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パンゲアの扉 つながる世界 覆る常識(5)情報の鎖がお 墨付き崩れ始めた中央集権 2018/4/27 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の第一面にある「パンゲアの扉 つながる世界 覆る常識(5)情報の鎖がお墨付き崩れ始めた中央集権」です。





 「このワインはブロックチェーンで本物と証明されます」。イタリアの高級メーカー、キャンティーナ・ボルポネ。ラベルに刷られたQRコードをスマートフォン(スマホ)で読むと、こんなメッセージが表れる。

ラベルのQRコードとブロックチェーンが紐付けされたワイン

流通過程透明に

 ブドウの栽培地や醸造履歴、温度管理……。製造から小売りまでの過程でボトル一本一本に関し真正品や品質の証しとなる情報を改ざんが困難な基盤の上でつなぎ合わせ、消費者に透明に示す。

 世界に流通するワインは高級品から廉価品まで2割が偽造品といわれる。本物なのか、味は良いのか悪いのか。目利きを担ってきたのは有名販売店やソムリエといった知識と経験で信用を得た一握りのプロだけだったが、信頼に足る情報の鎖が「お墨付き」を与える。

 海外にいる出稼ぎ労働者から年280億ドル(約3兆円)が流れ込むフィリピン。平均6%だった国際送金コストが1~2%になる新サービスが広がる。ブロックチェーンを基盤とする仮想通貨を活用し、世界中とお金を瞬時にやりとりして手数料を抑える。規制や銀行を経由するといった法定通貨の権威を守る仕組みに支配されない自由なマネーの流通が、巨大市場に効率をもたらす。

 ネットワーク参加者の間で、取引などの内容を暗号データで記録する「台帳」を分散して共有するブロックチェーン。活用対象を広げながら、価値に「太鼓判」を押すのは特定の誰かや権力者だけという20世紀までの当たり前を崩してゆく。

 21世紀に押し寄せるのは、値打ちを担保する力の源が無数の個に分散する非・中央集権の奔流だ。お金を保証する中央銀行の意義を仮想通貨が問うように、世界を行き交うヒト・モノ・カネを統治してきた国家の機能も揺さぶっている。

ネット上に戸籍

 アフリカ各地では昨年から、国連の後押しで身分証のない人に「電子ID」を発行するプロジェクトが始まった。指紋や虹彩の生体認証を用い、二重登録を防げるブロックチェーン上で一人ひとりの「戸籍」を作成。銀行口座開設や医療機関などで使えるようにする。

 世界では11億もの人が法的な身分証を持たない。国家に属さないと存在の裏付けさえなく、生活に必要なサービスを受けられないが、行き届かぬ行政を肩代わりする。

 欧州ではもっと先の動きがある。デジタル空間での仮想国家「ビットネーション」の樹立だ。ブロックチェーンをもとに同性愛者の婚姻届を認めたり、難民に身分証明書を発行したりする。実社会での法的効力はまだないが、既存国家が受け付けないアイデンティティーを持つ人々の受け皿を目指す。中央政府は置かず、統治に国民が自主参加する分権を提唱する。

 ビットネーションに共鳴し「市民権」を得た人は1万5000超。出生地や居住地といった制約に縛られず、自分の国は理想に合う国を自由に選ぶ。デジタル技術の進歩に伴い新たな価値観が広く浸透していくと、そんな時代が当たり前になっても不思議ではない。

(この項おわり)

 竹内康雄、植松正史、柴田奈々、遠藤淳、堤正治、黄田和宏が担当しました。



パンゲアの扉 つながる世界 覆る常識(3) 少数言 語の逆襲 画一より多様性に磁力 2018/4/25 本日の日本経済新聞より

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 旧ソ連の人口1780万人の国、カザフスタン。2月、ラテン文字をもとに新たに開発した32文字を母国語に採用した。ロシア語と同じキリル文字を捨て去る。考案に携わったシャヤフメトフ言語開発研究所のトレショフ所長は「カザフ語を生き残らせながら世界とコミュニケーションしやすくする」と語る。

■カザフ語を再生

フェデラー選手のツイート画面。ファンとの交流にEmojiを活用する

 カザフ語の文字は歴史に翻弄されてきた。19世紀以降、アラビア文字やラテン文字を経て、旧ソ連編入後の1940年からキリル文字になった。カザフは91年に独立国家となったが、街中にはいまだロシアを象徴するキリル文字の看板があふれ人口の2~3割はカザフ語を理解しない。

 新しい文字の導入で帝政復活を夢見るロシアの影響力を遮断し、42もあるキリル文字では「スマートフォンでの入力が煩雑」(ナザルバエフ大学のオラザリエワ准教授)との不便を解消。デジタルの波に乗せてカザフ語を再生させる。

 パクス・ブリタニカ、パクス・アメリカーナを経て、20世紀に最大の国際共通語になった英語。だが人工知能(AI)を駆使して進化する自動翻訳機能によって「英語は絶頂期を過ぎた」との論も台頭。消えゆく運命とされてきた少数言語にはデジタルの世紀で逆襲の機会が生まれている。

 19~20世紀、植民地政策を進めた欧米列強は支配の象徴として言語とともに自国の文化を染み渡らせた。コカ・コーラ、ハンバーガー、ジーンズ。米国はハリウッド映画に乗せて大衆文化を売り込んだ。だが、もはや世界がつながる手段も文化も大国主導のトップダウンによる一方通行ではない。

 「音や文字とは違う新しい言語手段としてパラダイムシフトを起こした」。上智大学の木村護郎クリストフ教授がこう指摘するのは万国共通語になった絵文字だ。日本発祥ながら「Emoji」として世界に広まり無数に生み出されている。

 「Chief Emoji Officer」。仏石油大手トタルのプヤンネ最高経営責任者(CEO)の別称だ。ツイッターで発信する経営情報を絵文字をちりばめて説明する。スイスの人気プロテニスプレーヤー、フェデラー選手のある日のつぶやきは40以上の絵文字だけだった。

■常備食は中東発

 中東の伝統食が欧米の食卓を変えている。ひよこ豆をすり潰した「フムス」と呼ばれるペースト状の食品で英国の家庭の4割が冷蔵庫に常備。米国では消費増でひよこ豆の作付けが急激に伸びている。野菜に付けて食べるディップとして「持たざる国」の食文化が「持てる国」の健康志向の消費者をつかんでいる。

 米国のジャーナリスト、トーマス・フリードマン氏は1999年の著書「レクサスとオリーブの木」で、強者主導で均一化が進むグローバル化は地域に根付く独自のアイデンティティーとのバランスが必要と指摘した。

 だがグローバリゼーションの舞台にあがる国や人々の幅がどんどん広がっていく21世紀では、どこからでも世界に影響を与える力が生まれ、広く深く溶け込んでいく。画一を超えて多様に彩られる世界にこそ、一つにつながる強い磁力が宿る。



パンゲアの扉 つながる世界 覆る常識(2)独占崩す革新 の波 知の力、「小」が「大」を制す 2018/4/24 本日の日本経済 新聞より

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 1月21日、ニュージーランド北島のマヒア半島で宇宙ロケットの打ち上げに成功し、搭載していた人工衛星が軌道に乗った。打ち上げたのは同国に拠点を持つロケットラボというスタートアップ企業だ。人口476万人の小国ながら、ニュージーランドは人工衛星を打ち上げる能力を持つ国家群「宇宙クラブ」への仲間入りを果たした。

ロケットラボは小型宇宙ロケット打ち上げに成功した=同社提供

コスト100分の1

 ロケットラボは創業者のピーター・ベック氏が2006年に出身であるニュージーランドで設立したのが始まり。米航空宇宙局(NASA)との契約や資金調達に有利であるなどの理由で、本社は米国に移している。それでもロケットの製造や打ち上げ拠点は現在もニュージーランドにある。

 1957年に当時のソ連が人工衛星「スプートニク1号」の打ち上げに成功した後、米国が人類をはじめて月面着陸させた。宇宙クラブに名を連ねる限られた国が技術や資金を結集し、国の威信をかけて競う舞台が宇宙だった。しかし、最近ではルワンダが人工衛星の実用化を視野に入れるなど小国が躍進する。

 カギを握るのは技術革新だ。ロケットラボはエンジンの燃焼室や燃料噴射装置の作製に3Dプリンターを活用。チタンなどの硬い金属でも複雑な形状を低コストで作ることを可能にした。新技術の活用と分業を世界規模に広げることで資本集約というものづくりの「かせ」を解き放ち、人工衛星では製造コストを最大100分の1に下げた。

 「半導体などの部品やソフトの性能は上がり、コストも安い。新技術を活用する『知』さえあれば、宇宙産業に参入するハードルは低くなった」と東大航空宇宙工学専攻の中須賀真一教授は話す。

 日本の倍となる官民合わせ年間50兆円もの研究開発投資を続ける米国と、猛進する中国。21世紀の経済の覇権を競う両国が人工知能(AI)や生命工学などでも多額の資金を注いでしのぎを削る。だが、一握りの大国が世界をリードする時代は過去のものになるかもしれない。

創薬でも変化

 開発に10年、1千億円以上の費用がかかり、巨大メーカーしか取り組めないといわれた創薬でも変化が起きている。ALS(筋萎縮性側索硬化症)は平均余命5年以内の難病で治療法を見つけるのは特に難しいとされる。それに挑戦したのが13年設立のスタートアップで社員数約150人の英ベネボレントAIだ。

 ALSの専門知識がないIT(情報技術)技術者たちがAIを使い、脳内の血流や化合物の効果などを機械学習しながら予測した。すると1週間後に可能性のある5つの治療法を見つけ出すことに成功した。

 20世紀はヒト、モノ、カネを集約し、規模がものをいった経済だった。自動車産業などがその代表例だ。だが、21世紀はITを活用した分散型の経済が発達したことで、「巨大企業の存在感は低下し、個人や小規模の事業体の役割が増すだろう」と文明評論家のジェレミー・リフキン氏はいう。

 重要なのは機動力で規模はかえって邪魔になる。知の力で「小」が「大」を制す時代が始まった。



若者、移住先はアジア 世界の人口移動異変細る欧米、高齢化に拍 車 2018/4/1 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の第一面にある「若者、移住先はアジア 世界の人口移動異変細る欧米、高齢化に拍車」です。





 成長が続くアジア・中東へ移住する動きが世界的に広がっている。かつて豊かな欧米を目指したアジアの若年層も同じアジア域内を移住先に選ぶケースが急増し、労働供給と経済発展を支える。欧米への移住者は細るだけでなく高齢化が進み、社会保障負担増などを通じ各国で新たな排斥の動きにつながりかねない。

 国連によると、2017年時点の世界全体の移住者は2億5800万人と、2000年から5割増えた。米国に住む移住者が5000万人で最も多いが、サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)、インドなども上位だ。全体の3割相当、およそ8000万人が中東を含むアジアに住む。地域別では15年に欧州を抜き、最大となった。

 国連は出身国と異なる国・地域で暮らす人を「移住者」と定義しており、出稼ぎ労働者や難民、海外で働く世帯主とともに移り住む家族、留学生らが含まれる。観光客や数カ月の短期滞在者は含まない。

 移住者数でみると今なお米国が最大の受け入れ国だが、流入ペースは鈍っている。では世界でどのくらいの移住者が動いたか、「フロー」の視点から眺めてみよう。

 1990年代に米国に移住した外国人は1160万人で、世界全体の新規移住者の6割弱が米国へ移り住んだ。ただ2000年代は940万人、10年代は560万人に鈍った。対照的なのがアジア。90年代はたった100万人超だったが、00年代は1670万人、10年代は1370万人だ。

ドバイ万博控え

 今や世界全体の新規移住者の36%がアジアへ向かい、欧米はそれぞれ2割弱にとどまる。かつて「希望の地」だった米欧で移民への反発が強まるなか、中国をけん引役に高めの経済成長を続けたアジアが大量の移民をのみ込んでいる。

 受け入れ国別に2000年以降の新規移住者をみると、東アジアではタイの230万人を筆頭にマレーシアや韓国が続く。タイと韓国は20年前後に15~64歳の生産年齢人口が減少に転じる見通しで、海外からの労働力で人手不足を補っている構図が見てとれる。日本に住む外国人も17年末時点で256万人と、10年前より50万人近く増えた。サービスや建設といった分野を中心に企業などの受け入れはさらに増える見込みだ。

 移住者を送り出す側の国もアジアが目立つ。最大は1660万人を送り出しているインドだ。インド人移民のおよそ2割が暮らすのがUAEだ。20年のドバイでの万博開催を控えた建設ラッシュなどをうけて建設労働者らの出稼ぎが急増。今やUAEの人口の3割がインド人労働者だ。

 インド以外の輩出国では中国(1000万人)をはじめバングラデシュやシリアが上位を占め、パキスタン、フィリピンも大量の移民を送り出す。輩出側の上位10カ国のうち6カ国はアジア勢だ。中国人の移住先は米国が240万人と最も多く、香港(230万人)、日本(74万人)が続く。日本に住む中国人のうち3人に1人は永住者だ。

 「アジアからアジアへ」の移住が大きなうねりになっているのも近年の特徴だ。17年時点で6300万人と、2000年には世界全体の移住者の約5人に1人がアジア域内だったが、17年は「4人に1人」に上昇。一方、アジア出身者のうち欧州への移住比率は24%から19%に下がった。

 BNPパリバ証券の河野龍太郎チーフエコノミストは「かつては英語圏で所得水準が高い欧州に移る人が多かったが、新興国経済の発展で身近な域内で職を求める動きが広がっている」という。

 年齢のデータからもアジアの活力が裏付けられる。若者による域内移動の活発化などで、2000年に37歳だったアジアの移住者の年齢(中央値)は17年に35歳まで下がった。

排斥政策も影響

 これに対し北米は移住者の年齢が38歳から45歳へ一気に跳ね上がった。ラストベルト(さびた工業地帯)の荒廃と白人を中心とする中間層の没落が進む一方、アジアなどからの移住者の所得や社会的地位は上昇が続く。失業率も移住者は米国生まれの人より低い。

 「米国第一」を掲げるトランプ米大統領は永住権を抽選で与えるプログラムの廃止などで白人の雇用を守ろうとしており、さらに移民流入が細る可能性がある。欧州も移民の平均年齢が41歳から43歳に上昇した。若年失業率の高止まりなどから海外人材の受け入れの間口を狭めようと世論や政治が動く点は米国と同じだ。

 国連の推計では、15年から移住者の流入と流出が同じなら、欧州は10年代後半に人口減少に転じるとはじく。北米も今のペースで移住者が増えれば50年まで人口増が続くが、移住者数が増えなければ40年に人口が減り始める。

 潤沢な移民による労働供給を原動力に経済規模の拡大が続くアジア。アジア開発銀行は、中国の安定成長が続けば50年に世界の国内総生産(GDP)のじつに5割をアジアが握り、産業革命以前の1700年代と同じ状況に戻るとされる。米欧が移民への門戸を狭めるほど、「アジアの世紀」の到来は早まる。

(川手伊織)



中国化進む世界(下) 「14億プラスα」の圧力人が先兵 、疑心を増幅 2018/3/29 本日の日本経済新聞より

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 西太平洋に浮かぶパラオ共和国が中国人客離れに直面している。1月に訪れた中国人観光客数は前年同月比で3割減。地元メディアは「中国当局が団体旅行を禁止した」と報じた。パラオは中国が「国」と認めない台湾と「国交」を保つ数少ない国だ。渡航自粛は「国交断絶を求める圧力」と受け止められている。

パラオの人気ダイビングスポットは中国人観光客の数が減った

深刻な観光客減

 既視感がある。国の名前を「韓国」に変え、理由を「在韓米軍の地上配備型ミサイル迎撃システム(THAAD)配備」にかえれば、韓国で昨年起きた観光客ボイコット問題と同じ構図だ。

 パラオのレメンゲサウ大統領は日本経済新聞の取材に「過度な中国依存は健全でないと考えていた」と語った。だが総人口2万人強の小国にとって、最盛期に年間9万人訪れた中国人客の急減は痛手だ。14億の人口を「先兵」に使い、自らの主張を手荒く伝える中国の戦略が浮かび上がる。

 中国企業は世界に人材を送り、米シリコンバレーでは多くの中国系技術者が働く。世界経済に欠かせない存在だが、数を力とする14億人を補完して各国の内政に影響力を行使する「プラスα」の役割を果たしているとの疑念も強まる。

 米ワシントンはメディア王ルパート・マードック氏の元妻ウェンディ氏の話題で持ちきりだ。米紙ウォール・ストリート・ジャーナルが「中国政府の意向を受けて米政界に接触した」と報じたためだ。同氏側は否定したが、米連邦捜査局(FBI)は「認識しているがコメントできない」と述べた。

 ウェンディ氏は中国・山東省出身で1990年代に米国の永住権を取得したとされる。一族による中国関連事業が指摘されたトランプ米大統領の娘婿クシュナー氏との近さで知られる。ウェンディ氏の疑惑との因果関係は不明だが、クシュナー氏は2月、ホワイトハウスの最高機密に接触する資格を失った。

ロビー活動拡大

 中国出身で他国の国籍を取得した「華人」や中国籍のまま海外で暮らす「華僑」は世界に6千万人。文化大革命時の混乱を嫌い中国を飛び出した世代は共産党と一線を引く人も多いが、78年の改革開放以降に海外に移った「新移民」は多くが中国政府に協力的だ。

 中国は2014年から約40カ国に「華助センター」を設け、華人らとの結束を固める。共産党地方幹部は「企業と連携したロビー活動などが世界で広がっている」と話す。

 「プラスα」は枝を広げる。オーストラリアで1月、野党のダスティアリ上院議員が辞職した。中国系実業家から献金を受け取り、南シナ海問題を巡って中国寄りの発言が目立ったためだ。豪州は2月、海外からの投資への規制を一部強めた。

 西側諸国はかつて海外で民主主義の価値を学んだ人たちが中国を変えると期待した。だが巨大な人の流れが描く未来図は全く逆に向かっているように映る。

 高橋香織、遠藤淳、石川潤、小滝麻理子、鳳山太成、平野麻理子、佐野彰洋、川上尚志、鈴木淳が担当しました。



中国化進む世界(上) ソフトパワー、無言の圧力 ハリウ ッドもう戻れない 2018/3/26 本日の日本経済新聞より

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 米ハリウッドで大作映画の制作者が必ず参照する文書がある。中国政府が映画の公開を認めるかどうかを定めたガイドラインだ。映画制作に30年間携わるロバート・ケーン氏は「企画段階から中国の検閲を意識する」と打ち明ける。

■最大の市場へ

サーモンの輸入を制限された後、ノルウェーは中国の人権問題に触れなくなった(17年4月、北京で会談するノルウェーのソルベルグ首相(左)と中国の習近平国家主席)=ロイター

 中国共産党に対する批判はもちろんタブー。過剰な暴力や性的シーンも許さない。1980年代に大ヒットした「バック・トゥー・ザ・フューチャー」のような時空旅行を扱った作品も「検閲対象となる」(ハリウッド関係者)。過去に戻って共産党党支配を「変えられる」と連想することを警戒しているとされる。

 中国映画市場の規模は遠からず米国を抜いて世界最大となる。米中合作で2016年に公開した「ザ・グレート・ウォール」は米国での興行収入は約50億円だが、中国では4倍の200億円弱を記録した。17年に中国ファンドの出資を受けた制作会社SKグローバルのジョン・ペノッティ社長は「まず中国戦略だ。3年前とは様変わりだ」と語る。

 中国は強固な共産党支配の下で国民の視線を一方向に向けてきた。厳しい統制を武器に経済成長を遂げたいま、自身への同調を求めて世界へ無言の圧力をかける。

 中国の電子決済サービス「支付宝(アリペイ)」は昨年9月、ノルウェーに拠点を設けた。中国人観光客の急増に対応するためだ。

 ノルウェーのノーベル賞委員会は10年末、中国の民主化運動の象徴である劉暁波氏に平和賞を授与した。中国は反発し、ノルウェー産サーモンの事実上の輸入制限にまで発展した。

 それから7年弱。「中国の利益を大いに重視する」。中国国営メディアは昨年4月、ノルウェー首相、ソルベルグ氏が習近平(シー・ジンピン)国家主席との会談でこう誓ったと報じた。16年末に関係正常化を果たし、サーモン禁輸も解除された。ソルベルグ氏は劉氏が死去した昨年7月の声明で、中国の人権問題を批判しなかった。

 「中国のソフトパワー(軟実力)の影響力が大幅に高まった」。習氏は昨年10月、3時間超に及ぶ共産党大会の演説で強調した。だが文化などの魅力で信頼を得る力を指すソフトパワーは本来、軍事や経済を背景とする支配力に対抗する概念だ。14億人の市場を武器に異論を封じる習氏の「軟実力」とは重ならない。

■閲覧を遮断も

 それでも世界は中国の顔色をうかがう。各国を代表する出版社などが中国を批判する書籍の出版をためらったり、一部論文の中国からの閲覧を遮断したりしたなどの報道が後を絶たない。

 「事業への影響を恐れ報道機関が中国批判を抑えている。大きな問題だ」。香港の中国返還から10年後の07年、香港紙「蘋果日報(アップルデイリー)」の創業者、黎智英氏は語った。黎氏の懸念をよそに、世界は「中国化(チャイナイゼーション)」の道を自ら選んでいるように映る。



揺らぐ「法人税の逆説」 デジタル課税に制約 2018/3/25 本日の日本経済新聞より

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 法人税収は本当に増えるのか。米トランプ政権の法人税率引き下げを巡り、こんな議論が専門家の間で起きている。税率を下げると投資が活発になって逆に税収は増えるパラドックス(逆説)は有名だが、デジタル経済化でこの定説が揺らいでいるとの見方があるためだ。構造変化は各国の税制論議も揺さぶる。

 トランプ政権は税制抜本改革で連邦法人税率を1月から35%から21%に下げた。地方税を含む実効税率は日本やドイツ、オーストラリアを下回る水準だ。

 これに伴い米連邦議会は税収が10年で6538億ドル(約70兆円)減ると試算したが、トランプ政権は高い成長を前提にむしろ法人税収は伸び続ける見通しを予算教書に盛り込んだ。

 高めの経済成長を見込んで税収を計算するダイナミック・スコアリングと呼ぶものだが、この手法の是非が論争の的だ。かつての「逆説」が疑わしくなっているとの見方があるためだ。

■個人所得税に依存

 法人税収は企業業績や国内総生産(GDP)と連動する傾向が強く、とくに景気回復局面では繰越欠損金を解消した企業が納税を再開するため税収が伸びやすい。だが経済協力開発機構(OECD)によると直近の税収はGDPの2.9%分。リーマン危機前のピークより0.7ポイント低く、力強さがない。10年でOECD加盟国の名目GDPは44%増えたのに法人税収の伸びはわずか半分の22%。同じ期間に実効税率は3ポイント近く下がり、税収のGDP比も低下した。

 法人税率を下げても税収は増える逆相関がマクロ経済学者らの注目を集めたのは、1990~00年代初頭の欧州だ。コペンハーゲン大学(デンマーク)のピーター・ソーレンセン教授らによると、減税で起業家精神が刺激されて投資が活発になったり、様々な控除縮減などで税金のかかる範囲(課税ベース)が広がるなどして税収が上向いた。

 実際、OECD平均の07年と97年を比べると、実効税率は10ポイント近く下がったのに対し、税収はGDP比で0.8ポイント増えていた。最近はこの関係が崩れているようで、OECDは「世界で個人所得税への依存が高まっている」と分析する。

 逆説が変調を来している大きな理由が、世界経済の急激なデジタル化だ。米アップル、米アマゾン・ドット・コム、米グーグルといったインターネットの大手先端企業はデジタルの特許や知的財産権を低税率の国に移転することで、優遇税制の恩恵をフルに享受している。「価値が創出されるところと納税の場所を分離して租税負担を小さくできる」(中央大学の森信茂樹教授)

 企業が海外に統括会社を作ったり、資金をプールしたりするタックスプランニングの選択肢は飛躍的に増えている。国税庁によると、日本の16年度の法人税の申告所得は63兆4749億円と前年度比3.2%増えたのに、申告税額はなぜか1.3%減った。

 ビッグデータなどの無形資産の海外移転がさらに進むのは確実だ。税率下げで企業業績がよくなっても、税金の源泉となる財産・所得(いわゆる税源)が逃げないようにしないと税収は目減りしていくだけだ。

■課税方法見直し

 OECDは3月、企業の売上高に応じて課税するやり方や、法人税課税の根拠となる支店や工場などの恒久的施設(PE)の考え方を見直す方向性を示した。欧州連合(EU)欧州委員会も具体的な「デジタル税」の案を詰めており、このほどアルゼンチンで開いた20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議でも大きな論点になった。

 英タックス・ジャスティス・ネットワークによると、企業の利益移転によって世界で年5千億ドルほどの税源が失われている。経済学者の間では、1つの国を単位とする法人税は将来的に存続が難しくなるとの見方すら浮上している。

 「先進国の中で我が国の法人税率は最高になってしまう」。オーストラリアではトランプ減税を機に大議論になっている。社会保障と並ぶ公的コストである法人税率を高いまま放置すれば国際的な立地競争でたちまち劣後しかねない。

 各国がひたすら税率下げを競うのは不毛だ。とはいえ税率を下げなくてよいわけではない。一橋大学の佐藤主光教授は「イノベーションを促すため法人税下げは避けて通れない。消費税や社会保障と一体で税制を見直すタックスミックスの発想が重要だ」という。

 税率を下げて企業活動を刺激する一方で、税源の海外流出には歯止めをかける。こんなグローバルな協調が税制にも求められる時代になった。(木原雄士)



限界都市 再開発が招く住宅供給過剰 タワマン併設5割に 上昇人口減、ゆがむ街の姿 2018/3/21 本日の日本経済新聞より

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 日本の都市整備で大きな役割を担ってきた官民の市街地再開発のバランスが崩れてきた。日本経済新聞が全国の事業を調べたところ、超高層住宅(タワーマンション=総合2面きょうのことば)を備える割合が1990年代前半の15%から2016~20年は5割近くに増えることが分かった。古い建物の密集地をオフィスや店舗、広場も備える複合施設に刷新する本来の目的は薄れ、住宅の大量供給源になりつつある。住宅過剰懸念も出ており、人口減時代にあった都市整備の手法を探る時期にきている。(関連記事総合1面に)

 市街地再開発の根拠法制定は69年。主要な駅前でも古い木造住宅や商店の密集地が多く、都市機能の向上を急いだ。行政だけでは時間がかかる事業を民間に委ねる手法で、自治体は公共貢献を求める一方、その要件を満たす整備費の3分の2を国と折半で補助する。

 人口や経済規模が伸びる時期は効果的で、集客力の高い商業施設や先進的なオフィス、公共施設をバランスよく取り込んだ。東京都港区の六本木ヒルズは成功例だ。

補助金が後押し

 日経新聞は自治体への取材や全国市街地再開発協会の資料を基に、91~2020年(予定含む完工ベース)の約700件の事業を分析した。浮かんできたのは経済環境や人口動態の変化に伴い、再開発が大規模マンションに偏ってきた実態だ。

 5年ごとの件数で見ると、タワーマンションを伴う事業は90年代前半に15%だったが16~20年は49%に上昇。こうした再開発地区の延べ床面積に占める住宅比率も64%と過去最高になる見込み。再開発によるタワーマンション供給は計9万2千戸と、現存する超高層物件の4分の1に達する。

 住宅偏重が進む要因は再開発制度そのものにある。地権者に渡す部分とは別に、新たにつくる「保留床」を売って事業費に充てる。今は商業の出店意欲が落ち、オフィスも飽和に近づいているが都心居住の需要は旺盛。住宅規模を拡大すれば開発利益を増やせるのだ。

 東京都国分寺市の国分寺駅北口で3月内に完成する再開発は象徴的だ。09年の計画決定後、リーマン危機の影響が拡大。想定価格で売れなくなった商業ビルをタワーマンションに衣替えした。

 補助金も住宅の大量供給を後押しする。16~20年のタワーマンション併設事業への補助金は11~15年比1割増の3200億円の見込みであることも分かった。初めて3千億円を超え、90年代前半の4倍に達する。30年間の累計は1兆3千億円と、総事業費の2割弱を占めるようになる。

 補助金はマンションの区分所有部分に出ない。既存建物の取り壊し費用や公園など共用部工事費が対象だ。ただ、補助金で分譲価格を下げやすくなり、供給戸数を増やして開発費用を回収しやすくなる。住宅部分が膨らむ要因がここにもある。

 東京23区は際立つ。30年間の補助金は計6000億円。16~20年はタワーマンション付き再開発1件あたりの住宅が600戸強と90年代の3倍以上で、住宅比率も7割を超す。中央区の勝どきには1棟で1420戸の53階建てマンションが16年末に竣工。この地区は8割超が住宅で、81億円の補助金がついた。

通勤の混雑悪化

 大規模マンション偏重の再開発は局所的な人口増による副作用も生む。

 中央区は人口が97年の約7万人から15万7千人まで回復したが、小学校の児童数がこの10年で約4割増えて教室が不足。14~16年度は校舎の増改築に年50億円以上を費やした。区は人口集中の是正が必要と判断、一部で住宅の容積率緩和をやめる方針に転じる。

 この10年間に10棟以上のタワーマンションが建った川崎市中原区は人口が15%増え、中心の武蔵小杉駅では朝の通勤混雑時に改札手前で長蛇の列ができている。

 人口減時代に入り、住宅の大量供給はいずれ行き詰まる。13年時点で総住宅数は世帯数を大きく上回る。老朽マンション問題も深刻になる。一戸建てと違い、多くの住民が合意して建て替えるのは困難。タワーマンション建設が加速するそばで空き家だらけの老朽マンションが増え続ける。

 東京も急速に高齢化が進み、25年に人口のピークがくる見通しだ。都市開発に詳しい東洋大学の野澤千絵教授は「住宅と居住地の総量を増やし続ける時代は終わった。広域的に人口や住宅の配置を制御する仕組みが要る」と主張する。

 増える空き家、朽ちるマンションや施設、無秩序な郊外開発……。全国で実態や解決策が見えにくい都市問題が山積している。従来の常識を捨て、古びた制度を改めなければ、持続可能で魅力的な都市は実現できない。

(調査報道班=鷺森弘、藤原隆人、斉藤雄太、学頭貴子)

 日本経済新聞は政府や自治体、企業が明らかにしない重要事実を、独自取材で掘り起こす調査報道を強化します。様々な公開情報や統計を新たな切り口で分析し、知られざる実態を浮かび上がらせるデータジャーナリズムの手法も駆使します。その一環として、人口減少でゆがみが生じてきた都市問題を追います。



消費変貌(2) 一億総「商人」時代 CtoC「持つより使う 」 2018/3/13 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の第一面にある「消費変貌(2) 一億総「商人」時代 CtoC「持つより使う」」です。





 「あまり着ないかもしれないけど、この値段で売れるなら買った方がいい」。都内の会社員、黒井美紀(28)が新品の洋服を買う時に見るのが中古相場だ。

 フリーマーケットアプリ「メルカリ」で、一度着ただけの2万円のワンピースを1万2千円で売った。実質8千円で買ったことになり「フリマアプリのおかげで気軽に買える」。

■売ることが前提

 千葉県の主婦(40)も1月、不用になったバッグや子供服をメルカリで売り約8万円を得た。いまは別のアプリで海外ブランドの財布を探す。中古商品の掲載数が最も多いのが仏ルイヴィトン。価格も下がりにくいとされる。「エルメスもいいけれど、また売ることを考えるとルイヴィトンが無難かな」

スマホでフリマアプリ「メルカリ」を頻繁に利用する黒井さん

 ワンショットファッション――。アパレル業界ではこんな言葉がささやかれる。交流サイト(SNS)に投稿するために一度だけ着用し、すぐに洋服を手放す若者も目立つ。伊藤忠ファッションシステム(東京・港)で世代文化を研究する中村ゆいは「所有への執着は少なく、売ることを前提とした買い物が定着してきた」と分析する。

 消費者が消費者と直接取引する「CtoC」が消費のカタチを変える。スマートフォン(スマホ)によってネットでの売買が容易になり、誰もが消費者でありながら販売者にもなる。

 商品の残存価格はネットで瞬時に決まり、購入時と販売時の差額が実質的な価格となる。複数の人が所有と転売を繰り返すリレー消費は新しい形の共同購入だ。CtoCの国内市場は2017年に8千億円規模に拡大したとみられる。

 シェアリングエコノミーも消費を変える。

 「車の維持費はほぼまかなえる」。川崎市に住む唐沢仁(28)は高級車のジープチェロキーを中古で購入。さらに個人間カーシェアリングサービス「エニカ」で1回当たり6800円で貸し出している。

 エニカで貸し出しの多い上位車種にはBMWやポルシェといった高級車が並ぶ。個人では所有が難しい高級車もシェアでは安く楽しめる。エニカの会員数はサービス開始から2年で9万人を超えた。

 カーシェアの国内会員数は17年に初めて100万人を突破し、この5年で6倍になった。必要な時だけ使う。そんな手法が広がり続ければ、自動車保有台数そのものは頭打ち感が一段と強まる可能性がある。

■スキルもシェア

 モノだけではない。「店のオリジナル曲を作ります」「企画書の書き方を指南します」。個人のスキルや経験をネットで売買する「スキル系CtoC」と呼ぶ新サービスも広がる。

 PwCの調査によると、シェアエコノミーの世界市場は25年までに3350億ドル(約35兆円)と13年に比べ22倍になる。国内総生産(GDP)に反映されない新しい経済圏が膨らむ。政府の統計改革推進会議はシェアエコノミーのGDP取り込みを検討中だ。

 所有からシェアへ。消費の「量」は減るかもしれないが、消費者の質や豊かさは高まる。1人あたりの金銭的な負担は減り、新品や高額品にも手が届きやすくなる。その分、企業はブランドイメージなど自社の商品の付加価値をどれだけ高められるかが勝負になる。安さを競うだけでは生き残れない。(敬称略)



孤立主義、米の焦燥TPPに求心力/報復招く輸入制限 2018/3/10 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の第一面にある「孤立主義、米の焦燥TPPに求心力/報復招く輸入制限」です。





 米国を除く環太平洋経済連携協定(TPP)加盟11カ国が9日、新協定「TPP11」に署名した。規模が縮小したとはいえ世界の貿易総額の約15%をカバーする巨大自由貿易圏(総合2面きょうのことば)。関税下げと交易拡大に乗り遅れまいとアジアや中南米の国々も関心を示し、発効前から意外なほど求心力は強い。(関連記事総合4面に)

 くしくも同じ日に鉄鋼・アルミの輸入制限発動を正式発表したトランプ米大統領。TPPに背を向けたことで通商の面では大きな機会損失を被る恐れがあり、自由貿易か保護主義かの選択を改めて問われることになる。

 「TPP11署名は実にタイムリー。保護主義の圧力が現にあるからだ」(チリのムニョス外相)

 「保護主義と戦う。多くの国が新たに加盟するだろう」(ベトナムのアイン商工相)

 TPP署名後の共同会見で各国代表はトランプ政権による輸入制限を次々と批判した。

 現時点でTPPに関心を持つ国・地域は最低でも7つある。アジアでは韓国、タイ、インドネシア、フィリピン、台湾。中南米ではコロンビア、そして欧州連合(EU)からの離脱を決めた英国。共通するのはトランプ流重商主義への反発と、通商で出遅れることへの焦りだ。

対中・対米戦略に

 米の輸入制限が自国の鉄鋼産業を直撃する恐れが強い韓国。米韓自由貿易協定(FTA)再交渉の防波堤も必要で「国益を守るため、TPPへの加入準備を進めることが必要」(朝鮮日報電子版)との論調が広がる。

 フィリピンはTPP加盟国で、EUとのFTAも締結したベトナムに劣後することへの焦りが濃い。南シナ海問題で中国と対立を抱えるインドネシアもオリジナル版TPPの大筋合意後にいちはやくジョコ大統領が加盟希望を出した。

 じつは新規加盟の筆頭候補は中南米の自由貿易圏「太平洋同盟」に参加するコロンビアだ。同国以外の太平洋同盟国はTPP11の加盟国で、農産品などの関税下げで同盟仲間に先を越される。

復帰働きかけ

 そしてどこよりも焦燥が濃いのは米国自身だ。「TPPは必ず米国の経済成長に資する」。2月、米上院の重鎮議員、ハッチ財政委員長ら20人以上の上院議員がトランプ氏あてにTPP復帰を求める書簡を出した。

 コメや豚肉、小麦……。自由貿易圏で米抜きの関税引き下げが進めば、得べかりし利益を取り逃がすのはTPPを強く支持してきたこれらの米業界だ。いずれの有力産地も共和保守派の大票田に重なるところも多い。

 乳製品でも、酪農大国のオーストラリアやニュージーランド(NZ)からのチーズやバターなどが日本の店頭に多く並びそうだ。豪州と米国産が大半を占める牛肉でも、NZ産やカナダ産など選択肢が増える。離脱した米国産はこうした農産物でシェアを落としかねない。

 一方で今回発動する鉄鋼・アルミ制裁の副作用は大きそうだ。米国の鋼板価格は既に世界平均より2~3割も高い。民間試算では輸入制限で鉄鋼産業は3万人雇用が増えるが、建設や自動車など周辺産業は業績悪化で雇用が減少。全米就業者は差し引き14万6千人減るという。

 「どの国が我々に公正に接するか見てみようじゃないか」。8日、こうまくし立てたトランプ氏の貿易交渉には報復合戦を招きかねない危うさがある。「米国第一主義」の代償で自国の利益と雇用を失うとすれば、これ以上、皮肉な結末はない。

(サンティアゴ=八十島綾平、ワシントン=河浪武史)