カテゴリー別アーカイブ: 日曜に考える

こころの健康学 表情明るく 内面にも影響 2017/3/20 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の日曜に考える面にある「こころの健康学 表情明るく 内面にも影響」です。





 3月の最初の日曜日、日経の1面を見て驚いた。カラフルな色使いの読み物風の解説が中央に大きく配置されるなど、見たことのないレイアウトが目に飛び込んできたからだ。それを見て、しばらく前にある駅で「日曜日くらいは経済を休んだら?」という内容の日経の広告を目にしたのを思いだした。

 新しい提案をするためには、内容に手を加えることがもちろん大切で、日曜版では旅やグルメ、ファッションなどの提案をする記事が増えている。一方で、見た目の変化も重要である。新しい動きが伝わってくるだけでなく、自然に内容にも影響してくるからだ。

 それは、ストレスの軽減などをめざす認知行動療法における「外から内へ」という考え方と共通している。

 私たちは、内容が充実していれば、それが自然に外ににじみ出ると考える傾向がある。こころと体の関係についても、気持ちが元気だからキビキビと動けるし、楽しいから笑顔が出てくると考える。これが「内から外」つまりこころから体への波及効果だ。

 一方で、外見に表れたことがこころに影響することもある。キビキビと動いていれば気力がわいてくるし、笑顔でいれば気持ちが明るくなってくる。きちんとした身繕いをすれば、それだけ気持ちにハリが出てくる。行動や表情、姿勢によって気持ちが変わる。

 まもなく新年度が始まって新しい環境で生活することになるが、そのときには表情や姿勢、服装などにちょっと気を配って、外からこころを元気にして活躍してほしいと思う。

(認知行動療法研修開発センター 大野裕)



こころの健康学 不安な時ほど現実を見て 2017/3/6 本日の 日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の日曜に考える面にある「こころの健康学 不安な時ほど現実を見て」です。





 前回の本欄で不安はこころの警戒警報だと書いた。自分に何か危険なことが迫っているということをこころが感知して注意を促しているのが不安感情だ。これはごく自然な感情の動きだが、それが極端になると問題になってくる。

 私の知人で、健康診断をがんとして受けようとしなかった人間がいる。健康診断によって、何か悪いところが見つかるのが怖いという理由からだ。冷静に考えれば本末転倒だが、その人にとってはまったく自然な考えで、健診を強く勧めるとかえって反発された。

 不安を強く感じるとき、私たちは危険を過大評価している。そして、自分の力やまわりからの支援を過小評価している。

 健康診断を怖がっている人は、何か大変な病気が見つかるに違いないと、健康診断の結果を過大評価している可能性がある。あるいは、病気が見つかっても自分にはどうすることもできないし、大変な病気には医者も対処のしようがないだろうと、自分の力や周囲からの支援を過小評価している可能性がある。

 そうした判断が正しいこともあるが、現実を見ないまま危険性を評価すると不安が強くなりすぎて身動きがとれなくなってくる。対処しきれなくなるほど大きくなる前に問題に気づくという健康診断の目標さえ見失ってしまう。

 不安な気持ちになるとつい現実から目を背けたくなるが、不安になったときこそ現実にきちんと向き合う必要がある。そうすれば何が危険で、どのように対処すればよいかが見えてきて、自然に不安が和らいでくる。

(認知行動療法研修開発センター 大野裕)



こころの健康学 新年度の不安 変化への適応、一歩ずつ 20 17/2/26 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の日曜に考える面にある「こころの健康学 新年度の不安 変化への適応、一歩ずつ」です。





 新年度を前にしたこの時期は、年代を問わず不安になりやすい時期だ。様々な変化が起きるために、新しい環境にうまく溶け込めて力を発揮できるかどうか心配になるからだ。

 子どもたちは、進学する学校や新しいクラスの雰囲気になじめるかどうか考えて不安になる。そうした子どもたちを受け入れる教師もまた、新しい生徒を迎えてクラス運営がきちんとできるか心配になる。

 働いている人たちも同じように、異動などで新しい環境に足を踏み入れなくてはならなくなる。異動はなくても職場の組織替えや人間の交代があったり新しい仕事を与えられたりし、その中でうまくできるか考えて心配になってくる。

 家庭を預かっている人たちは、子どもや働いている人たちが新しい環境になじんでいけるか心配だし、自分がそうした人たちを上手に支援できるかどうか考えて不安になったりもする。

 不安は、この先何が起きるかわからないから注意をするようにということを伝えるこころの警戒警報の働きをしている。だから、新しい状況を前にして不安になるのはやむを得ないし、必要なことでもある。経験がない状況に足を踏み入れると危険な目に遭うかもしれない。そのようなときに、大丈夫だと楽観的に考えると、取り返しのつかないことになりかねない。

 だからといって心配しすぎるのもよいことではない。不安だからといってやみくもにブレーキをかけてしまうと、何もできなくなる。こうしたときには、思い切って先に進んで、現実の問題にひとつひとつ対処していくことが大切になる。

(認知行動療法研修開発センター 大野裕)



日本の安定、おごりは禁物 財政や雇用試練これから 論説副 委員長 実哲也 2017/2/26 本日の日本経済新聞より

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 何でこんな人を大統領にしたのか――。

 唐突に7カ国からの入国制限を命じた大統領令。メディアから裁判官まで気に入らない者に容赦なく放たれるツイート砲。あげくは存在しない海外のテロまで持ち出して謝らない厚顔無恥さ。お茶の間のテレビは「きょうのトランプ」を面白おかしく伝える。

 民主主義のお手本だったはずの米国がなぜ。失望、驚きに軽侮も入り交じった反応が日本を覆う。マッカーサーはかつて日本人の文明度を12歳と評したが、「どちらが12歳なのか」(経済官庁幹部)という声まで聞こえてくる。

 混乱は米国だけではない。欧州でも反移民などを掲げる異端政党が台頭。今年実施するフランスの大統領選やドイツ、オランダの総選挙では台風の目になる可能性がある。

 こうしたなかで、内外の投資家の間では日本の政治・社会の安定度を再評価する見方が高まっているという。

 国の信用リスクの大きさを示す国債のクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)の保証料率は最近、約7年半ぶりに日本が米国を下回った。日本の保証料率が低下する一方、政権が漂流する米国はやや上昇しているためだ。

 極右政党「国民戦線」のルペン党首が4~5月の大統領選候補として支持を伸ばすフランスは、この数字が1月以降、跳ね上がっている。

 日本経済は2008年の米欧発金融危機の波をもろにかぶった。当初は「蜂に刺された程度」(閣僚)との見方もあったが、経済の悪化は先進国で最大級だった。だが、米欧で広がる政治混乱の影響は今のところ蚊に刺されたほども受けていない。

 それ自体は喜ぶべきことだろう。いったん既存の政治への不信が広がれば収拾は難しく、大衆扇動的な政治家の台頭を招きやすくなるからだ。

 とはいえ、だから日本のやり方は優れていると自己満足に陥るのも禁物だ。

 BNPパリバ証券の河野龍太郎チーフエコノミストは「日本の足元の政治的な安定性は将来世代を犠牲にする形で保たれている」と指摘する。

 先進国でも突出して高齢化や人口減少が進みつつある日本。財政は、国内総生産(GDP)比で見た債務残高、赤字ともに先進国では最悪レベルだ。本来ならば、膨らむ社会保障の給付や負担について厳しい選択を国民に求めなければいけないところだが、問題を先送りしている。

 そのツケは若者世代に回る。「若い層の先行き不安は高まっており、世代間の分断はすでに起き始めている」と語るのは元衆院議員の亀井善太郎・東京財団研究員。将来世代の視点で改革を促すため、財政や社会保障の先行きを推計する独立機関の国会設置などを提言しているが、政治の反応はなお鈍い。

 米欧の政治混乱の火種になった移民・難民問題。日本政府は「いわゆる移民政策は考えていない」とし、日本は外国人が少ないから安定しているとの見方も少なくない。

 だが、実際には外国人の雇用は100万人を超えるところまで増え、こうした人々なしには経済や社会は回らなくなっているのが現実だ。

 その多くは、日本の国際協力の一環として入れ替わりやってくる「技能実習生」という名目で働いているため、日本社会に溶け込めるよう支援する体制はできていない。

 中川正春衆院議員(元文科相)は「なし崩し的にではなく、どこからどのような形で外国人を受け入れるのかを、将来を見据えて正面から議論することが不可欠。そのための包括的な基本法を超党派でつくりたい」と意気込む。だが、永田町では問題を直視して動こうという機運は薄い。

 一方、米欧の政治不安の火種になった雇用の喪失問題は人手不足が課題となる日本では心配ないとの声がある。

 数だけみればそうだが、人工知能(AI)やロボットの活用が進めば、これまで持っていた技能だけでは失職したり、仕事がみつからなかったりする人材のミスマッチが深刻になる恐れがある。転職がしにくく、新技能を学び取る機会も少ない硬直的な雇用システムを変えていかないと、社会への打撃は米欧以上に大きくなるかもしれない。

 米欧の政治混乱は対岸の火事にも映る。だが、日本も今のうちに対処しておかなければ、将来社会を揺さぶりかねない懸案を幾つも抱え、その多くが手つかずのままだ。

 敵をつくってたたく大衆扇動政治はまっぴらごめんだ。しかし、問題があたかも存在しないかのように思わせて安心させる政治の大衆催眠術にも気をつけないといけない。



心の健康学 退職後に沈む心 関心あることに時間を 2017/2 /19 本日の日本経済新聞より

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 年度末が近づいてきた。3月いっぱいで定年になってこれまでの仕事から離れる人も多いのではないだろうか。こうした生活の大きな変化は、こころや体にかなり負担になることがわかっている。

 職場から離れなくてはならなくなって落ち込む人は少なくない。とくに仕事一筋に頑張ってきた人は、仕事から離れることにストレスを感じやすい。いちずに頑張ってきたということは、それだけ仕事と一体化していたということでもあるからだ。そこから離れることで大きな喪失感を体験することになる。

 仕事に限ったことではないが、大切なものを失ったと思うと心が沈み込む。一人置き去りにされたような心細さを感じたりもするだろう。そうしたときには、趣味でもボランティアでも、自分が関心を持っていたことに時間を使うようにすることが役に立つ。

 仕事をしているときにそうしたことを始められていればよいのだが、なかなかそうした余裕はなかったかもしれない。だからといって、そうした自分を責めても問題が解決するわけではない。退職してからでも遅くはない。まだこの先、10年、20年ある。少し時間をかけて、楽しいことややりがいのあることを少しずつ始めてみることだ。

 こころに元気が無くなったときには、自分が関心を持っていることや楽しいことをしていると少しずつ元気が戻ってくることを示す科学的根拠がたくさん報告されている。退職後は自分が自由に使える時間がたくさんある。その時間をいかして、充実した生活を送るようにしていきたい。

(認知行動療法研修開発センター 大野裕)



こころの健康学 受験勉強ムダない思考 学ぶ訓練 2017/2/5 本日の日本経済新聞より

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 大学入試センター試験の後、問題と解答が新聞各紙に掲載された。私もちょっと目を通したがほとんど答えられない。理科や数学などは、質問の意味さえわからない問題がある。

イラスト・大塚いちお

 もともと理系科目は苦手だったが、ここまで能力が落ちてしまうのかと暗い気持ちになった。しかし医師として社会に出てからは、大学入試で必要になる理科や数学を使うことはなかったからやむを得ない、と自分を納得させようとした。

 それなら何であのような難しい勉強をしないといけないのか疑問に思えるかもしれない。社会に出てから使わないような数学や理科を勉強するのはムダに思える。しかし、ちゃんと意味がある。分野が違っても、基本的な思考過程には共通する部分が多いからだ。

 ある物理の教師は、天体の動きについて説明しながら、それが真実だと証明されているわけではないと言った。しかし、その理論を使うと、現実の現象をもっともムダがなく美しく説明できる。その美しさに惹かれて物理を勉強しているのだと話していた。

 じつは、ムダのない美しさという視点は、こころの健康を考えるときにも大切だ。脳科学や心理学が進歩しても、こころの動きはわからないことだらけだ。だから、こころを健康にする手立てについても、いろいろなアプローチがあたかも真実のように語られる。

 どれを選べばよいか迷うかもしれない。そういうときには、自分の目から見てムダなく美しい理論や手法を選ぶと失敗が少ない。このように私たちは、若いころの勉強を通して多くのことを学んでいるのだ。

(認知行動療法研修開発センター 大野裕)



Financial Times 「米国第一主義」は間違い チーフ・エコノミク ス・コメンテーターマーティン・ウルフ 2017/1/29 本日の日本経済新聞より

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 中国の習近平国家主席は1月17日、世界経済フォーラム(WEF)年次総会で、グローバル化について米大統領が話すと期待されるような内容の講演をした。トランプ米大統領は就任式で、貿易について米大統領なら絶対に言うとは思えない発言をした。このコントラストは衝撃的だ。

グローバル化へ米中の立場逆転

 習氏は、グローバル化に困難がないわけではないと認めたが、「世界の諸問題の原因がグローバル化にあるとするのは、現実と矛盾する」と主張。むしろ「グローバル化が世界の成長の原動力となり、モノと資本の移動、科学、技術、文明の進歩、そして人々の交流を促した」と指摘した。習氏の考え方はWEFで講演した最後の米大統領のそれと合致する。クリントン大統領は2000年に、「開かれた市場とルールに基づく貿易こそが生活水準を引き上げ、環境破壊を減らし、繁栄を分かち合う最高のけん引車だということを明確に再確認する必要がある」と訴えた。

 トランプ氏はこの考えを拒絶する。「諸外国が我々の製品をつくり、企業を盗み、職を奪うという略奪行為から国境を守らなければならない。(自国産業の)保護こそが素晴らしい繁栄と強さにつながる」とし、さらに「我々は2つの簡単なルールに従う。米国製品を買い、米国人を雇うというルールだ」と言う。

 これは、ただのおしゃべりではない。トランプ氏はすでに環太平洋経済連携協定(TPP)からの離脱を決め、北米自由貿易協定(NAFTA)再交渉の意向も表明した。そのうえメキシコに35%、中国に45%という極めて懲罰的な関税を課すとも脅している。背後にあるのは、トランプ氏の通商政策顧問を務める経済学者ピーター・ナバロ氏と商務長官に指名されたウィルバー・ロス氏が「トランプ・トレード・ドクトリン」と呼ぶ、「どんなディール(取引)も経済成長率を高め、貿易赤字を削減し、米国製造業の基盤強化につながらなければならない」という考え方だ。

 英国の読者は、これで英労働党の左派が1970年代に唱えた「代替的経済戦略(編集注、インフレや失業対策として労働者に軸足を置いた政策)」を思い出すだろう。こうした左派は、ナバロ氏やロス氏、トランプ氏と同様に貿易赤字は需要を抑制すると主張した。従って、輸入統制が彼らの解決策だった。トランプ氏の場合は、米国の貿易赤字を減らすことを狙うディールが解決策のようだ。世界最強の市場経済にして世界の主たる準備通貨の発行国である米国の政策立案者たちが、こんな粗野な重商主義を打ち出すとは誰が想像しただろうか。

トランプ氏側近、政策に疑いなく

 恐ろしいのは、トランプ氏の側近たちが、ほぼ完全に間違っていることを信じている点だ。例えば輸出品に付加価値税(VAT)が課せられないのは、輸出への補助金に等しいと考えている。それは違う。欧州連合(EU)で売られている米国製品には、欧州製品と同様、VATが課せられているし、米国で売られている欧州製品には米国製品と同じように、(税が導入されている地域・州では)売上税が課せられている。つまり国産品と輸入品の価格にゆがみはない。一方、関税は輸入品だけに課せられるので、相対的に価格をゆがめることになる。

 こうした人たちは通商政策で貿易赤字が決まると考えている。だが、ざっくりいってそうではない。なぜなら貿易(および経常)収支は収入と支出の差を反映するからだ。全面的に関税を導入したとしよう。このことは国内の競争力のない一部の企業を保護するが、(消費者がその競争力のない商品を高く買わされることで)ほかの企業の製品が売れなくなることを意味する。トランプ氏の提案は、本来なら市場から退出すべきゾンビ企業の再生を目指しているように見える。こうした保護を講じれば投資先としての米国の魅力は低下し、対外赤字は減るかもしれないが、到底まともな戦略には思えない。

米のTPP離脱、地政学的影響も

 さらに間違っているのは、2国間協定を良いと信じていることだ。貿易協定は企業間取引とは違う。すべての企業にとっての取引条件を定めるものだ。2国間協定にこだわると、世界の様々な市場は寸断されることになる。新たな2国間協定のために競争条件がいつ見直されるかわからなくなれば、企業は長期的な戦略を決めるのが極めて困難になる。

 愚かな政策は甚大な影響を招きかねない。米大統領は、望めば事実上何でもできる法的権限を持っている。だが過去の協定をほごにすれば、相手国は必ず米国を信頼できない相手と見なすだろう。特に中国は報復してくるはずだ。米ピーターソン国際経済研究所は、中国とメキシコは合わせて米国の貿易額の4分の1を占めるため、両国と全面的な貿易戦争になれば、米民間部門の雇用480万人分が減ると試算する。サプライチェーンも分断されることになり、その深刻な影響は避けられない。

 地政学的影響も大きい。メキシコを追い詰めれば、この30年間の同国の改革の成果が覆り、左派のポピュリズム(大衆迎合主義)勢力が権力を握ることになるだろう。中国をたたきのめせば、最も重要な2国関係が何十年にもわたり傷つきかねない。米国のTPP離脱で、アジア域内の米国の同盟国が複数、中国になびく可能性もある。世界貿易機関(WTO)のルール無視は、世界経済を実態面から支えている体制を壊すことになりかねない。

 トランプ氏の「米国第一主義」は経済戦争の宣戦布告のようだ。米国の力は極めて強大だ。それでも自国の思い通りに物事を運べるわけではない。単に、自国がならず者国家に成り下がると他国に宣言することになりかねない。

 覇権国がひとたび自ら構築した体制を攻撃すれば、結末は2つしかない。現体制の崩壊か、新たな覇権国を軸とした新体制の構築のどちらかだ。習氏が率いる中国は、米国に取って代わることはできない。欧州、アジア諸国との協力が必要になるからだ。より可能性が高いシナリオは、体制が崩壊し、何でもありの通商政策が入り乱れる事態だ。習氏がWEFで示した考えは正しい。しかし、トランプ氏が支持しなければ実現しないだろう。そうなれば米国はもちろん、どの国のためにもならない。

(25日付)



時論 脱デフレ金融政策では限界だ クリストファー・シム ズ氏米プリンストン大教授 2017/1/29 本日の日本経済新聞より

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 日銀の金融緩和に限界論がささやかれ、財政支出で物価上昇率2%を目指そうという新理論がわき起こっている。壮大な量的緩和を提唱したリフレ派が「財政拡張派」にくら替えする動きもある。いったいどんな考え方なのか。ノーベル経済学賞を受賞し「物価水準の財政理論(FTPL)」を唱える米プリンストン大のクリストファー・シムズ教授に聞いた。

■インフレで債務軽減 宣言を

 ――日銀が「量的質的金融緩和」を始めてまもなく4年。物価上昇率は2%に届かないままです。日本のリフレ政策は失敗ですか。

 「日銀が大量の資金を供給して金利水準を低く保ったことは、正しい施策だったと思う。ただ日本のように政策金利が下がって(利下げの余地がない)ゼロ金利制約に直面すると、金融政策で物価をコントロールすることは、もはやできない。日銀はその事実を認める必要があるだろう。むしろ最大の失敗だったといえるのは、物価上昇率が2%に達する前に消費増税に踏み切ったことだ」

 ――個人消費がしぼんでしまったというとらえられ方をしました。

 「私が主張したいのはそうではない。増税はFTPLの考え方と正反対だということだ。ゼロ金利制約下で物価上昇を実現できるのは、中央銀行ではなく財政をつかさどる政府だ。政府がインフレを起こすには、むしろ増税での財政再建を棚上げしなくてはならない」

 「物価引き上げに必要なのは、日本政府が政府債務の一部を、増税ではなくインフレで帳消しにすると宣言することだ。政府が2%の物価上昇率目標を掲げ、達成するまでは消費税増税を延期する。しぼんでしまった人々のインフレ期待を高める『サプライズ』につながるだろう」

 ――日銀もインフレ期待に働きかけると主張してきました。「人間の期待」にそこまで期待できますか。

 「非常に難しい問題ではある。ただ、日銀の金融緩和でいえば、首尾一貫した財政の後押しがなかったことが問題なのだ。政府のトップが『インフレを起こす準備ができている。それを債務返済に使う』と言えば、人々の予想を十分に変えることができる」

 「実際、1930年代のルーズベルト米政権は、インフレ期待を起こすことに成功している。前政権下で染みついたデフレ環境を転換するために、金本位制を捨ててドルを切り下げ、財政拡張にも転じ、米連邦準備理事会(FRB)には国債を大量に買い上げるよう求めた。インフレを目指して全ての政策を転換したことで、物価予想はデフレからインフレへと一気に跳ね上がった」

 ――日本は国と地方を合わせた政府全体の債務残高が国内総生産(GDP)の2倍強に達します。

 「逆説的だが、今は投資家にとって政府債務の魅力が強すぎる。投資家は安全を欲しており、国債が最大の投資先だ。この資金の流れを民間投資に向けるには、人々が『国債を持ちたくない』と思うように仕向けなければならないのだ。インフレを起こしてそれで政府債務の一部を返済すると宣言すれば、価値が損なわれる国債の魅力は弱まり、民間投資への資金の流れをつくることができる」

 「もっとも歯止めの効かないインフレは恐ろしいものだ。人々は物価が目標の2%に達して以降、3%、4%、5%と上がっていくのではないかと恐れている。しかし今では金融政策の進化で、インフレを制御する手段が多くある。(民間銀行が中央銀行に預ける)準備預金に付ける金利を操作して政策金利を一定の範囲で保つことができる。財政当局者の信頼性も高まっており、いざとなれば緊縮財政に転じることもできる」

 ――それでもインフレによる実質債務の縮小は国債保有者に損失をもたらします。金融不安を招くリスクも否めません。

 「インフレは国債保有者に負担を強いて利益が減ることになり『インフレ税』と言われればその通りだ。日本にとってインフレによる実質債務の削減が簡単ではないことは理解している。たとえば長期国債に大量の投資をしている日本郵政だ。インフレで長期金利が上昇すれば、保有国債の価値が落ちて資本毀損が発生しかねない。民間金融機関などが抱える大量の長期国債が重荷となって、インフレ政策で金融セクターが萎縮するリスクはある」

 「インフレで日本の政府債務がどれだけ軽減されるか、一方で国債保有者への『インフレ税』によって金融システムにどれくらいの悪影響が及ぶのか、吟味して政策判断することが必要だ。ただ、物価が2%に上昇するとしても、金融機関にはバランスシートを調整する時間があるだろう。金融システムの動揺を防ぐ策は講じるべきだが、急激に事態が悪化するとはみていない」

■物価2%まで増税凍結

 ――健全財政の放棄との曲解も目立つようです。

 「この政策は、財政赤字で生み出された政府債務のすべてをインフレで解消するわけではない。一部をインフレで賄うだけで、物価上昇率が2%に達すれば、段階的に連続的に消費税を引き上げていくことが合理的だと思う。日本は巨額の財政赤字を抱えており、減税などの追加策も不要だ。最終的に増税が必要だとしても、経済に悪影響をもたらす低金利・低インフレが続いている間は増税しないと宣言することが重要だ。政府債務への過剰な資金流入を止め、民間需要を高めることが必要だからだ」

 「その上で改めてインフレ目標の重要性を議論したい。さまざまな歴史的な理由があって、一定の物価上昇が経済成長に多くの利点があることは考え方が一致するところだろう。戦前の世界大恐慌をみればはっきりしている。もっともこの政策が保証するのは、2%の物価目標に到達できるということだ。日本は人口問題など構造的な低成長要因を抱えており、それは別の解決手段が必要になる」

 ――トランプ米大統領は財政拡張を掲げています。

 「トランプ氏の主張は減税で財政支出を増やし、ただただ財政赤字を膨らませる政策だ。人々は米国の将来の増税を見込んでおらずインフレ観測が高まるだろう。ただ『物価上昇が一定に達するまで』という条件をつけなければ財政拡張は歯止めの利かないインフレをもたらす危険がある」

 「もっともトランプ政権の政策はきわめて不確実性が大きい。企業減税は高い確率で実行に移されるだろうが、税制改革案を実際に設計する下院共和党指導部には健全財政を好む『財政タカ派』が含まれ、トランプ氏が公約してきた財政拡張策がすべて実行されることにはならない」

 1942年生まれ。計量経済学とマクロ経済学の大家で、2011年にノーベル経済学賞を受賞した。金融政策が経済に短期的・長期的にどのような影響を与えるかを研究し、マクロ経済分析の基礎を築いた。 16年8月には米連邦準備理事会(FRB)のイエレン議長らが一斉に集う米ジャクソンホール会議に招かれ「ゼロ金利近傍では金融政策の効き目が薄れるため、インフレを目指した財政支出でインフレ期待を引き上げるべきだ」と講演し、注目を浴びた。日本でも安倍晋三首相の経済ブレーンである浜田宏一米エール大名誉教授がシムズ氏の講演を「目からウロコが落ちた」と評して「ポスト・アベノミクス」の政策運営に影響を与えつつある。74歳。

◇     ◇

FTPLとは

 財政支出で低インフレから脱するというシムズ氏の主張は「物価水準の財政理論(FTPL=Fiscal Theory of the Price Level)」に基づく。

 FTPLの考え方は(1)政府が財政支出を増やす(2)企業や個人が将来の財政悪化を予測する(3)お金の価値が下がる(4)インフレが発生する――という流れにある。減税や公共投資で需要を積み上げるケインズ政策と混同されるが、FTPLの発想は異なる。

 例えば政府の借金が100兆円あるとする。ただ、残念ながら将来は50兆円分の返済原資しか得られそうにない。政府は個人や企業と異なり借金を踏み倒すことはできない。

 どうするか。通常であれば増税で借金を返そうとするだろう。しかし、FTPLでは増税ではなく、インフレで借金を返そうと考える。50兆円の返済原資をインフレによって名目100兆円に膨らませることができれば、増税しなくても借金は帳消しにできる。

 このメカニズムを応用すれば「政府は増税しません。インフレで借金を返済します」と公約すればいい。個人や企業はその場で「将来は物価が上昇する」と考え、実際には財政が野放図に悪化する前に人々のインフレ予測が上向く――。これがFTPLの考え方だ。

 近代経済社会は金融政策で物価を操作してきた。ただ名目金利がゼロに近づくと利下げができず、政策効果が薄れる。シムズ氏は効果を失った金融政策の代わりに財政政策で人々のインフレ予測に働きかけるよう主張する。

〈聞き手から〉「魔法のつえ」はない

 世界の中央銀行関係者や市場参加者にとって、金融政策の限界論を説くシムズ氏は、皮肉にも最も旬な一人である。ただ、その理論は「連立方程式で形作られ、一般に広めるのが簡単ではない」(シムズ氏)。日本でも学識経験者らがシムズ氏の主張をとり入れて「ポスト・アベノミクス」を模索する動きがあるが、理論はいまだ消化不良で賛否を戦わす議論の土壌が育っているとはいいがたい。

 シムズ氏が主張するのは野放図な財政拡張ではない。増税先送りによる財政悪化とインフレを容認しつつ、ハイパーインフレにならないよう政府・中銀のコントロールは保つという矛盾したような狭い道を進む必要がある。政策は極めて実験的といわざるを得ない。

 シムズ氏は「国債の魅力を弱めたい」とも話した。民間事業への資金の流れを取り戻すためだが、金融機関が国債投資に突き進むのは政府の財政再建を見込んでいるためだけではない。国債をリスクゼロの資産とみなす国際金融規制など、マクロ経済理論からやや外れた要因がそこにはある。低インフレからの脱却には「金融政策と財政の協調」(シムズ氏)だけでなく、政府規制や商慣習の見直しなど全面的な改革が必要になる。

 異次元緩和、マイナス金利、イールドカーブ・コントロール――。アベノミクスでは日銀を中心に先駆的な政策をいくつも試したが、「魔法のつえ」があるわけではない。即効薬ばかりを探し求め、人口減など重たい課題の解決がおろそかになれば、それは本末転倒だ。

(ワシントン=河浪武史)



こころの健康学 脱マイナス思考現実受け入れ、対策練る 2017/1/ 22 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の日曜に考える面にある「こころの健康学 脱マイナス思考現実受け入れ、対策練る」です。





 1月4日付のニューヨーク・タイムズ紙に、認知行動療法について取り上げたコラム記事が掲載された。「マイナス思考を克服する年」と題されたコラムでは、まず最初に、私たちは進化論的にマイナス思考をする傾向があると紹介されている。厳しい条件を乗り越えて生き延びるためには、まず良くないことが起きる可能性を考えて身を守る必要があったからだ。

 その意味ではマイナス思考は悪いことではないが、強くなりすぎると、心身によくない影響を及ぼす。あれこれマイナスに考えすぎると、気持ちが沈み込んだり不安になったりしやすくなる。自律神経やホルモンのバランスが乱れたり免疫の働きが落ちたりして、体調を崩しやすくもなる。

 だからといって、マイナスな考えが浮かんだときに、それを無理矢理押さえ込むのは逆効果だと記事は伝える。ネガティブな考えを否定しようとすればするほど、その考えにとらわれるようになってしまう。

 ある人から嫌われているのではないかという考えが頭に浮かんだとき、嫌われていない可能性もあると考えてマイナス思考を追い払おうとしてもうまくいかないことが多い。嫌われている可能性を否定できるわけではないからだ。本人に確認しなければわからない。

 そのとき大事なのは、嫌われているかどうかではなく、その人とこれからどのような関係でいたいと考えるか、そのためにどのようにすれば良いかだ。マイナス思考を克服し、良い関係を築くためには、まず現実をありのままに受け入れ、その上で次に進む手立てを考えることが大切になる。

(認知行動療法研修開発センター 大野裕)



これからの民主主義の話をしよう マイケル・サンデル氏 米ハーバ ード大学教授 2017/1/22 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の日曜に考える面にある「これからの民主主義の話をしよう マイケル・サンデル氏 米ハーバード大学教授」です。





 第45代アメリカ合衆国大統領に20日、ドナルド・トランプ氏が就任した。選挙期間中から物議を醸した公約、ツイッターを駆使した情報発信、誹謗(ひぼう)中傷すれすれの物言いは多くの賛否を呼び、米国社会に深刻な分断をもたらしている。トランプ政権下で米国、そして民主主義はどこに向かうのか。ハーバード大学のマイケル・サンデル教授に聞いた。

■市民の無力感 解消の道探れ

 ――「トランプ政権」誕生の意味をどう見ますか?

 「ドナルド・トランプ氏を選んだ結果は過去20年、30年と続いてきたグローバリゼーションの末、その利益についてほんの一握りの上流階級だけしか手にしていないということに対する人々の不満の表れといえる。ほとんどの労働者階級、あるいは中間層は全く、その利益を享受できていない。その結果、格差は一層、深まり、突然、ドナルド・トランプ氏の選出という形で(不満が)表現された」

 「我々は今、民主主義、そして資本主義の将来について真剣に考えなければならない時期に来ている。人々の強い不満に応じられるような、新しい民主主義、資本主義のモデルはいかにあるべきか、という根源的な問いかけに向き合わなければならない」

 ――それは米国だけでなく、世界中の先進民主主義国に共通する課題です。

 「欧州では多くのポピュリズム政党が台頭しつつある。だからこそ、今こそ、民主主義と資本主義について根本から問い直す時期だ。民主主義についていえば、政府を代表する伝統的な組織や機関はお金や企業の利害によって左右され、普通の市民の声が反映されていない、と人々は感じている。それこそ、民主主義に対する不満の源だ」

 「資本主義についていえば、過去数十年間にわたるグローバリゼーションと技術革新の結果、生み出されたものは格差だけだったという点があげられる。この問題と向き合わなければならない。政治の世界において、我々はもっと普通の市民に意味ある発言をしてもらう方法を見つけなければならない。経済の世界では、グローバリゼーションと技術革新がもたらす利益を広く共有できる術を見いだす必要がある」

 ――そういう観点で見れば、「トランプ政権」の誕生はある種の「社会革命」ともいえますね。

 「その通りだ。ブレグジット(英国による欧州連合離脱)も全く同じ構造だ。部分的には経済上の問題だが、実は社会的、そして文化的な反発が背景にはある。その反発とはつまり、エリート階層が普通の人たちを見下している、ということだ」

 ――そうした不満、怒りに基づく「トランプ現象」を解消するには何が必要ですか。

 「格差の問題は昨年、突然、表面化したわけではない。過去20年以上、我々はその問題を提起してきたが、本来、労働者に寄り添うはずの民主党がプロフェッショナルな階層や、ウォール街に近づいてしまった。この結果、民主党は普通の労働者から遠ざかってしまった」

 「米国ではこれまで、格差について人々はあまり心配していなかった。我々はいずれ上向くという信念があったからだ。貧しい出であっても、のし上がることはできる。それこそ、アメリカンドリームなのだ」

 「しかし、今、そうしたケースが急速に減っている。今は米国において、貧しい生まれなら、その7割は中間層にすら上がることができない。上位20%の層に入る率はわずかに4%だ。上位の層に上がる率は今や、米国よりも欧州の方が上だ。これはアメリカンドリームの危機といえる。もし、子供たちに『格差のことは心配しなくても、君たちはのし上がることができる』と言えなくなれば、もっと平等や団結といったことに注意を払わなければならなくなる」

 ――そうした風潮はポピュリズムだけでなくナショナリズムもあおりますね。

 「それこそ、私が最も心配することだ。民主主義を再活性化し、資本主義とグローバリゼーションの関係性を向上させ、上位の人間だけではなく、すべての人が利益を享受できるようにできなければ、重大な危機が訪れる。極端なナショナリズムや耐えがたいポピュリズムが人々をさらに魅了するだろう」

 ――トランプ氏による勝利は色々な意味を含有しているということですね。

 「トランプ氏がこれらの問題を解決するような、建設的な改革を主導するとは思えない。民主党だけでなく、共和党も含め、両党の責任ある指導者たちがこのショックによって、彼ら自身の政党のプラットホームを再定義する機会とすべきだと思う。人々が募らせている無力感、正当な不満を責任ある両党、責任ある指導者が理解し、市民の声により多くの耳を傾けることこそが必要なのだ」

■権力監視は報道の責務

 ――米国の民主主義と政治の将来はどうなるのでしょう。

 「民主主義、そして言論の自由の将来には懸念を覚えている。まず、言論の自由についてはメディアを取り巻く環境が変わり、ソーシャルメディアの台頭によって真実と間違った情報の区別がとても難しくなっている。多くの米国人、特に若者はニューヨーク・タイムズ紙から情報を得なくなっている。彼らはテレビでもなく、ソーシャルメディアからニュースを得ている。あるいは深夜のコメディー番組から得ている。多くの人たちが信頼性のあるニュース源を持てなくなれば、それは意味のある政治の議論に結びつかず、かつ、メディアの分裂、崩壊にもつながる」

 「極端なナショナリズムと全体主義的な政治の出現は言論の自由にとって、もっと厄介だ。人々が民主主義や既存の組織に不満を抱けば抱くほど、彼らは『強い人』や、独裁者を求める。ロシアのプーチン氏、トルコのエルドアン氏などはその例だ。選挙期間中のトランプ氏もメディアを攻撃していた」

 ――選挙後も同じです。

「もし、自分たちにとって不公平な報道があれば、ニューヨーク・タイムズ紙のような新聞を訴えやすくするように名誉毀損に関する法律を変えるとまでトランプ氏は言っている。これらの動きがチェックされないまま、多くの時間が過ぎれば、それは言論の自由に対する脅威となる」

 ――メディアの側にも問題はありますね。

 「トランプ氏は名誉毀損に関する法律を改正できないと思うが、一方でメディアも本来の役割を十分、果たしてはいない。なぜなら、センセーショナリズムとセレブ中心の政治にばかりに目をやっているからだ。予備選段階で、トランプ氏がテレビに出演したことで実質的に手にしたお金は実に20億ドルにもなる。なぜなら、彼はいつも(放映中に)暴言を吐き、それが視聴率を上げたからだ。しかし、それは大統領選に関して、責任ある報道方法とはいえない。エンターテインメントか、暴言を見るためのものにすぎないからだ。民主主義の未来も責任あるニュース源とメディアの報道姿勢にかかっている」

 「正義と不正義、平等と不平等に関するまっとうな不平、不満はいつの世にも存在し、市井の人々は自分たちがどのようにして治められているのかについて、意味ある意見を持っている。これらの問題について、主流派の政党はきちんと仕事をしてこなかった。彼らは人々の怒りと不満を理解していなかったのだ」

 「(トランプ政権の誕生について)単に『これは恐怖心からのものだ』とか、『無視しなければならない』と言うのは間違いだ。耐えがたいもの、そして、排外主義には徹底して戦っていくことが重要だ。同時に過去20年以上にもわたって積み上げられてきた正当な不満を解消するため、より建設的な代替案を提供していくことが大切だ」

 ――民主党は反ウォール街を標榜するエリザベス・ウォーレン上院議員ら左派が主導権を握り、左傾化が進むのですか。

 「米国の政治システムの将来には懸念を覚えている。米国における二大政党制の将来はひとえに両党が普通の人々(の要望)にどのように応じるのか、ということについて再度、自らを作り直せるかどうかにかかっている。それは選挙活動においてお金の力に負けないことを意味している」

 「共和党は大統領だけでなく、上下両院、そして多くの州知事のポジションもコントロールする。やがて最高裁判所においても多数派を占める。一つの政党がすべての部門(行政府、司法、立法)において連邦レベル、そして州単位でも多数派となることは初めてのことだ。それゆえ、共和党が自らを再定義することは難しい。彼らの未来はひとえにトランプ氏が成功するか否かにかかっている」

 Michael J. Sandel 専門は政治哲学。個人の権利を絶対的に重視する米国の伝統的なリベラリズムとは一線を画し、この分野の大家だったジョン・ロールズ・ハーバード大教授の「正義論」を批判したことで一躍脚光を浴びた。共同体(コミュニティー)の価値を重んじるコミュニタリアニズム(共同体主義)の提唱者としても知られる。 ハーバードの新入生を対象にした「正義」の講座では教室の学生たちと対話を通じて、共通の見解を模索するユニークな授業スタイルが人気となり、日本でも「白熱教室」として話題となった。著書に「公共哲学」「これからの『正義』の話をしよう」「それをお金で買いますか」などがある。1953年生まれ、63歳。

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〈聞き手から〉「民主主義2.0」  トランプ現象が試金石

 「民主主義は最悪の政治形態である。ただ、これまで試されてきた、いかなる政治制度を除けば……」。英国の宰相、ウィンストン・チャーチルが言い残した名言の真意は、独裁主義や共産主義、社会主義や軍国主義よりも民主主義は優れているということだ。同時に、チャーチルが言うように民主主義も決して完璧ではない。だからこそ、人類社会は日々、丹念にこの社会システムを守り、精査し、向上させなければならない。

 トランプ米政権の発足は一見すると、そうした動きに逆行するかのようでもある。しかし、グローバリゼーションと技術革新が進み、「民主主義2.0」とも呼ぶべき、新たなステージに先進民主主義の各国が足を踏み入れた今、「トランプ現象」は米国を実験場として民主主義が更に一皮むけるための試練、あるいは節目と捉えることもできるのではないだろうか。

 8年前、日本もすでに「和製トランプ現象」で政権交代を体験している。そこから我々は何を学び、何を学んでいないのか。市井の声に心の耳を傾ける真の政治と、浅薄な大衆迎合の政治を見極める心眼が我々一人一人に今ほど求められている時はない。

(編集委員 春原剛)