カテゴリー別アーカイブ: オピニオン

中外時評 中国で進化する「真昼の暗黒」上級論説委員 飯 野克彦 2018/4/26 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞のオピニオン面にある「中外時評 中国で進化する「真昼の暗黒」上級論説委員 飯野克彦」です。





 「電視認罪」という中国語がある。直訳すれば「テレビ自白」。より正確に意味をくみとるなら「テレビを通じて罪を自白すること」といったところか。

 具体例をあげてみたい。2016年7月6日、中国国営の中央テレビ(CCTV)は、中国大陸の禁書を主に扱う香港の銅鑼湾書店の店長だった林栄基氏が「私は中国の法律の条文に違反した」と語る様子を放映した。

 映像は、禁書を持ち込み販売した疑いで林氏が当局の取り調べを受けていたときのもの。CCTVが流したのは、刑事事件の容疑者が裁判を受ける前の段階で「自白」する映像だった。「電視認罪」の典型的なパターンである。

 被告が公判のなかで罪を認める様子を、有罪判決が出たあとにテレビで放映するのは、中国では珍しくない。いわば見せしめとして、あるいは政治宣伝として。ただ、容疑者の段階での放映は最近になって目立ってきた現象だ。

 林氏と同じく銅鑼湾書店の幹部だった桂民海氏。人権派の女性弁護士として知られた王宇氏。人権擁護のためのNPOを運営していたスウェーデン人のピーター・ダーリン氏。世界的な関心を集めた彼らは、いずれも15年以降にカメラの前で「自白」する様子が放映されている。

 実際には、もっと早い段階から「電視認罪」があった。国際的な人権団体「セーフガード・ディフェンダーズ」が今月はじめに出した報告によれば、遅くとも13年には確認でき、これまでに少なくとも45件あったという。

 「自白」の背後には当局による強制と誘導がある。林氏や王氏、ダーリン氏らは後に、記者会見などを通じて「強制があった」と表明した。セーフガード・ディフェンダーズの報告では、ほかにも多くの人が証言している。身の安全のため公然とぬれぎぬを晴らせないだけだと。

 強制の手口はさまざまだ。王氏の場合、子どもが拘束されていわば人質にされ「電視認罪」に追い込まれた。睡眠を妨げたりなぐったり、拷問も珍しくないようだ。

 「自白」の内容もおぞましい。強制や拷問を受けたことを否定し、中国の司法は公正だとたたえる。共産党や中国政府に感謝を表明する。一方で友人や仕事仲間を批判し、自らの拘束に関心を示した海外の人権団体や外国政府について「中国の印象を悪くする下心がある」と非難する。

 いってみれば、共産党政権の政治宣伝の道具として使われ、一方で本人が築いてきた人間関係に自ら亀裂を入れるのである。自由になったあとも心に刻まれた傷がうずき続けている人は少なくない。

 近代社会では、刑事事件の容疑者や被告は有罪判決が確定するまでは無罪だと推定されるのが、基本原則だ。自白の強制や拷問は論外だ。「電視認罪」は、二重あるいはそれ以上の意味で近代法の基本原則を踏みにじる、深刻な人権侵害といえる。

 世界人権宣言や国際人権規約はもちろん、中国の憲法や刑事訴訟法にも違反する可能性が大きい。にもかかわらず公安部門とCCTVは公然と続けている。CCTV以外のメディア、たとえば香港の英字紙「サウスチャイナ・モーニング・ポスト」や華字紙「東方日報」などが当局に協力した例もある。

 注目せざるを得ないのは、「電視認罪」を確認できるのが13年以降だという点だ。習近平国家主席が最高指導者になった翌年である。

 習主席はトップに立った直後から「法治」を強調し、司法改革に意欲を見せてきた。「すべての司法案件で公正を感じられるようにする」と述べ、人権侵害の温床だった労働教養制度を廃止したこともあって、期待は高まった。

 実態は逆流といわなくてはならない。「電視認罪」が連想させるのは毛沢東時代の「人民裁判」であり、スターリン時代のソ連の「モスクワ裁判」だ。モスクワ裁判に材をとった有名な小説の題名を借りるなら、進化した「真昼の暗黒」が21世紀に出現した印象である。

 ほかでもない、やがて世界一の経済大国になろうかという国で。



FT トランプ氏が求める忠誠ワシントン・コメンテーターエドワード・ル ース 2018/4/23 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞のオピニオン面にある「FT トランプ氏が求める忠誠ワシントン・コメンテーターエドワード・ルース」です。





 トランプ米大統領いわく、米国は危機にひんしているらしい。「これは我が国への攻撃だ」と同氏は批判した。矛先を向けたのはシリアのアサド大統領が化学兵器を使ったとされることでもなく、ロシアによる元情報機関員の暗殺未遂事件でもない。米連邦捜査局(FBI)が9日、トランプ氏の個人弁護士マイケル・コーエン氏の事務所を捜索したことだ。

 コーエン氏は自ら認める通り、トランプ氏のためなら「ほぼ何でもやる」人間だ。大統領の不倫相手とされる元ポルノ女優に口止め料も払えば、ロシアや東欧でトランプ氏の事業の仲介役も務める。

 トランプ氏がここまで気をもんでいるのも無理はない。側近らが相次ぎ取り調べの対象となり、コーエン氏も今回、リスト入りした。フリン元大統領補佐官らと同様、コーエン氏も司法取引に応じる可能性が十分ある。

 追い詰められる度、トランプ氏は誰かをクビにする。目下の標的はコーエン氏の事務所の強制捜査を許可したローゼンスタイン司法副長官だ。同氏はモラー氏を特別検察官に任命もした。モラー氏を解任するには、まずローゼンスタイン氏を更迭すればいい。トランプ氏は過去に2度、モラー氏の解任を狙ったが断念した。もっとも、いずれ思い通りにするだろう。

 米国への攻撃の話に戻ると、危機はトランプ氏自身がもたらしている。同氏に解任されたコミー前FBI長官は、最近刊行された回顧録で、大統領が重視するマフィア的価値観について触れている。1980年代、自ら起訴したニューヨークのマフィアの家族を思い起こし、コミー氏はこう記した。「沈黙する同意の輪。ボスの完全なる支配」「忠誠心に関する規範に従い、全てに嘘をつくこと」

 この規範こそ、いまだにトランプ政権の幹部ポストが埋まらない理由だ。候補となり得る人はたいてい、大統領選挙などで「ネバー・トランプ(トランプ氏だけは絶対ダメ)」の立場をとってきた。トランプ氏の世界では、背信こそが許されざる罪だ。そのため、政権を去る幹部が後を絶たない。

 トランプ氏は共和党員の大半をこの規範で縛りつけている。同党の上層部は、もはや大統領を批判しようとしない。忠誠心か本心かの選択を迫られると、上層部は何があっても忠誠心を選んできた。ライアン下院議長は11日、11月の中間選挙に出馬しないと表明した。再選を目指さないなら、ライアン氏はトランプ氏の責任を問うこともできるはずだ。だが、多くの人は期待を裏切られるだろう。トランプ氏と関われば誰でもそうするように、ライアン氏は自分の倫理基準を下げてしまったからだ。

 トランプ氏周辺には今後、さらなる大きな試練が待ち受けている。大統領選中に民主党陣営のメールがハッキングされた疑惑に関し、モラー氏はまだ捜査を始めていない。トランプ氏の娘婿、クシュナー上級顧問の利益相反の疑惑や、トランプ陣営が内部告発サイト「ウィキリークス」と協力関係にあったという疑いについても手を付けていない。どれも深刻な事態に発展する可能性がある。

 モラー氏は人一倍厳格な人物だ。コミー氏によると、モラー氏は数年前に膝を手術した際、麻酔を断り、革ベルトをかんで痛みをこらえたという。米国がこの先の困難に立ち向かうには、そうした気概がもっと必要だ。

(19日付)



Deep Insight モラー特別検察官を守れ 2018/4/18 本日の日本経 済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞のオピニオン面にある「Deep Insight モラー特別検察官を守れ」です。





 「権力は腐敗を生む」と昔から言われているが、トランプ米大統領の場合は逆だ。いまだに信じがたいことだが、世界で最も古い民主主義国の一つが、決定的に倫理感に欠ける男を国家元首に選出してしまったのだ。トランプ氏は、自分の考えを隠そうともしなかった。家業を経営するのと同じように米国を運営すると約束した。つまり、縁故主義的、独裁主義的な統治をし、個人的な利益を優先して、ルールは軽視する。今、まさにその通りになっている。

■納税申告書の非公開を貫くトランプ氏

米大統領選でのロシアとトランプ陣営の共謀疑惑の捜査を指揮するモラー特別検察官は、着実にトランプ氏の周辺を埋めつつある=ロイター

 ホワイトハウスに最初に入った第2代大統領ジョン・アダムズは「少し善いことができたら」と「小さな野心」を持っていたが、トランプ氏は反縁故法を無視し、娘とその夫を重要なポジションに就かせた。自ら経営してきた「トランプ・オーガニゼーション」との利害関係は維持し、納税申告書については非公開を貫いている。大統領就任以降、3分の1の時間は、自分が所有する商業用不動産のいずれかで過ごしている。大統領は、米議会や司法、憲法に対して権力を行使することはできないと何度もくぎを刺されているが、その権限を持っている、もしくは持つべきだと主張し続けている。

 トランプ政権の閣僚は、同氏を見習ってかペテン師だらけだ。カーソン住宅都市開発長官が事務所のために3万1000ドル(約334万円)のダイニング家具を購入したのも、ジンキ内務長官が内務省に出入りするたびに同省の旗を掲揚、降納させているのも、プルイット環境保護局(EPA)長官が18人もの警護を抱えているのも、閣僚らがプライベートジェットを多用しているのも、虚栄心の強いトランプ氏をまねてのことだ。

■コーエン弁護士への捜査で「法の支配」と全面衝突へ

 トランプ氏が大統領を退任するまで、同氏がもたらす損害がしっかり検証されることはない。だが米連邦捜査局(FBI)が9日にトランプ氏の個人弁護士マイケル・コーエン氏の住居兼事務所を捜索したことで、トランプ氏はモラー特別検察官を解任しようとするかもしれないため、その影響、つまり米民主主義への打撃がいかほどかが判明するかもしれない。というのも今回の捜索へのトランプ氏の怒りを見ると、この捜索は同氏を「法の支配」と正面から衝突する方向に向かわせてしまったようだからだ。トランプ政権下でこうした事態が起きる可能性は、貿易戦争や軍事衝突が起きる可能性よりもともと高かった。

 米民主主義を汚すトランプ氏の行為を象徴する存在として、本人を除けばコーエン氏以上の人物はいない。トランプ・オーガニゼーションの弁護士として攻撃的な戦略を展開してきたコーエン氏は、トランプ氏の愛人に口止め料を支払ったり、記者を威嚇したりしたとされる。コーエン氏は米ニュースサイト「デイリービースト」の記者に「警告しておくが、気をつけて歩けよ。お前には最低なことをしてやる」と脅したと報じられている。コーエン氏は昨年、共和党全国委員会の財務副委員長に就任した。その頃には既に大統領選でトランプ陣営の顧問として「トランプのピット・ブル(闘犬)」という異名をとる原因となった戦術を政治においても駆使していることで知られていた。

 印象的なのは、CNNテレビに登場した時のことだ。トランプ氏の支持率低下の理由を尋ねられると、コーエン氏は「証拠を見せろ」と言いたげな能面のような表情を見せた。支持率が低い事実を受け入れようとせず、世論調査がそう示していると説明されても、「誰がそんなことを言っているのか」と何度も繰り返した。それはまさにトランプ流の現実否認だったが、全く説得力に欠ける反応だった。

 マンハッタンのホテルに構えるコーエン氏の住居兼事務所をFBIが捜査する原因になったとされる彼の企ても、米民主主義に打撃を与えたといえる。彼は、トランプ氏が大統領選で勝利する数週間前に元ポルノ女優のストーミー・ダニエルズ氏に口止め料を支払い、その証拠を隠滅しようとした。

 モラー特別検察官が捜査しているトランプ陣営とロシアとの共謀疑惑に比べれば、本件は取るに足らないことに思えるかもしれない。コーエン氏がステファニー・クリフォード氏(ダニエルズ氏の本名)に、トランプ氏と寝たことを口外しない代わりに13万ドルを支払ったことは、法的には問題ない。



中外時評 異形の技術大国、直視を論説委員 奥平和行 2018 /4/5 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞のオピニオン面にある「中外時評 異形の技術大国、直視を論説委員 奥平和行」です。





 IT(情報技術)企業のメルカリ(東京・港)で執行役員を務める青柳直樹氏は3月中旬、中国の上海に出張した。この半年の間に中国を訪れるのは4回目だ。「自動販売機やスーパー、シェア自転車の様子が来るたびに変わっている」と話す。

中国のスタートアップ企業が経営する無人コンビニ「猩便利」(中国・上海)

 2006年にゲーム開発会社のグリーに入社した青柳氏が、これまでIT分野の製品やサービスを開発するうえで手本としてきたのは、シリコンバレーを中心とする米国だった。11年から約3年間、米国に駐在した経験も持つ。

 だが、今、参考とするのは中国だ。メルカリの祖業である物品販売の仲介サービスを基盤に、金融事業を立ち上げる準備を進める。2月からは毎週10時間、中国語のレッスンも受け、代表を務める子会社の全社員を中国に派遣し視察させる制度も設けた。「生活者の視点でサービスを使わないと分からない」という。

 かつて「世界の工場」と呼ばれ、安価な労働力による大量生産を売り物にしてきた中国は、急速に変化している。政府は「大衆創業、万衆創新」(大衆の創業、万人のイノベーション)のスローガンのもと、新たな技術や事業モデルの創出に注力し、街の景色を大きく変えつつある。

 スマートフォン(スマホ)とQRコードを使った決済はその一例だ。アリババ集団や騰訊控股(テンセント)といった大手ネット企業がサービスを提供。屋台での支払いや路上で活動するミュージシャンの投げ銭もスマホでするようになった。「もう財布は持っていない」。上海に住むある日本人留学生はこう話す。

 スマホ決済を基盤とした新しいサービスも次々と生まれている。自転車をはじめとするシェアサービスや無人コンビニなどが代表だ。イノベーションを支えるベンチャー投資の規模は、16年時点で既に日本の10倍以上だった。人工知能(AI)の分野では新興企業への資金流入の規模が17年、米国を上回った。

 もちろん、米国や日本とは異なる軌跡をたどってきたことに注意も必要だ。市中でやたらと目につく監視カメラは、その現実を思い知らせてくれる。設置台数は中国全体で1億7千万台を上回るといわれ、AIを活用した画像認識を組み合わせれば高い精度で個人の特定が可能となる。

 これまでの常識と照らし合わせると監視や規制とイノベーションは相いれないが、中国経済に詳しい東京大学の伊藤亜聖准教授は「政治的な自由に制限があるからといってイノベーションが起きないと決めつけるのは危険だ」と指摘する。まず重要なのは、異形の技術大国となった隣人の姿を直視することだ。

 そのうえで、自らの成長戦略に中国を組み込むのは有力な手立てのひとつといえる。家電スタートアップ企業のCerevo(セレボ、東京・文京)から事業の一部を買い取ったパナソニック。セレボは開発や量産準備のスピードが速い深?のものづくり産業との結びつきが強く、この関係の取り込みを狙う。

 企業の時価総額や人材の層の厚さで先をいく中国のネット企業の知見を活用する手もある。イオンは子会社を通じて4月下旬、アリババ集団などが出資するAIの研究開発会社と合弁会社を設け、新技術を応用したショッピングセンターの開発に乗り出す。イオンの中国店舗に加え、外部にも技術を提供する予定だ。

 こうした取り組みで「技術をかすめ取られる」との声もあがるが、そうしないようにする参考例もある。ローソン出身で現在は無人コンビニ「猩便利」運営会社の最高執行責任者(COO)を務める福田暁村氏だ。ネット業界出身の創業者の誘いを受け、17年に転職した。運営会社は米有力ベンチャーキャピタル(VC)から出資を受けた。

 小売業界の経験が長い福田氏は「コンビニは変化に対応し続けることが重要で、仕組みは簡単にまねできない」と話す。運営会社の株式を一部保有するなど、長期にわたって経営に関与する体制も整えた。強みのある技術を武器に、持続性が高い関係を構築する。そんな姿勢がもっとあっていい。したたかさは中国だけのものではないはずだ。



FTロシアの不正蓄財止めろ 2018/4/2 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞のオピニオン面にある「[FT]ロシアの不正蓄財止めろ」です。





 ロシアは西側諸国の民主主義の敵だとよく評される。それは語弊のある言い方だ。あの国はプーチン大統領と取り巻きの新興財閥のためにあるようなものだ。

 悲しいことに、欧米にとってイデオロギー上の脅威は、主に我々自身に起因する。プーチン氏や仲間が富を手に入れられるのは、こちら側に倫理的な欠陥があり、我々がそれを黙認しているからだ。

欧米は合わせて130人超のロシア外交官を国外追放したが、ロシアの黒い資金の流れを止める効果は期待薄だ(中央はモスクワのロシア外務省)=AP

 とりわけ、米国と英国がそうだ。大半の民主主義国では、事業や不動産などの資産の受益者を明らかにすることが法的に義務付けられているが、米英は匿名での資産の所有を認めている。米財務省によると、米国では毎年、約3000億ドル(約32兆円)の資金が洗浄されている。一方、英国とそのオフショア金融センターには約1250億ドルが流れ込み、大半が野放しの状態だ。そうした資産を最も多く所有する外国人はロシア人だと専門家はみる。プーチン氏の個人資産は最低でも500億ドル、多ければ2000億ドルあるとされる。たとえ500億ドルだとしても、ほとんどの国連加盟国の国内総生産(GDP)を上回る規模だ。

 欧米による130人超のロシア人外交官の追放は、こうしたことへの対抗措置ともいえるが、現状を変える効果は期待薄だ。

 米英については動機を精査する必要がある。英国でのロシア元情報機関員の暗殺未遂事件は手口があまりに大胆で、無視できなかったのだろう。大胆な手口に及んだのは、この10年間に英国で少なくとも14人のロシア人の不審死事件が起きたのに、英政府はほとんど捜査しなかったためとも考えられる。亡命中の2013年に亡くなった新興財閥ボリス・ベレゾフスキー氏をはじめ、多くが自殺として処理された。12年に死亡した実業家アレクサンドル・ペレピリチニー氏も自然死と断定された。

 首相就任前のメイ氏が6年間率いた内務省は捜査に消極的だった。ペレピリチニー氏の遺体には心停止を引き起こす有毒植物ゲルセミウムの痕跡があったにもかかわらず、メイ氏は安全保障上の理由から検視結果の公開を拒んだ。

■パナマ文書が暴露

 今回、メイ氏は欧米諸国の結束の演出に成功した。とはいえ、ほとんど何も変わらないだろう。ロンドンでは不動産取引額のかなりの部分はロシア人によるものとみられる。銀行や不動産業者、高級サービス店などロシアマネーで潤っているところは数え切れない。

 同様に、米国も不正資金に寛容だ。多くの人は忘れているが、プーチン氏は15年のパナマ文書の漏洩がヒラリー・クリントン氏によるものだと非難した。パナマ文書はプーチン氏とその取り巻きの蓄財の実態を暴いた。例えば、プーチン氏の親友のチェロ奏者は純資産が約1億3000万ドルに上っていた。ロシアが16年の米大統領選挙に介入したのは、パナマ文書の報復でもあったといえる。

 大半の欧米諸国はロシアの脅威をはき違えている。ロシアは経済規模ではイタリアとそう変わらず、軍隊も士気低下が著しい。プーチン氏が最も恐れる武器は透明な会計だ。何しろ、同氏は財産権が保証され、法の支配が確立している場所に富を蓄えているのだ。

 欲望のため倫理観を失った欧米諸国は、ロシアにいいように利用されている。これはトランプ氏が米国の大統領になる前からそうだった。今、ロシアはますます甘い汁を吸っている。

By Edward Luce

(2018年3月29日付 英フィナンシャル・タイムズ紙 https://www.ft.com/)



Deep Insight インド悩ます中国の弱さ 2018/3/30 本日の日本 経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞のオピニオン面にある「Deep Insight インド悩ます中国の弱さ 」です。





 世界は中国にどう向き合っていったらよいのか。答えは今後、さらに複雑になるだろう。中国は巨大になると同時に、一党支配の矛盾も深まり、内部がぜい弱になっていくとみられるからだ。

 そうした大国は末端への統制が効きづらく、ときに冷静さを欠いた行動にも出かねない。私たちがこれから備えなければならないのは、そんな「巨大でもろい」中国である。

 共産党の動きだけながめると、中国国内の統率はむしろ強まっているようにみえる。習近平(シー・ジンピン)国家主席は汚職の摘発を重ねて政敵を追い落とし、自らの任期も取っ払った。党中央の権力闘争はおおむね決着し、もはや習主席の指導力を脅かすライバルは見当たらない。

 しかし、同党の党員数は約9000万人にすぎない。習主席が党内の結束を固めたからといって、14億人の人心を掌握したことにはならない。

 社会全体をながめれば、中国内ではむしろ、求心力を弱めかねない火種が広がっている。とてつもなく広がった経済格差、絶えない汚職、新疆ウイグルやチベット自治区でくすぶる不満……。

 人間にたとえれば、中国は財力や腕力こそ強まっているが、内患も深刻になっているように映る。問題は他国とのつき合いに、それがどう影響するのか、だ。

 この点を気にしている国のひとつが、1962年に戦火を交えた過去を持ち、いまなお国境紛争を抱えるインドだろう。

 2月下旬、ニューデリーで安全保障に関する討論会があり、日印や欧州からの参加者が意見を交わした。そこで感じたのは、中国の台頭をめぐり、インドが募らせている不安の大きさだ。

 中国は軍事、経済力だけではなく、情報戦も駆使し、中国を頂点とする秩序を広げようとしている。中国が主導する広域経済圏構想「一帯一路」を通じて、その流れはさらに加速しかねない――。インドの参加者からはこんな趣旨の声が聞かれた。

 これだけなら、さほど目新しい反応ではない。気になったのは、インドの不安は中国の強さだけでなく、「ぜい弱さ」にも原因があるように感じたからだ。

 別の機会に会ったインドの外交関係者から、興味深い秘話を聞いた。

 2014年9月、習主席が初めてインドを訪れ、友好関係を打ち立てようとした時のことだ。よりによってその数日前、国境が画定していないラダック地方で、中国軍がいきなり実効支配線を越え、インド側に侵入してきた。

 越境した兵士は最大で1000人を超え、習氏のインド滞在中、ずっと居座った。インドをけん制するため、習氏がわざと越境を許したとの説も流れたが、真相はちがった。

 外交関係者によると、到着した習主席を迎えたモディ首相は翌日の公式会談を控え、ひそかにこんな趣旨の会話を交わしたというのである。

 モディ氏 実は、今日は自分の誕生日です。だが、まさかこんな贈り物をもらうとは思わなかった。

 習氏 いったい、何のことでしょう。

 モディ氏 いま、あなたの国の軍が、インド側に越境しているのを知らないのですか。

 モディ氏が状況を説明すると、習主席は見るからに戸惑った表情を浮かべ、「明日までに調べてみる」と応じた。

 そうして迎えた翌日の会談で、彼は「北京に戻ったら事態を収拾する」と約束したという。実際、彼が北京に帰ってから数日後、中国軍は撤収した。

 このやり取りが事実なら、習主席は越境騒ぎが起きていることすらも、知らなかったことになる。越境部隊が所属していた中国軍区には当時、習氏に忠誠を払わない勢力がいて、彼のメンツが丸つぶれになるのを承知で、あえて越境したという噂もある。

 それから3年半。習主席は軍内の掌握を一気に強めた。ただ、その過程で少なからぬ古参幹部を失脚させており、恨みもかなり買っているはずだ。

 昨年6月には中国とブータンの国境で、いきなり中国が道路建設を開始。ブータンの要請を受けたインド軍が出動し、約2カ月半にわたって中印両軍がにらみ合う危機になった。

 最後は習主席とモディ首相の会談で手打ちとなったが、インドは中国側とのやり取りから「きっかけとなった道路建設は最高首脳の命令ではなく、現場の判断による行動だった」という感触を深めたという。

 いくら習主席が党内の指導力を強めたとしても、中国の巨体を隅々まで統制するのは難しい。「内患」が広がれば、脳と末端の神経がうまくつながらず、手足が勝手に動いてしまう状況はさらに増える、とみるべきだろう。

 上の表にもあるように、日本や米国にも、中国軍が予測できない行動に出る事件が起きている。すべてが独断ではないにせよ、日本の安保担当者は「軍首脳の統制が行き渡らず、末端が挑発に動くケースが少なくない」とみる。

 ことは軍事だけにかぎらない。社会が不安定になれば、習指導部は内政上の余裕を失い、その分、外交や経済で他国にかたくなな態度をとる局面も増えるだろう。そんな中国の方が、安定した中国よりもはるかに対応が難しい。



Deep Insight 未来図描けぬ「安倍疲れ」本社コメンテーター菅野幹雄 2018/3/23 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の第一面にある「揺らぐ「法人税の逆説」 デジタル課税に制約」です。





 法人税収は本当に増えるのか。米トランプ政権の法人税率引き下げを巡り、こんな議論が専門家の間で起きている。税率を下げると投資が活発になって逆に税収は増えるパラドックス(逆説)は有名だが、デジタル経済化でこの定説が揺らいでいるとの見方があるためだ。構造変化は各国の税制論議も揺さぶる。

 トランプ政権は税制抜本改革で連邦法人税率を1月から35%から21%に下げた。地方税を含む実効税率は日本やドイツ、オーストラリアを下回る水準だ。

 これに伴い米連邦議会は税収が10年で6538億ドル(約70兆円)減ると試算したが、トランプ政権は高い成長を前提にむしろ法人税収は伸び続ける見通しを予算教書に盛り込んだ。

 高めの経済成長を見込んで税収を計算するダイナミック・スコアリングと呼ぶものだが、この手法の是非が論争の的だ。かつての「逆説」が疑わしくなっているとの見方があるためだ。

■個人所得税に依存

 法人税収は企業業績や国内総生産(GDP)と連動する傾向が強く、とくに景気回復局面では繰越欠損金を解消した企業が納税を再開するため税収が伸びやすい。だが経済協力開発機構(OECD)によると直近の税収はGDPの2.9%分。リーマン危機前のピークより0.7ポイント低く、力強さがない。10年でOECD加盟国の名目GDPは44%増えたのに法人税収の伸びはわずか半分の22%。同じ期間に実効税率は3ポイント近く下がり、税収のGDP比も低下した。

 法人税率を下げても税収は増える逆相関がマクロ経済学者らの注目を集めたのは、1990~00年代初頭の欧州だ。コペンハーゲン大学(デンマーク)のピーター・ソーレンセン教授らによると、減税で起業家精神が刺激されて投資が活発になったり、様々な控除縮減などで税金のかかる範囲(課税ベース)が広がるなどして税収が上向いた。

 実際、OECD平均の07年と97年を比べると、実効税率は10ポイント近く下がったのに対し、税収はGDP比で0.8ポイント増えていた。最近はこの関係が崩れているようで、OECDは「世界で個人所得税への依存が高まっている」と分析する。

 逆説が変調を来している大きな理由が、世界経済の急激なデジタル化だ。米アップル、米アマゾン・ドット・コム、米グーグルといったインターネットの大手先端企業はデジタルの特許や知的財産権を低税率の国に移転することで、優遇税制の恩恵をフルに享受している。「価値が創出されるところと納税の場所を分離して租税負担を小さくできる」(中央大学の森信茂樹教授)

 企業が海外に統括会社を作ったり、資金をプールしたりするタックスプランニングの選択肢は飛躍的に増えている。国税庁によると、日本の16年度の法人税の申告所得は63兆4749億円と前年度比3.2%増えたのに、申告税額はなぜか1.3%減った。

 ビッグデータなどの無形資産の海外移転がさらに進むのは確実だ。税率下げで企業業績がよくなっても、税金の源泉となる財産・所得(いわゆる税源)が逃げないようにしないと税収は目減りしていくだけだ。

■課税方法見直し

 OECDは3月、企業の売上高に応じて課税するやり方や、法人税課税の根拠となる支店や工場などの恒久的施設(PE)の考え方を見直す方向性を示した。欧州連合(EU)欧州委員会も具体的な「デジタル税」の案を詰めており、このほどアルゼンチンで開いた20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議でも大きな論点になった。

 英タックス・ジャスティス・ネットワークによると、企業の利益移転によって世界で年5千億ドルほどの税源が失われている。経済学者の間では、1つの国を単位とする法人税は将来的に存続が難しくなるとの見方すら浮上している。

 「先進国の中で我が国の法人税率は最高になってしまう」。オーストラリアではトランプ減税を機に大議論になっている。社会保障と並ぶ公的コストである法人税率を高いまま放置すれば国際的な立地競争でたちまち劣後しかねない。

 各国がひたすら税率下げを競うのは不毛だ。とはいえ税率を下げなくてよいわけではない。一橋大学の佐藤主光教授は「イノベーションを促すため法人税下げは避けて通れない。消費税や社会保障と一体で税制を見直すタックスミックスの発想が重要だ」という。

 税率を下げて企業活動を刺激する一方で、税源の海外流出には歯止めをかける。こんなグローバルな協調が税制にも求められる時代になった。(木原雄士)



FT国家主義、米中戦争リスク 膨らむ対立の芽 2018/3/15 本日 の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞のオピニオン面にある「[FT]国家主義、米中戦争リスク 膨らむ対立の芽」です。





 3月に入り、米中関係の基盤が崩壊した。転機となったのは、米国が保護主義に向けて一歩踏み出したことと、中国が独裁へとかじを切ったことだ。

 米国と中国という世界の2大経済国は過去40年間、互いの動きに対する理解に基づき、ともにグローバル主義を受け入れてきた。中国は、米国が今後も自由貿易を支持し続けるものと想定してきた。米国は、中国経済の自由化が進めば、いずれ政治面の自由化にもつながっていくと信じてきた。

 この前提は、いまや両方とも崩れ去った。中国の全国人民代表大会(全人代、国会に相当)は11日、習近平(シー・ジンピン)国家主席がその地位を終生保ち続けられるよう、国家主席の任期を2期10年までとする規制を撤廃する憲法改正案を採択した。それに先立つ8日には、トランプ米大統領が鉄鋼とアルミニウムの輸入を制限すべく、重い関税を課す大統領令に署名した。同氏は「貿易戦争をするのはいいことで、勝つのは容易だ」とツイートした。

イラスト James Ferguson/Financial Times

 しかし、トランプ氏のこの軽率な確信は、貿易戦争を起こすことに伴ういくつもの危険に目を向けていない。リスクは経済的なものばかりではない。貿易戦争が始まれば、どこかで米中が本物の戦争へとなだれ込む危険性も高まる。

■米の輸入制限は最初の号砲の可能性

 中国はこれまでは、大国として台頭しつつも、欧米の市場を自国に向けて開かせておく必要性から、その地政学的野望は抑えてきた。だが、米国がこのまま保護主義への傾斜を強めれば、中国のもくろみも変わってくるだろう。実際のところ、トランプ氏が今回、発動した関税措置が貿易戦争の最初の号砲にすぎない可能性は十分にある。

 米国が発表した関税(輸入制限)措置は世界全域を対象とするもの(編集注、ただしカナダとメキシコは既に適用除外が決まっており、オーストラリアもその方向で調整が進んでいるという)で、中国への直接的な打撃は比較的小さい。しかし将来、とくに知的財産を標的とする関税が発動されれば、それは中国政府に狙いを定めたものになる可能性が高い。なにしろ米国のピーター・ナバロ国家通商会議委員長は「中国がもたらす死」というタイトルの本を書いている人物だ。

 米国が中国を経済的に敵視し始めたのに対し今、中国は自国への自信を深めつつあり、米政府に対してイデオロギー面でも、地政学的な面でも挑戦する姿勢を強めている。習氏の国家主席就任以降、中国は南シナ海の領有権は自国が有するとの主張を補強するため「島を建設する」という大胆な計画に着手した。その先に見据える大きな目標は、世界で最も重要な商業航路である西太平洋における米国の支配に終止符を打つことだ。

 それと同時に、中国政府は自国の新たな独裁主義を、中国に適した統治法というだけでなく、欧米の民主主義に代わる世界的な統治モデルとして提唱しようとしている。

■両国でイデオロギーが大きく変化

 米中両国が貿易、領土、イデオロギー面で対立を深めると、互いに相手から不当に扱われたという不満も高まっていくだろう。習氏もトランプ氏も国家主義者であり、双方とも過去の歴史において自国が傷つけられてきたとする国民感情をしばしば意図的にかき立てる。トランプ氏は、世界が米国を笑いものにし、中国は米国をレイプしていると発言した。習氏は、中国が侵略を受け植民地化された1849年に始まった「屈辱の世紀」を最終的に葬り去り、中華民族の「偉大なる復興」を自らの手で推進すると約束した。



Deep Insight 米朝取引、見たくない悪夢 2018/3/14 本日の日本 経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞のオピニオン面にある「Deep Insight 米朝取引、見たくない悪夢」です。





 殿のご乱心か……。日本風に言えば、こう驚いた米大統領の側近は少なくないだろう。トランプ氏が突如として決断した、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)委員長との首脳会談だ。

 歴代の米政権がてこずり、解決できなかった難題である。交渉で北朝鮮の核放棄を実現できれば、ノーベル平和賞ものだ。だが、失敗すれば、アジアにはさらに深刻な危機が待っている。

 13日にはティラーソン国務長官が解任されるなど情勢は混沌としているが、結末はどちらに傾くのか。米専門家らの分析などにもとづき、あえて占ってみたい。

 3月8~10日、ブリュッセル。米欧などの当局者や国会議員、有力識者らが一堂に会し、激論を交わした。「ブリュッセル・フォーラム」の名称で毎年開かれている、米欧の目玉会議のひとつだ。

 たいていは欧州に身近なロシアや中東、難民などの問題が焦点になるが、今年、会場の雰囲気はちがった。米朝首脳会談のニュースが飛び込んだこともあって、北朝鮮危機の議論が白熱したのだ。

 このままでは、戦争になってしまうのではないか。こう心配していた欧州の識者からは米朝会談に歓迎の声も出たが、目立ったのはトランプ氏の唐突な決断を不安視する意見だ。

 なかでも印象的だったのが、オルブライト元米国務長官の発言だ。クリントン政権当時、彼女は長距離ミサイルの開発などを止めようと米朝協議を主導した。2000年10月には米現職閣僚として初めて、平壌の地を踏んだ。

 そこまで北朝鮮との交渉に熱心だった彼女からみても、トランプ氏の決断は危なっかしく映るようだ。こんな趣旨の発言をした。

 協議することには賛成だが、心配なのは準備不足だ。クリントン政権は当時、かなりの準備を経て、予備交渉も重ねた。チームワークも欠かせない。トランプ氏にはそれがあるのか疑問だ――。会議の合間に話した米国の参加者からも、似たような指摘を聞いた。

 実際、トランプ氏が側近に相談した形跡は薄く、独断で決めた可能性が高い。金正恩氏からの会談要請を携えて訪米した韓国高官らは当初、3月8日はまずマティス国防長官やマクマスター大統領補佐官に内容を説明し、翌9日にトランプ氏と会うはずだった。

 ところが、トランプ氏がいきなり8日に会い、金正恩氏との会談に応じると即答した。米側の同席者には懸念を漏らした側近もいたが、制止はしなかったという。

 トランプ氏に日ごろ好意的な米共和党関係者からも、こんな不安が漏れる。「まさか、あんな決断をするとは驚いた。安倍晋三首相も内心、驚がくしただろう」

 問題は今後、どのような展開が考えられるのかだ。トランプ政権の内情に通じた米外交専門家らが明かす見立ては、おおむね次の3つのシナリオに集約される。

 【最良シナリオ】 金正恩氏が“サプライズの妥協”を演出し、核とミサイルの実験凍結に合意、朝鮮半島の非核化にも原則一致する。ただ、実施には多くの条件を付け、結局、非核化は先送りになる――。こんな展開だ。

 米本土に届く大陸間弾道ミサイル(ICBM)の開発はひとまず止まるが、すでに中距離ミサイルなどの射程内にある日韓への脅威は残る。日本にすれば「何としても避けたい筋書き」(日本政府筋)だが、元米政府高官はこれが期待できる最良の成果とみる。

 【白紙シナリオ】 米朝首脳会談は結局、お流れになるというものだ。事前の調整が難航し、自分に不利だと感じたトランプ氏、ないしは金正恩氏が賭けをやめてしまう。北朝鮮問題に詳しい米安全保障専門家は「確率は50%ぐらいある」とみる。

 【最悪シナリオ】 会談はケンカ別れに終わり、トランプ氏は「もう外交の努力は尽くした」と宣言。金正恩氏も核ミサイルの実験を再開する。そうして戦争の危険が一気に高まる。地ならしが不足したまま会談に突っ込めば、こうした事態も考えられる。

 このほか、米朝会談が北朝鮮の時間稼ぎに使われ、結局、核ミサイルの配備を許してしまうのも、最悪の展開に含まれるだろう。

 理屈上は北朝鮮が核の完全放棄に応じる「夢のシナリオ」がないわけではない。そうなれば朝鮮戦争以来の休戦状態から、平和共存への道が開けるかもしれない。

 だが、北朝鮮は、イラクやリビアの旧独裁政権は「核兵器がないから倒された」と信じているとされる。彼らがこの不安を捨て去るほど、トランプ氏を信用しているとは思えない。現実は「最良」から「最悪」の間の、どこかに向かうと想定すべきだろう。

 かつて本欄では、仮に北朝鮮がICBMを持ってしまった場合の対応について、ワシントンの識者の間では攻撃容認論が半分くらいを占める、と指摘した。この構図が一変したとは思えない。米朝会談が失敗する事態にもそなえ、米軍は夏までにも詳細な軍事作戦の検討を進める構えだ。

 先の視界は不明瞭だが、今回、ひとつ明確になったことがある。北朝鮮が制裁をかなり重荷に感じているということだ。だからこそ、「非核化」の意思をほのめかしてきたのだろう。

 だとすれば、制裁を緩めるのは、あくまでも北朝鮮が目に見える行動に出てからにすることが大事だ。トランプ氏が独裁者との賭けに挑むなら、それが悪夢を見ずにすむ最低条件になる。



FTプーチン氏の危険な策略 大国の弱点、先に突けるか 2018/3/1 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞のオピニオン面にある「[FT]プーチン氏の危険な策略 大国の弱点、先に突けるか」です。





 ロシアのプーチン大統領は、一体どういうつもりだったのだろうか。米大統領選挙に介入する秘密作戦を許可するという決断は、欧米的な感覚からするとあまりにリスクが高く、奇怪ですらある。

 ただ、ロシアの歴史というレンズを通して見ると、諜報(ちょうほう)活動によって敵国の政治体制を崩壊させるというのは、特に驚くべき発想ではない。そもそも、かつてプーチン氏が忠実に仕えたソ連は、そうした活動を通して誕生した国だった。

 ドイツは第1次世界大戦中、ボリシェビキを率いるレーニン(編集注、当時はスイスに亡命中)がロシアへ帰還するのを手助けした。それは、レーニンが独露間の和平を支持していることを知っていたからだ。ドイツの狙いは、帝政ロシアを不安定にし、ロシアを戦争から離脱させることだった。その作戦は、見事に成功した。

イラスト James Ferguson/Financial Times

 それから約百年後、ドイツがレーニンを支援したのと似たような動機により、プーチン氏はトランプ氏の選挙活動に加勢した。プーチン氏は、2014年にクリミアを併合して以降、ロシアが受けてきた経済制裁に強く反発していた。同氏には、ヒラリー・クリントン氏が制裁を緩和することは想定できなかった。逆にトランプ氏は、ロシアとの関係改善を支持していることを知っていた。

■もはや常識でない米国の体制の安定

 プーチン氏が歴史から学べる教訓は、もう一つあった。より一般的な教訓で、それはソ連の誕生ではなく、その崩壊から導き出されるものだった。

 冷戦期を通じて、ソ連を中心とする東側諸国と欧米諸国は軍事衝突に向けて準備していた。欧州中央の平原で戦車の大軍がぶつかり合う決戦、ひいては破滅的な核戦争に至る可能性さえ想定していた。だが結局、ほぼ戦火を交えることもなく勝敗は決まった。ソ連の体制が内部崩壊したからだ。つまり、決定的な要因は軍事力ではなく、国内社会が持ちこたえられるかどうかだった。

 それと同じように、米国とロシア、そして中国と欧州連合(EU)の間で繰り広げられる21世紀の勢力争いは、対外に向けられた威力よりも、むしろ国内がどれだけしっかりしているかに左右される可能性が高い。

 米国は最近まで、こうした争いに勝てるという圧倒的な自信を持っていた。何しろ欧米の大きな強みは、民主主義がもたらす正当性と安定性、そして卓越した経済活動のはずだった。かつてレーガン氏が大統領だった時代、「自由を保証することこそがすべてを解決する(Freedom works)」と自信たっぷりに自慢した通りだ。