Deep Insight 政府肥大化 反旗ののろし 2017/9/22 本日 の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞のオピニオン面にある「Deep Insight 政府肥大化 反旗ののろし 」です。





 韓国・ソウルでぎょっとする説を聞いた。最大財閥、サムスン・グループの国有化構想である。

 サムスンの3代目を継承する李在鎔(イ・ジェヨン)サムスン電子副会長らは、保有するサムスン系列株を相続税の代わりに物納する。政府は一族をサラリーマン経営者に指名し、社会に貢献しているかどうか監視する。暴走したら大株主として解任できる――。

 サムスンはここ数年、病床にある2代目の李健熙(イ・ゴンヒ)氏から長男の在鎔氏への世代交代を目指し、グループ再編を試みてきた。これに反発して米国のヘッジファンド、エリオット・マネジメントが訴訟を起こすなど、株主として揺さぶりをかけ続けた。

 一方、国内では財閥への怒りが高まっていた。若年層は過去最悪の失業率に苦しんでいる。大韓航空オーナーの長女による「ナッツリターン」事件もあった。「財閥は横暴なだけで経済に貢献していない」と人々はキレて、在鎔氏逮捕の伏線にもなった。

 「相続で株が分散し、外国の投機家に振り回されるのは困る。かといって財閥の好き勝手も国民が許さない」。政府の介入は、こんなジレンマを抱えた「サムスン問題」への回答案でもある。

 構想は数年前もあったという。発案者とされるのは英ケンブリッジ大の韓国人経済学者だが、その親戚が5月、大統領府の要職に就いた。在鎔氏にも実刑判決が先月下り、今後の経営体制を考え直すときだ。こんな要素が重なり、思惑が再燃したのだろう。

 世界的な「大きな政府化」の一端といえる。2008年のリーマン危機以来、各国は景気底割れを避けるべく経済に介入し続けた。

 米シティグループや英ロイヤル・バンク・オブ・スコットランドなど、経営が悪化した銀行を実質国有化した。景気対策も打った。中央銀行の量的金融緩和で、日米欧の中銀の保有資産は10年で4倍に膨らんだ。おかげで世界は大恐慌の二の舞いを踏まずに済んだ。

 だが、効果も薄れているのではないか。政府への信頼感はもう低迷している。米エデルマンが昨年、世界の28カ国の3万人強を対象に実施した調査によれば、国民が政府を信頼しているのは5カ国にすぎなかった。政府は大きくなっても格差などの社会問題を解決できないばかりか、ブラジルやマレーシアでは汚職問題も露呈した。

 政府の関与も度を越すと嫌われる。1979年のカーター米大統領の演説は語り草だ。エネルギー不足への対策として旅行の自粛、自動車の相乗り、エアコンの利用抑制などを「愛国行動」として求めた。消費好きの国民は息苦しくなり、80年の大統領選は小さな政府を掲げたレーガン氏を選んだ。

 当時の米国に似た局面が近いのかもしれない。私が注目するのは無国籍の仮想通貨、ビットコインの急速な普及だ。政府の介入を嫌う人々の感情の鏡と言える。

 「ビットコインは出自から反政府の面がある」。野村資本市場研究所の淵田康之研究理事は言う。

 ビットコインは09年に生まれたが、ルーツは「サイファーパンク(暗号野郎)」と呼ぶ暗号の専門集団による80年代の議論にさかのぼる。政府の監視や介入をかわすために、秘匿性の高い電子マネーの構想が生まれた。

 各国でいま表面化しているのは、大きくなった「国家」と、逆襲する「非国家」のせめぎ合いにも見える。国家資本主義を掲げる中国政府が、ビットコインにとりわけ神経質なのも分かりやすい。

 政府の肥大化は、短期的には景気を刺激するが、長期的には足かせになる。00年以降の実績で政府の大きさと成長の関係を見ると、政府が大きな役割を果たしている国ほど成長率は低い。競争原理が働きにくくなるうえ、景気刺激策も企業救済も、非効率な事業の延命と背中合わせだ。

 大きな政府と成長を両立する例外もある。スウェーデンの政府の存在感は日米より大きいが、成長率も高い。経済産業研究所の中島厚志理事長は「財政支出が社会保障や人材育成に手厚く、衝撃を受けても消費が落ち込みにくい」と分析する。だからこそ、リーマン危機の後に破綻した自動車のサーブを無理して救済せずに済んだ。

 このような巧みな政策が取れない限り、投資家は不信を抱く。成長の停滞をかぎ取れば、世界的に高値圏にある株式を手放すだろう。財政支出が野放図に膨らめば、債券市場の信用を失う形で長期金利が上昇して景気を圧迫するし、信認を落とした国の通貨は売られる。市場が反乱を起こしたら、影響力は限られた利用にとどまるビットコインの比ではない。

 欧州の金融財閥、ロスチャイルド家の7代目の当主に内定しているアレキサンドロ・ロスチャイルド氏に、2世紀を超える歴史で最も厳しい逆境は何だったかを聞いたことがある。答えはこうだ。「フランス政府による国有化だ。(6代目の)父は会社を奪われ、ゼロから事業をやり直した」

 81年に就任したミッテラン仏大統領は、有力企業の国有化という社会主義的な政策に踏み切った。反旗を翻したのは、やはり市場だった。フランは下落を続け、政権は政策転換に追い込まれた。

 成功体験を基に、大きな政府化は続く傾向にある。サムスンの国有化構想が浮上すること自体がその一例だ。ならば、経済の矛盾と市場の反乱はいつどこで露呈するのか。国家に背を向けるビットコインの広がりは、マグマの蓄積が始まったことを告げている。



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