナジブ政権の路線を、政界の実力者マハティール元首相が露骨に批判するなど、国内政治は不安定になっている。

 アジアの新興国が経済成長を続けるためには、国内の構造改革が欠かせない。国内の抵抗を乗り切る上で、政権を担う指導者が大国の外圧を改革のテコに使う政治戦術もありうる。だが、その手法の大前提は、大国が高い理念を唱え続け、ぶれない姿勢を貫くことだ。

 学級委員長(米国)は態度がでかい。しかも背後の教師(議会)の意向で言うことが変わる。副委員長(日本)はなんだか頼りない。そんなクラスはまとまらない――。アジアの目に今のTPPはこんな風に映る。

 一時は関心を示したフィリピンやタイから、TPPに前向きな声は聞こえなくなった。中国と関係が深いカンボジアのフン・セン首相は「ASEANを2つに分断するのがTPPの本当の狙いだろう」と公言する。

 フン・セン首相は間違っている。日米両国は、地域の結束を邪魔しようとなどしていない。自分の国の中の政治調整に精いっぱいで、アジアの大きなキャンバスに絵を描けないだけである。

(シンガポール=編集委員 太田泰彦)

2015/04/26 本日の日本経済新聞より「けいざい解読 迫る米利上げ、新興国に試練 投資マネー選別強まる」

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の総合・経済面にある「迫る米利上げ、新興国に試練 投資マネー選別強まる」です。

市場で米国の利上げが6月ないしは9月に予想されています。昨年、緩和終了観測が表面化した際に、マーケットがかなり揺らぎました。この度、利上げ発表された場合に市場がどのような反応を示すか、注目されています。

このような状況の中、インドの通貨ルピーとブラジルの通貨レアルが対照的な動きをしている点についてこの記事では触れられています。レアルは、利上げ発表時にかなりの衝撃が生じる恐れがあり、ブラジル発の経済危機が生じてもおかしくないように思われます。2014年1月にアルゼンチンペソが暴落しましたが、それを上回る衝撃が走る可能性があり、留意が必要と考えられます。





 米連邦準備理事会(FRB)が2015年中に金融引き締めに転じる方向を示し、新興国経済が試練を迎えている。米利上げをきっかけに投資家が新興国から資金を引きあげたり、選別を強める恐れがあるためだ。有力新興国それぞれの耐久力が改めて試される。

 「フラジャイル・ファイブ(脆弱な5人組)」。米投資銀行モルガン・スタンレーのリポートにこんな表現が登場したのは13年夏のことだった。

 当時の焦点は巨額のマネーを市場に流してきたFRBの量的緩和第3弾(QE3)の縮小開始だ。経常赤字などファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)に弱点を抱え、QE縮小で通貨が売り圧力にさらされるインド、ブラジル、インドネシア、南アフリカ、トルコの5カ国を列挙した。

 01年にゴールドマン・サックスが命名した「BRICS」以来の、新興市場国を取り巻く環境を端的に示すキーワードとして定着した。しかし当のモルガンはこの呼び名をすでに封印している。5カ国をまとめてくくれなくなってきたからだ。

 今月16日、ワシントン。「FRBもいつまでも利上げを先送りすることはできないだろう」。インド準備銀行(中央銀行)のラジャン総裁はシンポジウムでこう発言した。同総裁は他国への影響を考慮しない「自分勝手な」FRBの金融政策を批判し、けん制してきたがトーンを変えた。

 13年夏の急落がうそのようにインド・ルピーの安定ぶりが目立っている。資源安で経常収支の改善が進む追い風に加えて昨年就任したモディ首相による改革路線への海外投資家の期待感が強い。一級の経済学者として評価が高いラジャン総裁との「二人三脚」が安心感を与えている。

 対照的なのがブラジルとトルコの変調だ。ブラジルではばらまき政策で海外投資家に不評だったルセフ大統領が昨年、僅差で再選した。資金の逃避はおさまらず通貨レアルは下落。輸入物価の上昇がインフレを引き起こし中銀は不況下で利上げを迫られている。国際通貨基金(IMF)によるとブラジルの国内総生産(GDP)は今年インドに抜かれる。

 トルコをめぐる市場の警戒感はエルドアン大統領と中銀の緊張関係にある。通貨リラが下落基調にもかかわらず「絶対的な権力者」である大統領が景気てこ入れへ利下げ圧力をかけているとされ、バシュチュ中銀総裁の退任観測がくすぶる。

 モルガンは市場の混乱に耐えられる改革の進捗度について、インドネシアのジョコ政権に65%とインド(85%)につぐ及第点を与える一方、資源依存の経済構造が変わらない南アフリカには「ほぼゼロ%」と手厳しい。

 FRBは1月の米連邦公開市場委員会(FOMC)声明から「国際情勢の進展」という文言を新たに盛り込んだ。金融政策を動かすに際して新興国を含む国際金融市場の動きを注視する方針をあえて強調した。11年ぶりとなる利上げ開始のXデーに向けて緊張感が高まる裏返しだ。

(ニューヨーク=佐藤大和)

2015/02/08 本日の日本経済新聞より「けいざい解読 CEO高額報酬、日本への示唆は 攻めの動機づけ重要」

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の総合・経済面にある「CEO高額報酬、日本への示唆は 攻めの動機づけ重要」です。





 仏経済学者トマ・ピケティ氏の世界的ベストセラー「21世紀の資本」は、米国社会の格差の象徴として「スーパー経営者」を批判した。桁外れの高額報酬を得る最高経営責任者(CEO)のことだが、今の日本経済にはむしろスーパーCEOが必要とされているのかもしれない。

 JPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモン会長兼CEOの2014年の報酬総額は2000万ドル(約23億円)で、その内の現金賞与は740万ドル。一方、ゴールドマン・サックスのロイド・ブランクファイン会長兼CEOの報酬総額は2400万ドルに。1月下旬、欧米メディアは開示資料や独自の分析に基づいて、こんな情報をいっせいに流した。

 リーマン・ショックから7年目となり、批判の対象だった金融機関トップの高額報酬に復活の兆しが出ている。米国では役員報酬が株主総会の議題となり、拘束力のない株主投票にかけられる。格差が世界的な問題になっている時だけに、その象徴であるウォール街の高額報酬が株主の批判にさらされる可能性もあるという。

 役員報酬が1億円に満たない企業トップが多い日本から見ると、米スーパーCEOたちはまるで別世界の住人だ。報酬に関する限りピケティ教授の指摘する問題を心配する必要はないだろう。しかし、スーパーCEOの存在は日本に対して、格差とはまったく逆の問題を提起している。

 日本の経営者報酬には、企業価値を高めるために積極的にリスクをとっていこうという動機づけ(インセンティブ)が足りないのではないか、という点だ。

 米コンサルティング会社、タワーズワトソンがまとめているCEO報酬の国際比較が興味深い。最新の集計によると、売上高1兆円以上の米企業のCEOは平均して総額11億5000万円の報酬を受け取った。日本企業は1億3000万円にとどまり、総額だけを比較すれば米CEOの報酬は突出している。

 しかし、この中から業績や株価の動向に影響されない「基本報酬」を抜き出すと様相が異なる。米CEOの基本報酬は総額の11%にあたる1億2000万円にとどまり、対照的に日本企業は総額の59%、7400万円となり日米の差は急速に縮まる。

 日本の経営者は業績や株価がふるわなくても報酬が減る恐れが、米国よりも小さい。裏を返せば業績を拡大しようとするインセンティブが不足しがち――。タワーズワトソンの櫛笥隆亮ディレクターは指摘する。

 95兆円の手元資金を抱える日本の上場企業にとって、配当などの株主配分と並んで、投資をいかに増やしていくかが重要な課題となっている。経営の観点だけでなく、消費の刺激や雇用拡大といった経済全体の問題としても、企業マネーの有効活用は重要だ。

 しかし、現状の報酬構造が変わらないと、リスクをとって資金を使おうとする日本企業が、なかなか増えない可能性がある。今の日本の懸念は、攻めの動機づけを与えられたスーパーCEOが不在であるということではないか。高額報酬批判が強い欧州はCEO候補の不足問題もあるという。国際的な人材獲得の視点も欠かせない。

(編集委員 小平龍四郎)

2015/01/04 本日の日本経済新聞より「けいざい解読 円安は実質賃金の敵? 原油安が隠すジレンマ」

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の総合・経済面にある「円安は実質賃金の敵? 原油安が隠すジレンマ」です。

賃上げや実質賃金についての分析記事で、正しい現状認識につながる秀逸な記事です。





 年が明け、安倍晋三首相は「今年こそ力強い実質賃金の上昇を」との思いを新たにしているだろう。アベノミクスの成否を握る焦点だからだ。

 アベノミクスは(1)異次元緩和がもたらす円安によって輸出企業の収益をまず押し上げる(2)賃金増や投資増を誘発する(3)やがて家計や中小企業にも恩恵を行き渡らせる――という「トリクルダウン(浸透)」の戦略だ。

 昨年の景気停滞は(2)でつまづいた結果だが、「すべて消費増税のせい」との声も多い。名目の賃金は増えたが、昨年4月の消費増税などが物価を押し上げ、物価変動を除いた実質でみると賃金の減少が続いたからだ。

 増税から1年たつ4月以降、実質賃金は前年同月比で上がりやすくなる。浸透の効果はこれから、という見方もできる。

 では、アベノミクスの中核である円安が実質賃金を押し下げているとしたら、どうだろうか。

 実質賃金の変化は、労働生産性、労働分配率、交易条件という3つの要素に分解できる。

 賃金は、主に働く人一人ひとりが国内にどれくらいの「もうけ(国内総生産=GDP)」を生むか(労働生産性)、そのもうけがどのくらい働く人に回るか(労働分配率)で決まる。そこに交易条件も加わる。

 交易条件は輸出物価を輸入物価で割ったもので、輸出物価が下がり輸入物価が上がるほど悪化する。交易条件は1990年代以降、悪化が続き、実質賃金の押し下げ要因となった。輸出物価は企業が海外企業との価格競争に巻き込まれて下がり、近年は国際商品市況の高騰が輸入物価の上昇を通じ企業収益を圧迫した。

 ここで円安である。みずほ銀行の唐鎌大輔チーフマーケット・エコノミストは「輸入物価を押し上げるため、円安にするほど交易条件は悪化し、実質賃金の押し下げ要因になる」と指摘する。

 円安による企業収益の拡大が生産性や分配率の上昇につながれば、実質賃金を押し上げる可能性はある。それでも必ず交易条件の悪化がつきまとい、良い効果を打ち消す方向に働いてしまう。アベノミクスが根本的に抱えるジレンマだ。

 最近の交易条件には改善傾向がみられる。円安による負の影響は続いているものの、原油安が、円安の影響を打ち消す勢いで輸入物価を押し下げているからだ。

 富士通総研の経済研究所エグゼクティブ・フェロー、早川英男氏は「さらに円安が急速に進まない限り、原油安が実質賃金の上昇をもたらし、個人消費の回復を促す」とみる。同時にこう付け加えるのも忘れない。「金融緩和でも成長戦略でもなく、あくまで原油安という神風のおかけだ」

 結果オーライという考え方もあるが、要は「運に賭ける政策運営」(みずほ銀の唐鎌氏)だ。日銀による異常な量の国債購入など、政策を続けるコストは小さくない。アベノミクスで原油価格を動かせるのなら話は別だが、原油安がなくても機能するよう政策の枠組みを見直す視点も必要だ。

(編集委員 大塚節雄)

2014/12/14 本日の日本経済新聞より「けいざい解読 消えていた「円安で輸出増」 国内投資促す改革を」

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の総合・経済面にある「けいざい解読 消えていた「円安で輸出増」 国内投資促す改革を」です。





 円安基調が続くなかで輸出が持ち直しの兆しを見せ始めた。10月の輸出数量指数は前月比2.1%上昇し、約2年半ぶりの水準を回復した。円安は輸出数量を押し上げ続けるのか。経済学者やエコノミストの間では懐疑的な見方が根強い。

 「企業が好調な収益を積極的に使っていくことが重要だ」。11月下旬、日銀の黒田東彦総裁は輸出企業が多い名古屋市内で開いた記者会見でこう訴えかけた。

 大幅な円安が輸出企業の収益を押し上げたのだから、国内の設備投資や雇用の拡大でもっと経済全体に還元してほしいとの思いを込めた発言だ。裏を返せば「円安でも輸出数量は横ばい圏内が続いている」(黒田総裁)との焦りがある。

 いつから円安が輸出増に直結しなくなったか。バークレイズ証券の森田京平チーフエコノミストは「既に2000年代初めから日本企業は円安が進んでも輸出増のための値下げに動かなくなっている」と指摘する。

 それを映しているのが輸出物価だ。輸出国で実際に販売している価格である契約通貨ベースの物価と、円相場で換算した価格である円ベースの物価を比べると、2000年代初め以降、円相場の値動きで円ベースの物価が大きく動いても、契約通貨ベースの物価はほぼ一定の水準で推移していることが分かる。

 2000年代初めに大きく変わったのは、日本企業の国際分業体制が確立されたことだ。内閣府の調査によると、海外生産を行う製造業の割合は円高で苦しんだ1990年代に倍増し、2000年度に6割を突破。それ以降はほぼ6割台で推移しており、2000年代初めに国際分業が整ったことを示している。

 国際分業が整った企業は円安が進んでも安易に輸出を増やさない。国内生産を増やした分だけ、海外生産を調整しなければならないからだ。企業は物流や賃金のコストも含め、どこでどれだけ生産したら最適なのかを判断するため、円安が必ずしも輸出数量の拡大に直結しない。学習院大学の清水順子教授は「最近の輸出数量の拡大も円安による影響だけでなく、世界経済の好転で海外の需要が高まった影響が大きい」と分析する。

 円安が輸出増を通じた景気回復につながらなければ、輸入品や燃料の上昇といった円安による負の側面に焦点が当たり、企業や消費者の心理を悪化させかねない。

 円安を輸出主導の景気回復につなげるカギは成長戦略だ。国際分業を整えた企業でも、法人税減税や経済特区による規制緩和で国内で生産する魅力が大幅に高まれば、国内への投資を強化する動きが出てくる。外国企業の日本進出を促す効果も期待できる。

 円安で輸出収益が増えた企業が国内投資に振り向ければ、経済全体に波及を見込める。国内投資の拡大は、設備投資や雇用を押し上げるだけでなく、部品などの受注拡大で円安に苦しむ下請け企業や中小企業にも恩恵が及ぶ。日本に求められているのは、円安を生かす改革の実行だ。

(編集委員 小栗太)

2014/10/05 本日の日本経済新聞より 「けいざい解読 中国の先富論とアベノミクス 成長なしでは持続せず」

今日の日経注目記事は、日本経済新聞12版の3面(総合・経済)にある「中国の先富論とアベノミクス 成長なしでは持続せず」です。





 成長しなくても維持できる経済のしくみをつくるべきだとの議論がある。はたして「成長なし」の社会は可能なのか。

 5年ほど前、まだ2桁成長を続けていた中国を取材していたころ、不思議でならないことがあった。格差がものすごい勢いで広がっているのに、社会がわりあい安定していたことだ。

 中国人の研究者に尋ねてみると「なるほど」と思える答えが返ってきた。「経済全体のパイが大きくなるなかで格差が拡大するのは問題ない。貧しい人たちも以前よりは豊かになるからだ」

 当時の中国で、1に近づくほど格差が大きい「ジニ係数」は、社会不安を招くおそれがある警戒ラインの0.4を大きく上回っていた。

 同じころ、日本のジニ係数は中国よりはるかに小さい0.3強にすぎなかった。社会の安定を十分に保てるはずなのに、派遣社員の大量解雇などで格差は大きな政治問題になっていた。

 中国との違いは何か。先の研究者なら、日本の状況をこう説明しただろう。「経済のパイが大きくならないなかでの格差拡大は許されない。低所得者の給料は、ますます少なくなるからだ」

 中国には、格差への不満を抑える理論もあった。鄧小平氏が掲げた「先富論」である。

 沿海部がまず稼ぎ、豊かになる。経済のパイが大きくなったところで内陸部の貧しい人たちにも富を分配する。そんな2段階の発展戦略だ。

 安倍晋三首相のアベノミクスは、先富論と似ている面がある。

 大胆な金融緩和は物価や資産価格を押し上げる。資産を持つ高所得者は株や土地の値上がりで潤う一方、低所得者は物価の上昇で生活がむしろ苦しくなる。

 それでも「しばらくすれば成長戦略が軌道に乗り、経済全体のパイが大きくなる。給料も上がるから、それまでは待ってほしい」と訴えるのがアベノミクスである。

 先富論もアベノミクスも、持続的な成長を前提にしている。

 2010年に10%台だった中国の成長率は、7%台半ばまで鈍った。この間、ジニ係数は高止まりしたままだ。先富論の第1段階はうまくいったが、格差を縮める第2段階が成功するかはおぼつかない。

 中国では00年に約4万件だった政府への抗議活動が、いまは20万件を超えるとの推計もある。日本国際問題研究所の角崎信也研究員は「格差が開いたままで中国経済の減速が続けば、将来、大きな社会不安につながるおそれがある」と話す。

 フランスの経済学者、トマ・ピケティ氏は近著「21世紀の資本論」で、株式など資本からの収益率は長期的には経済の成長率を上回ると指摘した。この論に従うと、資本を持つ人と持たない人との格差は広がる。問題は成長しなければ、貧しい人たちがいまよりも貧しくなることだ。

 そうなったら、先富論もアベノミクスも破綻する。民主主義の日本では「約束と違う」との怒りが選挙の結果となって表れるはずだ。安倍政権が成長を追い求め続けるゆえんである。

(政治部次長 高橋哲史)

2014/03/02 本日の日本経済新聞より 「けいざい解読 アベノミクスの通信簿 「良い物価上昇」みえず」

今日の日経注目記事は、日本経済新聞14版の3面(総合・経済)にある「けいざい解読 アベノミクスの通信簿 「良い物価上昇」みえず」です。





 2014年も、はや2カ月が過ぎた。アベノミクスの2年目は軌道に乗るのか。1年目の通信簿ともいえる13年の国内総生産(GDP)を眺めながら、課題を探った。

 12年12月に始動した安倍晋三政権。ふだん暦年のGDP統計は注目されないが、13年の実績は政策運営を評価する格好の材料といえる。

 物価の動きを調整した実質のGDPは前年から1.6%増え、525兆円強となった。リーマン・ショック前の07年を上回り、いまの統計では最高の水準だ。伸びた分の大半は個人消費と公共投資だけで説明できる。第1の矢である大胆な金融緩和は円安や株高をもたらし、家計の消費意欲を刺激した。第2の矢である公共投資も大きく伸びた。一定の評価はできるだろう。

 むろん満点とはいえない。円安や公共投資は企業収益を大きく押し上げたが、GDPで見た企業活動はさえなかった。円安でも輸出の数量があまり伸びなかったことは実質GDPで一目瞭然だ。膨らむ輸入に押され、純輸出(輸出マイナス輸入)はGDPの減少要因になった。企業の設備投資も不振だった。

 デフレ脱却をめぐる評価も難しい。物価の動きを総合的に示すGDPデフレーターは16年連続のマイナスとなった。

 「デフレは終わった」との声も聞く。たしかに円安による輸入品の値上がりを起点に、13年の消費者物価指数(生鮮食品を除く)は5年ぶりに上昇した。問題は中身。輸入物価の上昇が経済を圧迫する状況では、消費者物価が上昇してもデフレーターは下落しやすい。

 GDPは消費や設備投資などの内需に、国内でつくって海外に売った輸出を加え、海外で生み出された輸入を差し引く。GDPデフレーターも輸入物価の変動は除外される。輸入物価の上昇は国内ですべて転嫁されない限り、デフレーターの押し下げ要因となる。

 国内で企業や家計の活動がうまく回転し、家計の所得が伸びる。自然と物価の上昇を受け入れやすくなっていく――。そうなって初めてGDPデフレーターの持続的な上昇が見込める。「国内発インフレ」の指標と呼ばれるのは、このためだ。

 円安の物価押し上げ効果はいつか途絶える。景気の自律回復に根ざした「良い物価上昇」にならないと、デフレに逆戻りする。2年目のアベノミクスが抱える宿題だ。

 日銀は今年後半に良い物価上昇に移行するシナリオを描くが、4月の消費増税後の消費動向を含め、先行きの不透明感は強い。見通しに狂いが生じた場合には追加の金融緩和が選択肢になる。だが成果が一段の円安だとしたら、経済を圧迫する悪い物価上昇しか生まない懸念をはらむ。

 王道は第3の矢である新たな成長戦略づくりを急ぐことだが、即効性に欠ける。残るは第2の矢。BNPパリバ証券の河野龍太郎チーフエコノミストは「安倍政権は年半ばに財政出動に動く」と読む。財政で景気をけん引する試みは、国の借金を膨らませるだけに終わった過去と二重写しになる。良い物価上昇への確かな展望は描けない。

(編集委員 大塚節雄)