[FT] 離脱派に統治を委ねよ 勝ちは勝ち 2016/06/30 本日の日本経済新聞より

今日の日経注目記事は、日本経済新聞の国際2面にある「[FT] 離脱派に統治を委ねよ 勝ちは勝ち」です。





 デービッド・キャメロン首相は辞任発表前の最後の日々に、聴衆に向かって「英国人は途中でやめたりしない」と言った。先週金曜(24日)に辞任を表明したとき、敵はその言葉を首相に返したが、実は双方とも思い違いをしていた。一体いつから、途中でやめることが、例外なくあらゆる場所で悪徳になったのか。人間関係でも仕事でも、大義でも――完遂するという姿勢は、現実的な証拠に反して、賢い人生のあり方ではない。

 親欧州派は、引き際の美徳を学ばねばならない。味方についた48%の有権者と、所与の状況から最善の結果を得ようとする英国式の衝動に駆り立てられ、今後数年で自国と欧州の間でまとまる合意に影響を及ぼしたいと考えている。テレサ・メイ内務相などの保守党の残留派は、まだ同党を率いる野望を抱いている。

国民投票の結果後、会見のため現れたジョンソン氏(24日、ロンドン)=ロイター

 残留を訴えたキャンペーンは、メイ氏より次期首相になる可能性が高い(離脱派の運動を率いた)ボリス・ジョンソン氏のリベラルな良心の中に生き続けることが期待されている。ジョンソン氏に話を聞いてもらおうとする離脱派ライバルに対抗し、市場と移民に対する同氏の開放的な態度を呼び覚ますのだ。

 (残留派の野望は)大変勇気あることだが、クビになった後に職場に出勤することも勇気ある行為だ。英国民は自らの統治者に、欧州連合(EU)から離脱するよう指示した。国民の意思を遂行することは何年もかかる、精神を疲弊させる細かな仕事だ。そもそもその指示がばかげていたと考える首相にはできない。離脱の実際的な手続きを管理するのが、消極的で自信を失った公務員だということだけでも十分、決まりが悪い。

 民主主義の原則の大事なポイントとして、政府の最高職責――首相、財務相、外相――は忠実な離脱派に明け渡されるべきだ。望ましくは、離脱が何を意味すべきかについて食い違いのない説明ができる人たちに任せるのがいい。あらゆる信条を併せ持つ政府が誕生したら、それ自体おうようではあるが、国民投票の結果を曲解することになる。

 一残留派としては、気持ちよく言えることは何もないが、上記はもちろん真実だ。もし我々残留派が国民投票で4ポイント差で敗北した後、相手側がその大きな得票率を行使し、加盟条件の緩和を視野に入れて欧州の政策立案における重要な地位を正当化したら、我々がどんな反応を示すか想像するといい。

■民主主義はスポーツと同じように残酷

 民主主義は、スポーツと同じように、残酷な明確さによって統治されている。48%の票は親欧州派に、マニフェストの48%、あるいは主要省庁の48%を支配する権利を与えるわけではない。勝利と敗北はそれより絶対的だ。我々の制度において勝者がすべてを手にするのは、アカウンタビリティー(説明責任)のためだ。勝敗に見当違いの男らしさを持ち込みたいとかの理由からではない。



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