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日本流サービス持続の条件 2017/3/2 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の視点・焦点面にある「日本流サービス持続の条件」です。





 ヤマト運輸が宅配便サービスの一部を制限する検討を進めている。人手不足で急増する物流需要に応えられないためだ。最近では外食産業が24時間営業の店舗を削減。ホテルや百貨店でも過剰サービスの見直しが広がる。きめ細かで質の高い日本流サービスは限界なのか。サービス産業のあり方をどう考えるべきか。

■物流は無理・無駄省け 日本物流団体連合会会長 工藤泰三氏

 2000年ごろに約8600万人だった日本の生産年齢人口(15~64歳)は40年には約3000万人減少する。すでに人手不足が深刻化しているが、物流業は製造業に比べて給料が低く、トラック運転手にそのしわ寄せが来た。一方、インターネット通販で荷物の数は急増している。今の状況は起こるべくして起こった。このままでは物を運べなくなる時代がくる。

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 生産年齢人口の半分は女性。元気な高齢者も多い。ぜひ物流業界で働いてほしい。トラック運送で問題なのは「手荷役」と呼ばれる人力で荷物を積み下ろしする作業だ。女性や高齢者にはきつい。なるべく手荷役を減らし、フォークリフトによる積み下ろしを導入しなければならない。フォークリフトなら作業時間も4分の1で済む。

 物流は無駄とムラと無理を省くことが生産性向上につながる。今後は効率化が進んだ製造業に比べて無駄が残る物流が日本の競争力強化のカギだ。運転手が物流施設などで荷物の積み下ろしを順番待ちする「手待ち」も多い。最近はスマートフォンで時間を指定し、待ち時間を減らす取り組みなども出てきた。

 生産性を上げる余地はまだある。物流倉庫を機械化すれば、荷物の仕分けを省力化できる。自動運転技術の開発も進んできた。先頭のトラックのみを人が運転し、センサーなどで電子的に連結させた無人トラックが数台連なる「隊列走行」は高速道路で実証実験が計画されており、実用化を期待している。

 荷主はサービス・商品では競争すべきだが、物流部門は協力できるはずだ。実際にアサヒビールとキリンビールが共同配送を始めた。過疎地は配送先が点在しているため、輸送効率が悪い。運送会社が配送地域を分担するというやり方もある。

 トラックは往路は荷物を積んでいるが、帰路は空荷ということが少なくない。配車アプリ「ウーバー」のような物流版システムをつくれば、空いたトラックを有効活用できる。

 トラックから輸送手段を鉄道や船舶に切り替える「モーダルシフト」も有効だ。大型のRORO船(自動車が出入りできる貨物船)はトラックを約150台積める。運転手は港まで運んで船に積み込み引き返せばいい。船は約10人で運航できる。

 日本の物流危機は過剰なサービスが招いた側面もある。日本企業は顧客ごとにカスタマイズしすぎて、サービスが高コストになった。物流業は海外での成長を目指しているが、現地ではそこまでの水準を求めていない場合がある。アジアなどで事業展開するときは趣向の違いを認識すべきだ。日本のサービス業はガラパゴス化している。

(聞き手は村松洋兵)

 くどう・やすみ 日本郵船に入社し09年社長、15年から会長。日本物流団体連合会と日本船主協会の会長を務める。64歳。

■おもてなしも効率化 ホテルオークラ東京会長 清原当博氏

 日本のホテルはかゆいところに手が届く緻密なサービスを提供している。これまでは「お客様は神様」とサービス向上をひたすら追求してきた。高級ホテルにとってその基本は変えるべきではないが、それだけでは成り立たない時期に来ている。

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 ヤマト運輸の(宅配見直し検討の)ニュースをみて、いよいよホテル業界にも来るかと思った。追求すべき部分と効率化できる部分をしっかり切り分けて考える必要がある。

 当ホテルは1964年の東京五輪を見据えて造られた。東海道新幹線や成田空港開港で観光ブームが到来し、バブル期まで恩恵を被ってきたが、競争激化で今の売上高はピークに比べ大幅に落ち込んでいる。外資系ホテルの進出や海外旅行に行く人が増えたことで、利用者の目は着実に肥えている。

 利用者の想定以上のサービスを提供するのが「おもてなし」の原点だ。ただ、おもてなしは計量化できない。利用者は思い出作りや心地よさなど「思い」を買いに来る。おもてなしは重要だが、ホテル業界はこの点に注力しすぎた。利益とサービスを両立させる工夫が必要だ。

 過剰サービスはないか、生産性向上の余地はないか。数年前から取り組み始めたが、最近さらに本格的に進めている。

 例えば、宿泊部門で導入した外貨の両替機。従来はスタッフが対面でやっていたが、すべて機械に変えた。最初は慣れないかもしれないが、24時間いつでも利用できる。フロントスタッフは両替専門部隊を待機させておく必要がなくなった。中華料理店ではテーブルクロスをやめランチョンマットに切り替えた。スタッフの作業が簡略化でき、回転率が上がった。リネン類の保管場所も不要になった。

 社内会議では「オークラらしくない」と慎重な議論もあったが、作業の効率化を優先した。実際に利用者の反応を聞く限り、ネガティブな反応はない。

 ITを使えば、生産性が高まると同時にサービスの水準も上げられる。思い切ってインカムを導入した。ドアマンが得意客の名前を呼んで歓迎すれば、フロント業務ほか、スタッフ全員が誰が来たか共有できる。名前をお呼びすれば喜ばれる。

 「働き方改革」と「おもてなし」は相反すると考えている。この矛盾をどうやって解決していくか。今までは良いホテルをつくるために必死にやってきたが、今後は仕事が増えすぎても生産性が落ち、必ずしも企業の発展につながらない。

 サービス水準を高めるために最大限の努力をしつつも、「神様」の言うことをすべて聞けるわけではないという意識の転換が大事だろう。

(聞き手は清水孝輔)

 きよはら・まさひろ 大成観光(現ホテルオークラ)入社。09年ホテルオークラ東京社長、14年から現職。68歳。

■利便性 タダではない 法政大学経営大学院教授 小川孔輔氏

 宅配市場の取扱個数で5割近いシェアを持つヤマトホールディングスが今期2ケタ減益の見通しなのは、今のままの価格体系や仕事のやり方に限界がきている表れだ。

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 サービス産業生産性協議会の顧客満足度指数調査で、ヤマト運輸は毎年同業他社を大きく引き離し、消費者の高い評価を得ている。消費者ニーズに丁寧に応えている結果だが、付加的なサービスの対価をもらいきれていない面があるのではないか。

 日本の物流費は安い。売上高に占める物流費でみると米国の約9%に対し日本は約5%だ。これは国土の差だけでは説明がつかない。米国より燃料費が高いにもかかわらず、日本は貨物運送業の労働者の現金給与が全産業平均を下回る。一生懸命働いているが報われていない。

 米国や中国ではどうか。米国の大手宅配業者は再配達コストを利用者から徴収している。共働き世帯が圧倒的に多い中国では自宅ではなく、大半が職場で荷物を受け取る。日本も複数の宅配業者が荷物を混載し、積載率を上げる共同配送も有効だろう。改善の余地はある。

 ネット通販で見られる送料無料は競争上導入されているものだが、再配送などの社会的コストを曖昧にしてしまった。利用者が一部料金を負担するなど、コスト意識を持たせることで社会的コストは減らせるはずだ。

 日本には「サービスはタダ」の考えが根強く、結果としてサービス業の生産性が欧米より低い一因になっている。それを改めるには政策的な関与も必要だ。すべてを合算した価格設定をやめ、再配達や時間指定のサービスを分離して価格にメリハリをつけてはどうか。どの宅配業者も利用できる「宅配ボックス」の設置や共同配送の社会実験に補助金を出すのも一考だ。

 サービス分野には無駄と思われる内容も多い。一度過剰なサービスをそぎ落としてみてはどうだろうか。

 例えば、髪の毛を切ることに特化した10分1000円の理髪店は手軽で安いと人気だ。ただ、時間当たり単価は実は一般の理髪店より高く収益率は良い。

 部屋の装飾を極力簡素化する一方、枕が選べたり、健康的な朝食を食べられたりするビジネスホテルチェーンも好評で、顧客満足度はシティーホテルの平均を上回る。供給者側と需要者側が考える利便性が乖離(かいり)しているからだ。

 サービス産業の中で市場支配力が高い業種は、値上げが容易になり消費者利益を損なう恐れがあるため注意が必要だ。ただ宅配業のように企業努力で市場を広げ、そのサービスが社会インフラの一つになっているなら社会全体で再考すべきだろう。

(聞き手は編集委員 田中陽)

 おがわ・こうすけ 経営・マーケティング論が専門。顧客満足度やサービス産業の生産性向上に詳しい。65歳。

〈アンカー〉適正なコスト見極める時代

 ヤマト運輸の宅配見直しは人手不足時代のサービスのあり方を問う象徴事例だ。「お客様は神様」との発想のもと、あらゆる分野で編み出されてきたきめ細かなサービスも持続可能な形で初めて成り立つ。ヤマトの場合、再配達の社会的コストを意識する消費者も多い。物流のような重要インフラだけに、どうすれば維持できるか社会全体で考える発想も必要だろう。

 ただ、日本流サービスの美徳とされる、質の高い「おもてなし」の発想は安易に放棄すべきではない。サービス産業は労働集約型の産業だが、IT(情報技術)などを活用すれば生産性改善の余地は大きい。消費者が求める利便性を見極め、いかに適正な対価を得るか。今後は働き方改革と高品質のサービスの両立に知恵を絞る競争の時代となる。

(田中陽)



ニュース複眼 激変する政治 世界経済の行方は 2017/1/12 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の視点・焦点面にある「ニュース複眼 激変する政治 世界経済の行方は」です。





 米欧の政治体制が大きな変革期を迎える2017年、世界経済はどんな影響を受け、どういう方向に向かうのか。保護主義の台頭、財政出動の復権など新たな経済政策の潮流とそのインパクト、世界経済が抱えるリスクを識者に聞いた。

■新たな保護主義の時代に 仏歴史人口学者 エマニュエル・トッド氏

エマニュエル・トッド氏

 ドナルド・トランプ氏の米大統領選での勝利に驚きはない。2000年以降、自由貿易によって雇用が奪われ、白人有権者の心に耐えがたい痛みが生まれたからだ。トランプ氏の勝利は、労働者階級だけでなく、中間層の怒りでもあったのだ。

 英国の欧州連合(EU)離脱決定の理由は移民への抗議だが、投票を分析すると、大衆層が動いたことは共通している。

 これはポピュリズムではなく民主主義が正常に機能した結果だ。ポピュリズムから民主主義を守ると言っていたエスタブリッシュメントの人々は、実際は少数の権力者の代表としてみられるようになった。

 米英のもう一つの共通点は伝統的な右派エリートのボリス・ジョンソン氏やトランプ氏が大衆の意思を引き受けたことだ。私は資本主義に反対しない。大衆の利益を考慮したエリートが管理する合理的な資本主義に賛成だ。民主主義を機能させるため、英米エリートの一部には柔軟性がある。

 今始まろうとしているのは一つの時代だ。グローバル化、つまり新自由主義は1980年ごろに始まった。そこから35年後、我々はまた35年の周期の初期段階にいる。人口学者として私はこれから終わりを見るのではないと断言できる。

 自由貿易は絶対的な自由貿易しかない。しかし保護主義にはいくつもの種類がある。ばからしいものも節度あるものもあるのだ。先進世界では保護主義と開国、つまり自由貿易が代わる代わるやってきた。

 産業発展は保護主義とともに起きた。米国ではリンカーンが関税を30~40%にして始まった。欧州ではドイツがビスマルクの保護主義的政策で飛躍的に成長した。自由貿易が利益になる段階はあるが、行き過ぎると格差が生まれ、最先進国での工員の給与を抑制し、最終的に世界的な需要不足につながる。

 世界経済は悪化している。成長率は低く一部はマイナス成長だ。行き過ぎた自由貿易は経済を停滞させる。執筆中の本で私はドイツや日本、韓国の低い出生率は自由貿易と関連があると書くつもりだ。経済的な生き残りに必死になると、子供をつくる時間がない。

 グローバル化は特に英米で途方もない格差を生み、日仏独にもある。この格差は資本の移動の自由と、低賃金の労働力を使うことで生まれた。

 重要なのは格差が生まれる仕組みではなく、先進国が格差を受け入れた点だ。どうして先進国は自由貿易に扉を開いたのか。私は経営者などのビジネス人ではなく、教育階層に問題があると思う。大学と結びついた理論家が格差拡大につながる議論を主導した。

 4~5月には仏大統領選がある。私は最近まで極右政党、国民戦線(FN)のルペン党首の当選は不可能と考えていた。だが仏大統領選の中道・右派予備選でフィヨン元首相が選出された。その経済政策は米英で拒否された新自由主義だ。FNは結果的に社会福祉の党になる可能性がある。フィヨン氏が仏社会福祉を破壊し、ルペン氏がそれを守る候補者とみられるかもしれない。

 自由貿易は忘れねばならない。我々の前にあるのは良い保護主義と悪い保護主義の議論だ。給与水準を守ったり、内需を刺激したりする合理的な保護主義は貿易を活発にする。保護主義が国家間紛争になるというのは嘘だ。保護主義は協力的で敵対を意味しない。

(聞き手はパリ=竹内康雄)

 Emmanuel Todd 歴史人口学者でフランスを代表する知識人。1976年の「最後の転落」でソ連の崩壊を予言。米国の衰退期入りを指摘した「帝国以後」は世界的ベストセラーに。65歳。

■大衆迎合政策、限界ある 米ハーバード大教授 ダニ・ロドリック氏

ダニ・ロドリック氏

 米国はポピュリスト(大衆迎合主義者)を軸としたマクロ経済サイクルに入った。

 市場がトランプ氏の政策に対する期待に沸いたことは意外ではない。選挙でたくさんの約束をするポピュリストが経済刺激への期待を生むことはよくある。就任後1年から1年半は、米経済が好ましい反応を示しても不思議はない。典型的なサイクルでは政権初期に歳出が膨らみ、民間投資を誘発し、雇用も賃金も増える。すべてがうまく行っているようにみえる。

 やがて歳出の制約に直面し、それらが持続的ではないことが明らかになる。政策の逆流に伴って期待も逆流し、時に経済危機に至る。そんなサイクルは1970~80年代の中南米でみられた。米国がそこまで厳しい状況に陥るとは思わないが、似たような経路をたどってもおかしくはない。

 一方、2017年の世界経済で最大の課題は欧州だ。春の仏大統領選など重要な選挙が控える。グローバル化に対するポピュリストの反発がどんな形で表れるのか。結果次第でユーロや欧州連合(EU)統合プロセスへの疑問が強まりかねない。統治機構が脆弱なだけに、ポピュリズムが経済に与える打撃は米国よりも深刻になりうる。

 (グローバル化、民主主義、国家主権の3つは同時には成り立たないという「世界経済での政治のトリレンマ」にしたがえば)いま欧米で起きているのは、明らかにグローバル主義やグローバル化への反発といえる。

 メッセージは「自分たちの問題に注意を払うリーダーが欲しい」ということだ。グローバルな組織や経済勢力を最重視せず、自国の問題に自国の政策で対応する。グローバル経済が自分たちを苦しめるのではなく、役に立つものになってほしい。言い換えれば、政策の優先順位の再調整だ。

 具体的にはグローバルな組織や経済統治を改善する努力と、国内経済や社会を改善する努力を再調整することだ。摩擦を生むならグローバル化の優先順位を下げなければならない。

 開かれたグローバル経済を繁栄させる最善の道は、国内経済を繁栄させることだ。国内経済がうまく機能しないのなら、健全なグローバル経済など望めない。その状況で自由貿易協定を締結し、より良い国際経済の協調体制をつくっても国内経済の助けにはならない。

 (戦後のドル基軸を定めた)ブレトンウッズ体制には資本管理の仕組みが内在し、グローバル化が国内経済運営の妨げになる際には、国内を優先させる余地が確保されていた。その概念は、今も税制、国内規制、労働政策など幅広い分野で応用できるとみている。

 トランプ氏は国内政策の余地をつくろうとしているが、国内優先がすべて正しいわけではない。懸念されるのは(米国内の)対立を深刻にしてしまうことだ。彼は懸け橋になると訴えたが、権威を攻撃し中間層に寄り添うとアピールしながら、政権中枢に金融専門家や大富豪を据え、富裕層の減税を口にしている。(米国で進み、対立の背景にある)脱工業化の問題も、単にメキシコや中国からの輸入品に高関税をかけても対処できない。彼の政策は目標を実現するようには設計されていない。

(聞き手はニューヨーク=大塚節雄)

 Dani Rodrik トルコ出身の経済学者。グローバル化、国家主権、民主主義のトリレンマを唱えた2011年の著書「グローバリゼーション・パラドクス」が世界的に話題に。59歳。

■マイナス成長の岐路 独アリアンツ首席経済顧問 モハメド・エラリアン氏

モハメド・エラリアン氏

 米国では「より高い成長とより高いインフレ」の可能性に直面しているという見方が強まっている。ドル高、堅調な米株式相場が示すように、市場の視線はトランプ氏が強調する多額のインフラ投資、法人税の引き下げと規制緩和に注がれている。

 米国株式相場の上昇余地はあるが、条件を3つ満たす必要がある。1つは成長をめざす具体的な政策が持続的に実行されること。次に(トランプ氏が)保護主義的な発言や米連邦準備理事会(FRB)への攻撃を抑えること。さらに議会とホワイトハウスが協力し、経済成長の責任を果たすよう導くことだ。

 トランプ氏が米経済の高い成長を取り戻す可能性はあるだろう。議会内の分裂が経済への対処をマヒさせていたが、共和党は両院で多数派となった。立法上のボトルネックを解消する望みが出てきたことは大きい。

 金融政策のみに頼る「金融政策依存症候群」から抜け出す可能性が高まっている。中央銀行への過剰な依存を脱し、構造改革とバランスのとれた需要喚起策へのアプローチに移る。緩和的な世界の金融環境と相まって、FRBが金融政策を正常化する道が開かれるだろう。

 2017年の欧州は選挙が相次ぎ政治環境はやや不安定だ。低成長が長引いたことで反権力機運の高まりの影響を受けている。投票者が1つの問題だけに大きく左右されやすいことを考えると、予想外の結果が出る可能性は非常に高い。

 多くの市場参加者は16年と似た展開になると見ている。中央銀行が不安定さを抑え、経済は低成長ながら落ち着く構図だ。しかし私はこの見方に慎重だ。経済、金融、政治的な視点から、世界経済が歩んでいる道は一段と不安定になりつつある。

 17年は世界経済が「丁字路」(分岐点)に何歩も近づくだろう。政治家が経済政策に対する責任を果たさなければ、低成長はマイナス成長に陥り、安定はぐらつく。未来の世代にも影響を及ぼす重要な局面だ。

(聞き手はニューヨーク=山下晃)

 Mohamed El-Erian 英オックスフォード大経済学博士。金融危機後、世界の低成長が続く「ニューノーマル(新たな常態)」を提唱した。最近は金融政策への依存に警笛鳴らす。58歳。

<アンカー>「国内」と「国際」 両立の知恵必要

 2017年の世界をどうみるか。人口動態などから旧ソ連の崩壊を「予言」した歴史人口学者。グローバル化の負の側面に警鐘を鳴らしてきた経済学者。金融危機後の低成長を「ニューノーマル(新たな常識)」と呼んだ金融の専門家――。それぞれの視点や主張は違えど、安易な楽観論にくみさない点では一致した。

 光がみえないわけではない。トッド氏が唱える「良い保護主義」の追求と、ロドリック氏の「優先順位の再調整」には共通点もある。要は国内問題への手当てと国際的な経済協調をいかに両立させるかだ。3人が懸念した欧州発の混乱を避ける意味でも、新たな知恵と行動が試されている。

(大塚節雄)



ニュース解剖 プーチン氏、反転攻勢 武力誇示と「情報テ ロ」米欧の間隙突く 2016/11/24 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の視点・焦点面にある「ニュース解剖 プーチン氏、反転攻勢 武力誇示と「情報テロ」米欧の間隙突く」です。





 ロシアのウラジーミル・プーチン大統領と安倍晋三首相が12月に日本で行う首脳会談まで1カ月を切った。日本側は北方領土問題を前進させる好機ととらえるが、予断を許さない。欧州連合(EU)からの英国離脱に続き、ドナルド・トランプ氏が米大統領選で勝利するなど世界が激変する中で、プーチン氏は何を狙い、どう動くのか。(モスクワ=古川英治)

ペルーのリマで記者会見するロシアのプーチン大統領(20日)=タス・共同

 ロシア第2の都市サンクトペテルブルク。毎朝9時前になると、4階建てのビルに若者が次々入っていく。看板には「ビジネスセンター」とだけ書かれ、窓はカーテンで締め切られている。ここはネット世論を操作する「トロール部隊」の拠点だ。

国挙げて世論操作

 複数の元従業員の証言によると、4万ルーブル(約6万9千円)程度の月給で約400人が勤務し、週7日24時間体制で宣伝工作を行う。ソーシャルメディアへの書き込みに加え、架空の人物になりすましてブログを運営する部隊もある。英語など外国語も使いオバマ米大統領や欧州連合(EU)をおとしめるプロパガンダを国内外に拡散する。

 ウクライナで親ロ政権が崩壊した2014年の政変を機に、プーチン氏はクリミア半島を併合、同国東部にも軍事介入し、米欧との関係は悪化した。対ロ経済制裁を発動した米欧に対し、ロシアは武力の誇示と同時に国営メディアによる宣伝工作や世論操作、サイバー攻撃を組み合わせた「ハイブリッド(混合)戦争」を仕掛ける。

 ロシア国営テレビは1月、ベルリンでロシア系少女が移民にレイプされたと報道した。これをソーシャルメディアがあおり、抗議デモにつながった。ドイツ当局の捜査でこの事件はでっち上げだったことが分かった。EU内で対ロ制裁を主導するメルケル政権の不安定化を狙ったロシア側の動きとみられる。

 米大統領選への揺さぶりも疑われる。民主党のヒラリー・クリントン氏が大統領候補に選ばれる直前に民主党全国委員会がハッカーに攻撃され、機密メールが流出した事件で、米政府はロシア政府の関与を断定した。

 「1週間も訓練すれば米政府機関のセキュリティーシステムは誰でも破れる」。ロシアの元治安機関員は軍や治安機関が傘下にハッカー集団を擁していると明かす。米欧への世論操作についても「クレムリン(ロシア大統領府)は草の根運動の破壊力を認識している」と話す。

 来年それぞれ議会選と大統領選を控える独仏の情報当局はロシアの介入を警戒する。クレムリンに近い金融機関が反EUの仏極右指導者、マリーヌ・ルペン氏の政党に融資したことも明らかになった。欧州外交筋は「ロシアは外交ではなく工作活動に注力している」と指摘する。

 ロシアの言い分では、米欧への攻撃は「自衛」だ。プーチン氏はウクライナの政変を「米国の陰謀」と断じる。クリミア併合を宣言した14年3月の演説で、北大西洋条約機構(NATO)の東欧への拡大などロシアの反対を無視した米欧の動きを列挙し、「ウクライナで西側は一線を越えた」と主張した。

 ウクライナの行方はプーチン氏にとって死活問題だ。スラブ・正教文化の発祥の地であるウクライナは米欧と異なる価値観を掲げるプーチン氏の求心力の根幹に関わる。ウクライナで民主改革が進み、欧州統合に向かえば、強権体制を敷くプーチン氏に対する国内の反対運動も再燃しかねない。

 対米欧でプーチン氏が最終的に目指すのは、第2次大戦末期、米英ソの指導者が東欧などの戦後処理を取り決めた「ヤルタ協定」のような勢力圏の分割を受け入れさせることにある。そのためにはウクライナなど旧ソ連諸国への影響力を取り戻し、大国として米国と対等な関係を確保しておく必要がある。

 米大統領選でロシアがトランプ氏勝利を歓迎したのは、同氏が一貫してロシアとの関係改善を主張したからだけではない。経済界出身で、既存の理念や価値観にこだわらないトランプ氏とはウクライナ問題などで「取引」できると期待するからだ。

「対日交渉急がず」

 プーチン氏は日本をこうした戦略の中で見ている。最大の関心は日本が戦略的に利用できる存在かどうか。米国の反対にもかかわらず、安倍首相が5月と9月にロシアを訪問したことを評価し、訪日に傾いた。そこには対ロ制裁を巡るG7の結束を乱す狙いが見え隠れする。裏返せば、トランプ氏の対ロ政策次第で日本の重要性は変わる。

 安倍首相が狙う北方領土問題打開の道のりは険しい。19日の日ロ首脳会談後の会見でプーチン氏は日程が固まっているはずの訪日について「もし、日本を訪問すれば」と意図的に前置きして質問に答えた。従来、前向きな発言が目立った安倍首相のトーンも変わってきた。22日にはロシアによる北方領土へのミサイル配備も明らかになった。

 プーチン氏は15年5月にモスクワで開いた対独戦勝70周年式典に首相が欠席したことを忘れていないという。ウクライナへの軍事介入に抗議する米欧首脳がボイコットする中、首相も最後は米国に配慮した。「日本は米国から独立した外交はできない」との不信感がぬぐえない。

 トランプ氏が選挙戦での発言通りに対ロ関係改善に動くのか、日本の対ロ接近にどう反応するのかも読めない。ロシア政府関係者は12月の日ロ首脳会談で北方領土問題を巡る交渉を急ぐ理由はないと断言する。

 「すべてはトランプ氏次第だ」

経済低迷 体制引き締めに躍起

 プーチン大統領が対外強硬策を貫く一方で、ロシア経済の不振は深刻さを増している。国が経済を支配し競争や投資を阻害しており、エネルギー輸出に依存する構造の改革は進まない。強硬策の裏には、経済停滞による国力衰退に直面し、大国の地位維持に躍起になる焦りも透けて見える。

 15日、ウリュカエフ経済発展相が収賄容疑で拘束された事件がロシア政府関係者や経済界を震撼(しんかん)させた。国営の石油最大手ロスネフチによる国営石油会社バシネフチ買収に便宜を図った見返りに賄賂を要求したとされ、旧ソ連国家保安委員会(KGB)の後身機関である連邦保安庁(FSB)が盗聴していたことも明らかになった。

 ロスネフチのセチン社長は治安機関出身者らによる政権内の強硬派の実力者とみられている。ウリュカエフ氏はバシネフチの民営化に国営のロスネフチが参加することに反対を表明した経緯があり、経済の効率化に向けた国営企業の民営化などの取り組みに不透明感が強まった。

 16年続くプーチン体制下では、主要産業の国家管理の名目で大統領に近い筋による強引な企業買収が進んだ。国内総生産(GDP)に占める国営部門のシェアは7割に達する。汚職と非効率な経営により、2004年から07年まで平均7%を超えていた経済成長率は、原油安と欧米の制裁が直撃する前の13年にすでに1.3%に低下していた。

 投資減少が先行きに悲観的な見方を映している。設備投資などの固定資産投資は13年から前年比マイナスが続く。

 ナビウリナ中央銀行総裁らは資源依存と消費主導の経済の限界を指摘し、民間投資をけん引役とする経済への改革を訴えるが、抵抗勢力である強硬派が増長する中では投資環境の改善は進まない。労働人口も急速に減少し、ロシアの潜在成長率は1%以下との見方がもっぱらだ。

 プーチン氏は14年のクリミア併合で支持率を8割に押し上げた。反米姿勢を強めてきたのはナショナリズムをあおり、景気悪化から国民の目をそらすためとの見方もある。18年の大統領選まで求心力をどう維持するか。景気動向次第では、新たな対外強硬策のカードを切る可能性もある。



ニュース解剖 黒田日銀 試練の時 2016/05/12 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の視点・焦点面にある「ニュース解剖 黒田日銀 試練の時」です。





 大胆な金融緩和でデフレ打破に挑んできた日銀の黒田東彦総裁の影響力に陰りがみられる。「最も強力な緩和」と自認するマイナス金利政策は市場金利を大きく押し下げた。それでも円高・株安の基調は続き、景気や物価上昇の回復は鈍い。市場の意表をつく緩和策には消費者や企業からの抵抗感も出始めた。強まる逆風を日銀はどう克服していくのか。(編集委員 菅野幹雄)

マイナス金利に誤算

 日銀が金融政策の現状維持を決めた4月28日、追加緩和期待の空振りで日経平均株価は600円以上急落した。「マイナス金利の効果は金融面ですでにあらわれている」「必要ならまだまだいくらでもマイナス金利を深掘りできる」と記者会見で強調した黒田総裁。だが「やや覇気を欠いていた」と複数の日銀ウオッチャーが口をそろえる。

 たしかに悩ましい展開だ。銀行が日銀にあずける当座預金の一部にマイナス0.1%の金利を付ける政策の決定は1月29日。市場は驚きをもって反応し、景気の下振れリスクに先手を打つ会心の一手に映った。

 だが、実際にはここから日銀は数々の誤算に直面することになる。金融緩和の効果が伝わっていく経路に目詰まりが生じかねないのだ。

 1つの誤算は円高・株安だ。本来、大胆な緩和策をとれば円売りの動きを招き、為替は円安に触れやすくなる。円はマイナス金利決定の直後に1ドル=120円台に下げたが、翌週は円高方向に転じ、5月初めには一時105円台に急騰した。

 円高が海外展開企業の収益を悪化させる懸念から、1万8000円に迫った日経平均株価も1万6000円台に弱含んだ。

 根源のひとつは米欧など海外の要因だ。世界経済の減速や原油安への不安で米連邦準備理事会(FRB)の利上げペースに減速感が強まった。

 みずほ総合研究所の高田創氏は「一極集中のドル高に耐えられなくなった米国は、マイナス金利による円安誘導に反対の意思を示した」とみる。4月29日に米政府の報告書が日本の為替政策を監視対象に据えたのも同じ流れだ。

 第2の誤算は金融市場との対話のほころびだ。

 4月の金融政策決定会合の数日前から市場では追加緩和の観測で円安・株高が進む「催促相場」の様相になった。日銀は今回の会合では早くから様子見を決め込んだ節があるが、市場の期待感が一方的に高まった。政策変更がないことで失望が一気に広がり、相場は大きく反転した。

 「市場に日銀の行動原理が理解されていない」とJPモルガン証券の菅野雅明氏はいう。市場を驚かせるサプライズ緩和を続けてきた日銀だが、説明が不十分だったことが混乱の引き金になったというわけだ。

 マイナス金利は市場に株式や投資信託などリスク資産投資を促す政策。市場との対話にヒビが入れば効果は落ちてしまう。

 「2年で2%の物価上昇率を実現する」と宣言し、市場や人々の「期待」に強力に働きかけてきた黒田氏。だが、物価目標の達成時期はこの1年で4回も先延ばしした。原油安などの外的要因があるとはいえ、言葉の信頼度は下がっている。

 第3に緩和マネーを民間に供給する金融機関との意識のすれ違いだ。

 「銀行界にとっての短期的な影響は明らかにネガティブだ」。平野信行三菱UFJフィナンシャル・グループ社長は4月14日の講演で、マイナス金利への批判を公言した。期間の長い金利がより大幅に下がり、金融機関は運用による利ざやを確保しにくくなった。体力勝負が厳しくなる中で、金利を下げても企業や家計が投資に動くのか。そんな業界の本音を代弁した。

 1月のマイナス金利導入決定で銀行の現場は大慌てだった。システムがマイナスの金利を想定しない設定で手作業でのデータ入力を迫られた金融機関も数多い。日銀への不満は根強い。

 黒田総裁は「金融政策は金融機関のためにやるのではない」と反論する。マイナス金利を取る範囲を限定して銀行収益の悪化に配慮をしたとの自負もあろう。だが日銀と金融機関との協力関係にはすきま風が吹く。

 4番目の誤算はより根深い。実体経済を動かす消費者や企業に、マイナス金利への戸惑いが隠せないからだ。

 日銀が3月に実施した生活意識に関するアンケート調査で、現在の金利が「低すぎる」と答えた人の割合は65%と3カ月前の調査から13ポイント余り増えた。マイナスにならなくとも預金金利は下がる。年金や保険の利回り低下が意識される流れだ。

 「日本は高齢者の割合が高い。借入金利の低下を喜ぶ人よりも不安を感じる人の方が多い」と東短リサーチの加藤出氏は言う。マイナス金利は心理に働きかけ「いずれ物価が上がる」と思ってもらう政策。ところがそれが長引きそうだと思われると、将来を気にして逆に消費心理を冷やしかねない。

 市場の動きを映す予想物価上昇率はマイナス金利の導入前より0.5ポイントほど低下した。名目長期金利も0.2ポイント程度下げたが実質金利の引き下げは日銀の思い通りには実現していない。

 日本経済の実力である潜在成長率がゼロ近くに低迷するなかで、日銀が孤軍奮闘してもなかなか物価や景気を上向かせるのは難しい。実体経済に効果が及ぶまで「半年も1年もかからない」と断言する黒田総裁だが、言うほど視界は開けていないだろう。

正念場の6月 総力戦へ

 黒田日銀が人々や市場のココロを再びつかめるかどうか、6月は正念場だ。景気や物価に漂うモヤモヤ感がさらに強まれば追加緩和をためらうべきでない。市場や銀行とのほころんだ対話の修復も不可欠だ。政府も日本経済の足腰を強くする改革に真剣に取り組み、日銀の孤立を防がなければならない。試練の克服には総力戦がいる。

 日米欧の中央銀行が金融政策を決める会合は1カ月半に1回の頻度で開く。6月はユーロ圏の欧州中央銀行(ECB)が2日、米連邦準備理事会(FRB)が14~15日、日銀が15~16日の順番だ。7月下旬にも同じ順で日米欧の政策会合がある。

 内外の政治日程も絡む。5月下旬の主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)を踏まえ、政府は財政出動や消費税率引き上げについての判断を6月にかけて下す可能性がある。

 4月の会合で市場の失望を買った日銀にとって、混乱の再来は是が非でも避けたいところだ。マイナス金利による市場金利や貸出金利の低下が着実に経済を押し上げるか。原油安の一服とともに人々の物価見通しが高まるか。そうした点を見極めたうえで、市場に説明を尽くして誤解を持たれないようにする必要がある。

 日銀の政策決定の直前、6月16日未明には米FRBの判断も出る。東短リサーチの加藤出氏は「米国が利上げを見送り、7月以降の利上げにも慎重姿勢を示せば、円高阻止の観点で日銀の緩和圧力は増す」とみる。

 追加緩和が必要な場合の手法についての意見は分かれる。日本経済研究センターの岩田一政理事長は「中銀に赤字が生じ財政コストがかかる量的緩和はもう難しい」と、政府の財政出動とマイナス金利拡大の組み合わせを主張する。若田部昌澄早大教授は財政出動で増発した国債を日銀が買い増す「ヘリコプター・マネー」の考え方。「6月に追加緩和と補正予算編成、来春の消費増税の見送りを決める可能性は高い」と指摘する。

 緩和の有無にかかわらず、銀行界とのコミュニケーションの改善は急務だ。日銀の取れる手が狭まる中で、政策効果が行き渡る環境作りが問われている。



ニュース複眼 対立深まるサウジ・イラン 2016/01/14 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の視点・焦点面にある「ニュース複眼 対立深まるサウジ・イラン」です。





 宗教指導者の処刑などをきっかけに、イスラム教スンニ派の王室が実権を握るサウジアラビアとシーア派の大国イランの対立が深まっている。中東の二大国が広げた混乱はシリア内戦の収拾を遠ざけるとともに、シリアを地盤とする過激派組織「イスラム国」(IS=Islamic State)の活動を利しかねない。不安を鎮めるカギはあるのか。

宗派戦争 誘発の可能性 明治大特任教授 山内昌之氏

 サウジアラビアがイスラム教シーア派の指導者ら47人を処刑し、イランとの国交断絶を表明したことで、中東全域での軍事衝突の危険性が高まった。サウジはイランとの正面衝突につながりかねない「パンドラの箱」を開けてしまった。それぞれスンニ派、シーア派の盟主である両国が正面から対決すれば、宗派戦争を誘発しかねない。

 通常の場合、国交断絶は大使の召還などの手続きを経て実施する。今回はサウジが一気に断交まで進めたことに、米国やイランは驚いた。次の手順と考えられるのは最後通牒(つうちょう)、ひいては戦争だからだ。

 ただサウジは「戦争する意志を固めたわけではない」ともにおわせており、西部にあるイスラム教の聖地メッカとメディナへの巡礼について引き続きイラン人を受け入れると表明した。サウジがイランとまだ「正面からことを構える」と決めてはいないメッセージとも読める。

 今回のサウジとイランの対立には、サウジの米国に対する警告の意味合いもある。米国がイランに急接近する一方、湾岸最大の同盟国であるサウジを軽視したと憤っている。サウジはこれ以上寛容ではいられず、バランスを回復せよとのメッセージを送ったのだろう。

 いくつもの国が絡む「中東複合危機」が進行している。大きな要素はシリア問題だ。イラクからISが侵入したり、それに対してイランが兵力を送り込んだりすることで外部勢力の絡んだ実質的な「戦争」に発展している。さらにロシアの介入で米欧とロシアが向かい合う「第2次冷戦」の様相を呈している。ロシアはシリアへの軍事顧問団の派遣にとどまらず、今では臆面もなく陸・海・空の兵力でアサド政権を支援している。

 「中東複合危機」が進行するなかで、さらにサウジとイランの対立がスンニ派対シーア派の宗派戦争に発展するとどうなるか。想定できる最悪のシナリオは「第3次世界大戦」の勃発につながる。こうなれば欧米やロシアも巻き込まれる。ホルムズ海峡が封鎖されれば、世界中のエネルギー・金融市場や景気動向を直撃しかねない。

 「中東複合危機」の収拾はきわめて難しいだろう。異質かつ異次元の問題が併存し、全てを解決するのは不可能だと思う。米国ができることは限られている。軍事力の担保なしに中東地域で安全保障を確保することはありえないが、米国は同地域での兵力展開に消極的だ。当面の仲介はサウジ、イラン両国に強いパイプを持つロシアに頼るしかないのではないか。

(聞き手は寺井浩介)

 やまうち・まさゆき 中東・イスラム地域研究と国際関係史の分野で日本を代表する歴史学者。2012年から現職、東大名誉教授も兼ねる。68歳。

オバマ政権、不信招いた 米ヘリテージ財団上級研究員 ジェームズ・フィリップス氏

 イランの核問題を打開するのが名目だったとはいえ、米国のオバマ政権がこれまで敵対してきたイランに接近したのは、中東地域での米軍をできるだけ削減したいという思惑があったのだろう。しかし、こうした考え方はスンニ派の流れをくむISや他のスンニ派のテロ組織との戦いを巡り、シーア派の大国イランと協力できるはずという希望的な観測に基づく甘えだ。

 その誤解は、米軍がイラクから撤退し、スンニ派を除外したうえでシーア派寄りの政権が誕生した後、イラクでISが伸長したことからもわかる。

 イランはISの掃討に欠かせない存在というより、ISの問題の一部分だと認識している。一連の米側の行動が、スンニ派の盟主を自任してきたサウジアラビア側に、米国は地域の安定を理由にサウジや他の湾岸諸国との関係を犠牲にしてまでイランとの協力の道を選んだという疑いを持たせてしまった。

 オバマ政権は一貫して同盟国の国益を保護するよりも、敵対してきた国とかかわることに高い優先順位を置いているとみられる。イスラエルやサウジが抱く不平はこの点にある。オバマ政権はサウジの信頼を完全に失ってしまった。エジプトもいまだに信用していない。そしてオバマ政権の無知が、イランに対するサウジのこれまで以上の攻撃的な姿勢を生んだ。

 サウジは中国との関係を改善する方法を探るかもしれない。ロシアとの関係でも同様に模索するだろう。内戦が続くシリアに介入するロシアは、サウジにとっては問題を大きくする存在だからだ。サウジと中ロとの関係改善は、それほど遠い将来のことではないとみている。

 オバマ政権のイランへの接近は、意図せざる結果として、ロシアに中東で多くの機会を与えてしまった。政権がロシアとの関係の見直しをしようとしていることも恐ろしい。ロシアは米国との約束の多くを守ってこなかったからだ。

 次期米政権は同盟国との関係の再構築を最優先の課題として取り組むべきだ。特にサウジやイスラエル、ヨルダンとの修復だ。次期大統領選で共和党候補が勝利すると、最優先に据える可能性は高まるかもしれない。民主党の本命候補、ヒラリー・クリントン前国務長官が大統領に選ばれても、希望は持てる。

 クリントン氏はオバマ政権の1期目で国務長官に就き、多くの失敗をした。彼女は自らの経験から学べる。次期米政権と中東との関係が、オバマ政権よりも悪化するとは考えにくい。

(聞き手はワシントン=吉野直也)

 James Phillips 米タフツ大フレッチャー・スクールで修士号。中東や国際テロ情勢の専門家。ヘリテージ財団は米保守系の有力シンクタンク。63歳。

サウジ、反発読み誤る カイロ大教授 ムスタファ・サイード氏

 サウジアラビアの指導部は今回、シーア派指導者の処刑によって生じるイランの強い反発を予想せず、サウジが意図しない形で緊張が高まったと見ている。

 サウジが1月上旬に処刑した47人のうち43人はスンニ派の過激派組織「アルカイダ」に関係しているとされる。シーア派の宗教指導者ニムル師ら4人は、この43人と同列に扱われて処刑されたのであり、サウジが意図的にイランを挑発したとは思えない。

 対立の根は深く、収束させるのは難しい。米国やロシアによる仲介外交は奏功しないだろう。イランはバーレーンやイラク、レバノンなどにいるシーア派住民を事実上代表しており、外交的な立場も強い。サウジとの関係をすんなりと改善するとは思えない。

 一部で「第5次中東戦争」といわれるような直接の戦争に突入することはない。イラン、サウジ両国はともに内部に強硬派を抱えているものの、指導部は戦争になれば国家に危機が訪れることを理解している。足元の原油価格の低迷で両国の経済情勢は厳しく、戦争ができるような状況ではない。

 米ロはシリアの政権移行期間にアサド大統領が(暫定の統治者として)とどまることで合意するかもしれないが、サウジが受け入れるのは難しくなった。

 「ダーイシュ」(ISの別称)の壊滅を急ぐべきである半面、米欧もアラブ諸国も地上部隊をシリアに送れない。当面のシリア情勢はトルコがカギを握っている。国境管理を厳格にして戦闘員や資金、密輸原油の摘発など、細かい取り組みを続けるしかない。

(聞き手はカイロ=押野真也)

 79年ジュネーブ大高等国際問題研究所で博士課程を修了。中東政治や国際関係論などが専門。カイロ・アメリカン大学の教授も兼務。69歳。

背景に地域覇権争い 英セント・アンドルーズ大教授 アリ・アンサーリ氏

 サウジアラビアとイランの対立が軍事行動に発展する兆しは今のところないが、サウジの強硬な姿勢は1980年代のイラン・イラク戦争のときよりも危機が深刻化するリスクを示している。

 最大の懸念は地域の混乱を助長することだ。内戦が続くシリアやイエメンではサウジとイランがそれぞれの宗派に属する勢力を支援しており、解決は一段と遠のく。ISなど過激派組織も勢力を拡大する余地が生まれる。サウジの動向が原油価格をさらに不安定にする恐れもある。

 サウジとイランの対立の原因をイスラム教スンニ派とシーア派の「宗教対立」に帰結させるのは間違っている。スンニ派とシーア派が平和に共存してきた歴史はいくらでもある。一方でサウジは米国が主導した2003年のイラク戦争で、イラクではシーア派が政権を握り、イランとの関係が強くなったことにずっといらだっていた。核問題を巡る合意を受け、イランが急速に国際社会に復帰しつつあることへの危機感も強い。地域・民族の覇権を含めた非常に多層的な争いが背景にある。

 中東情勢に唯一、関与できる力を持っているのは米国だ。これまでよりも長期的で、非軍事の分野も含めた包括的な戦略を作る必要がある。過去の介入はせいぜい2~3年の期間で軍事介入し、作戦終了後の影響まで緻密に考慮したものではなく、結果的にさらなる危機を生み出した。米国が中東への興味を失いつつあるのは明らかだが、放置すれば、中東でのロシアの影響力の拡大を招き、さらに事態を複雑化させる恐れがある。(聞き手はロンドン=小滝麻理子)

 Ali Ansari 専門は歴史学。イランをはじめとして中東のイスラム諸国の国家の発展や、米英との関係などに関する著書多数。48歳。