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真相深層 長期政権へ連合に秋波 首相、拒絶から融和に転 換 民共連携が急接近を後押し 2016/12/28 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の真相深層面にある「真相深層 長期政権へ連合に秋波 首相、拒絶から融和に転換 民共連携が急接近を後押し」です。





 安倍晋三首相と民進党の支持母体である連合が距離を詰めている。首相は22日に連合の神津里季生会長を首相官邸に招き会談。神津氏は首相と労働政策などを協議する「政労会見」の再開を要請した。2012年の第2次政権発足後、一貫して連合を拒んできた方針をなぜいま転換したのか。

 「共に理解し合いながら進めなければ実を上げられない。これからも様々な提言や意見を賜りたい」。首相は会談でこう呼びかけた。神津氏も「非常に意義深い話し合いだ」と応じ、首相と労働政策などを協議する「政労会見」の再開を求めた。

 話し合いの中心は政権の目玉である働き方改革だった。首相が「政権最大の挑戦の一つが働き方改革だ。経済を浮揚させるうえで重要だ」と語ると、神津氏も「その点は全く同感だ」と応じた。担当閣僚は小・中学校で神津氏と同級生の加藤勝信一億総活躍相。新設した「働き方改革実現会議」の委員に神津氏を入れ、距離を縮めてきた。

政策に共通点

 自民党は昨年10月の神津氏の会長就任以来、二階俊博幹事長ら幹部が連合側と接触を重ねてきた。今では連合執行部が自民党の会合に出て、政府の施策を「連合の政策と共通点が多い」(逢見直人事務局長)と歓迎する。

 首相の思惑は政策面だけではない。「野党の状況はちょっと面白いね」。周囲にこう語る首相が注視するのは、野党と連合を取り巻く関係だ。

 首相は次期衆院選での民進党と共産党との共闘を警戒する。日本経済新聞社が14年の前回衆院選の小選挙区で現在の野党4党が候補者を一本化した場合の勝敗を試算したところ、自民、公明両党は計60選挙区で逆転され、自民党単独では過半数を割る結果が出た。

 ところが連合は、民共連携に不信感を強めている。連合はかつて共産党系労組と激しく対立してきた。「共産党とは相いれない関係なので連携はあり得ない」。神津氏は22日の記者会見でこう断言した。10月の衆院補欠選挙では共産党の支援を受けた民進党候補者の事務所から連合の運動員が手を引く事態も起きた。

民進離れ進む

 連合の民進党離れはすでに進んでいる。連合執行部内では、全国約680万人いる組合員のうち若者を中心に自民党支持が3割近くまで増えているというのが共通認識だ。執行部には「賃上げできなかった旧民主党を応援する理由はない」との厳しい意見が寄せられる。賃上げに積極的な安倍政権への接近は、執行部には求心力維持の一助となる。4年連続の「官製春闘」を前に、労組としての存在意義を問う声が少ないのもそのためだ。

 連合内では政権交代が当面期待できそうにない民進党ではなく、与党との関係強化に活路を見いだすべきだとの声もある。「新しい民社党をつくった方がいいんじゃないか」。連合執行部の中には、かつて保守系労組を中心に立ち上げ、自民党が長期政権を維持した55年体制下で連携したことがある民社党に言及する者まで現れてきた。

 ある自民党幹部は「連合が離れた民進党が共産党と連携して左派色が強まれば、政権交代の可能性もそれだけ減る」と語る。首相周辺は「あわよくば新しい『55年体制』を狙いたい」と連合への接近の思惑を語る。

 条件は整いつつある。民進党は党名を変え、新代表を蓮舫氏に選んだが支持は広がらない。安全保障など党内で路線の違いがあっても表立った政策論争はなく、活力に欠く。自民党内でも「ポスト安倍」をにらんだ派閥活動が再び活発になりつつある。派閥間の競争で党の政策の幅が中道へと広がれば、民進党の支持層にも食い込める。

 首相周辺は衆院解散の時期について、簡単に政権交代が起きないよう「野党に決定的な打撃を与える機会を見極めたい」と語る。ただそれは政権交代可能な二大政党政治の時代が再び遠のく道でもある。民進党が国民から政権担当能力を疑われるような状況が続くなら、そんなシナリオも現実味を帯びてくる。

   

(島田学)



真相深層 米法人税改革論が再燃 アップル追徴契機、大統領選にも波及 両候補「海外利益に強制課税」 2016/09/27 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の総合1面にある「真相深層 米法人税改革論が再燃 アップル追徴契機、大統領選にも波及 両候補「海外利益に強制課税」」です。





 米国で法人税制の抜本改革論議が再燃した。アップルが欧州で130億ユーロ(1兆5千億円弱)の追徴課税を求められたのがきっかけだ。米企業は自国の高税率を嫌い国外に巨額の資金をためているが、欧州の課税強化は米の税収減に直結する。大統領選の政策論議では法人税率を下げる一方で海外利益に強制的に課税する「アメとムチ」の改革案も浮上しており、26日夜(日本時間27日午前)の1回目の討論会でも焦点のひとつとなる。

将来の税収減

 「35%の法人税率を(海外利益に関しては)10%へ下げれば、海外に滞留するマネーが戻ってくる」。ニューヨークで経済演説に立った共和党の大統領選候補、ドナルド・トランプ氏は大型減税案を訴えた。米議会も民主党リベラル派の論客のエリザベス・ウォーレン上院議員が「法人税改革を巡る米議会の扉は今まさに開いた」と企業税制の見直しを主張する。

 火付け役は欧州連合(EU)の欧州委員会。アイルランドがアップルに与えた優遇税制が不当だとし、同国政府に巨額の追徴課税を求めた。米政府は「一方的な措置」と反発したが、これはアップル擁護だけではない。

 「協調がなければ問題がこじれる」。オバマ米大統領は5日、中国での20カ国・地域(G20)首脳会議後の記者会見でEUの措置に不快感を示した。「欧州で納税すれば米国の税収が減る」(オバマ氏)からだ。

 米国の法人税は「全世界所得課税」が原則で米企業の海外所得も課税対象だ。ただ海外利益を米国に還流しなければ納税を猶予できる。アップルはこの制度を使って海外に2千億ドル(20兆円強)の資金をため、米への納税を先延ばししてきた。

 米政府にすればアップルの海外資金は将来の自国の税収源のはずだが、欧州側で130億ユーロも先に課税されれば、米側はこの金額を税額控除する必要が出てくる。つまり外国の課税強化は米国の税収減につながる。

 米企業が本国への資金還流をためらうのは連邦法人税率が35%と高率だからだ。対するアイルランドの法人税率は12.5%と低い。欧州委によるとアップルは子会社を経由した取引や優遇策を使うことでさらに税負担を軽減。2014年時点の実質税率はわずか0.005%だったという。

目立つ制度疲労

 アップルはこうして米国以外の利益をアイルランドに蓄えたが、これを米国に還流した時点で高い法人税を課される。アップルだけでなく、米企業が米国の高率課税を嫌い、海外に積み上げた留保資金は「2兆ドルに達する」(ルー財務長官)。

 米国の法人税制の抜本改正は1986年のレーガン政権時代に遡る。それから30年が過ぎ、制度疲労が目立つ。経済格差に強い憤りを抱える労働者階層は、大手企業の課税逃れに厳しい。一方で米企業は、高率の法人税が国際競争力を損ねかねないとの不満が強い。

 11月の大統領選をにらんだ米与野党の議論は、法人税率の引き下げと海外資金の課税強化が同時に論点となってきた。

 民主党は法人税率を28%に下げる案を提示。大統領候補のヒラリー・クリントン氏は「課税の抜け穴をなくす」と主張する。海外利益への課税猶予をやめ、海外子会社に直接課税する考えだ。トランプ氏も「連邦法人税率を15%とし、海外利益にも強制課税するが税率は10%に下げる」と前例のない改革案を掲げる。

 クリントン氏は海外資金への課税でインフラ投資などの財源を捻出するという。トランプ氏は米国に資金を戻せば民間投資が増えると主張する。法人税改革は、慢性的な財政赤字と投資不足に悩む米国の経済構造を再び変える可能性がある。

 国際経済にも影響する。米国では05年、1年間の時限立法で米国への還流資金の税率を35%から5.25%に大幅に下げたことがある。同年の米企業の本国送金額は前年の6倍の1200億ドル超となった。外国為替市場で突出してドル高が進むほどの影響があった。

 税制改革の遅れは米国の「決められない政治」の象徴ともいえた。国境をまたいだ税収の奪い合いが、30年ぶりの大改革を後押しし始めた。

(ワシントン

=河浪武史)



真相深層 狙われる米国の情報 ヤフー5億人分流出、ロシア関与の見方も 2016/09/24 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の総合1面にある「真相深層 狙われる米国の情報 ヤフー5億人分流出、ロシア関与の見方も」です。





 米ヤフーがサイバー攻撃を受け、5億人分を超す大量の個人情報が流出していたことが明らかになった。単一サイトからの流出では過去最大規模の被害。同社は「特定の国家が関与した」とみており、状況からロシアが疑われる。標的は企業だけではない。11月の大統領選を控え、ホワイトハウスや政党への攻撃も相次ぐ。大規模化・組織化され米国を襲うハッキングは、もはや政治や産業の一部になっている。

 ヤフーからの空前の規模の情報流出は2014年後半に起きた。個人情報を狙う攻撃は時間をかけ、管理者に気づかれないよう巧みにデータを盗み出すため、被害の全体像が見えにくい。

2年間気づかず

 個人情報の転売で悪名高いハッカーが8月、ヤフーから流出した約2億件の個人情報をデータの闇売買市場でまとめて売りに出すまで、同社は被害に気付かなかった。ハッカーはそれまで目立たぬようデータを小分けにして売っていたようだ。ヤフーは攻撃者が侵入可能な状態を2年間も放置してしまったわけだ。

 情報を売りさばいていたハッカーはロシア系を自称しているという。「旧ソ連圏は個人情報の闇市場の中心」とサイバー攻撃に詳しい米ミシガン州立大のトーマス・ホルト教授は言う。

 旧ソ連圏ではサイバー攻撃による個人情報の収集が産業化されている。攻撃からデータの販売、闇市場の運営など「分業体制」ができており、特定の組織を潰しても根絶できない仕組みだ。

 ヤフーの流出データにカード情報は含まれていない。だが他の情報と照合すれば、カード認証も破られる可能性がある。経済大国で、IT(情報技術)化が進み、カード社会の米国はサイバー攻撃の最大の標的。闇市場での情報需要も大きい。米ではカード会社から不正利用の確認の電話が入るのが日常化している。

 ただし単純な営利犯や愉快犯では片付けられない。攻撃の背後では、14年にウクライナへ軍事介入して以降、米国から経済制裁を科されるロシア政府が関与しているとの見方が強い。過去に多くのサイバー攻撃に関わってきたとされる中国は、15年秋に米中首脳が「サイバー軍縮」に合意して以降、目立った攻撃は減った。その分、ロシアの存在感が際立っている。

政治絡み目立つ

 4年に1度の米大統領選を控える今年は、政治絡みのサイバー攻撃も目立つ。米民主党からの機密メール流出が発覚し、イリノイ州やアリゾナ州では有権者情報が漏洩した。ホワイトハウスの職員のメールがハッキングされ、パウエル元国務長官が民主党のヒラリー・クリントン候補を「欲深い」、共和党のドナルド・トランプ候補を「国の恥」と批判したとされるメールも流出した。

 一連の攻撃は手口や侵入経路が14年のウクライナ大統領選を妨害したハッカー集団と同じといわれ、米大統領選に影響を与えようとするロシアの関与が確実視される。

 ネットの生みの親であり、世界最先端のIT産業を有する米国は、官民を挙げてサイバー攻撃への防御策を強化する。それでも組織化されたハッカーの攻撃は、防御を上回って高度化・巧妙化し、イタチごっこの様相を呈している。

 米国も被害者ばかりではない。闇市場では特定組織への侵入経路自体が売買の対象。各国政府や情報機関がひそかに買い、情報収集に活用しているといわれる。8月には米政府が使っているとされるコンピューターウイルスをハッカー集団が入手し、競売にかける事態が起きている。

 従来のサイバー戦争は標的のシステムに侵入し、サーバーなどのインフラをマヒさせる攻撃が典型的だった。攻撃された側は被害をはっきりと認識できたが、最近は静かに潜入し、人知れず機密情報を盗み出すスパイもどきの攻撃も広がりつつある。ネット経由ならばジェームズ・ボンドのような諜報(ちょうほう)員がいなくても情報を入手できる。国家間のサイバー戦争は新たな段階に入っている。

(シリコンバレー=兼松雄一郎)



真相深層 五輪防衛、イスラエルの傘 サイバーテロ対策で年内にも覚書 2016/09/21 本日の日本経済新聞より

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世界戦略は強みを機会にぶつけること。小国には要素が限られているので、逆に戦いやすいのかもしれない。日本はいかに。





 日本政府は年内にもサイバーセキュリティー強化のため、イスラエルと技術協力の覚書を交わす。2020年の東京五輪へ向け重要インフラの防御を固める狙いだ。軍事力の強化を図るイスラエルが最近力を入れるのがサイバー分野。五輪などを足場に日本や世界へ売り込む思惑がある。

IT特区「サイバースパーク」

サイバー協力はネタニヤフ首相との14年の首脳会談から始まった=ロイター

 イスラエル南部のベエルシェバ。旧約聖書ゆかりの地で、数年前まで遊牧民が羊を追う姿が目立ったのどかな町が今、大きく変容し始めている。

「軍産学が融合」

 同国政府は2年前、理工系に強いベングリオン大学の敷地に「サイバースパーク」と名付けたIT特区を設けた。政府や軍、国際企業を集め、サイバー技術開発の戦略拠点にするためだ。近代的なビルにはドイツテレコムなどが入居。軍の技術者部隊もテルアビブ周辺から移動しつつある。

 「軍産学が融合し、有能な人材が集まる場になってきた」。イスラエルの元空軍准将で、米防衛関連企業ライドスホールディングスの現法トップ、S・ゴットマン氏は語る。ライドスは8月、イスラエルに調査研究施設を持つロッキード・マーチンの情報システム部門を買収した。狙いはサイバー分野の優秀な人材だ。

 長くアラブ諸国との戦闘やテロに直面してきたイスラエルは軍事技術の開発に注力してきた。ただ、主戦場は近年サイバー空間に移っており、1日で万単位の攻撃を受けるという。そのため高校時代の数学の成績優秀者らを登用した「U8200」という情報機関を技術開発の母体にし、技術力の強化を急いでいる。

 サイバー関連技術は今や世界の先端を行く。

 2010年ごろ、イランの核施設をまひさせるサイバー攻撃が起きた。米国家安全保障局とU8200が共作したとされるウイルスが使われた。あるイスラエル軍OBは「防衛に優れるのは攻撃の経験があるためだ」と打ち明ける。

 イスラエルではゴットマン氏のように軍で得た経験や人脈を生かし、産業界に転じる人も多い。それがサイバー防衛産業の躍進を支えている。

 その一つ「イリューシブネットワークス」はハッカーを幻惑する対策ソフトを開発した。ニセのサーバーへのログイン情報や閲覧履歴を顧客企業のシステムに埋め込む。戸惑うハッカーの動きを検知・記録し、システム遮断など対策をとる。

 同社をつくったのは、U8200出身の3人組。企業を欺くハッカーを逆に欺く――。テロや戦闘に直面する非情な環境で生まれた発想を感じさせる技術だ。

 そんなイスラエル企業には世界が注目する。不正ソフトへの対応ソフトを開発した「サイアクティブ」は昨年、米電子決済大手のペイパルが買収し、同社のハッカー対策の司令塔になった。

リオでお墨付き

 15年にイスラエルの先端技術分野に投資された額は45億ドル。09年から7年連続で増えているが、特に15年は2年前の倍増の勢いだった。サイバー分野が伸びた14、15年は8~9割を外資が占めており、欧米が多いがアジアも増えつつある。

 イスラエル政府はサイバー防衛技術の今後の輸出先や投資パートナーを探す地域として、「欧州の割合が減る中、日本やアジアを増やす」(O・コーエン経済省対外貿易局長)と強調する。

 5日来日したIT特区「サイバースパーク」のR・ゼハビ最高経営責任者(CEO)も「イスラエル企業はリオ五輪でサイバー防衛対策を請け負った」と説明。東京五輪へ向けサイバー対策が重要課題の日本を魅力的な市場ととらえ、「喜んで協力したい」と語る。

 10月には金融庁が金融機関80社を対象に大規模なサイバー訓練を実施する。中にはイスラエル企業のサイバー対策で備える銀行もある。イスラエルのセキュリティーソフト大手、サイバーアーク・ソフトウェアのように日本法人開設を検討する企業も増える見通しだ。

 日本とイスラエルのサイバー防衛分野での協力は14年、安倍晋三首相とネタニヤフ首相の首脳会談から始まった。それから2年。イスラエルにとって東京五輪は、日本やアジアでサイバー防衛技術の存在感を高める格好の舞台になりそうだ。

(編集委員 中西俊裕)



真相深層 原料炭寡占化、焦る鉄鋼 新日鉄住金、権益取得も視野 2016/09/09 本日の日本経済新聞より

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 資源価格の低迷が長引く中、鉄鋼原料で生産企業の寡占化が進んでいる。高炉で使う石炭(原料炭)では、豪英資源大手BHPビリトンが炭鉱権益の取得によるシェア拡大に突き進む。長期契約での販売に後ろ向きなBHPがガリバーの地位を固めれば、鉄鋼メーカーの安定的な調達戦略を揺るがしかねない。

注目の売却交渉

 日本の高炉メーカーが固唾をのんで見守る交渉が大詰めを迎えている。英資源大手アングロ・アメリカンが進める資産売却の行方だ。資源安で経営不振にあえぐアングロはプラチナやダイヤモンドを中核部門とし、それ以外の石炭などで保有する資産を大幅に圧縮する。

 原料炭の価格は2011年に1トン300ドルを超えたが、中国経済の成長鈍化で昨年には70ドル台まで急落。業績が急速に悪化した資源メジャーは資金繰りの確保が優先課題となり、金融機関から負債の削減を迫られる。

 アングロの売却リストには、日本の高炉が多く使う高品位の原料炭を産出するオーストラリアの優良鉱山が並ぶ。近く買い手企業が決まる見通しだ。資金力に勝るBHPが交渉で先行しているとの見立てが多く、日本の高炉各社は神経をとがらせる。

 BHPがアングロの資産を手中にすれば、原料炭の海外輸出量の市場シェアの3割強を押さえる。日本の高炉が多く使う高品位炭に限ると、「シェアは5割を大きく超える可能性がある」(大手商社)とされる。

 新日鉄住金の幹部は「BHPによる買収が成立すれば、自由競争を阻害しかねない。豪州で独占禁止法に抵触する可能性が高く、差し止めを求めて提訴を検討する」と危機感をあらわにする。

 日本の高炉メーカーがBHPを警戒する伏線は、00年代後半にある。それまで高品位の原料炭の価格はBHPと三菱商事との折半出資会社BMAと、新日鉄住金が年度ごとに価格を決めていた。2社の交渉は「ベンチマーク交渉」と呼ばれる事実上のチャンピオン交渉で、ほかの鉄鋼各社の調達価格の指標ともなった。

 転機は資源価格が高騰していた08~09年だ。BMAなどは「スポット(随時契約)価格の上昇を長期契約価格にも反映すべきだ」との立場から、3カ月ごとに価格を見直す値決め方式への切り替えを要求した。年度初めに決めた価格を1年間固定すると、生産業者はスポットの値上がりを享受できないためだ。

 生産業者の発言力が強まる中、新日鉄住金は受け入れざるを得なかった。さらにBMAは新日鉄住金に価格の見直しを毎月ベースに変更するよう求め、3カ月での固定価格では販売しない方針を伝えたという。ベンチマーク交渉は決裂し、新日鉄住金は新たな交渉相手として、アングロなどとの関係を深めてきた。

「スポット」に力

 BHPがアングロの炭鉱を取得すれば、高炉は調達戦略の見直しを迫られるのは必至だ。BHPは透明性の高いスポット取引の価格を指標として育成する目標で、原料炭のほぼすべてを市況連動で販売している。

 寡占化の影響はすでに表面化している。原料炭のスポット価格は9月、年始から2倍の160ドルに上昇。需給で説明のできない急激な値上がりに、需要家は頭を悩ませる。原料炭を輸入して石炭コークスを生産する日本コークス工業の森俊一郎取締役は「寡占化が進み、価格の振れ幅が大きくなるのは困る」と語る。

 英調査大手ウッドマッケンジーのロビン・グリフィン氏は「今回のアングロの資産売却で、原料炭の市況化が急速に進む可能性がある」と指摘する。日本の高炉各社が3カ月ごとの固定価格での安定調達を維持できるか疑問視する見方もある。BHPの1強となれば、高炉と長期契約の交渉を担う生産企業が不在となるシナリオが浮上しているためだ。

 新日鉄住金の幹部は「権益の取得は検討課題となる」と語る。ただ優良な炭鉱は割安では売りに出ず、権益の取得には巨額の資金が必要だ。石炭価格が急上昇するなか、高炉各社の焦燥感は強まる。

(金子夏樹)



真相深層 プーチン式統治 まん延 トルコ・東欧、政権の独裁色強まる 2016/08/26 本日の日本経済新聞より

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 トルコのエルドアン大統領がクーデター未遂事件を機に一気に強権に走っている。反対派の排除やメディア弾圧に訴え、経済界の締め付けにも乗り出した。独裁色を強めるその手法はロシアのプーチン大統領の統治スタイルに似ている。

首脳会談でトルコのエルドアン大統領(右)はロシアのプーチン大統領を10分も待たせた(9日、サンクトペテルブルク)=ロイター

 9日のトルコ・ロシア首脳会談。エルドアン氏をサンクトペテルブルクに迎えたプーチン氏はいらついているように見えた。エルドアン氏とほとんど目を合わせようとせず、スーツの袖をいじったり、足を何度も動かしたりする様子をテレビが映した。

 プーチン氏は権威を誇示するために会談で相手を待たすことで有名。この日は逆に10分も待たされた。「会談に出向いたエルドアン氏は、待たすことで権威を維持しようとした」と欧州の外交筋は分析した。米欧をけん制する思惑から両者は接近を演出したが「似たもの同士はウマが合わない」の典型例となった。

「民意」を盾に

 エルドアン氏はクーデター未遂事件後に軍人や裁判官ら2万人を逮捕、拘束。公務員ら8万人を解任・停職した。メディア130社の閉鎖も命じた。事件の捜査を口実に、米国に住む政敵、ギュレン師の支持者や政府に批判的な公務員らを一掃。エリート層を自らに忠実な人物に入れ替える狙いとみられている。

 一連の強硬策は「ツァー(皇帝)」と呼ばれるほど絶大な権力を握るプーチン氏の手法と重なる。2000年の就任からプーチン氏は政治に影響力を持つ新興財閥(オリガルヒ)勢力を一掃し、出身母体の旧ソ連国家保安委員会(KGB)時代の仲間らで中枢を固めた。メディア支配やテロなど危機を理由に権力を拡大する構図も同じだ。

 両者は民主主義を利用している面もある。ともに投票で選ばれた。それぞれロシア帝国(ソ連)とオスマン帝国のような「大国」の復活を掲げる。敵の存在を訴え、愛国心をあおって支持を伸ばす。「ポピュリズム独裁」と呼ぶ声もある。

 トルコで事件後に政府が動員したデモは、クーデターを阻止した高揚感と裏切り者に対する怒り、そして強権を批判する米欧への不満が渦巻いていた。エルドアン氏はそんな“民意”を盾に強権を正当化している。

 14年のロシアの雰囲気も似ていた。プーチン氏は隣国ウクライナで起きた政変を「米国の陰謀」として、クリミア半島を武力で併合した。「ソ連崩壊以来の勝利」で国民を熱狂させた。その後も新たなネット規制などで統制を強めている。

 欧州では「マフィア国家」という言葉が話題だ。生みの親であるハンガリーの社会学者、バーリント・マジャル元教育相によれば、プーチン氏らの統治は、トップに忠誠を誓う“ファミリー”からなるマフィアの組織に近い。政府、議会、司法・治安当局、メディア、産業界までファミリーの支配が進む。

 マジャル氏は「ファミリーの力はイデオロギーではなく、富にある」と言う。プーチン氏はオリガルヒの資産を没収し、KGB出身者らに分配した。プーチン氏に従わない企業は生き残れない。

 トルコでも、司法当局がギュレン師に近いとされる経営者、数百人の拘束を命じた。エルドアン氏はプーチン氏のように経済人にも忠誠心を求める構えだ。

物言えぬ欧米

 東欧にも強権統治が広がる。マジャル氏はハンガリーを例にマフィア国家の概念をまとめた。同国のオルバン政権は反移民など国民感情に訴える手法で議会の3分の2を確保。司法の権限縮小やメディア規制は欧州連合(EU)から再三批判を受けている。バルカン半島のモンテネグロやマケドニアでも同じ傾向があるとマジャル氏は言う。

 背景には米欧の指導力低下がある。トルコは過激派組織「イスラム国」(IS)掃討作戦や中東から欧州に流入する難民対策の要衝で、欧米は協力を仰がざるをえない。エルドアン氏は欧米を試すように、強権を誇示しているところがある。

 ブルッキングス研究所のシェフツォワ上席研究員は「プーチン大統領を含む世界の独裁者は欧米のトルコへの対応を見ている」と指摘する。強権国家が勢いづき、民主・自由主義を柱とする冷戦後の秩序が揺らぎかねない。

(モスクワ=古川英治)



真相深層 北朝鮮、金体制維持へ「価値」高める 相次ぎミサイル発射、視線の先に米次期政権 2016/08/19 本日の日本経済新聞より

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 北朝鮮が「ノドン」とみられる中距離弾道ミサイルを日本の排他的経済水域(EEZ)内に初めて落下させた。中距離の「ムスダン」の試射にも成功した。3月の国連制裁の決議以降、発射した弾道ミサイルは計17発を数え、挑発のレベルや精度も上げている。いったい何を狙っているのか。

3つの「意図」

 3カ月連続で放った一連のミサイルにはそれぞれ「意図」がみえる。

 6月22日のムスダン(射程3000キロ以上)は米領グアムを攻撃するために開発した。グアムは核弾頭を搭載できる米戦略爆撃機の拠点。7月19日のノドンと短距離の「スカッド」の飛行距離500~600キロは在韓米軍基地を射程に入れる。8月3日に秋田沖に落下したノドンの約1千キロは横田、横須賀、佐世保などの在日米軍基地が範囲に収まる。朝鮮半島有事に増援兵力・物資を送りこむ後方基地となるだけに「太平洋作戦地帯内の米軍を全面的に攻撃できる」とのメッセージだ。

 金正恩(キム・ジョンウン)体制を脅かすのが米国なら、保証するのも米国だ。その核心は53年の朝鮮戦争休戦協定から平和協定への転換と米軍の韓国撤収。7月にラオスで記者会見を開いた李容浩(リ・ヨンホ)外相は「核問題解決の唯一の方法だ」と強調した。

 韓国政府によると、金正恩体制下の約4年で弾道ミサイル発射は33発に上り、父親の金正日総書記時代18年間の16発を大きく超える。米大統領選のさなかに核開発やミサイル発射を重ねて、自らの価値を釣り上げておこうという狙いだろう。ターゲットは「ポスト・オバマ」を争うクリントン、トランプ両候補だ。

 視線の先に日本も見据える。「朝日(日朝)関係はすべて米国がつぶした」。5月の朝鮮労働党大会の取材で平壌を訪れたとき、北朝鮮当局者から聞いた言葉だ。1990年9月、金丸信元副総理ら自民、社会両党の訪朝団と朝鮮労働党による3党共同宣言は国交正常化交渉の開始で合意したが、実らなかった。米政府関係者が当時の政界の実力者に働きかけて金丸氏の影響力をおとしめたとの言い分だった。

 2002年9月の小泉純一郎首相と金正日総書記の初の首脳会談の際は、米国が複数のルートで北朝鮮による「核開発継続」の独自情報を日本に伝え、早期の国交正常化に待ったをかけた。14年5月、日朝が拉致被害者らの再調査と北朝鮮向け制裁の一部解除で合意すると、北朝鮮政府内は沸いたという。その後の核実験やミサイル発射を受けて日本は制裁強化に戻った。「日本に独自外交は期待できない。米国に追従する」との失望感が北朝鮮政府に残った。

 「敵対関係にあったとしても、わが国の自主権を尊重し我々に友好的に接する国とは関係を改善し正常化していく」。労働党大会での正恩氏の演説は米国向けにほかならない。平壌に受け入れた12カ国100人超の外国報道陣の国別トップは米国。正恩体制を米国に知らしめたうえで「核保有国」として渡り合い、最終的に核軍縮や核管理と、平和協定締結を取引するシナリオが浮かぶ。

「小さな」日本

 演説は日本に対して「朝鮮半島再侵略の野望を捨て、過去の罪悪を反省、謝罪し、朝鮮の統一を妨害してはならない」と突きはなした。当局者の一人は「強硬な日韓を動かすためにも米国と正面切ってやるしかない」と解説した。10日間滞在した平壌で「大きな米国」と「小さな日本」を感じざるを得なかった。

 ムスダン発射後の宴席で正恩氏が10月までの核弾頭爆発実験と18年9月の建国記念日までの大型潜水艦建造を指示した――こんな情報が韓国内で飛び交っている。一方で北朝鮮では「海外から原料を調達できず工場稼働率が低下している」「外貨稼ぎの主力となった海外派遣労働者に軍人が増え、枠からあぶれた一般市民の仕事がなくなっている」。経済制裁の影響が随所で表面化し始めたと北朝鮮消息筋は語る。

 北朝鮮ではエリート層まで脱北が広がり、最近も在英大使館ナンバー2の公使が韓国に亡命した。北朝鮮指導部に余裕はみえない。

(ソウル支局長 峯岸博)



真相深層 中国軍、計算ずくの進入 尖閣接続水域を初めて航行 ロシア「ダシ」に対日圧力 2016/06/15 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の総合1面にある「真相深層 中国軍、計算ずくの進入 尖閣接続水域を初めて航行 ロシア「ダシ」に対日圧力」です。





 暗闇が広がる真夜中の東シナ海。中国軍の艦船が9日未明、いきなり尖閣諸島周辺の接続水域に入り、かつてないほど尖閣に近づいた。日中は再び緊張している。舞台裏を探ると、中国軍が以前から進入を準備していた痕跡が透ける。

中国海軍のフリゲート艦(2012年に公開)=防衛省統合幕僚監部提供

軍用機も接近

 実は5月、尖閣周辺でもうひとつ、深刻なできごとがあった。複数の関係者によると、中国軍用機が尖閣に向かって南下し、これまでになく近づいたという。政府はこの事件を公表していないが、中国軍の意図に懸念を深めている。

 中国軍艦による接続水域への進入は、そんな最中に起きた。「偶発的とは思えない。中国軍は前から計画し、行動したのだろう」。政府の安保担当者は分析する。

 ことの発端はロシア海軍の動きだった。8日午後9時50分ごろ、東南アジアからの帰途にあったロシア軍の艦船が3隻、南側から尖閣周辺の接続水域に入った。

 続いて、それを追いかけるため、海上自衛隊の艦船も同水域に進んだ。中国軍艦が進入したのはその後、9日午前0時50分ごろだ。

 これだけみると、先に接続水域に入ったのはロシア軍と自衛隊であり、中国軍艦は“受け身的”に反応したようにみえる。だが、水面下の動きをみると、あらかじめ準備された行動だった傍証がうかがえる。そのひとつが、ロシア軍を追うため、自衛隊艦船が尖閣の接続水域を航行したのは、これが初めてではないという事実だ。

 政府関係者によると、尖閣国有化により、日中対立が深まった2012年9月以降も、ロシア軍と自衛隊が同じような航路をとった例は「度々あった」。

 それでも中国軍艦が対抗し、接続水域に進入することは一度もなかった。彼らは尖閣から離れた地点にとどまり、遠巻きに監視していた。

 「中国はいま、強大な米軍の介入を招くような危機は起こしたくない。尖閣への軍事挑発には慎重だ」。海上自衛隊の元幹部はこう語る。

 中国軍の首脳がこうした自制を捨てたとは考えづらい。ただ、現場の行動基準を少し緩め、状況に応じ、尖閣の接続水域に入ることを認めることにした公算が大きい。

危機あおらず

 もっとも、中国としては、米軍に介入の口実を与えたくない事情は変わらない。このため、中国側から軍事挑発したとみられないよう、ロシア海軍と自衛隊が同水域に入るのを待ち、中国軍艦船が追随する形を装ったとみられる。

 問題は、中国の底意がどこにあるのかだ。日本政府関係者らに共通する見立てはこうだ。

 中国は毎月ほぼ3回、日本の海上保安庁にあたる海警局の監視船を、尖閣の領海に送っている。尖閣を揺さぶる次の策として、危機をあおらない範囲で軍事圧力をじわりと強めていく狙いだ。

 接続水域は領海の外側12カイリ(約22キロ)~24カイリ(約44キロ)に設けられた「バッファーゾーン」であり、国際法上、外国船も自由に航行できる。とはいえ、尖閣の領有権を主張する中国の軍艦船が頻繁に出入りすれば、日本の実効支配は形がい化しかねない。

 中国軍は布石として12年秋以降、尖閣の北方の洋上に軍艦船1~2隻を常駐させるようになった。当初、尖閣との距離は100~120キロだったが、14年11月下旬ごろからはひそかに、最短で70キロぐらいまで接近させるようになった。

 紛争にならないよう、海警局の監視船を前面に立てながら、軍艦や軍用機も少しずつ、尖閣に近づけようとする中国。ロシア海軍は今回、そんな対日戦術の“ダシ”に使われた格好だ。

 「誤解があるのでコメントします」。在京のロシア大使館は9日午前、ツイッター上で、ロシア軍艦の行動は中国と無関係であり、日本の領海に入る意図はないと強調した。このコメントは数時間後に削除されたが、「ロシア側の中国への不快感の表れといえる」(日ロ関係筋)。

 尖閣を巡る東シナ海情勢は日中に、米ロも巻き込んだせめぎ合いになってきた。

(編集委員 秋田浩之)



真相深層 「隠れた税優遇」普及へ機運 確定拠出年金、主婦らも対象に 法改正、金融機関も動く 2016/06/01 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の総合1面にある「真相深層 「隠れた税優遇」普及へ機運 確定拠出年金、主婦らも対象に 法改正、金融機関も動く」です。





 個人が掛け金を積み立てて運用し、結果次第で年金額が決まる個人型確定拠出年金(DC)。現在は企業年金のない会社員や自営業者しか加入できないが、24日の改正法成立で来年から公務員や主婦などにも広がり、原則的にすべての現役世代が対象になる。節税効果が非常に大きいのに従来ほとんど使われず「隠れた投資優遇税制」と呼ばれてきた確定拠出年金の転機になるのか。

個人型DCへの関心は高まっている(ファイナンシャルプランナーによる都内でのセミナー)

 「SBI証券の個人型DCへ乗り換えるか検討しています」。ここ1カ月、取材した若い会社員の何人かからそんな声を聞いた。同社が4月下旬、株式など主要資産で投信の保有コスト(信託報酬)が最低水準のものを導入したためだ。「法改正を機に個人型DCで存在感を高めたい」(SBIベネフィット・システムズの上田剛司取締役)

 すでに低コスト投信が多いりそな銀行も、来年を見据えて品ぞろえをさらに強化する。大手ネット証券や独立系投信会社も個人型DCへの参入を水面下で検討中だ。

 個人型DCの導入は2001年。自分で銀行、証券、保険など金融機関に申し込む。最大の利点は掛け金の全額が所得税・住民税の対象から除外される節税効果だ。

加入わずか0.6%

 所得500万円の会社員(上限税率30%)が掛け金の上限年27万6000円を拠出すると、年に30%分の税金8万2800円が減る。運用期間中の運用益も非課税で原則60歳からの受け取り開始後も優遇税制が適用される。老後資金作りに最優先で選択したい制度だ。

 しかし利用は低調。現在の対象である企業年金のない会社員は会社員の約6割を占め、自営業者を合わせると4100万人前後が使える。しかし加入者は26万人とわずか0.6%にすぎない。

 制度がほとんど知られていないのが原因。責任を名指しされてきたのが金融機関と、制度の実務を任されている国民年金基金連合会の2つだ。

 「個人型DCって何ですか?」。金融機関の店頭で尋ねると、逆に聞き返されることもある。職員にすら教えないほど大半の金融機関はやる気がない。個人型DCでは投信の販売手数料は通常とれないし、残高も毎月数万円程度しか積み上がらない。「手数料の厚い投資信託を一気に数百万円買ってもらう方がいい」(大手金融機関)

 一方の国民年金基金連合会。もともと自営業者向けの確定利回り商品である国民年金基金が業務の主軸。「後から業務に加わったDCに熱心ではない」と関係者が口をそろえる。連合会のサイトのトップページの大半は国年基金の紹介だ。

 しかし法改正を機に変化の兆しがある。まず金融機関。冒頭のSBIやりそなのほかにも「公務員は所得も高く税制優遇にも敏感。今後営業をかけたい」(地方銀行)などの声が出ている。「知名度が上がり資産が積み上がればビジネスになる。ダイレクトメールで加入を促す」(証券会社)

 国民年金基金連合会も「今後シンポジウム開催やホームページの充実などで制度の周知を急ぐ」とようやく改革に動く。

コスト差に注意

 ただし金融機関は玉石混交。多くは個人型DCの管理手数料が高く、投信の信託報酬も割高。金融機関の違いによる総コスト差は、例えば30年加入で数百万円に達しかねない。現在、管理手数料が低いのはSBI証券やスルガ銀行。低コスト投信の品ぞろえが多いのはSBI証券、りそな銀行、野村証券などだ。

 厚生労働省の財政検証では、現役世代の平均収入に対する厚生年金や国民年金の比率(所得代替率)は40年代前半には今より2割減る。今回の法改正の意味は、財政難の公的年金を補う柱の一つに国が個人型DCを明確に位置づけたということだ。厚生労働省は「個人型DCという名称の堅さも広がらない原因」として近く愛称づくりに乗り出す。

 米国にも個人型DCに似た個人退職勘定(IRA)という仕組みがある。1974年の創設後しばらく普及せず、81年に加入者を原則全勤労者に広げてから普及が進んだ。今では老後資金の重要な柱だ。35年遅れたが、日本も今回の法改正が普及の契機になりそうだ。

(編集委員 田村正之)



真相深層 統計に映らぬ訪日消費 「個人低迷」でも小売り好決算の謎 節約志向も食品に追い風 2016/04/28 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の総合1面にある「真相深層 統計に映らぬ訪日消費 「個人低迷」でも小売り好決算の謎 節約志向も食品に追い風」です。





 個人消費が低迷しているのに、上場小売業の業績は伸びるという現象が起きている。総務省の家計調査によると、実質消費支出はうるう年の影響を除くと2月まで6カ月連続で前年割れだった。これに対し上場小売業の2016年2月期は1割の経常増益で、違和感もある。方向感が正反対なのはなぜだろう。

 12日、増収増益決算を発表した高島屋。記者会見で木本茂社長の口から漏れたのは逆に弱気な発言だった。「消費者心理は悪化している」。実態は良いのか悪いのか。

 マクロ統計と企業業績の乖離(かいり)の謎を解く鍵は、大きく2つある。一つはインバウンド(訪日客)だ。高島屋の国内百貨店事業は衣料品が落ち込んだ一方、訪日客向けが大きく伸びた。

 観光庁などによると15年の訪日客数は前年比5割増の約2千万人、訪日客の旅行消費額は7割増の約3兆5千億円と、ともに過去最高だった。これは三越伊勢丹ホールディングス、J・フロントリテイリング、高島屋の年商合計にほぼ匹敵する。全国百貨店の訪日客向け売上高は15年に1943億円と前年の2.6倍に増え、売上高全体の3%を占めるに至った。

 インバウンド消費は300兆円の個人消費の1%強に相当する。個人消費を支えてもよさそうだが、ここにからくりがある。インバウンド消費は政府が国内総生産(GDP)を計算する際、輸出に分類され、個人消費には反映されないのだ。15年10~12月期のGDPのうち個人消費は前期比0.9%減り、2四半期ぶりのマイナスになった。

「強者総取り」

 マクロ統計と企業業績のずれを解く鍵のもう一つは「強者総取り」だ。

 経済産業省の商業動態統計によると、15年3月~16年2月の小売業売上高は約140兆円と前年同期比微減だった。この2割程度に当たる上場主要小売り84社の売上高は計28兆円で、逆に7%増えた。非上場の中小や個人商店などが苦戦し、好調なのは上場大企業中心なのがうかがえる。

 強い大企業は大胆な商品戦略やコスト削減を打ちやすい。セブン&アイ・ホールディングスは自主企画商品「セブンプレミアム」のグループ売上高が前期に初めて1兆円を超えた。しまむらは月ごとだった在庫の棚卸しを週ごとに見直し、不採算在庫を減らした。こうした努力も上場企業の好業績を下支えしている。

 マクロ統計にも優勝劣敗は表れている。3月の日銀短観で小売業の景況感を示す業況判断指数(DI)は大企業がプラス18に対し、中小企業はマイナス10と差が開いた。

 上場企業でも好調なのは大都市中心だ。神奈川県藤沢市などの百貨店、さいか屋の岡本洋三社長は「インバウンドの恩恵はない」とこぼす。靴販売大手、エービーシー・マートの野口実社長は「消費は都市部と地方で明確な差がある」という。

 これら以外にも、消費低迷そのものが好決算につながった側面もある。

 食品スーパー大手のライフコーポレーションやイズミの前期決算はともに増収増益だった。実質所得が伸び悩む中で節約志向は根強い。家計調査の消費支出で「被服及び履物」は2月まで7カ月連続で減った半面、「食料」の支出は3カ月連続で増加。限りあるお金を食費に優先的に回す消費者の姿が浮かび上がる。

円高・株安が影

 では、統計と業績の乖離は今後も続くのか。今年度は好調な上場小売業にも逆風が吹きそうだ。

 まず、円高で日本製品の割安感が薄れ、インバウンドが陰る可能性がある。松屋は今期のインバウンド売上高の伸びをゼロ%で計画する。「保守的だが楽観は禁物だ」(秋田正紀社長)。再び株安ともなれば「富裕層の消費に影を落とす」(Jフロントの山本良一社長)。百貨店トップは「高額品が売れなくなってきた」と口をそろえる。

 小売業のアナリストによる業績予想は昨年11月から下がり続けている。JPモルガン証券の村田大郎氏は「消費の減速が続けば、市場予想を下回る企業が出てくる恐れがある」と指摘する。

 消費低迷は今後の決算にじわじわと影を落としそうだ。統計と企業業績がともに減速すれば、今年は乖離が縮小する可能性もある。

(湯浅兼輔)