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核心 北方領土は「2+α≒4島」 歴史の重み忘れずに 論説主幹 芹川洋一 2016/11/07 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞のオピニオン面にある「核心 北方領土は「2+α≒4島」 歴史の重み忘れずに 論説主幹 芹川洋一」です。





 すっかり忘れ去ってしまっている歴史上のできごとがあるものだ。昨年が戦後70年だったのは、だれもが知っている。ところが今年が海外からの引き揚げ70周年というのは、恥ずかしながら知らなかった。国文学研究資料館の加藤聖文・准教授に教えてもらった。

 戦時中、海外にいた兵士・民間人は630万人にのぼる。その大多数が1946年の1年間で日本国内に引き揚げてきた。それこそ命からがら、着の身着のまま、日本に向かった民族大移動だった。祖国の土を踏む目前で無念にも亡くなった方もいたに違いない。

 10月20日、都内で開いた「引揚70周年記念の集い」をのぞいた。旧満州からの引き揚げ者である藤原作弥・元日銀副総裁が進行係のシンポジウムで、樺太(サハリン)にいた渡辺三男氏(83)が体験談を語った。

 「西海岸の真岡に住んでいた。1945年8月20日午前5時半ごろ。父親から起こされた。海岸を見なさい、というので水平線に目をやった。ソ連の軍艦と輸送船が連なっていた。艦砲射撃のあと上陸してきた」

 「当時12歳。父親から布団を背中に背負わされた。親子バラバラで山に向かって逃げた。2日2晩飲まず食わず。ようやく東側の豊原にたどり着いた。駅前広場は避難民でごった返していた。そこにソ連軍の爆撃機が爆弾をおとした。何百人という人が死んだ。駅前は血の海だった」

 似たような体験をされたのだろう。老婦人のすすり泣く声が聞こえてきた。

 「(舞鶴発)ソ連からの最後の帰国集団1025名を乗せた興安丸は、ダモイ(帰国)の喜びを船腹一杯にふくらませながら、予定通り26日朝8時粉雪のちらつく舞鶴に入港」――56年12月26日付の本紙夕刊はこんなふうに伝えている。11年間のシベリア抑留からやっと帰国した人たちだ。

 帰国団の団長は後宮淳・元陸軍大将、副団長は満州国で警察トップの警務総局長をつとめた星子敏雄(のちに熊本市長)だった。

 出迎えた中には、近衛文麿元首相の長男で帰国直前に亡くなった近衛文隆の夫人の姿もあった。午後2時からはシベリアで亡くなった人たちの合同慰霊祭が開かれた(荒牧邦三著『満州国の最期を背負った男・星子敏雄』)。

 「最後の集団帰国」といわれたのは、これによって旧満州、北朝鮮、千島列島、ソ連からの帰国がおおむねおわったからだ。同年10月19日、鳩山一郎首相とブルガーニン首相が日ソ共同宣言に署名、国交が正常化したのを受けたものだった。

 それからちょうど60年。 日ソ共同宣言では、平和条約を締結したところで国後島、択捉島をふくむ北方4島のうち、歯舞群島と色丹島が日本に引き渡されることになっている。しかしいくどとない交渉をへても置いてきぼりを食っているのが北方領土だ。

 4島は固有の領土であり帰属問題を解決して平和条約を締結という日本側。「4島は第2次大戦の結果、合法的にロシアの領土になったものだ」と主張するロシア側。4とゼロの対立がずっとつづいている。

 4島返還論者がとりわけ警戒しているのが、歯舞・色丹の2島先行返還によるロシア側との妥協だ。

 日ロ交渉の関係者の間で語り草になっているエピソードがある。

 先日亡くなった丹波実・元駐ロシア大使が叙勲を受け、天皇、皇后両陛下主催の園遊会で、安倍晋三首相と出会った。車いすで参加していた丹波氏はすっくと立ち上がって、首相の手を強く握って訴えた。

 「総理、正義を曲げてはいけません。絶対に譲ってはいけません!」

 筋金入りの4島返還論者だった丹波氏。38年生まれで、樺太からの引き揚げ者でもあった。

 12月15日の山口での日ロ首脳会談に期待が高まっている。ここで進展がなければ4島の帰属はこのまま固定してしまうとみる向きが多い。関係者は異口同音に「最後のチャンス」という。ただすんなりいくとは、とても思えない。

 外交筋の話を総合すると、インフラ整備が進んだ択捉島や、軍事的に大きな意味を持つ国後島をロシアが手放す可能性は極めて小さい。ロシアの国内事情について「クリミア問題でナショナリズムが高揚しており、歯舞・色丹で手を打つことさえむずかしくなっている」とも解説する。

 4とゼロの間で、どこに解をさぐるのか。本紙の世論調査でも4島一括ではなく一部返還でも可とみる人が54%と過半をしめるなど国民意識の変化も見える。4島にはロシア人が居住、旧島民も帰還希望者はほとんどおらず、むしろ求めるのは自由な往来だという。

 安倍首相とプーチン大統領の首脳会談は14回を数え、本音で話のできる関係になっているらしい。北東アジア情勢を考えた場合も、日ロ関係の改善は強大化する中国への抑止効果が期待できるのはたしかだ。

 ここは平和条約で2島プラスα。αをいかに大きくして限りなく2に近づけるかの勝負ということか。

 8月15日以降、ソ連軍により命をおとした人々。極寒の「異国の丘」で亡くなった人々。そうした歴史の重みは忘れずに、米欧諸国との関係も頭に入れつつ、リアリズムで何が全体的な利益かを考えて答えを求めていくしかないのだろう。



核心 英「EU離脱派」の胸の内 有権者揺さぶる新聞論調 欧州総局長 大林尚 2016/04/18 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞のオピニオン面にある「核心 英「EU離脱派」の胸の内 有権者揺さぶる新聞論調 欧州総局長 大林尚」です。





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 フリート街は英国の新聞界を指す代名詞だ。ロンドンの金融街シティの西隣を東西に貫く500メートルほどの通りに、かつては新聞社や出版社がひしめいていた。本紙欧州総局もこの近くにあるが、英有力紙のほとんどは移転してしまった。

 名残をとどめるのが通りから一歩入った聖ブライド教会だ。出版界の草分けウィンキン・ド・ウォードがその一角に印刷所を設けたのが西暦1500年。プレス(印刷機)が報道機関の俗称になった由来とされる。

 ジャーナリストの聖地である。正面の祭壇と垂直に並んだベンチの背もたれには、各国の新聞社やテレビ局のスター記者らの名を刻んだプレートがはめ込まれている。殉職記者の遺影が飾られた脇の祭壇には、4年前にシリアで殺された山本美香さんの姿があった。

 ウォードの死後、印刷機は没収され、出版は国王の専権になったが、やがて新聞に似た印刷物が出回るようになる。印刷業者の投獄が相次いだため、欧州大陸から持ちこまれた。英メディア事情に詳しいジャーナリストの小林恭子(ぎんこ)氏によると、17世紀初めにはアムステルダムで刷った英語媒体「コラント」が海を渡ってきた。日付と発行番号が記され、定期刊行する新聞の体裁を整えていた。

 以来4世紀。英国の民主政治は曲折を経ながら新聞とともに熟成してきた。日本の消費税にあたる付加価値税の税率は20%だが新聞はゼロ。それは19世紀、産業革命後に都市部に出てきた工場労働者の選挙権獲得運動に端を発する。民主政治を守るために「知識への課税」はまかりならぬという哲学が底流にあった。

 ゼロ税率の品目を減らすのに執心するオズボーン財務相も、新聞には手をつけない。苦難の歴史に裏打ちされた新聞が世論形成に果たす役割は、日本より大きいようにみえる。無料紙を含め、ロンドンの地下鉄で少なからぬ人がタブロイド判を広げているのは、いまだに携帯電波が通じないからだけではなかろう。

 6月23日木曜日、英国の近未来を決する国民投票がある。欧州連合(EU)にとどまるか抜けるか、二者択一を有権者に問う。

 EU改革についてキャメロン首相がほかの加盟国の政治指導者と合意したのが2月半ば。これを機に、英新聞界の報道合戦が熱を帯びた。独断を交えて色分けすれば、知識層が好むフィナンシャル・タイムズ(FT)やリベラルな論調のガーディアンが残留支持、大衆紙デイリー・エクスプレスは離脱支持だ。サンもEU嫌いで知られている。

 経済界や官界の支配層、いわゆるエスタブリッシュメントは、ほぼそろって残留を呼びかけている。「人・モノ・金・サービスが自由に行き来する単一市場から抜けるのは、英経済と国民生活に大きな負の影響をもたらす。常識を働かせれば明らかだろう」と。これはエスタブリッシュメントにとっての常識である。

 FT電子版が12日に集計した世論調査の結果は、残留43%・離脱42%。非常識が常識に拮抗している。どんな人がEUを抜けたいと思っているのか。

 ひとつのヒントは英国から遠く東へ離れたバルト3国にある。第2次大戦後、ソ連に組み込まれたエストニア、ラトビア、リトアニアがEU加盟を果たしたのが2004年。国境審査を省く欧州のシェンゲン圏に加わり、ソ連からの独立後に勝ち取った自国通貨を捨ててユーロ圏にも入った。

 ドイツ、フランスを核とするEU中枢との一体感を演出させたのは、ひとえに隣国ロシアの軍事的脅威だ。1年前、エストニアの首都タリンで聞いた「ウクライナ危機は人ごとではない」という政府高官の言葉を思い出す。単一市場への参加もさることながら、3国はEUを西欧に溶け込むための政治共同体とみなしている。

 政治統合の色を濃くしたEUに反感を抱く人が増えたのが英国だ。800もの言葉が行き交い多文化主義が根づくロンドンより、伝統を重んずる白人が古くから暮らす地方都市にそれは顕著だ。階級社会の英国にあって、必ずしも豊かな層とは限らない。EUをおとしめる読み物を連発する大衆紙の熱心な読者である。

 欧州委員会(行政府)と欧州議会(立法府)の権能強化への反発は、英政権を担う保守党内にもある。オックスフォード大からの首相の盟友ジョンソン下院議員兼ロンドン市長は反旗を翻し、離脱賛成の論陣を張る。政治機関化するEUの雇用規制や農業補助金は英国から活力を奪う恐れがある。エスタブリッシュメントも残留一色ではない。

 今月、英政府は国内すべての家庭のポストにカラー刷りの小冊子を投函(とうかん)した。表題は「政府はなぜEU残留がベストの決断だと信じるのか」。英国がとどまれば域内貿易が雇用を増やし、経済を強くし、暮らしの質を高める。離れれば通貨ポンドが急落し、国内物価が上がり、生活水準を損なう。高校生にもわかる平易な解説だ。

 ただし大衆紙のEU悪玉論はもっと直截(ちょくせつ)。先月は「女王、ブレグジット支持」の大見出しを掲げたサンが物議を醸した。ブレグジットは英国の離脱を意味する造語だ。

 投票日まで2カ月。直接民主制が下す歴史判断に、英新聞界は執拗に働き続けようとしている。

(ロンドンで)



2015/04/13 本日の日本経済新聞より「核心 「官製相場」の増殖が心配だ 介入を過信、改革遅らす 本社コラムニスト 平田育夫」

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の面にある「「官製相場」の増殖が心配だ 介入を過信、改革遅らす 本社コラムニスト 平田育夫」です。

金利が上がるケースについて予測されており、官製相場の破たんを予言したともいえる注目すべき記事です。2年以内に財政健全化のめどを立てることができるのか、注目する必要がありそうです。





 政府や日銀が直接、間接に介入して決まる価格が「官製相場」。国債や賃上げに続き、日経平均株価の一時2万円台乗せでも、この言葉が語られる。なぜ今、官製相場なのか。

 安倍政権が目指すは財政健全化と、その前提となるデフレ脱却。しかし痛みを伴う社会保障の抑制や規制改革などには人々の反発が強い。とあれば市場や労使交渉に介入し、景気を明るくしたり国債金利を抑えたりするほうが早い――。そんな思いの表れだろう。

 とはいえ資本主義に似合わない官製相場の増殖は市場をゆがめ、様々な形で経済混乱のリスクを高める。

 2月の経済財政諮問会議で、安倍晋三首相は民間への「介入意欲」をはしなくも示した。

 米格付け会社ムーディーズ・インベスターズ・サービスは昨年末、日本国債の格付けを中国や韓国より低くした。黒田東彦日銀総裁はそれが、銀行の体質強化を狙う米欧の動きと相まって邦銀の国債売りを誘う恐れを指摘し「財政再建に本腰を」と訴えた。

 すると首相は「格付け会社にしっかり働きかけることが重要。(公的債務残高は)ネット(政府の資産を差し引いた純債務)でみると他国とあまり変わらないという説明などをしなければならない」と応じた。

 ムーディーズの日本国債責任者、トーマス・バーン氏に聞くと「格下げの理由は消費税再増税の延期や成長戦略の実行の遅れから、財政再建目標の達成に不確実性が増したこと」。当面、見直すつもりはない。

 首相には、難しい社会保障改革などを促されることに釈然としない気持ちもあろう。財政の悪化は歴代政権の多くが財政規律を軽視したからで、安倍氏だけの責任ではない。改革より介入に傾く心情は分かる。

 それでも財政の見通しは極めて暗い。当面の再建目標は2020年度の基礎的財政収支の均衡(政策経費を借金以外で賄う)だが、内閣府試算では、名目3%台の高い成長を見込んでも9.4兆円足りない。

 不足分を埋めるため3.4兆~5.5兆円の社会保障費削減と消費税の12%への増税が必要と土居丈朗・慶応大学教授らが提言。だが首相は消費税の10%超への増税は「考えていない」と述べている。

 ではどうするのか。首相に近い山本幸三衆院議員の見方では名目2%の成長が続くと税収は内閣府試算より伸び、大幅な歳出・歳入改革を避けられるという。成長優先の考え方だ。

 首相もそんな思いからか、消費喚起のため経済界に賃上げを要請。大企業は大幅なベースアップで応え、官製相場と呼ばれた。

 もっとも「大幅賃上げは業績回復と、労働供給の減少による需給逼迫によるもの。政府に言われたからではない」(八代尚宏・昭和女子大学特命教授)との声もある。確かに企業は自らの事情で動く。「官製」は見かけだけかもしれない。

 一方、効果もリスクもある“介入”は日銀の金融緩和。政府との合意をもとに2%のインフレを目指して国債や株式上場投資信託を買い、資金供給してきた。円安や株高、国債金利低下を助け、国債や株の市場では公的年金の株購入とあわせ「官製相場」が語られる。

 緩和策は政府の債務負担を軽くする効果もあるとカーメン・ラインハート・ハーバード大学教授は指摘する(本紙2月25日付「経済教室」)。国債金利がインフレ率を下回り実質マイナスとなれば「投資家に事実上の税を課す」からだ。

 実際に最近、国債金利はインフレ率より低い。日銀への期待は膨らむ。「17年4月の消費税再増税の影響を見極められる17年秋まで緩和策を続けるのが望ましい」と先述の山本議員。

 だが日銀が買った国債などの資産の国内総生産(GDP)比は60%を超え、米欧の中央銀行の2倍以上。日銀の財務体質を弱めたうえ、国債購入を減らす際に金利高を招く心配がある。

 末澤豪謙・SMBC日興証券金融財政アナリストは「あと2年以上も緩和が続けば金融機関などが魅力のない国債投資から離れ、取引経験者も減る。それもあり日銀が国債購入を減らすと買い手が現れず金利は急騰。資本逃避も起き円安と物価高騰を招く」とみる。

 ある有力議員は「政府・日銀は債務軽減のためインフレ目標を年5%とし緩和策をずっと続ける」と予想する。だが物価は上がり始めると管理しづらい。5%の安定的な“官製インフレ”は至難の業だ。株式の官製相場はどうか。緩和が続けばバブルの発生と崩壊に手を貸すかもしれない。

 このように財政再建の見通しがたたないまま日銀緩和による“市場介入”が長引けば、かえって混乱のリスクを増す恐れがある。

 皮肉にも日銀緩和が今は奏功しているため政界では改革の機運が高まらない。もう一つのリスクだ。財政破綻を防ぐには社会保障改革や増税が急がれる。

 それも団塊の世代が20年代半ばに後期高齢者になるとあって「20年度の財政再建目標を達成したとしてもその後、一層の改革が必要になる」と鈴木準・大和総研主席研究員。厳しい改革が必須なら超党派での議論を早く始めるしかない。

 市場は経済活動を映す鏡。そこに介入するより、鏡面に正常な像を結ぶよう経済や財政のゆがみを正すことこそ政治家の仕事だ。

2015/03/02 本日の日本経済新聞より「核心 ピケティさん、それはどうかな 日本への処方箋に違和感 本社コラムニスト 平田育夫」

今日の日経注目記事は、日本経済新聞のオピニオン面にある「ピケティさん、それはどうかな 日本への処方箋に違和感 本社コラムニスト 平田育夫」です。





 日ごろ割り切れない思いを抱く人々の琴線に触れたのだろう。所得や資産の格差拡大をめぐる仏経済学者トマ・ピケティ教授の言説が関心を集めている。

 富める者はさらに富み、資本主義に任せれば格差が開く――。300年の統計に基づく分析は衝撃的だ。

 しかし格差是正へ教授が示す処方箋には、日本の実情にそぐわないものも少なくない。今後、この国でも影響力を増しそうな人だけにここはひと言あるべし。

 日本でも格差は広がり、軽視できない問題だ。だがひどい状態にある財政を再建しながら格差を縮める難しさがある。格差の原因も欧米と同じではない。日本の事情を踏まえつつピケティ説に耳を傾けたい。

 その著書「21世紀の資本」によれば、株式や貸家などへの投資の収益率は賃金の伸びより高い。だから資産家は勤労者を上回る速さで豊かになり格差が開く。また米国などで高い報酬を得る大企業経営者が台頭し格差をさらに広げている。

 そんな見立てに基づいて教授が標的とするのは「資産」と「高所得層」だ。

 ▼事業用を含む各種個人資産に毎年課税する「世界的な資本税」を導入する。

 これは各国の同意がないと困難。日本の経済成長のため極めて大切な投資に水を差す恐れもあろう。

 ▼所得税の最高税率を先進国は80%以上にするなど累進制(所得に応じ高い税率を適用)を強める。

 30年ほど前、米国や英国は経済活性化のため高所得層の所得税率を下げた。また米国では株式の売却で所得の大半を稼ぐ人もいるがその税率は富裕層で23.8%と低い。大富豪のウォーレン・バフェット氏が「私の税率は秘書より低い」と述べ話題を呼んだ。

 米国では上位1%の高所得層が今や国民所得の約2割を稼ぐ。その税負担を増やすのは格差是正に意味があるかもしれない。

 ひるがえって日本では1%の富裕層の取り分は1割弱だ。所得格差が開いた原因としては富裕層の増加よりも、長期不況や中国・韓国との競争、非正規社員の増加などで低所得者の割合が増えた影響が大きい。

 だから高所得層だけを増税しても税収の増加は限られ、貧困対策や社会保障に回す余裕もあまり出ない。

 むしろ日本では「中間層の人々を含めた負担増が欠かせない」と国立社会保障・人口問題研究所の阿部彩氏は指摘する(本紙2月12日付「経済教室」)。この問題の核心だろう。

 日本の所得課税は給与年収が1千万円強までは欧米より軽いので、中間層の所得税増税も一案。だが所得把握の難しさも考えれば、まずは低所得者への本格的な負担緩和策を前提にした消費税の10%超への増税を考えるべきだ。中間層以上の負担を増し、財政再建と格差緩和につながる。

 一方、格差拡大で重みが増す社会保障を、財政難のなかでどう維持するのか。教授は4年前、自国の制度についてこう提案した。

 ▼社会保険税と所得税を統合し新税を創設する。

 そのミソは資産が生む所得からも効率的に財源を得られる点らしい。収入増を軸にした考え方のようだ。

 日本の場合は働き手が減って保険料収入は伸びないのに社会保障給付は年3兆~4兆円も増える。このため消費増税だけでは賄えず中高所得層中心に給付の抑制が重要になる。年金については所得が多めの受給者の所得税負担を増やし、増収分を年金財政に戻す手も。実質的な給付抑制だ。

 「所得の低い勤労者が社会保障を通じ豊かな高齢者をも支えているのは問題」と森信茂樹・中央大学教授。中間層を含め比較的余裕がある人すべてに、給付抑制中心の負担を求めざるを得ない。

 ピケティ氏はまた、賃上げによる成長促進を安倍政権に説く。だが……。

 ▼「政府は率先して公務員の賃金を上げるべきだ」(本紙2月1日付)

 これは驚きのご託宣。日本では人事院が民間給与を参考に公務員給与を勧告する。参考にするのは従業員50人以上の企業だけ。このため「公務員給与は高すぎる」との批判が根強い。

 フランスの学者に日本の人事院のやり方を知れというのも酷だが、財政難の折に進んで公務員の賃上げをという意見には戸惑う。

 氏は財政赤字や公的債務の膨張を我々ほど深刻にみていないようにも思える。

 ▼「物価上昇なしに公的債務を減らすのは難しい。(日本は)2~4%程度の物価上昇を恐れるべきではない。(昨年)4月の消費増税はいい決断とはいえず景気後退につながった」(本紙昨年12月22日付)

 著書によれば、一定規模以上の資産への一時的課税も債務軽減に有効という。反対に歳出の削減については、英国が19世紀に歳出削減を続けた結果、教育費が減り衰退につながった例をあげ、その弊害を説く。

 勤労者への影響を少なくという意図は分かるが、重い資産課税ともなれば資本は海外に逃げる。厳しい歳出削減や消費増税なしに債務問題は解決しない。

 日本は狭い道を進むしかない。税財政に頼らず、同一労働・同一賃金や、地方企業の経営改善、教育改革など所得の底上げにつながる政策も急ぐべきだ。

 格差拡大の原因をめぐる教授の研究は目新しいが、その是正策ではピケティ先生の教えをうのみにせず、国情を踏まえて考えたい。

2015/02/02 本日の日本経済新聞より「核心 原油安とサウジの行方 王位継承、安定重視で 本社コラムニスト 脇祐三」

今日の日経注目記事は、日本経済新聞のオピニオン面にある「原油安とサウジの行方 王位継承、安定重視で 本社コラムニスト 脇祐三」です。

ここでまた明らかになったサウジの原油価格戦略、「非OPECの高コストの生産者が増産して供給過剰になっているときに、低コストの生産者が減産するのは合理的でない」という観点は、なるほど、と思わせる一言でした。





 世界最大級の産油国で、中東情勢に大きな影響を及ぼすサウジアラビアのアブドラ国王が亡くなり、サルマン皇太子が新国王となった。石油収入が激減する中での経済運営、イスラム過激派との戦いなど、サウジは大きな課題に直面している。新国王がまず優先するのは国内の安定確保だ。

 サルマン新国王はこれまでの政策を引き継ぐと強調した。皇太子時代から国王の代理として閣議を主宰し政策決定の責任を負ってきたので、国王交代に伴う政策の転換は基本的にない。

 サウジでは初代国王の子どもたちが王位を継いできた。前国王は享年90歳、異母弟の新国王は79歳、別の異母弟であるムクリン新皇太子は69歳とされる。指導層が高齢化し、初代国王の孫にあたる世代への交代が懸案になっていた。

 新国王は即位後すぐ、おいにあたる55歳のムハンマド内相を第2皇太子に指名して、世代交代の道を開いた。王家の中には、この人事に異論があったかもしれない。だが、中東流動化への危機感から、王家は団結を示す必要があった。王家の中の思惑の違いは表面化せず、王位継承と今後の道筋づくりは迅速に進んだ。

 サウジを取り巻く地政学リスクは数多い。スンニ派のサウジはシーア派の大国イランと冷戦を続けている。シリアではサウジが反体制勢力を支援する一方、イランがアサド政権を支援し、代理戦争の様相も帯びていた。シリア内戦の過程で過激派「イスラム国」がイラクとシリアにまたがって勢力を広げ、その同調者はサウジ国内にもいる。

 イエメンでは「フーシ」と呼ばれるシーア派勢力が首都を占拠、サウジが支援してきた暫定政権が崩壊した。サウジの目にはイランの影響力がイエメンまで広がったように見える。統治の空白状態が生じ、イエメンに拠点を置くアルカイダ系の過激派が勢いづく懸念も強まっている。

 1月27日、弔問のためリヤドを訪れたオバマ米大統領とサルマン国王の会談では、過激派や混迷するイエメン情勢への対応が焦点になった。イランやシリアへの対応を巡ってきしみがちだった米国との同盟関係の再強化は、サウジの安定確保に欠かせない。

 首脳会談では石油市場安定の重要性を確認したが、原油価格の水準については話し合わなかったという。

 サウジのヌアイミ石油相は、サウジを中心とする石油輸出国機構(OPEC)が減産しない理由として、(1)非OPECの高コストの生産者が増産して供給過剰になっているときに、低コストの生産者が減産するのは合理的ではない(2)価格を決めるのは市場だ――と強調し、シェアの確保を優先する考えを示してきた。

 ただし、米国のシェールオイルなど高コストの原油生産がすぐに減るわけではない。サウジは、原油価格低迷がかなりの期間続く前提で経済運営を考えなければならなくなった。

 昨年12月に発表した2015年予算は、386億ドル(約4兆5500億円)規模の財政赤字を見込んでいる。石油収入の大幅減で財政収支が赤字になるのは当たり前の話。注目すべきは、歳出を前年の当初予算よりもわずかながら増やしたことだ。緊縮政策はとらないという宣言である。

 サウジの名目国内総生産(GDP)は、過去15年で4倍近くに増えた。原油高が続いていた間に国の借金は減り、1990年代末にGDPより大きかった政府債務の規模は、昨年末時点でGDPのわずか1.6%まで縮小したとサウジ財務省は説明している。

 これまで積み上げた準備資産を温存し、借り入れや国債発行で当面の赤字を埋めることも可能だ。

 原油相場とドル相場はおおむね反対に上下する。今はドル高局面で、これが原油安の打撃をある程度は和らげる。

 ロシアのように通貨価値が暴落し、金利引き上げを余儀なくされた産油国と異なり、ドルと連動するサウジ通貨の価値は強くなっている。07~08年の原油急騰・ドル安局面では物価高騰に苦しんだが、足元のサウジのインフレ率は2%台と安定しており、低金利のメリットも続く。

 緊縮政策をとらないのは、主要なインフラ整備事業などを続けるから、民間も投資を増やしてほしいというシグナルだ。自国民の多くが職に就いている役所の給与は減らせず、膨張する若年層の雇用につながる教育改革や、住宅取得の支援、ヘルスケア拡充などの予算は、国内安定のために維持しなければならないという理由もありそうだ。

 向こう数年を乗り切るくらいの財政の余力はある。しかし、「原油高を前提に財政支出を増やす成長モデルは終わった」と国際通貨基金(IMF)は指摘している。石油以外の分野で国家収入と雇用機会を増やしていく経済構造改革が、これまで以上に重要になる。

 アブドラ前国王は「われわれも変わらなければならない」と訴え、女性の地位の向上などを徐々に進めてきた。社会制度の改革の行方にも、注目が集まる。

 「国民の支持と独自の宗教的、文化的なニーズを保ちつつ、進化が退化に変わったり、革命に転じたりしないよう、改革を推進できるか」(米国の中東専門家アンソニー・コーデスマン博士)。サウジ王制の将来は、この成否にかかる。