DeepInsight 指導者を生み続ける力本社コメンテーター 秋田浩之 2017/8/11 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞のオピニオン面にある「DeepInsight 指導者を生み続ける力本社コメンテーター 秋田浩之」です。





 日本と中国でともに政治が揺れている。日本は盤石だった安倍政権の足場がぐらつき、中国では権力闘争の嵐が吹き荒れる。

 政治には多くの役割があるが、とりわけ大事だと思えるのが、国の命運を託せる指導者を育て、輩出していく力だ。この点では、一見すると、中国のほうが優れているようにみえる。

 観光客でにぎわう北京市郊外の名所「頤和(いわ)園」。その近くに、物々しい警備が敷かれた一角がある。かつては地図上で伏せられ、電話番号も秘密だった。共産党のエリート幹部を養成する「中央党校」である。

 下は地方の幹部から、上は閣僚級の要人までが定期的に合宿し、教育を受ける。それは研修というより、特訓に近い。中国幹部の体験談によると、こんな具合だ。

 閣僚級であっても単身で着替えを抱え、入校する。寮で寝起きし、厳しい門限がある。1回の研修は閣僚級で約2週間、もっと下の幹部なら1~3カ月にわたる。ふだん秘書に頼っている高級幹部の中には、いきなり隔離され、うろたえる人もいるという。

 講義は哲学や経済、政治、世界史といった一般教養にもおよぶ。それぞれが政策の課題を与えられ、自力で対処法を考え、皆の前で発表させられることもある。

 さらに共産党は傘下組織として各省に34、市町村には約2860もの地方の党学校を設け、似たような教育を施しているのだ。

 そんな環境でえりすぐられ、共産党首脳である政治局員(現行25人)になっても、気は抜けない。習近平国家主席が政治局員を招集して1カ月半~2カ月に1回、「集団学習会」を開くからだ。

 内情を知る中国専門家によると、海外出張などを除き、欠席は許されない。外部講師の話を聞き、議論を交わす。習氏も質問を飛ばす。7月24日に開かれた直近の学習会のテーマは軍改革だった。

 中国では有望なスポーツ選手を国家が見いだし、金メダルを狙える人材に鍛える。国家によるこんなスパルタ教育を、指導者づくりでもやっているというわけだ。

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 ひるがえって、日本はどうか。政治家の資質を疑うような失言や不祥事が相次いでいる。2012年末に第2次安倍内閣が発足して以来、問題発言などで辞任した閣僚はすでに6人を数える。

 なにがいけないのか。自民党のベテラン議員らに聞くと、いちばん多いのが、1996年に初めて実施された衆院の小選挙区制度で政治家の質が下がったという指摘だ。要約すると、こうなる。

 同じ選挙区から複数が当選する中選挙区制と違い、小選挙区制は勝ちか負けしかない。このため、賛否が分かれる独自の政策ではなく、誰にでも聞こえがいい抽象的な公約を掲げがちになる――。

 衆院では平均すると2年半に1回ほど選挙がある。そんな守りの選挙を重ねるうちに、国会議員は個性を失い、金太郎アメのようになってしまう、というわけだ。

 さらに根が深いのは「宰相の器」を持つ人材を輩出する仕組みの行き詰まりだ。戦後、首相の供給源となったのは官僚機構だった。吉田茂、岸信介、池田勇人、佐藤栄作はいずれも官僚OBだ。

 やがて自民党が力をつけ、党派閥の領袖が内閣を率いるようになる。田中角栄や竹下登が典型だ。し烈な権力闘争で鍛えられた胆力が、官僚にはない強みだった。

 だが、今の自民党派閥に昔日の力はない。近年は「世襲宰相」でしのいでいるのが現実。安倍晋三、福田康夫、麻生太郎の3氏はいずれも元首相の子や孫である。

 だからといって、日本が中国をお手本にすべきだと言いたいわけではない。中国の制度には致命的な弱点がある。国民に選ばれたわけでもないエリートが、国政や地方行政を牛耳っていることだ。

 日本では資質を欠いた政治家は選挙で淘汰される。これがない中国では、腐敗やコネがまん延しがちだ。共産党の自浄作用が衰えれば、人々の不満が噴火し、体制が揺らぎかねない。中国当局者からはこんな本音が漏れる。

 「正直に言うと、日本が羨ましい。政治への不満は選挙でリセットされるからだ。選挙がない中国で、民衆の怒りに火がついたらどうなるか。不安で仕方がない」

 戦後の日本でも40年近く、自民党による事実上の1党支配が続いた。復興や経済発展を最優先する人々が、まず政治の安定を求めたからだ。だが、豊かさが実現するにつれ、自民党支配の弊害に厳しい目が向けられるようになり、93年と09年には一時政権を失った。

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秋田浩之(あきた・ひろゆき) 政治部、北京支局、ワシントン支局などを経て、外交・安全保障担当の編集委員兼論説委員。近著に「乱流 米中日安全保障三国志」

 日本と体制は違うものの、所得が底上げされるにつれ、中国でも1党支配への不満は高まっていく。日本の政治が乗り越えてきた荒波に中国はこれから直面する。

 では、日本が優れた指導者を生み出していくには、どうすればよいのか。自身も元官僚である作家の堺屋太一氏は語る。

 「戦後、吉田や佐藤のような官僚OBが首相を担い、官僚を抑えて戦後政治を引っ張った。その後、田中や竹下のような派閥領袖に引き継がれたが、底流では官僚が政策を主導し、首相がそれに乗っかる政治が続いてきた。まず、この状態から脱却しなければ、新しいリーダーは生まれてこない」

 堺屋氏は明治にしろ、戦後にせよ、日本は「変革期には政治主導で伸び、安定すると官僚主導で停滞してきた」とみる。今日の政治の混迷が、新たな変革への過渡期の苦しみだとすれば、むなしさも少しは和らぐ。



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