Deep Insight アジア染める紅い秩序 本社コメンテーター 秋田浩之 2017/6/21 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞のオピニオン面にある「Deep Insight アジア染める紅い秩序 本社コメンテーター 秋田浩之 」です。





 戦後アジアの秩序は、民主主義の伝道師を自任する米国が取り仕切ってきた。ところが中国の台頭により、まず経済で米国主導の体制がほころびかけている。

 やがて安全保障でも中国がより大きな影響力を振るうようになり、アジアは「紅(あか)い秩序」に染まっていくのではないか。

画像の拡大

 今月上旬、シンガポールでのアジア安全保障会議に参加し、そんな予兆を感じた。そうなれば、いまの体制の受益者である日本にも望ましくないのは明らかだ。

 「シャングリラ対話」の通称で知られるこの会議には毎年、日米韓や中国、東南アジアの閣僚、軍幹部、識者らが集まる。そこで交わされる議論には従来、お決まりのパターンがあった。

 南シナ海や東シナ海で強硬に振る舞う中国を、米国が批判する。中国は反発するが、アジアの主な国々はそれでも米側に寄り添う。ざっといえば、こんな具合だ。

 今年は違った。批判を浴びたのが中国ではなく米国だったのだ。原因のひとつはトランプ米大統領にある。マレーシアのヒシャムディン国防相の発言が象徴的だ。

 「トランプ氏のアジア政策とは何なのか、いまだに分からない。彼がどうしたいのか、知りたい」

 米国は北朝鮮問題への協力の見返りに、南シナ海問題で中国に妥協するのではないか。会議の合間に話したアジアの当局者らから、口々にこんな不安が聞かれた。

 だが、問題の元凶がトランプ氏個人なら、彼が退場すれば解決する。東南アジア各国が抱く不安感は、もっと深いように思える。

 それは、南シナ海が中国の勢力圏になってしまうのを、米国は止められないのではないかという、あきらめに近い感情だ。この状態を招いた責任はトランプ氏ではなく、オバマ前政権にある。

 中国は南シナ海に7つの人工島を完成させ、ミサイルやレーダーで武装した。オバマ政権は「航行の自由作戦」と称し、米軍艦船を4回、人工島付近に航行させ、中国をけん制した。ただし建設を阻む努力は尽くさなかった。

 「残念ながら、南シナ海の米中攻防はゲームオーバーだ。中国は人工島をさらに軍事要塞化していくだろう。米国が阻止できない以上、我々が騒いでも仕方がない」

 東南アジアの外交官の言葉に、地域の本音が凝縮されている。

 もっとも、トランプ政権内にも問題の重大さを理解し、善処しようとしている有力者はいる。その筆頭が、冷徹な戦略家として知られるマティス国防長官だ。

 中国の習近平国家主席が米フロリダ州を訪れた4月上旬。米中外交筋によると、習氏に同行してきた外交トップの楊潔?国務委員に対し、マティス氏は閣僚協議の場でこんな趣旨の警告を伝えた。

 これ以上、人工島を増設したら、米国は黙っていない――。

 米太平洋軍は、より大型の艦船を人工島付近に派遣したり、上空に軍用機を飛ばしたりする案も検討しているという。

 しかし、いくら米国がこうした作戦を実行に移しても、中国の軍拡に対抗し、南シナ海の現状を保つのは容易ではない。中国は2020年までに2隻目の空母を就役させるとみられる。米戦略国際問題研究所(CSIS)は30年までに事実上、南シナ海は「中国の湖」になってしまうと予測する。

 南シナ海は世界で取引される原油の3分の1が通るだけでなく、米中の覇権争いの行方を左右する「へそ」だ。この海が中国化するのであれば、自分の身を守るため、中国にすり寄る周辺国が相次いでも不思議ではない。

 東南アジアは(1)カンボジアやラオスなどの親中派(2)南シナ海で中国と領有権問題を抱えるベトナム、フィリピン、マレーシア、ブルネイ(3)インドネシアやタイなどの中間派――に分かれてきた。ところが最近、(2)と(3)の国々にも、中国側に軸足を移す兆しがうかがえる。その表れが軍事協力だ。

 現地の軍事専門家によるとタイが中国から潜水艦購入を決め、マレーシア、フィリピン、インドネシアも中国製兵器の調達に動く。

 こうした傾向が長期にわたって強まれば、政治や安全保障でもアジアは「中国色」を帯びるだろう。そうなったときには、さまざまな問題が生じる恐れがある。

画像の拡大

秋田浩之(あきた・ひろゆき) 政治部、北京支局、ワシントン支局などを経て、外交・安全保障担当の編集委員兼論説委員。近著に「乱流 米中日安全保障三国志」

 第1に、アジアは国際法ではなく、国の力関係で物事が動く秩序が支配しかねない。中国がそうした発想で行動しているからだ。

 昨年7月、オランダ・ハーグの仲裁裁判所は、南シナ海でほぼ全域の権利を主張する中国の立場を退ける判決を下した。ところが中国はこの司法判断は「紙くず」だと切り捨て、人工島が自分の領土であるかのように振る舞う。中国主導の秩序下では、似たような事例が次々と起きるかもしれない。

 第2に、民主化の潮流が停滞し、止まってしまう危険もある。戦後、アジアでは日本に続き、韓国、フィリピン、インドネシア、最近ではミャンマーにも民主化の波が広がった。この地域に紛争の火種は多いが、互いに民主主義国家であることが、大きな戦争を防いできた面がある。だが、一党支配の中国が秩序を仕切れば、こうした構図が揺らぐ恐れがある。

 中国が経済で影響力を強めるのは自然な流れで、域内に恩恵ももたらす。だが政治や安全保障となると話は別だ。それを避けるため、日本など米国の同盟国にできることは何か。米中間の軍事バランスを保つよう、米国を軸に多国間の安全保障協力を深め、米国の関与を下支えすることだろう。



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です