カテゴリー別アーカイブ: こころ

こころの健康学 問題縦に並べ 一番前に集中 2017/9/4 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞のこころ面にある「こころの健康学 問題縦に並べ 一番前に集中」です。





 来週は自殺予防週間だが、自殺対策の講演会で何度かご一緒した気象キャスターでエッセイストの倉嶋厚さんが8月に亡くなった。93歳だった。倉嶋さんは妻を亡くした後に深刻なうつ病になり、自ら命を絶とうとしたこともあったという。そのときの苦しい体験をもとに書いた著書『やまない雨はない』がベストセラーになり、精力的に講演もこなしていた。

イラスト・大塚いちお

 倉嶋さんの著作や講演は、体験の裏づけがあるのでとても説得力があり、聴衆に力を与えるものだった。なかでも、悩んでいるときには問題を縦に並べるという助言はわかりやすく、すぐにでも実践できるので、私の講演でも紹介することが多い。

 倉嶋さんは子どもの頃、あれこれ考えて悩むことが多かったらしい。それを見ていた父親が、問題を縦に並べて取り組むとよいとアドバイスしたという。

 悩んでいるときは一般に、複数の困りごとを抱えていることが多い。その複数の問題を横に並べてあれこれ考えている。しかし、それではひとつの問題に集中できない。こころの力が分散して効率的に問題に取り組むことができなくなるからだ。そうすると焦る気持ちが強くなって集中力が落ち、ますます問題に取り組む力が失われていく。

 そのようなときには、問題を縦に並べて、一番前の問題から取り組むとよいという。そうすればそのひとつの問題に力を集中できて、問題を解決できる可能性が高くなる。それが自信を生み、次の問題に取り組むことができるようになる。じつに実践的な教えで、私自身も生活のなかで悩んだときに使わせてもらっている。

(認知行動療法研修開発センター 大野裕)



こころの健康学 怒り 瞬間的な反応抑えて 2017/7/10 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞のこころ面にある「こころの健康学 怒り 瞬間的な反応抑えて」です。





 ここのところ何回か、乗客同士のトラブルで電車が遅れる体験をした。満員電車の中で皆、気が立っているのかもしれない。何かのきっかけで怒りに火がつき、それが相手に怒りの反応を引き起こし、いわゆる乗客トラブルに発展したのだろう。

イラスト・大塚いちお

 じつは私も、電車の中のちょっとした出来事で腹立たしく感じることが少なくない。隣に立つ人のバッグが体に触れたり、駅で扉が開いたときに急いで出ようとする人にぶつかられたり、ほんのささいなことでもイラッとする。

 混雑ストレスという言葉があるが、私たちには安心できる個人的な空間があり、その中に侵入されるとストレスを感じやすくなる。ささいなことでも大きな問題のように感じ、強く反応してしまうことになりやすい。

 しかし、そこで相手に怒りをぶつけても良いことはない。相手の怒りを引き出すことになるだけだ。一般に人間関係では気持ちが伝染しやすく、怒りのようなネガティブ感情は相手に同じ反応を引き起こしやすいことがわかっている。情緒的な態度は相手に同じ反応を引き出す傾向があるのだ。

 だから、怒った表情になったり、きつい態度を取ったりすると、相手も同じように怒った表情になり態度がきつくなる。お互いの怒りの感情が高まり、衝突につながる。

 そうしたときには、自分の反応を少し遅らせるように工夫してはどうだろうか。瞬間的な反応は感情に流されていることが多い。だから、サーフィンのようにその感情の波をやり過ごして、その上で次の行動を考えるようにすることが役に立つ。

(認知行動療法研修開発センター 大野裕)



こころの健康学 目を閉じ10分、疲れ癒やす 2017/4/3 本日 の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞のこころ面にある「こころの健康学 目を閉じ10分、疲れ癒やす」です。





 日本の高校生は、他の国の高校生と比べて、授業中居眠りをすることが多いという調査結果が話題になった。しかし、振り返ってみると、私も高校生時代に居眠りをよくしていたので、この問題は今に始まったことではないのかもしれない。

 調査を報告した記事のなかには、居眠り対策として、講義中心の座学による授業ではなく、参加型の授業に変えていってはどうかと提案しているものもあった。たしかに生徒たちも、自分が授業に積極的に参加できれば眠気がとれるだろう。

 もうひとつ役に立つのが昼寝だ。昼食後に短時間の昼寝をすると眠気がとれて、午後の作業がはかどることがわかっている。私たちの眠気は12時間周期で強くなるとされている。そのピークが午前2時と午後2時だ。そのため午後2時の前に昼寝をすれば眠気がとれる。

 ただ、眠りが深くなると、起きた後にだるさが残ってしまう。そうならないようにするには、眠る時間を短くするのがよい。眠りが深くなる前に起きるのだ。昼寝の時間は10分から15分、長くても30分以内にしなくてはならないとされている。それも座ったまま眠った方がよい。これも、深い眠りに入らないようにするためだ。

 さて、このように昼寝が良いと言われても、そう簡単に昼食後に眠ることができない人もいる。その場合は、静かに目を閉じて椅子に座っているだけでも疲れがとれる。私たちは多くの情報を目を通して受け取っている。目を閉じることでそうした情報から距離を置くことができ、疲れがとれてくる。

(認知行動療法研修開発センター 大野裕)



英語と向き合う 鳥飼玖美子さんに聞く 自分の言葉で思い伝える 学びたい時が好機 2016/06/11 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞のこころ面にある「英語と向き合う 鳥飼玖美子さんに聞く 自分の言葉で思い伝える 学びたい時が好機」です。





 いまの英語教育は方向が間違っている

 英語教育研究者の鳥飼玖美子さんが今年2月に出した「本物の英語力」(講談社)が版を重ねている。英語を話せる人たちが社会的に優位に立つ「英語格差」の広がりを指摘し、新たな発想に基づいた英語学習法を提唱する。

 「『英語格差』。嫌な言葉ですが、残念ながらこれは現実です。背景にはグローバル化を受けた学校の英語教育の混乱があります。かつての英語教育は、読み書きはできても、話せない、聞き取りができないのが欠点とされていました。『使える英語』をと、学習指導要領が改訂され、1993年から学校英語教育は、話す、聞くに重点を置いたオーラルコミュニケーションに力を入れることになりました。ところが、発音や聞き取りは多少良くなったものの、読み書きの能力は落ちています」

 「帰国子女やバイリンガルがもてはやされますが、幼いときに米国で生活して身に付けた英語がそのままビジネスなど社会の場で通用するかと言えば違います。いまは生活でも仕事でもメールでのやり取りが多くなってきましたから、話し言葉だけでなく、読み書きがより重要になっています」

 「英語は『国際共通語』なのだと言い続けています。英語は母語ではなく、第2言語という人たちとコミュニケーションに使うための言語なのです。英語とは聞こえないような発音や、間違いだらけの文法ではコミュニケーションは成立しませんが、英語が母語のネイティブスピーカーのように話す必要はまったくありません」

 国を挙げて取り組んでいる「グローバル人材の育成」に疑問を呈する。

 「外交交渉や海外商談で負けないよう、英語でのコミュニケーション能力を高めようということなのでしょう。英語力が付けば国際競争力が高まると思っている。しかし、これは大きな勘違いです。言い負かされてしまうのは、なにも日本人の英語力が不足しているからではありません。姿勢の問題なんです」

 「相手と粘り強く意見を戦わせていく。日本人はこれが苦手です。あきらめが早い。徹底的にやりあうことはしない。あきらめの早さは私が同時通訳をしていたときに常に感じました」

 「奥ゆかしさは日本の文化なのかもしれません。すばらしいと思います。しかし、自己主張を良しとする文化で育った人たちとやりとりをする場合には、弱みになります。日本の教育では、説き伏せる、反論するといったことを学んでいません。英語力が高まっても、こうした姿勢が身に付いていなければ勝てません。英語が流ちょうに話せるからといって、それがそのまま世界に通用する人材とはならないのです」

 英語を「草の根交流」の道具にし、思いを伝える

 「外国語は生涯学習であり、私はいまだに学んでいます」と鳥飼さんは言う。習得は容易ではない。自分の学習歴を振り返り、「挫折」の2文字が浮かんでくる人もいるだろう。

 「学生ならばともかく中高年以上では、英語で苦労するのはもうたくさんという方もいるかもしれません。仕事で必要ならばともかく、普通に生活していれば、英語はいらないと。でも、これからの人生で英語との思わぬ出合いがあるかもしれない。いまや海外から年間2000万人を超える人たちが日本を訪れる。2020年には東京オリンピック・パラリンピックがあり、異文化・異言語との接触は避けられない。英語と無縁の生活を送ろうとしても難しいのではないでしょうか」

 「先だって米国のオバマ大統領が広島を訪問しました。米国では原爆投下が戦争終結を早めたと教えられそう信じ込んでいる人が多い。しかし、日本人としてはとても納得はできないでしょう。日本人の考えは違う。米国人と話す機会があったら、そう英語で伝えたいと思いませんか。日本人が英語を学ぶのは、外国人に自分の意見や考えを伝える、日本について理解してもらうところに意味があるのではないでしょうか。草の根交流ですね」

 英語と無理なく付き合っていくにはどうすればいいのか。

 「まず発想を変えましょう。ネイティブスピーカーを目指すのではなく、自分が主体的に使える英語を身に付けることを目指すのです。文法の基本を守り、わかりやすく、ゆっくり、はっきり話す。相手の英語が分からなくても、自分が悪いと思わない。『早すぎてわからない』などと正直に伝えればいい。逆に話していて単語が出て来ないときは『ちょっと待って』と言えばいい」

 「世界中の人がお国なまりの英語を使っています。国際共通語はそれでいいんです。コミュニケーションは双方が努力して成立するもの。完璧主義は捨てましょう」

 「年齢も関係ない。『いまさら』ということはありません。特にいまの50代以上の方々は既に学校できちんと文法を学んでいる。自身が思っている以上に英語の基礎能力は高い。インターネットの時代、多様な学び方ができます。『やりたい』と思ったときが、始めるときです」

(シニア・エディター 大橋正也)

 とりかい・くみこ 東京生まれ。上智大学外国語学部卒業。英サウサンプトン大学大学院博士課程修了。立教大学教授などを経て中央教育研究所理事。NHK Eテレ「ニュースで英会話」の監修・講師を務める。著書に「英語教育論争から考える」「戦後史の中の英語と私」「国際共通語としての英語」など。



こころの健康学 思い込みの怖さ 物差しの違い気づけず 2016/05/29 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の日曜に考える面にある「こころの健康学 思い込みの怖さ 物差しの違い気づけず」です。





 最近、働く人のパフォーマンスの向上やメンタル不調の予防を目的に活動しているビジネストレーナーの人たちが講話のなかで、マルハナバチを引き合いに出しながら「思い込み」の力について話をすることが多いと聞いた。

 その話を聞いて知ったのだが、マルハナバチは、航空力学の理論では飛べるはずがないと考えられていたという。もしマルハナバチが、自分は空を飛べないと考えていたとすれば、とうてい飛ぶことはできなかっただろう。いや、空を飛ぼうという発想さえ出てこなかったかもしれない。

 逆にいえば、自分は空を飛ぶことができないはずだという航空力学の理論を知らなかったからこそ、マルハナバチは空を飛ぼうとしたし、実際に飛ぶことができたのだ。

 私たちは、思い込みによって、本来ならできることをできないと考え、せっかくの可能性をつぶしてしまっていることがよくある。

 同じ「飛ぶ」という現象でも、飛行機のように羽が固定されている物体が揚力を使って飛ぶ場合と、マルハナバチのような昆虫が羽を自在に動かして空中を飛ぶ場合とでは、飛ぶメカニズムが違っているという。そもそも飛行機とマルハナバチとでは大きさが全然違う。そこにも、メカニズムの違いが隠れている。

 思い込みの怖さは、すぐにわかる幾つもの違いに気がつかないままに全く違う物差しで判断して、結論を決めつけてしまっているところにある。一方的な思い込みから解放されれば、私たちは、自分本来の力を発揮できるようになる。

(認知行動療法研修開発センター 大野裕)



こころの健康学 若者による自殺対策 無理に話さなくていい 2016/04/24 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の日曜に考える面にある「こころの健康学 若者による自殺対策 無理に話さなくていい」です。





 私が協力している新宿区の自殺対策の担当者が交代になると連絡を受けた。熱心な担当者だっただけに残念な思いがしたが、この時期、人事異動はやむを得ないことなのだろう。

 その担当者らと昨年取り組んだテーマのひとつに若者対策がある。都市部では若い人が自ら命を絶つことが増え、死因のトップにもなっている。対策を考えようと、若者を中心にした検討チームが発足した。

 この検討会での体験は新鮮だった。いま考えれば当たり前のことだが、私や自治体の職員が考える対応策と、若者が考える対応策がかなり違っていた。私たちが提案するアイデアでは若者の心はつかめないと、何度もだめ出しを受けた。そうした議論を通してできあがったのが、「一人で悩んでいるあなたへ」という二つ折りのリーフレットだ。

 表紙には「何を話しても大丈夫」とか「話すだけで、少し楽になれた」といったメッセージが書かれている。一人で閉じこもって悩んでいる若者へのメッセージだ。一方で「無理に話さなくてもよい雰囲気に救われた」という言葉も載っている。私たちは若者に、相談をするように無理強いしがちだ。何でも口にして相談しなければならないというプレッシャーを感じさせすぎるのも問題なのだ。

 リーフレットには、自ら命を絶ちたいと考えるほど悩み、それを乗り越えた若者の体験が載っている。悩みを乗り越えた同世代の若者の存在や工夫を知ることが先に進むエネルギーになればと考えてのことだ。若者が中心になって作っただけに、とても良いものができたと私は考えている。

(認知行動療法研修開発センター 大野裕)



こころの健康学 将来の自分を見つめる 失敗を糧に 2015/12/13 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の健康面にある「こころの健康学 将来の自分を見つめる 失敗を糧に」です。





 日本ポジティブサイコロジー医学会の学術集会が先日、都内で開かれた。心理的要因が遺伝子の働きに与える影響や大規模な疫学調査など学術的な講演が多かったが、生活の中で生かせる話も聴くことができた。

 印象的だったのが、北京五輪の陸上男子400メートルリレーで銅メダルに輝いた朝原宣治氏の講演だ。自分の体験をもとにメダルを取るまでになった経緯を紹介したが、その道は決して平たんではなかったという。

 とくに実力トップに近づいたときの疲労骨折は精神的にもショックだったそうだ。足に痛みを感じていたが、そのまま練習を続けて骨折してしまった。もっと早く変調に気づくべきだったと自分を責めたこともあったと思うが、朝原氏はその「失敗」を糧に、さらに成長していった。

 それは、自分は一流選手になりたいというしっかりとしたイメージができていたからだという。何か問題が起きたとき、私たちはつい目の前の問題に目を奪われがちになる。そのとき、同時に将来の自分に目を向けることが、先に進んでいくために大事なのだ。

 朝原氏は一般社団法人アスリートネットワーク(大阪市)という組織で、若い人たちの指導に当たっている。朝原氏のこころに触れることも、若い人たちの財産になることだろう。

 じつは、講演の途中で流すはずだった五輪の映像が、機械の不調でうまく流れなかった。担当者が頑張ってようやく最後に映像が流れたが、話を聴いた後だけにさらに感動的だった。失敗は失敗に終わらないということを学会会場で経験できた。

(認知行動療法研修開発センター

大野裕)



共生社会とは何か 村木厚子さんに聞く 変わらぬ自分、変わる立場 「選手交代」は一寸先 2015/11/14 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞のこころ面にある「共生社会とは何か 村木厚子さんに聞く 変わらぬ自分、変わる立場 「選手交代」は一寸先」です。





 人はある日突然、一瞬で支えられる側にもなる

 村木厚子さん(59)ほど、本人が望んだわけでもないのに国家権力の非情有情を味わった人は少ない。ある日、うそ、虚構をもとに「郵便不正事件」で逮捕され、不条理きわまりない立場に立たされる。疑いが雲散霧消すると、一転して筋を曲げなかった姿が尊敬を集め、国家予算の3割、30兆円を扱う厚生労働事務次官を任される。怒とうのような日々の中で、村木さんは「支えること・支えられること」を深く考え抜いていた。

 「裁判で無罪が確定し、1年3カ月の起訴休職が明けて与えられたのは、内閣府の共生社会担当政策統括官の仕事でした。部下の参事官には、子ども政策や自殺対策など個別テーマがありますが、私にはありません。頭で共生社会とは何なのだろうと考え始めた時、拘置所での体験が浮かび『こういうことか』と思い当たりました」

 「拘置所では、家族と話すにしても裁判を戦うにしても、誰かの力を借りねばなりません。昨日までは厚労省の一員として自分は人を支える側だと思っていたのに、一瞬にして、一晩にして、弁護士など誰かの力に頼らねば何もできなくなったのです。自分にもそういう時が訪れる。人には支える側と支えられる側がいるという考え方は間違いで、いつでも選手交代になる。しかもある日突然そうなるということを知りました

 「私は収監中、自分に『自分は変わったのか』と『自分は失ったのか』の2つの質問をしました。最初の質問の答えはノーです。今回のことは周りが間違っている。2番目については、失ったものはあるだろうけど支援者もたくさんいる。私はこんなにも持っていたんだ、というのが答えです。この自問自答はものすごく支えになりました。自分は変わらなくても、あるときは助けられる立場になる。それが共生社会なのだ、と腹の底から実感できたのです

 「無実でも裁判の勝敗は不明です。不安の中で自分を保てたのは、考えても仕方がないことは横に置いておく知恵があったからです。同じことが頭の中でぐるぐる回らないようにしたのです。これは子育てをしながら共働きしてきた経験によるもの。仕事が忙しい時、急に子どもが保育園で熱を出して呼び出されるなどの事態は次々に起きました。そんな時、今やれること、明日できること、他の人がいればできることに分類し、紙に書いて考えました。まず今できることに手をつけると落ち着くことを、知っていたのです

 公務員の仕事は、国民のニーズをくみ取る「翻訳家」

 内閣府から厚労省に戻り、社会・援護局長として生活困窮者自立支援法の実現に力を尽くす。そして事務次官に。この間、法制審議会特別部会で取り調べの可視化の必要性などを説いた。厚労省という巨大組織を動かしながら、検察機構という巨大権力の改革にも力を貸した。

 「事件のあと、検事総長経験者など何人もの検察庁幹部だった人に『ありがとうございます』と言われました。その意味は、私の経験したようなことがないと、検察は変われなかったということです。法改正で、可視化などの仕組みは実現できそうですが、検察の変革には、法改正に加えて、国民とマスコミの監視が不可欠です。ただマスコミはときに、検察のストーリーを広める役割を果たしてきました。マスコミが変わる仕組みはあるのでしょうか」

 「検察官の調べで腹が立ったのは、検察官は私が部下や障害者団体に対する悪口を話したかのように、調書を自分のストーリーに沿って書いていたことです。別人格の調書なので署名できないと強く抗議し、書き直してもらいました。怒りから泣いたのは、検事に『有罪でも執行猶予がつけば大したことではない』と言われたときです。入省以来、ずっと公務員として信用を大事にして仕事をしてきたのです。執行猶予がつけば大したことがないという考え方はありえない。『そんな普通の感覚が分からないのは職業病です』と反論しました」

 「私は、学生の時先生から聞いた『公務員は翻訳家である』との言葉に心を引かれています。国民のニーズを制度や法律に置き換える翻訳こそ、公務員の仕事という意味です。ニーズを感じ取る感性、そして解決する企画力が重要だと若い人には言っています。最近は説明力も必要と思っています。いくら良い制度をつくっても、わかってもらえなければ使われないからです。とはいえ、パーフェクトな制度はつくれないものです。ニーズがあっても救われない人が出てくる。どこかで無視してしまうことになる。これを『仕方ない』と職業的に割り切ってしまうことは、ものすごく危ないと思っています。仕方がないというマイナスの巨大化こそ、組織にとって最も始末に負えないことです」

 「もちろん自分が(生活困窮者自立支援法などの)法制度をつくった時にも調整や妥協はありました。復職後は、そんな場合でも柔軟に物事の整理ができるようになりました。これは先に述べた『支えること・支えられること』を、お互いさまと考えるようになった経験が生きたのだと思っています」

(シニア・エディター 礒哲司)

 むらき・あつこ 1955年高知県生まれ。高知大学文理学部卒、78年旧労働省入省。99年女性政策課長、旧厚生省と統合後の2003年に障害保健福祉部企画課長。08年に就いた雇用均等・児童家庭局長時代に、郵便不正事件で逮捕され、164日間勾留されるが、10年無罪確定。13年厚生労働事務次官。15年10月に退任。



こころの健康学 患者の平穏映した笑顔 表紙写真の展示会 2015/08/09 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の日曜に考える面にある「こころの健康学 患者の平穏映した笑顔 表紙写真の展示会」です。





 先日、日本うつ病学会の学術集会を都内で開いた。テーマは「うつ病とこころの健康環境」としたが、それは、うつ病を単なる脳の病気としてだけでなく、社会的な環境の影響を受けるこころの状態として考えていきたいと思ったからだ。

 そのために専門家だけでなく、精神疾患を持った人や家族、一般市民、地域の保健担当者やマスコミ関係者、国会議員と、多彩な人たちに講演をお願いした。そして「こころの元気+」という雑誌の表紙の展示会も企画した。この雑誌は、精神疾患を持った人たちが中心になって執筆し、発行している。表紙にはそうした人たちがモデルとなった写真が掲載されている。

 創刊から8年、100号にまでなったのを記念し、創刊号からの表紙をすべて展示してもらった。会場に足を運ぶと「モデルは精神疾患をもつ人たち。でも、健康な人たち。」というキャッチコピーと、100人を超す表紙モデルの笑顔の写真が目に飛び込んできた。

 展示会の主催者たちは、表紙の撮影のときの体験からこのキャッチコピーを考えついたそうだ。カメラを前にして、表紙モデルの人たちは、最初は緊張しているが、次第に緊張が解けてくる。写真家は、その様子を見ながら趣味や恋愛、タレントの話題など、表紙モデルが興味を持っていることを中心に会話を進め、その中で生まれた笑顔の瞬間を上手に切り取っていく。

 「写真家が関心があるのは、病気ではなく笑顔なんです」という主催者の話は印象的だった。病気の有無に関係なく、私たちのこころの健康な部分の存在を感じさせてくれた。

(認知行動療法研修開発センター

大野裕)



こころの健康学 言葉の美 生徒へ伝わる 吃音の国語教員 2015/07/19 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の日曜に考える面にある「こころの健康学 言葉の美 生徒へ伝わる 吃音の国語教員」です。





 自分が置かれている状況を冷静に見直すと、問題解決の手がかりが見えてくる。問題が起きたときには、その問題に目を奪われてしまって、視野が狭くなりがち。だがそうしたときこそ、自分にとって何が大事かを、あらためて考えてみるとよい。

 ずいぶん前になるが、吃音(きつおん)の人たちの全国組織、日本吃音臨床研究会の合宿で、認知行動療法について解説したことがある。その後、参加者の一人とロールプレイをした。

 その人は国語の教員で、授業中に絵本の読み聞かせをしたときの話をした。途中まではスムーズに読めたそうだが、クライマックスでどもって読み進められなくなった。生徒たちはざわついた。動揺して、「こんなことをしなければよかった」と考えたという。

 話を聞いて、わたしもつらくなった。一方で、その人がなぜ国語の教師になり、読み聞かせをしようと考えたのか、疑問に思った。吃音の人にとって最も苦手な職業を選択しているように思えたからだ。たずねてみると、子どもの頃から吃音に苦しむなかで言葉の美しさを感じるようになり、教師として伝えたかったからだと答えた。

 あらためて読み聞かせの現場の話を聞くと、教室は騒がしくなったが、子どもたちがその教師を批判することはなかった。むしろ言葉について考える雰囲気が出ていたことがわかった。スムーズに読み進められなかったという問題はあっても、言葉について考えてほしいという最も大切な思いが、子どもに届いていたことがわかって、その人のこころは軽くなった。

(認知行動療法研修開発センター 大野裕)