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中外時評 「強い国」めざすドイツテロ対策に潜むジレンマ 論説委員 玉利伸吾 2017/1/22 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の中外時評面にある「中外時評 「強い国」めざすドイツテロ対策に潜むジレンマ 論説委員 玉利伸吾」です。





 ドイツが「強い国」をめざし始めた。首都ベルリンでの歳末テロを機に、法改正など治安対策の強化を一気に進めようとしている。難民の大量流入やイスラム過激派によるテロが多発し、恐れや不満が広がる。社会不安を和らげるには国家の強さを見せる必要がある。だが、治安対策に頼るだけでは、国民の間に生じた溝は埋まらない。

 ほぼ1カ月前、首都中心部で起きたテロはドイツ社会に衝撃を与えた。買い物客でにぎわうクリスマス市にトラックが突っ込み、12人が死亡、多数の負傷者を出した。メルケル首相が「残酷で理解しがたい行為」と非難した無差別攻撃だった。犯人は難民申請を拒否され、送還中だった。イスラム過激派組織が関わった犯行とみられている。

 昨年、ドイツでは移民や難民によるテロや殺傷事件が相次いだ。地方の野外音楽祭での自爆テロや列車の乗客がナイフなどで襲われた事件、ショッピングモールでの銃乱射などが起きていた。

 だが、今回の事件の衝撃はケタ違いに大きい。首都中心部での大胆なテロであり、ドイツの宗教文化を象徴するクリスマスの催事を標的にしていた。このため、脅威のレベルは格段に上がった。

 「この攻撃は、わが国にとっての9.11(2001年9月11日の米同時テロ)にあたる」「無差別攻撃は受けないはずだ、といった幻想は、もはや捨てなければならない」など深刻な受け止め方が広がっている。

 危機感は強く、メルケル首相も「ドイツは強さを示さなければならない」と発言。治安対策を担当するデメジエール内相は、新しい治安関連法を提案して、テロと断固戦う「強いドイツ」への転換を呼びかけている。

 独治安当局は犯人を要注意人物として監視していたが、テロを防げなかった。法案は、浮上した警備上の問題点なども含めて対策を強化する内容。危険と思える難民申請者などは早急に送還できるようにし、拘留した場合、釈放後は足に衛星による追跡装置をつけるなどの措置まで検討している。

 国内で極左、極右、イスラム過激派などの活動を調査している情報機関である連邦憲法擁護庁の改革も提案している。各州が持つ同様の組織を廃止し、中央に機能を集中して、監視活動の正確さ、信頼性を高めるという。

 こうした動きは、危機への対応はもちろんだが秋の連邦議会選挙に向けた対策でもある。難民対策とテロへの備えが最大の争点になるからだ。

 メルケル首相は昨年11月、4期目をめざして出馬を表明したが、苦戦が予想されている。難民問題への対応が後手に回り、辞任を求める声があがるなど、政権の弱体化が目立つ。公共放送ARDの調査によると、かつて70%を超えていた支持率は一時、40%台に低下した。

 しかし、治安対策などを打ち出したことで、国民の満足度は急上昇している。年明けの調査では、支持率は56%にまで回復した。ひとまず安心のようにもみえる。

 だが、「強い国」政策には落とし穴がある。強力な対策が必要な「非常事態」を強調するほど、これまでの治安・警備体制の不備が明らかになる。その結果、反難民を訴える政党の主張を裏付け、勢力拡大を助けることにもつながりかねない。政策効果がある間はいいが、行きすぎは逆風を招くというジレンマだ。

 メルケル政権の打倒をめざす民族主義政党「ドイツのための選択肢(AfD)」は、難民受け入れがテロを招いたとして支持を拡大している。昨年、州議会選で第2党に躍進。秋の議会選では国政への初進出が確実視される。

 政党支持率は徐々に高まっている。緑の党(9%)や左派党(9%)を上回り、15%に達している。いまやメルケル政権を支えるキリスト教民主・社会同盟(37%)と社会民主党(20%)に次ぐ第三の勢力に成長した。

 AfDは排外主義、保護主義を掲げ、欧州連合(EU)にも批判的だ。英国のEU離脱や米トランプ政権の誕生も歓迎しており、勢力拡大が社会の亀裂をさらに広げる恐れがある。

 「テロと難民問題は分けて考えるべきだ」。メルケル首相は、難民への対応をトランプ米大統領から批判され、こう反論した。だが、新たなテロが起きるたびに、難民への対応が問われるのも確かだ。「強い国」を訴えるだけでは、国民の不安は消えない。難民問題で確実な成果を示せなければ、議会選では厳しい戦いを強いられるだろう。



中外時評 迷彩服まとった習主席 「強い軍」が正統性の支柱か 論説副委員長 飯野克彦 2016/05/01 本日の日本経済新聞より

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 日本のNHKと同じように中国の国営中央テレビ(CCTV)も毎晩7時から約30分間のニュース番組を放映する。もちろん官製報道だが、それでも最もよく見られているテレビ番組の一つだ。4月20日は、ぎょっとした視聴者が少なくなかったらしい。

 冒頭、最高指導者である習近平国家主席が迷彩服姿で登場したからだ。

 この日、習主席は中央軍事委員会の「連合作戦指揮センター」というところを視察した。このニュースで存在が初めて公表された、新設の機関だ。そのトップに習主席本人が就いたことも、このニュースで明らかにされた。

 「戦って必ず勝つ軍隊を建設しなければならない」

 軍事委員会のトップを兼務している習主席はこう主張して、昨年から大がかりな軍改革を進めてきた。そのなかでは、陸海空といった軍種を横断して統合的に作戦を運用できる体制を整えることが重要な課題で、指揮センターはその要とみられる。

 とすれば、日本なら防衛省の統合幕僚監部、米国ならば統合参謀本部に相当する。そのトップに自ら就任したことは、たとえるなら安倍晋三首相が統合幕僚長を兼ねるような、あるいは、オバマ大統領が統合参謀本部議長を兼務するようなものだろう。

 文民統制の考え方からすれば、いささか違和感を覚える体制だ。加えて、戦場でこそ意味のある迷彩服を平時に身にまとってみせたのである。異様な印象を受ける。

 衣装がさまざまなメッセージを発するメディアであることは、いうまでもない。まして、なにごとも政治的にとらえる中国共産党政権の最高指導者となれば、その服装にも政治的な思惑が込められているのは間違いない。

 いったい習主席は、異色のミリタリーファッションにどんな思惑を込めたのか。

 一つはもちろん、軍の指揮権を握っているのはほかでもない自分だ、と内外に向けて発信することだ。わけても、共産党政権の内側に向けたメッセージという意味合いが濃い。「銃口から政権が生まれる」という毛沢東主席の言葉を語り継いでいる政治文化にあっては、軍の重みが決定的だからだ。

 およそ200万人の将兵たちに対するメッセージでもあろう。胡錦濤前国家主席や江沢民元国家主席と異なり、習主席は若い頃に軍務に就いた経験がある。そして彭麗媛夫人は、少将の階級を持つ軍所属の歌手だ。こうした軍との親密なつながりを踏まえ、自分も軍の一員であるとアピールし、仲間意識や連帯の機運、ひいては忠誠を促そうという狙いが、感じ取れる。

 長い目でみると、国としての基本的な戦略を三十数年ぶりに変える布石とも映る。

 「建国の父」ともいうべき毛主席は1976年に亡くなるまで、公式行事では「人民服」とか「中山服」などと呼ばれるスタイルを通した。毛主席のあとを継いだ華国鋒主席や、華主席を引きずり下ろして最高実力者となった鄧小平氏も同様だった。

 ただ、鄧氏が最高実力者だった時代に実は目に見える変化が起きた。いわば鄧氏の代理で共産党の最高ポストに就いた胡耀邦総書記や趙紫陽総書記が、ネクタイを締めたスーツ姿を披露するようになったのである。

 メッセージは明快だった。日米欧など海外に向けては、既存の国際秩序との調和を大切にし、経済運営で開放的な姿勢に転じた、とのアピールだ。国内に向けては、政治運動に明け暮れて経済が停滞した毛主席の時代に決別する、との意思表示だ。

 背後にはもちろん、経済建設を「一つの中心」に据えた鄧氏の戦略があった。その後も最高指導者は、軍事パレードや老幹部の葬儀などでは人民服姿を見せたが、記者会見や外遊ではネクタイ姿が一般的になった。それは鄧氏が始めた「改革・開放政策」の象徴だった。

 習主席が迷彩服を着てみせたのは、改革・開放に踏み出したとき以来の変化といえる。経済建設はもはや「唯一の中心」の座を失い、それと並ぶ「もう一つの中心」として軍隊の建設が位置づけられた、と読める。従来ほどには国際秩序との調和を大切にしない、というメッセージを読み取ることもできる。

 改革・開放に踏み出してからの経済の高成長は、共産党政権にとって正統性を支える柱となってきた。いまや高成長の時代は終わった。強い軍隊を築くことを新たな正統性の支柱に――。習主席の迷彩服には、そんな思惑が編み込まれているようにみえる。



中外時評 繰り返す熱狂と悲観 長期の視点で資源投資を 論説委員 志田富雄 2016/03/27 本日の日本経済新聞より

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 原油相場は一時1バレル30ドルを下回り、2008年に記録した史上最高値の5分の1に下げた。中国による「爆食」が顕著になった03年の水準だ。市場は落ち着きを取り戻しつつあるが、本格的な相場上昇はまだ描きにくい。

 相場急落が油田などの開発投資に急ブレーキをかけたのは間違いない。米石油サービス大手、ベーカー・フューズ社がまとめる米国の油田掘削リグ稼働数は14年のピークに比べ4分の1に減った。

 それでも米国の原油生産量の減少はわずかだ。直近の生産量は日量約900万バレル(米エネルギー省統計)と、シェールオイルの生産が拡大する前の08年を400万バレルも上回る。シェール勢の粘り腰で、サウジアラビアなどの中東産油国は想定外の持久戦に持ち込まれた。

 市場はサウジ、ロシアなど有力産油国の協調減産に相場反転への期待を寄せる。だが、4月の会合がめざすのはこれ以上増産しない生産量の凍結。サウジのヌアイミ石油鉱物資源相は2月の講演で「非効率で非経済的な生産者が退場すべきだ」と減産の可能性を切り捨てた。

 既視感のある風景だ。サウジは1985年の石油輸出国機構(OPEC)石油相会合で需給の調整役を放棄し、価格維持からシェア奪回に方針を大転換した。70年代の相場高騰でノルウェーなどの新勢力が台頭し、減産はOPECのシェア縮小を招くからだ。

 86年に一時10ドルを下回った原油相場は、90年にイラクがクウェートに侵攻した際の一時的な急騰を除き、90年代末まで低迷を続けた。

 相場が急落した場面での生産削減は、財政赤字が膨らむ産油国にとって危険な賭けだ。仮に減産が奏功し、原油相場を押し上げることに成功しても現状ではシェールオイルを勢い付かせる。

 結局は世界経済が力強く成長し、石油需要が拡大するのを待つしかない。14年後半の相場急落から一貫して減産を否定するヌアイミ氏の発言の背景には過去の教訓がある。

 企業に価格ヘッジ手法を助言するマーケット・リスク・アドバイザリー(東京・新宿)の新村直弘代表取締役は「原油の需給が均衡し始めるのは17年以降で、本格的な相場上昇はインドが人口ボーナス期に入る20年代に入ってから」と予測する。

 その間は、相場急落が「負け組」を淘汰する市場メカニズムが働く。粘り腰を見せたシェール企業も追い詰められている。資源企業が拡大する「ストリーミング」と呼ばれる取引は、将来の生産分をお金に換える売り上げの先食いだ。ベネズエラ、アゼルバイジャンなど耐久力の弱い資源国は危機的な状況にある。

 昨年9月にはスイスの資源大手、グレンコアの株価急落が世界の株価を揺さぶった。資源大手や資源国の危機が金融市場に波及する事態に警戒は怠れない。危機は往々にして市場の気の緩みを突く。

 過去10年で資源権益の獲得に動いた日本企業にも逆風は強い。ただ、そこには新たな好機もある。資源市場の熱狂が続いた5年前までは考えられなかった優良権益が市場に転がり出てくるからだ。

 住友金属鉱山は2月、米鉱山大手フリーポート・マクモランから米モレンシー銅鉱山の権益13%(年間生産量で約6万2千トン)を10億ドルで追加取得すると発表した。会見に集まった記者の多くは不思議に思ったはずだ。なぜ、こんな環境で千億円を超す資源投資に動くのかと。

 その答えも30年前にある。同社がモレンシー鉱山の権益を最初に取得したのは86年2月。住友商事と共同で15%の権益を7500万ドルで手に入れた。

 当時の非鉄金属市場はどん底だった。85年には国際すず理事会による相場買い支え資金が枯渇し、ロンドン金属取引所(LME)が取引停止に追い込まれる「すず危機」が起きた。住友鉱の中里佳明社長は「米有力誌が『鉱山の死』を特集した」と悲観論が充満した時代を振り返る。

 同社が86年に権益を買い取った時のLME銅相場は1トン1500ドル以下だ。銅相場は11年に1万ドル台の史上最高値を記録し、現在は5000ドル前後にある。市場に向き合う経験が長い人ほど相場の先行きは誰も分からないことを身にしみて知っている。

 市場は熱狂と悲観を繰り返す。それに惑わされず、長期的な視点で将来に備えた投資が必要になる。資源を持たない日本はなおさらだ。

 30年前に権益取得を決めた先輩に感謝したい――中里社長に大型投資の決断させたのも市場の教訓に違いない。



中外時評 かみ合わない官民対話 投資の輪つなぐ土壌作れ 論説副委員長 実哲也 2015/11/29 本日の日本経済新聞より

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 大企業はもうけるばかりで国や国民に何の恩恵ももたらしていない――。世界的な金融危機以降、そんないらだちが米欧の社会や政治に広がっている。

 その日本版というべきか。大企業に対して「利益をためこまずにもっと設備投資や賃金を増やして国に貢献せよ」と求める圧力が日増しに高まっている。積み上がった内部留保に課税せよという声すら聞こえてくるようになった。

 大企業は防戦に追われ、26日の「未来投資に向けた官民対話」では、経団連の榊原定征会長が「設備投資は2018年度に今年度比で10兆円増える」との「見通し」表明まで迫られる状況になった。

 マクロ経済的に見れば、企業への投資要請はわからないでもない。金融危機後は世界的に企業がおカネをためる流れが強まったが、統計上、日本企業はその度合いが大きい。7~9月期まで2期連続のマイナス成長になった背景には設備投資の減少がある。

 だが、企業から見れば、縮む国内市場でむやみに設備投資を増やしてどれだけ利益があがるか、という話になる。最近は、世界の活力を取り込むため海外企業のM&A(合併・買収)に積極的に資金を活用しており、無駄におカネを遊ばせているという認識も薄い。統計的にはこうした海外投資は「貯蓄」の一部にカウントされる。

 こうしたすれ違いを放置したまま、政治が民間企業に圧力をかけて設備投資を迫っても「対話」はかみあわなくなるばかりだ。重要なのは、今後の日本で増やすべき投資とは何かについて、政府と企業が認識を共有することだ。

 「即効性や将来の競争力確保の観点から今は設備投資より、先端分野における研究開発投資に注力すべきだ」(トヨタ自動車の豊田章男社長)

 「われわれにとっての未来投資は研究投資と人工知能(AI)分野などのM&A」(ディー・エヌ・エーの南場智子会長)

 官民対話では企業経営者から、設備投資拡大に目が向きがちな政治にやんわりとくぎをさす声が相次いで出た。

 業種の垣根を越えた競争が世界的に激しくなる中で、企業の関心は新たな技術を取り込み、新市場を開拓することに向く。そこでは設備投資や研究開発のほか、専門分野の人材の獲得やマーケティングなどを含めた広い意味での投資が重要になる。

 そうした現実を踏まえたうえで、将来につながる投資を増やすにはどうすればいいかを探るべきだ。

 「新技術を使った様々な新しい試みが、社会実験的に素早くできる仕組みをつくっていくことが大事」と強調するのは、官民対話のメンバーでもある経営共創基盤の冨山和彦・最高経営責任者だ。

 AI、ロボットなどの分野では、新技術を実際に使って得た知見からイノベーションがうまれ、それをまた現場で試して進化させるという相乗作用が働く。その中で新たな投資機会もうまれるという。

 だが、これまでは様々な規制や法制度がそうした実験を阻み、イノベーションを遅らせてきた。筑波大発のベンチャー、サイバーダインが開発した装着型ロボット「HAL」。25日に医療機器として承認されたが、ドイツでは2年前に承認済み。同国では公的労災保険に続き医療保険の適用対象になるメドもつきつつある。

 同社の山海嘉之社長は「市場投入まで何年もかかると革新技術の意味が失われる。技術が足止めを食らわない環境をつくることが新産業創出への道になる」と語る。

 投資を促すもう一つのポイントは、企業の壁を越えた「協業」を後押しすることだ。自前の投資だけで急激な市場や技術の変化に対応し、競争力を高めるのは難しくなっている。

 大企業に「圧力」をかけるなら、海外企業とだけではなく、国内の大学やベンチャー企業と一緒になったオープン・イノベーションにもっと踏み込むよう促すべきだ。潜在的な力を秘めながら資金不足に苦しむベンチャーは多い。 技術系の公的研究機関には、企業、大学との協業を橋渡しする役割を積極的に果たすことが求められる。

 経団連加盟企業に「古くなった設備を新しいものに変えたらどうか」とせっついても意味のある投資は増えまい。それよりも自前主義を超えた協業を促し、政府は新しい技術を使った製品やサービスがいち早く実現できる環境を整える。産官学の連携で投資の輪がつながるような土壌をうみだすほうが、日本の将来にとってはより重要である。



中外時評 せめぎ合う「2つの中国」 「見える手」で民力抑えるな 論説副委員長 実哲也 2015/10/04 本日の日本経済新聞より

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 「投資部門はほぼゼロ成長」「事実上のハードランディング」。香港で先月会ったエコノミストたちからは、中国経済の現状について厳しい見方が聞かれた。

 今年前半は7%成長を達成したとする政府統計の信頼性に疑念を示す人も少なくなかった。

 景気下降には歯止めがかかるとの声が多い。「今年初めから冷え込んでいたインフラ投資が回復し、景気を下支えする」(JPモルガンの主任エコノミスト、朱海斌氏)とみられるからだ。

 問題はその先だ。高成長を追い求める政府の意向を背景に、あちこちでつくられた製造設備が一斉に過剰になっている。日本政策投資銀行の試算によると、中国の生産能力の供給過剰の規模は国内総生産(GDP)の15%にも達する。中国の鉄鋼やセメント生産の世界シェアは5割以上。売る先がなくなって世界へダンピング輸出している。

 シティバンクの蔡真真・アジア太平洋部門主任エコノミストは「過剰供給の解消は1990年代の日本のように長引く恐れがある。政府が倒産多発を嫌い、ゾンビ企業が残り続ける可能性があるからだ」という。インフラ投資で過剰債務を抱えた地方政府と同様、製造企業の債務の多くも不良債権化しかねない。

 賃金の急上昇に伴い外資系の工場建設も下火になった。世界の工場としての中国の地位は大きく揺らいでいる。

 ただ、こうした面だけみて中国は衰退に向かうと決めつけるのは早計だろう。「もう一つの中国」にも目を向ける必要がある。

 大連で9月上旬に開いた世界経済フォーラムの夏季会合。「インターネットを通じて世界中の小さな企業や途上国を助けたい」。巧みな英語とスケールの大きい話で聴衆を沸かせたのは電子商取引最大手、アリババ集団の馬雲(ジャック・マー)会長だ。

 馬会長が象徴するのは中国人の消費パワーと起業家精神だ。景気減速のなかでも小売り販売は10%前後の伸びが続く。原動力はアリババが主導するネット販売。2014年は前年比でおよそ5割伸び、消費に占める比率は10%にのぼる。

 消費が堅調なのは、都市への人口流入と賃金上昇を背景に中間層が拡大し続けているためだ。中間層の関心は健康や娯楽に移り、サービス消費の潜在需要は大きい。今年前半の映画の興行収入は前年同期の約1.5倍に増えた。農村部ではエアコンなど家電製品の普及率はなお低く、モノの消費も伸びしろがある。

 アリババのような新興企業の存在感も増している。例えば小型無人機(ドローン)市場では、06年に深圳で創業したDJIが世界最大のシェアを誇る。米国の主要なベンチャーキャピタル会社も中国に拠点を置き、地元ベンチャーへの投資を拡大している。

 消費の潜在力や人々のビジネス意欲をどこまで引き出せるか。それこそが中国の将来を占う大きな決め手になる。

 そのためには何が必要か。

 まずは、過剰な設備や債務を減らしつつ経済の急激な悪化を防ぐという巧妙なマクロ経済のカジ取りが求められる。調整が長引けば、消費や起業意欲にも響く。

 長い目で見てそれ以上に重要なのは、官が牛耳る経済構造を大転換することだ。

 中国の有力ビジネススクール、長江商学院の項兵院長は「金融、メディア、文化、医療、通信などで思い切った規制緩和をすることがイノベーションの促進には必要だ」と語る。サービスや消費にかかわる分野は参入規制が多く、製造業以上に国有企業が大きな影響力を持っている。

 習近平政権は国有企業改革を重視し、指針も出している。だが、識者の評判はあまり芳しくない。国有企業の合併など再編が中心で、公正な競争の促進にはつながらないとの見方が多い。

 経済だけの改革では限界もある。「私有財産を守る法制度や自由な考えを認める政治改革がなければ、イノベーションやサービス消費も拡大しない」と大和証券(香港)のエコノミスト、頼志文氏は指摘する。

 「(市場の)見えざる手と(政府の)見える手をともに活用する」。改革の行方に関する米紙の質問に習国家主席は最近こう答えた。

 経済や政治の安定を重んじるあまり「見える手」をあちこち動かし続けるのか。それとも人々の発意や自由な思考を伸ばす道を選ぶのか。それは中国が飛躍し続けるかどうかの岐路になるだけでなく、日本や世界の将来も左右することになるだろう。



中外時評 「反腐敗」で米中が神経戦 司法が摩擦の焦点に 論説副委員長 飯野克彦 2015/06/07 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の日曜に考える面にある「中外時評 「反腐敗」で米中が神経戦 司法が摩擦の焦点に 論説副委員長 飯野克彦」です。

中国の司法が抱える体制に結び付く問題点について詳しく論述された記事です。政治体制に司法を組み込んでしまうことがどのように問題なのかを詳しく解説しています。





 「難しいですよ、自分で自分を監督するというのは」。中国共産党の王岐山・中央規律検査委員会書記はそう慨嘆したそうだ。4月23日、共産党政権の中枢ともいうべき北京・中南海で。

 王書記といえば、反腐敗運動を陣頭指揮する実力者。公式の党内での序列は6位にとどまるが、実質的には習近平国家主席に次ぐナンバー2、とも目されている。3年前まで最高指導部の一角を占めていた周永康・前共産党政治局常務委員を摘発するなど、実績は目覚ましい。

 そんな人物が嘆いてみせたのは、ほかでもない、自分の仕事の難しさだ。「自分で自分を監督する」とは、共産党のなかに根をはる不正を共産党自身の手で正すことを指している。つまり、規律検査委の職責だ。

 王書記の嘆き節を聞かされたのは3人の外国人だった。そのうちの一人である米国の政治学者、フランシス・フクヤマ氏が問いかけた。「法の支配」や「司法の独立」を中国で実行できないのか、と。答えは「できない」だった。「司法は必ず(共産)党の指導の下になければならない」とも、王書記は語った。

 習近平政権は司法改革を最重要課題の1つにかかげているが、あくまで一党独裁の枠内での改革にとどまることを改めて確認したといえる。だからこそ、どんなに難しくても反腐敗という仕事を進めなければならない。そんな決意を示したようでもある。

 反腐敗運動であれ司法改革であれ、中国の内側の問題にみえるかもしれない。だが、中国当局は海外に逃亡している腐敗官僚にも手を伸ばしつつあり、国際的な広がりを見せている。結果として、米国との間では神経戦と呼びたくなる事態を招いている。

 この春、王書記が訪米するとの観測が浮上した。国外に逃れた腐敗官僚がもっとも多く潜伏しているのが米国とみられるため、拘束や引き渡しへの協力をじかに求める考えだ、といった解説が飛び交った。習主席の訪米が予定される9月までに実現するのでは、との見方も広がった。

 ところが、正式発表のないままに訪米機運は急速にしぼんでいる。一因は、米証券取引委員会(SEC)が進めている調査だ。中国の国有企業の米証券市場への上場などをめぐって便宜をはかってもらうため、一部の米金融機関が中国の高官の子弟を雇った疑いがあるのだという。

 この調査そのものは遅くとも2013年には始まっていたが、先月末になって王書記の名前が飛び出した。米紙ウォール・ストリート・ジャーナルなどによれば、金融大手のJPモルガン・チェースに対し、王書記や高虎城商務相を含む中国の高官35人との会話記録などを提出するよう、SECは命じたという。

 共産党の官僚たちは指導者のメンツを重んじる。当分の間、王氏の訪米が難しくなったのは否定できない。そのため「米中間で緊張が高まる可能性がある」との報道も少なくない。南シナ海をめぐる対立をはじめ米中間できしみが目立つことから「オバマ政権は厳しい対中姿勢に転じたのではないか」といった声も、聞こえてくる。

 SECの動きにオバマ政権の対中姿勢の転換を読み取るのは、深読みが過ぎよう。むしろ、米国にはもともと、王書記をもろ手を挙げて歓迎するわけにはいかない事情がある、とみるべきだ。

 たとえば、中国の司法制度に対する不信。司法が独立しておらず、不正や拷問も珍しくない、といった見方が米国ではかなり浸透している。そんな国から「犯罪者」とみなす人の拘束・引き渡しを求められても、応じにくい。

 反腐敗運動に権力闘争の側面があるのも懸念材料だ。特定の政治勢力に肩入れしているようにみえかねない。王書記は政府の肩書を持たないため、協力要請を受けても正規の司法手続きのなかに位置づけるのは容易ではない。

 「法の支配」や「デュー・プロセス」(適正な手続き)を大切にする米国と、共産党が司法を指導する中国。資本主義か社会主義かを争った冷戦と違い、司法のあり方が世界の二大国の摩擦の焦点になってきたようにみえる。

 日本の司法のあり方も、いずれ問われることになるかもしれない。米国が「押しつけた」ともいわれる憲法は司法の独立を定めているが、政治家の名誉毀損に対する高額賠償を認める判決や、1票の格差判決が示すように、日本の司法は政治に優しい。興味深いことに、王書記が4月に会ったのは日系のフクヤマ氏のほか2人の日本人だった。

中外時評 スパイ疑惑に揺れるドイツ 情報機関設置の難しさ 論説委員 玉利伸吾 2015/05/17 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の日曜に考える面にある「中外時評 スパイ疑惑に揺れるドイツ 情報機関設置の難しさ 論説委員 玉利伸吾」です。

第二次世界大戦の敗戦国ドイツ、諜報機関の設置は諸外国からの疑惑、疑念の目にどのように説明を行うか、これが難航を極めそうです。





 対外情報の収集には様々な困難が伴う。扱いを誤ると、機密漏洩や二重スパイが横行してしまう。紀元前に書かれた兵書「孫子」もこう指摘している。よほどの知恵者でなければ、スパイは使いこなせない。情報も生かせない。配慮が行き届かないと、報告から真実を引き出せない。実に微妙である――。

 一体どんな微妙な配慮が欠けていたのか。ドイツがスパイ疑惑に揺れている。欧州連合(EU)の首脳や企業を対象にした米国のスパイ活動に、長年、ドイツ政府が協力してきた疑惑が浮上し、メルケル政権の責任を問う動きが広がっている。

 問題になっているのはドイツの情報機関、連邦情報局(BND)と米国家安全保障局(NSA)との協力関係だ。様々なメディアの報道によると、米同時多発テロの直後から、対テロ活動の一環としてNSAが監視相手の電話番号など膨大なデータを提供、BNDが通信傍受などで情報を収集していたという。

 ところが、テロとの戦いにとどまらず、監視対象にフランスの大統領府や外務省、欧州委員会の高官も含まれていたことが判明。さらに、航空宇宙産業大手のエアバス・グループの企業やドイツの電機・金融大手シーメンスに関する情報の入手も依頼していたとされる。

 近年、米独間では、情報収集活動をめぐるトラブルが頻発していた。2013年10月には、NSAによるメルケル首相の携帯電話への盗聴疑惑が発覚、さらに、14年7月には、米国に機密文書を売った「二重スパイ」の疑いで、BNDの職員が捜査当局に逮捕されている。

 メルケル首相は、いずれの問題でも被害者として、米国の情報収集活動を非難してきた。しかし、今回、ドイツの情報機関の関与が明らかになり、当事者として責任を問われている。

 しかも、政権がこうした活動を早くから知っていた疑いも指摘されたことで、野党だけでなく、政権内からも批判が噴出している。BNDの活動内容についての詳細な開示、監督強化を求める声が強まっている。

 なぜ、同盟国である米独間でトラブルが相次ぐのか。虚々実々のスパイ活動の実態はつかみにくいが、歴史を遡ると、背景も見えてくる。BNDの前身はゲーレン機関と呼ばれた。第2次大戦中、対ソ戦のために、ドイツ陸軍参謀本部のゲーレン将軍が組織した秘密情報機関がもとになっている。

 ゲーレンはナチスドイツが無条件降伏した後もアルプス山中に潜み、ソ連軍の編成、経済データ、スパイ網に関する膨大な機密書類を隠していた。戦後、米ソ対立が激化する中で、この地域に自前の情報網をほとんど持たなかった米国にとって、どうしても欲しい情報だった。米軍はこの組織を温存、資金を提供して対ソ情報機関に育て上げて情報収集、工作活動などに利用した。資金援助の見返りに、同機関はあらゆる情報を米側に提供していた。

 同機関は米軍から米中央情報局(CIA)の管轄に移り、西ドイツが1955年に主権を回復、国際社会に復帰した後、56年4月に西独連邦政府に移管され、BNDとして発足した。その後も、ソ連や東ドイツも含めた東欧での情報収集、工作など冷戦の最前線で活動し、米国への情報提供も続けてきた。

 情報機関は独立性と継続性を重視する。機関同士の協力関係も、国家間の外交関係の影響を受けにくいといわれる。冷戦終結後、米同時テロや中ロの軍事的動きなどで国際情勢も大きく変化したが、米独の機関は依然として冷戦時の関係を保ったままで、現政権が望まない活動を続けてきた可能性がある。

 その結果が相次ぐトラブルや疑惑なのではないか。

 日本では海外で活動する情報機関の創設に向けた議論が始まっている。イスラム過激派によるテロなどで日本人が被害にあう事件が相次いでおり、安保法制の整備後は、情報機関設置の動きが加速しそうだ。

 財源や人材養成など課題も多いが、価値ある情報がとれるかどうかは、CIAなど外国の機関との協力関係を築けるかどうかにかかっている。

 その際、米英などの対外情報機関の輪に入り、信用を得て活動できる組織を作れるのか。米独のような摩擦、疑惑を防ぐ工夫ができるのか。行きすぎた活動に歯止めをかける監視の仕組みをどう築くのか。周到な準備が必要になるが、それには、よほどの知恵が要りそうだ。

2015/02/22 本日の日本経済新聞より「中外時評 激しさ増すサイバー「熱戦」 米中ロの攻防が交錯 論説副委員長 飯野克彦」

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の日曜に考える面にある「激しさ増すサイバー「熱戦」 米中ロの攻防が交錯 論説副委員長 飯野克彦」です。





 中国政府がVPN(仮想私設網)を遮断した。そんな情報が世界をかけめぐったのは、1月下旬のことだった。

 VPNとは、開かれた通信ネットワークの上にあたかも専用線のように閉じたルートを設ける仕組みだ。

 周知のように中国では、共産党政権に都合の悪い情報を載せている海外サイトを見たり、フェイスブックやツイッターといったサービスを利用したりすることが、政府の規制のため難しい。VPNはこの規制をかいくぐる手段の一つだ。

 主に外資系企業が用いてきたが、最近は個人の利用も増えていた。情報統制が尻抜けになりかねない。そう共産党政権が心配したとしても不思議ではない。「環球時報」という新聞は「デジタル空間における主権を守らねばならない」と訴えた。

 もっとも、今のところ全面的な遮断ではない。中国でVPNを用いている人によれば、なお使えるルートは少なくない。

 言うまでもないが、サイバー空間での中国政府の活動は防御的なものにとどまらない。

 軍のサイバー部隊として有名な61398部隊。「プッター・パンダ」と名付けられたハッカー集団に関与しているとされる61486部隊。国家安全省も関与しているとされ「アクシオム(公理)」と名付けられたグループ。

 こうした組織やグループによるサイバースパイ活動が、米国のIT企業によって相次いで報告されてきた。オバマ政権は危機感を深めている。

 61398部隊に属するとされる軍人5人を訴追したのは、昨年5月。今月はじめに打ち出した2016米会計年度(15年10月~16年9月)の予算教書では、サイバー攻撃対策の強化に140億ドル(約1兆7千億円)を計上した。

 13日にはカリフォルニアのスタンフォード大学に民間企業の経営者らを招いて「サイバーセキュリティー・サミット」と銘打った集まりを主催。その場でオバマ大統領は、政府と民間企業の協力による対策強化を訴え、官民の情報共有を進めるための大統領令に署名した。

 背景には、政府だけではサイバー空間の安全を守れないとの思いがある。きっかけの一つは、北朝鮮当局が関与したとみられるハッカー攻撃でソニー・ピクチャーズエンタテインメント(SPE)の情報が大量に流出した事件だ。

 ただ、本当に警戒しているのは北朝鮮ではない。先週、ITニュースサイト「Re/code」とのインタビューで大統領は次のように述べた。

 「北朝鮮(の攻撃)はとりたてて上手なわけではない」「中国とロシアのサイバー攻撃はとても力がある」。神経をとがらせているのは、やはり中国発のサイバースパイだろう。

 もちろん、米政府の取り組みも防御だけではない。ロシアのサイバーセキュリティー大手カスペルスキーは最近、米政府の攻撃的な活動の一端に迫る報告を発表した。

 それによると、英語で「イクウェーション(方程式)」と名付けられたグループが「知られているどの組織をも上回る複雑さと精巧さ」で、世界30カ国以上の政府機関や企業にサイバー攻撃を仕掛けている。

 被害が深刻な国として挙げられたのは、ロシアのほか中国やインド、パキスタン、イラン、シリアなど。そしてこのグループには、米国家安全保障局(NSA)が関与している形跡があるという。

 「サイバー攻撃に対する十分な防御の能力を生み出したら、潜在的には同じ精巧さで攻撃に転じることができる」。Re/codeとのインタビューでオバマ大統領はこう語った。

 サイバー空間では「攻撃と防御の境界がはっきりしない」。だから「(攻守がはっきり分かれる)野球よりは(攻守が入り乱れる)バスケットボールのようだ」とも述べた。

 含みのある表現だが、大国の指導者にしては率直とさえいえるかもしれない。いずれにしろ、サイバー空間で米中ロが熱い攻防を繰り広げていることは、うかがえる。

 中東やウクライナのように流血をともなう戦いではないけれど、つぎこまれている資金や人材は決して見劣りしないのではないか。その「熱戦」に距離を置いて涼しい顔をしていられる国は、少ない。残念ながら日本も例外ではない。

2014/08/10 本日の日本経済新聞より「中外時評 「忘れない」という規範 ドイツから何を学ぶか 論説委員 小林省太」

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の日曜に考える面にある「「忘れない」という規範 ドイツから何を学ぶか 論説委員 小林省太」です。

当時の日本が歩んだ道については諸説ありますが、ドイツが戦後、ヨーロッパ諸国の国々と隣人のように接することができたのに対し、日本は戦前の脱亜入欧、脱亜論、興亜論などの議論により、アジア全体を劣位に見ていたのは事実で、その中での強国を目指したる文化や風土が日本国民の中にあったため、隣人たる感覚を持ちえず、他国へ干渉した歴史を未だに真っ向から否定できないために、融和に向かわないのではないか、このように感じるところです。





 普通にいうなら「意志」だろう。しかしもっと強い、強迫観念とまではいわないが、かくあらねばならぬという「規範意識」、そんなものを感じる。

 第1次世界大戦の勃発から100年のことし、ヨーロッパではこれを機に20世紀を振り返る試みが盛んだ。とくにドイツでは、第2次大戦勃発から75年、ベルリンの壁崩壊から25年と合わせて歴史に向き合おうという姿勢が顕著にみられる。そこにあるのが両大戦の敗戦国として「過去を忘れてはならない」という規範意識なのである。

 博物館や図書館、公文書館、市民団体を回り、展示や催しなどを通じて「20世紀のドイツ」を考える機会があった。100年という節目の大きさからいって中心は第1次大戦である。地上戦を特徴づけた深さ6メートルに及ぶ塹壕(ざんごう)を当時の資材で復元した展示、ドイツ皇帝のメモ書きが入った開戦前夜の公文書などを目にした。市民の手紙やポスターなどはインターネットでも見ることができる。

 「公平な視点」ということだろうか。開戦直後、中立国ベルギーを侵略したドイツ軍によって虐殺された人々の痛ましい死に顔の写真が、何十枚と並べられていたりもする。

 しかし、この国の20世紀に最も深い傷を残すのは、もちろん、ナチスのユダヤ人大量虐殺(ホロコースト)である。負の歴史をどう直視し、どう清算しようとしてきたか。ドイツの規範意識はその点に一番強く発揮される。ユダヤ人への謝罪や補償。あるいは犠牲者を悼む記念物の建設。こうした第2次大戦後のドイツの歴史はときに理想化され、転じて日本への批判に使われもする。過去の罪に誠実に向き合うドイツとそうでない日本、というふうに。

 が、比べることは可能なのか。日本が学ぶとすればどんな点なのか。気になるのはそういうことである。

 独国際政治安全保障研究所の日本専門家、ハンスギュンター・ヒルパート氏が両国の違いを指摘する。

 ホロコーストは歴史上類のない犯罪だが、日本の行為はスターリン時代のソ連、ベトナム戦争における米軍などと比較可能なこと。逆に、日本には被爆体験があること。大陸の分断国家ドイツと島国の日本では、安全保障環境の厳しさ、外国の圧力がまったく違っていたこと。

 「ドイツは1970年代以降指導層の世代交代が進み、過去に向き合う姿勢が真摯になった。日本は世代交代が遅れ、東京裁判や天皇の戦争責任問題の曖昧さも残ったのではないか」。ヒルパート氏はつけ加えた。

 「ドイツにとって、過去を想起することは道義だけではなく、国益の追求という政治的な意味も大きい」と言うのは板橋拓己成蹊大准教授(欧州政治史)である。「欺瞞(ぎまん)がないわけではない。しかし、政治家は言動がどう受けとめられ、外交・安全保障にどんな影響を及ぼすか、自己発信の意味をよく分かっている。その点に日本が見習うべき点があると思う」

 そう聞けば、靖国神社参拝の問題を思い起こすのである。

 歴史というのはそれぞれが固有のもので、安易に一般化するのは危険だろう。そのことを踏まえたうえの話だが、東アジアの参考になるとよく引き合いに出されるのがドイツとポーランドの関係である。

 ポーランドは一部がドイツに支配された歴史を持ち、第2次大戦中はドイツに占領された。戦後はドイツが分断国家になったこともあって、旧西ドイツとの関係は長く改善しなかった。

 ヒルパート氏は、そんななかで60年代から70年代にかけての両国の聖職者の対話が関係づくりの第一歩になったと指摘。「政治家だけでなく市民同士、ビジネスなどさまざまな機会をとらえた対話が国同士の関係改善には不可欠。本来なら政治的な資源を和解のために使うべきだが、それが難しい状況ならばなおさらだ」と話す。

 「ドイツにも、過去だ過去だというのはいいかげんやめろ、という勢力はいる」と板橋准教授はいう。それでも「忘れないという規範意識」はこの国を強く縛っている。

 来年は第2次大戦の終結から70年。第1次大戦勃発100年にはピンと来なくても、今度は日本にも直接関わってくる。戦争と、あるいは戦後とどう向き合う姿勢を見せるのか。それは道義の問題であり、もちろん政治の問題でもある。

2014/02/16 本日の日本経済新聞より「中外時評 越境するメディア統制 中国の「手」が海外にも 論説委員 飯野克彦」

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の日曜に考える面にある「越境するメディア統制 中国の「手」が海外にも 論説委員 飯野克彦」です。

中国史本がワシントンポストを買収してから、日本に批判的な記事が配信されるようになりました。この件も含め、メディアを手中に収め、中長期的に統制しようとする中国のしたたかな戦術が透けて見えます。





 北京に駐在していた米ニューヨーク・タイムズ紙(NYT)のオースティン・ラムジー記者は先月末、ビザ更新の前提である記者証の発行が認められず、中国退去を余儀なくされた。

 中国の仕組みでは外務省が外国記者の記者証の発行に責任を負う。同省の秦剛報道局長はラムジー記者が中国の法令に違反したとして、発行拒否は「法律に基づく措置」と説明した。

 これに対し、中国駐在の外国人記者の集まりである中国外国人記者クラブ(FCCC)は声明で、秦局長の説明は納得できないとの立場を明らかにした。

 「NYTが2012年10月に当時の温家宝首相の親族の不正蓄財疑惑を報じたことに対する報復措置だろう」。外国人記者の間では、こんな受け止め方が一般的だ。この1年半で3人の同紙記者が記者証やビザの発行を拒否されている。

 やはり12年に習近平国家主席(当時は副主席)を含む複数の共産党政権高官の親族の蓄財疑惑を報じた米通信社ブルームバーグも、NYTと同じように中国当局の標的となってきた。

 昨年末には両社の記者あわせて20人以上がビザ更新手続きの遅れに悩まされた。新たに派遣しようとした記者は相次いでビザを拒否された。国内メディアへの統制を強める共産党政権は、海外メディアも露骨に締め付けようとし始めた印象だ。効果はすでにあらわれている。

 「中国を激怒させかねない記事を、ブルームバーグは封印」――。NYTがこう報じたのは昨年11月8日のことだ。

 問題となった記事の一つは、中国一の富豪とも言われる王健林・大連万達集団董事長に関するとされる。共産党政権高官の親族との関係にも触れているらしい。もう一つは高官子弟の外国銀行への就職状況に関する記事という。

 いずれも香港に駐在するブルームバーグの記者たちが、独自の取材と調査に基づいてまとめた。その公表を、ブルームバーグのマシュー・ウィンクラー編集長は差し止めた。

 NYTの報道を受けて同編集長は「記事がボツになったわけではない」と反論したが、期限を定めないで公表を控える措置をとったことは認めている。その後、王健林氏に関する記事を主導したマイケル・フォーサイス記者は休職となり、NYTに転職した。

 米リベラル誌「ニュー・リパブリック」などによると、ブルームバーグは中国大陸で販売した専用端末で特定の記事が流れないようにする仕組みを編み出していた。「コード204」と呼ばれているそうだ。

 ところが、問題になった2つの記事について同社首脳部は、この仕組みを生かして中国大陸の外で公表することも選ばなかった。いかに共産党政権に気を使ったか、うかがえよう。

 ウィンクラー編集長は差し止めの理由として、中国に記者を派遣できなくなる恐れがある、と記者たちに説明した。ナチス政権下のドイツで仕事をしていた外国記者について自ら調べたとして「中国にできる限り長くいられる」ようにする戦略が必要だ、とも述べたという。

 その一方、同編集長の説明からは収益面の心配も随分と伝わってきたらしい。ニュースや財務情報などを流す専用端末は、1台当たり年間2万ドル以上の収入につながるとされ、同社の有力な収益源となっている。

 そして一昨年の蓄財報道の後、中国当局はこの端末を購入しないよう「いくつかの中国企業に指示した」(NYT)。自己検閲とされかねない措置に同社が踏み切ったのは、経営面で切実な理由があったわけだ。

 逆からみると、共産党政権は少なくともブルームバーグには効果的に影響を及ぼすことに成功したといえよう。もちろん、報道の自由を重んじるジャーナリズムの世界では共産党政権にもブルームバーグにも批判的な声が上がっている。

 共産党政権の圧力を正面から受けている海外メディアとしては米欧勢が目立つ。だが実際には、日本のメディアにもその手は及んでいる。今月11日に南京で初の中台政策担当閣僚級会談が開かれた際には、2人の台湾の記者が現地での取材を拒否されるという事件も起きた。

 共産党政権はいつまで、どこまで反動的な政策を推し進めるのか。中国の国内総生産(GDP)が世界一になる可能性が見えてきた今、そのメディア統制は世界的な問題となってきた。